第83話 悪貨は良貨を駆逐する
モロコスとジャンは睨み合い、不穏な空気が場を支配する。
もしその気になれば、モロコスはジャンを殴り殺す事くらいはできる。
それだけの実力があり、転職でレベルダウンしたと言っても一般人に比べれば遥かに高い能力を持っていた。
一方、ジャンは王族であり、武芸は所詮、嗜み程度の実力だ。
もちろん、いざとなれば周囲が止めに入るが、そうなって欲しくはない。
王に範囲を示せば、しかも具体的な行動が伴えば、言い逃れは不可能。
立派な反逆罪だ。
連行されたシャルルがそうであったように、処刑台へ向かう事になる。
そして、その権限を持つジャンがニヤリと笑う。
「愚かなものだな、モロコス。聖女も言ったように、『下手な考え、休むに似たり』だ。何も考えず、ただ前に向かって突き進む事こそ、お前の持ち味ではないか?」
「それは陛下も同じ事。国家国民を案じるというのであれば、『毒を以て毒を制する』など、リスクが大き過ぎます。特に、自身が毒に冒される事になります」
「毒などとうに食べ飽きた。社交界の毒気に比べれば、悪魔との契約の一つや二つ、初恋の恋文レベルだよ」
「腐敗と無駄遣いが、その範疇であると仰りたいか!?」
「だから、余計な考えなど抱くなと言っている。特に、ティエラのような頼りになる知恵者がいながら、一人で悶々と考えて沈んでいくなど愚の骨頂だ」
「同胞を皆殺しにしておいて……!」
「勘違いするな。騎士団を壊滅させたのは余だが、原因は騎士団自身にあるのだぞ? そこを間違えないで欲しいものだ」
「ろくな裁判もなく、火刑台送りとは、それが正しいとお思いか!?」
「であるから、処刑したのは騎士団の幹部だけ。後は従者階級はすでに抑留から解放ているし、騎士階級は上と繋がりの強かった者以外は順次赦免している。まあ、名誉はさすがに戻って来んがな」
騎士団関連の情報は既に一般民衆も知るところであり、悪評が絶えない。
裏金の件もそうだが、やはり未成年への略取が殊更悪評を固めている。
こればかりは自業自得であり、ジャンも修復するつもりはなかった。
「そもそもだ、モロコスよ、敢えて尋ねるが、余は何の罪を犯した?」
「建築業者との癒着や、人身売買の斡旋として女衒と結託したりと、やりたい放題だったではないですか!」
「バカモノ!」
今までどこか飄々とした態度を取っていたジャンだが、いきなり声を荒げた。
表情もまた、これ以上になく怒りを表し、眉を吊り上げている。
その気迫に、モロコスも若干ではあるが押されるほどだ。
「もう一度問うぞ! “余”が不正を行った証拠がどこにある!?」
「新聞に大々的に報じられていましたが?」
「この痴れ者めが! 情報業者が真実を語ると思っているのか!? 御大層な見出しを付けて、注目を集める記事を書き、部数を稼ぐような連中だぞ!? それのどこに真実がある!?」
ジャンの怒りは増す一方だ。
眉は更に吊り上がり、悪鬼のごとき形相となる。
歴戦の戦士と言えども、たじろぐレベルの鬼気迫る気迫だ。
「我が国においては、言論の自由、表現の自由が保障されている。民衆からも広く意見を求めるために、お爺様が出版物の検閲を止めて、それから新聞、雑誌、書籍はどんな内容であろうとも不問とした。露骨な個人への誹謗中傷を除いてな」
「ならば、『居酒屋馬車』や女衒との結託などの件を差し止めなかったのは、それが事実だとお認めになったからでしょうが!」
「逆だ! 事実無根であるからこそ、敢えて泳がせたのだ!」
「え……?」
「そもそも、それらの怪しげな情報の仕入れ先はどこだ? どうせ新聞と言っても、三流のタブロイド紙か、人伝いの噂話程度であろう?」
「そ、それは……」
「どれほど鍛え上げられた剣であっても、100人斬れれば御の字だ。だが、情報は時に億万の人間を“覚醒”させる。一片の噂の流布が、国家の有様を変えてしまう事すらあるのだ。良い意味でも悪い意味でも、な。ゆえにその扱いは慎重にならねばならず、タブロイド紙みたいに“火遊び”に興じるなど論外だ」
「で、では、なぜ噂話を流布させるままにしたのですか!?」
「最後の最後で一網打尽にするためだ。居酒屋馬車の件は、密談を聞かれないためのカモフラージュ。さも業者と癒着しているようにも見えなくもないが、実際は“選別”をしていたのだ。この部屋のように、強固な檻を秘密裏に構築して、閉じ込めて置けるようにするためのな。口が固くて技術的にも問題ない。そうした業者を求めてな。実際に動かすまで誰もこの部屋の秘密を知らなかったという事は、機密保持に理解のある業者であり、こちらが求めた仕様通りに仕上げてくれたという事だ」
「な……!」
真実を聞けば何の事はない。
最初からペコニアが裏切る事を想定し、逆に罠を張っていただけの事だ。
しかも、徹底した機密保持を課した上でだ。
おまけに自身の悪評すら分かりやすい撒き餌とし、王に良からぬ事を企んでいる者を釣り上げるのにも役立った。
情報封鎖、罠の精度、暴発の誘引、どれをとっても完璧だ。
「で、では、女衒と結託したり、性接待の斡旋をしていたのは!?」
「もちろん、『貧困調査』だよ。金に困って、苦界に身を落とす者が多いと聞いていてな。その実態を調べていた。無論、孤児院の卒業生の行方も含めてな。あと、最近、西方で“梅毒”なる病気が流行っていると情報を耳にしていて、それの調査も兼ねて、何人もの女衒やら娼館の店主と接触していた」
「そ、それでは、性風俗の組合化の話はそれのためだと!?」
「現状、性風俗の界隈は野放図の状態で、規則も何もあったものではない。悪どい業者が年端もいなぬ少女を苦界に落としている実態もそれなりに把握できたし、国家が統制するというわけだ。特に重点に置くのは衛生管理の徹底と『身分証明札』の確認による年齢詐称の防止だ。衛生基準を満たさぬ業者は営業停止、規定年齢に達していない年少者を働かせた場合は、刑罰を課すなど早急な法整備が求められる。すでにそれらを踏まえて、法務省には指示を出しておいた」
何の事はない。
ジャンは約束を守っていたのだ。
かつて勇者パーティーに対して、「悪徳業者の摘発が今後の課題だな」とその解決に意欲を示していた。
そして、実際に行動を伴う改革を行っていたのだ。
その事実を聞かされて、モロコスは愕然となった。
何のために自分は動いていたのかと。
腐敗に侵食されつつある王国を正し、悪行に手を染める王を除こうとしながら、実はその王こそ誰よりも真面目に働いていた事に衝撃を受けた。
そんな呆然とするモロコスに、ジャンはポンと肩に手を置く。
「覚えておけ。情報というものには、必ず何かしらの力のベクトルが働く。利益があるからこそ、情報とは拡散されるのだ。時にそれは噓や虚構を伴う。見る者のレンズが歪んでいれば、映る像は必ず歪む。まして悪意を持っていればなおの事な」
「なら、それがしが聞いた情報の数々は……」
「全てがまやかし、虚構だ。都合の良い部分だけ摘まみ上げ、それらしく肉付けされた情報だ。シャルルと新聞屋が結託し、『ジャン王の名声を下げてやる!』と息巻いてセンセーショナルな見出しと嘘や誇張だらけの情報を流し、政変の正当化を確立するための土台作りをしていたわけだ」
ジャンも当然、その手の情報は確認しており、よくもまあここまでデタラメを書けるものだと苦笑いしたものだ。
だが、同時にこんなバカバカしい悪意によって書かれた記事であっても、信じる輩が出てきてしまうのが世の常だ。
そして、そういう考えの浅いバカこそ、声が大きく、おまけに行動力まで伴ってしまうものなのだ。
「悪貨は良貨を駆逐する。内容が薄くとも声の大きい者、バカであっても行動が伴う者が、社会に影響を与えてしまうものだ。そうは思わんか、モロコス?」
ジャンの問いかけがいちいちモロコスに突き刺さる。
世直しのために動いていたとしても、実は単に情報発信者によって良い様に思考を誘導されていたのだという。
しかも、大切な仲間まで巻き添えにして、ただただ王の排斥だけに動いていた自分が、これ以上にない道化のように思えてきた。
ジャンの言うように、自分は“行動を伴うバカ”以外の何者でもない事を突き付けられた。
そして、絶望する。
取り返しのつかない愚行に手を染めてしまったのだと。




