第82話 国王と聖戦士
「つまり、だ。モロコスはその正義感をペコニアに付け込まれたというわけだ。騎士団の腐敗を目の当たりにして、大いなる矛盾にぶち当たる。正義感が強ければ強い程、正気ではいられまいて」
ジャンとしても、その点ではモロコスに同情的な物言いをした。
国や教団、信徒を守護するはずの騎士団が、腐り切っていたのである。
帳簿を誤魔化して裏金を作り、私腹を肥やす。
足の付かない孤児の少年少女を連れ込み、淫行に耽る。
モロコスからすれば絶対に許せない事であり、同時に絶望に沈む。
こんな事のために命懸けで戦ってきたのかと。
「そして、後はペコニアに指示されたままに動く。奴の金への嗅覚は本物だからな。どういった場所に隠されているのか、あるいは不正の証拠となり得る“裏帳簿”はどこにあるのか、目星をつけてモロコスに探させる」
「正式な騎士になったモロコスなら、内部の調べもやり易いって事ですか。おまけに、ペコニアの目星や教唆があればなおの事……」
「あとは揃えた証拠を、“財務監査”の際に外部流出するように仕込んでおけば完了。騎士団の不正は明るみとなるというわけだ」
「でも、それだけじゃあないんですよね?」
「察しが良いな、ティエラよ。その段階でペコニアは裏切った。正確には、こちらの想定を超える動きを見せた」
ジャンはなお不機嫌に、ペコニア(の死体)を踏み付ける。
余程の事であったのは、露骨すぎるほどの不機嫌な表情から察するに余りあると、周囲も緊張して話の続きに耳を傾けた。
「知っての通り、テンプル騎士団は恐ろしく巨大な組織だ。構成される戦闘要員は騎士・従士含めて1万人を超え、“テンプル銀行”を抱えているため、資本力も高い。単一の組織としては、中央政府に匹敵すると言っても過言ではない」
「ですよね。当然、そこへの制裁となると、一歩間違えば内戦になります」
「そうだ。だからこそ、不正の証拠を得た段階でも、慎重に動かなくてはならなかった。折角、魔王軍との戦いが終結したのに、内戦が始まっては意味がない。こちらとしても、緩やかな着地が必須だと考えていた」
「でも、そうはなりませんでしたよね。いきなりの強制捜査からの全員逮捕。おまけに幹部連中を一斉に火刑に処し、騎士団は解体。随分な性急な解決だと思いますが、これは本意ではなかったと?」
「ああ。ペコニアがな、情報の一部を新聞屋にリークしたのだ。こっちの予定など、お構いなしにな」
「あ~、それであんな急に動き出して、苛烈な対応になったってわけですか」
「折角、騎士団に介入する口実が出来たというのに、第三者が騒いで極秘調査が台無しになり、隠匿されては元も子もないからな。拙速ではあったが、手にした主導権を失わないために動いた。あとは知っての通りだよ」
ジャンは社会に与える影響の大きさを鑑み、慎重に動こうとしていたところへペコニアの裏切りだ。
もちろん、正確には裏切りではない。
ペコニアの言をそのままに受け取れば、「国家の腫瘍を取り除いただけです」となってしまう。
事実、脱税に人身売買など看過できるはずもなく、早急に対処しなくてはならないのは明白だ。
ただ、“味方のふりをして王国内部を混乱させる”事を目的としていたため、ジャンの意向を無視して情報をリークしたのだ。
国民感情に火が付けば、止められなくなるのを知った上でだ。
「なにしろ、私は徴税官。税を徴収するのがお仕事であり、同時に財務監査などで不正に貯め込んだ裏金を吐き出させる事もやるのです。一部の金持ちが不正を行い、裏金をせっせと貯め込んでおきながら、庶民には重たい税金を課す。これでは誰も納得しないでしょう」
これがペコニアの論法だ。
正論ではあるが、社会的影響を考慮に入れない暴論でもある。
その結果が、孤児院の件になる。
「ろくな準備もなしに、いきなり本城を落としたようなものだからな。末端までは配慮が足りなかった。その点では、ティエラやスオーラに侘びねばならんな」
「孤児院が閉鎖されたのは、そう言った経緯でしたか」
「事が明るみに出た以上、騎士団やその関係者の資産凍結は必須だからな。関連組織の資金繰りが滞ったのも、準備不足のせいだ」
「では、孤児を見捨てたとかというのではなかったと?」
「当たり前だ。子供は未来を担う宝だぞ? それを切り捨てるような社会が真っ当だとでも言うのかね?」
「思いません」
「その点は完全に手抜かりだ。とにかく、いきなり炎上した城の鎮火に追われて、外れの小屋にまでは気が回っていなかったというのがあの時の状況だ。本当にすまなかったな、聖女よ」
「いえ。そう言う事でしたらば、納得いたしました」
「事が落ち着けば、予算はちゃんと付ける。騎士団名義ではなく、王家の名義での孤児院の運営となるかな。その点は確約しよう」
「陛下には感謝申し上げます」
スオーラとしては最大の懸案事項が片付き、ホッと胸を撫で下ろした。
「そして、そうした細々とした準備不足がペコニアの付け入る結果となった」
「と、言いますと?」
「モロコスは内部告発した事を悔いた。そもそも、騎士団を潰す意図はなく、あくまで不正を暴き、それを以て幹部を改心させる事が目的だったのだからな。そうだろう、モロコス?」
ジャンの問いかけにモロコスは無言で首を縦に振る。
「陛下の仰られる通り。それがしはただ、風通しを良くして、澱んだ空気を一掃したかっただけだった。裏金や未成年への略取は許されない行為ではありますが、そうかと言って暴力的な解決は望まない。反省し、神に懺悔して、正道に立ち戻る。そうなって欲しかった」
「だが、現実は残酷だったな。余が幹部連中を全員処刑し、正規の騎士も牢に繋ぎ、騎士団は強制的に解散させられた。それがどうしても許せなかったのだろう?」
「それで感情的になっていた点は否定しません。しかし、それ以上に、陛下のやりようがあまりにも苛烈であり、そして、腐っていくのを看過できなかったのです!」
「余が腐っているだと? 言いがかりも甚だしい上に、誤解も誤解だ。手法こそ強権的と批判はあるかもしれんが、腐敗とは無縁であると神に誓っても良い」
ジャンとモロコスは互いに睨み合う。
本来であるならば、国王に対して礼を失する態度であり、処罰されても文句は言えないほどの無礼な態度だ。
だが、互いに“信念”があるからこそ、視線を逸らせないでいる。
まだもう少し長引くなと、他3名は静かに見守る事とした。




