第84話 罪の意識
バカはお利口さんよりも強い。
ジャンはきっぱりとそう言いきり、モロコスもそれを受け入れざるを得なかった。
自分が知り得た情報には偏りがあり、しかも騙されていた。
今回の騒動の発端が自分にあると知り、愕然となった。
巨躯が世界と共に崩れ落ち、膝をつく。
取り返しのつかない事をしてしまったと絶望した。
「まあ、同情できない事もない。騎士団上層部の腐敗ぶりを見てしまえば、真面目な者ほど耐えられんだろうて。反省を促すつもりの情報リークが、悪魔にまんまと利用され、想定以上の罰が下された。もっとも、罰を下したのは余であって、神は何も答えはしなかった」
それは慰めですらない事実の陳列。
ジャンの言葉は事実のみを淡々と述べるだけだが、それだけにモロコスの心をこれでもかと抉る。
「反省を促したつもりであっても、現実は違う。騎士団の同胞を告発した事は、結果として同胞を売り、自身の保身を図ったようなものだからな。内部からの情報提供、それは組織への裏切りだ」
「違う! そんなつもりはない!」
「結果は出ている。騎士団は崩壊し、幹部連中は一人残らず処刑台へ。所属員もその多くはなお牢獄の中。お前だけが、仲間を売ったお前だけが助かった」
「そんなつもりではなかった! ただ、目の前の不正を正そうとしただけだ!」
「……で、あろうな。こうやってペコニアに静かに責められたのだろう? お前だけが助かった。裏切りの報酬は格別だろう、と。後はズルズル悪魔の囁かれるまま。罪と罰、善と悪、秩序と混沌、ああ人の世は何と言う矛盾や欺瞞に満ちているのだろうかと、煽られるままに潰そうとして、結果、失敗した。それだけだ」
ジャンの言葉も容赦がない。
弱き心が悪魔の付け入る隙を作り出し、結果として今回の騒動を招いたとはっきり断じた。
罪はお前の内にあり、バカな事をしたものだと。
しかも、“同情”を口にしながら、その目は実に冷ややかだ。
冷めきっていると言っても良い。
大罪を犯した咎人を見る視線だ。
「ただまあ、良心が、人を信じたい心が、最後まで生き残っていた点は認めよう。聖女の言葉で正気を取り戻せたのだからな」
「……………」
「それにお前自身も罪の意識を感じていたのだろう? 特に仲間を巻き込んだ事を悔やみ、自己犠牲的な手法でペコニアを始末するべきだと提案したと聞いている。自分の命を以て、全てを終わらせようと」
「はい……」
「まあ、その点は評価するが、それでも犯した罪はあまりにも重い。それに相応しい罰は受けてもらうぞ」
そう言ってジャンは床に転がっている“竜殺槍”を握った。
「おお、これは確かに“重い”な。これを自在に扱っていたのだ。これを使っていた者はさぞや立派な英雄だったことだろう」
「……………」
「では、これより罪人モロコスの処刑を執り行う。なに、心臓を一突きにすれば終わる。苦痛も何もなく、神の御許へ旅立てる。……ああ、いや、この場合は地獄か。そうでなければ処刑された同胞の元へは行けんか」
そして、ジャンは槍を構える。
腰を落とし、丹田に力を込め、力強く槍を握る。
穂先はモロコスに定め、今にも突き入れんとする。
モロコスもまた何も言わず、正座にて姿勢を整え、手を合わせ、神に祈る。
咎人と執行者、両者の間にはもう言葉はいらない。
互いに覚悟を受け入れ、その一瞬を待つ、あるいは見極める。
“ガシッ!”
ジャンが構えていた槍を、デビィドが掴む。
国王が手づから介錯しようという処刑を、勇者は止めた。
「何の真似だ、勇者デビィドよ。モロコスは罪を犯した。騒動の大きさを考えれば、絶対に放免はできんぞ?」
「分かっています。なので、俺がケジメを付けます」
そう言って、デビィドはジャンから槍を取り上げた。
「このパーティーのリーダーは俺だ。だから、俺がやらなきゃなんねえ。モロコスだって、こんないけ好かない王様の手でやられたくはないだろ?」
「不敬罪、だな。取り繕うのが面倒になったか?」
「これで不敬罪なら、ペコニアとやり合ってた時の“漫才”で罪を問われていますよ」
「違いない」
他愛のない会話を交わし、互いにニヤリと笑う。
だが、これはモロコスの生死を分ける最後のやり取り。
当人は覚悟を決めてはいても、周囲もそうであるとは限らない。
それを理解すればこそ、笑ってはいてもどこか空気は重い。
デビィドはちらりとジャンに視線を向けると、腕を組み、ただこちらを睨み付けてくるだけだ。
無言の圧力であり、そして、気が変わる事のない証でもある。
時間を稼いで説得しようにも、交渉のための材料がない以上、勅命に抗う事は不可能だ。
それを分かっているのか、モロコスもササッとデビィドに背を向け、正座にて最期の時を持つ。
思うところは色々とあるが、デビィドは改めて槍を構えた。
「なあ、モロコス、俺はな、“香水”ってやつが嫌いなんだ。と言うか、鼻を刺激しすぎる物、全般的にな」
「なんだ、藪から棒に」
「だから、俺は聖職者が基本的に嫌いなんだ」
「…………」
「奇麗事しか言わないし、何かあればお祈りしろだ。そして、その奥底に潜む陰鬱な欲望を隠すための“香水”が、煌びやかな法衣と荘厳な聖歌隊、あるいはお説教だな。あれは本当にダメなんだ」
「……何が言いたい?」
「臭いから、別の匂いで覆い隠す。腐臭を誤魔化すための香水、俺はそれを直感で勘付いていたのかもな」
「ああ、本当にひどい裏側だった」
「だがな、それでも今は改めているぜ。モロコスにスオーラ、お前らは正真正銘の真面目な聖職者だってな。腐った臭いが全然しない、至極真っ当な神職だよ」
「スオーラは別として、それがしは大いに踏み外してしまったがな」
「だが、踏み外した原因は、誰よりも真面目であったからだろ? その点は誇ってもいいぜ」
「……そうか」
それだけでモロコスには十分だった。
自分の軽挙から始まった今回の騒動も、いずれは風化されていく事だろう。
だが、それでもほんの数名でも自分の愚かさよりも、自分の真面目さを評価してくれる仲間がいた事は珠玉に等しい。
結果は散々なものではあったが、それでも心は満たされている。
不正を暴き、悪魔を退治し、政変も未遂に終わった。
何もかもをぶち壊し、ついでに馬鹿げた計画をも潰した。
それで十分ではないかと、改めて覚悟を固めた。
死を迎え入れる覚悟だ。
それを察してか、デビィドもまた槍を改めて構え直す。
もう言葉は不要。
槍はモロコスに向かって放たれた。




