第80話 最後の手段 (3)
巨大な竜に対し、剣一本で果敢に挑む。
それはまさに誰しもが憧れる“勇者”そのものだ。
「おらおらおらぁ! さっきまでの威勢はどうした!? 俺を踏み潰すんじゃなかったのか!?」
「抜かせぇぇぇ! 燃え尽きるがいい!」
ペコニアは大口を開け、デビィドに向けて炎を吐き出す。
鉄さえあっさり溶かす竜の炎であり、直撃すればろくな防具を装備していない今のデビィドであればひとたまりもない。
だが、勇者は下がらない。
なにしろ、その後ろには、王様と恋人がその戦いぶりを見ているからだ。
敵に背を見せるのは、確実に倒した時だけだ。
「風よ、貫け! 【突風】!」
炎に向けて風の砲弾を放ち、これを相殺する。
互いに炎で視界を遮られるが、俊敏さという点ではデビィドが勝る。
炎と風が飛び交い、見通しが効かない内に素早く背後に回り込んだ。
「風よ、舞え! そして、剣に宿れ!」
再び風を操り、そして、跳躍。
剣に風が纏い、それ自体が刃となる。
「リヒテン流剣術【強 撃・嵐 剣】!」
デビィドとペコニアの体格差はそれこそ熊と犬ほどの違いがある。
だが、猟犬の牙は桁外れに鋭く、あらゆるものをかみ砕く威力があった。
手に持つ剣自体は|なまくらではあるが、技量と魔力は群を抜いている。
剣の纏う風の刃は、ペコニアの片翼をもぎ取った。
「ぐぎゃあ!」
「ペコニア! 本気を出して、その程度か!」
「なめるな! 【全回復】!」
翼を切断されたペコニアだが、すぐに治癒魔法を自分にかけた。
すると、たちまちの内に翼が生え変わって来た。
「ああ、めんどくせぇな! ザコの癖に、しぶとさだけは魔王軍一だな!」
「ザコ呼ばわりとは許さん! 本気で潰す!」
ペコニアは巨大な尻尾を振り回し、デビィドを弾き飛ばした。
だが、デビィドは剣で受け流しつつ、わざと弾き飛ばされて、威力を上手く殺し、ひらりと着地する。
だが、そこで限界が来た。
手に持っていた剣がぽっきりと折れてしまったのだ。
「ちっ! さすがにお芝居用の剣じゃ、竜を相手にするには無理があったか」
「丸腰になったわね! ジワジワなぶり殺しにしてくれる!」
「お断りだ。まだまだ人生楽しみたいんでな!」
「減らず口を!」
ペコニアは再び炎を吹きかけたが、デビィドは風を操り防御しながら、上手く交わして難を逃れた。
その時だ。
デビィドの足元に“槍”が飛んできて、床に突き刺さった。
投げてきたのはモロコスだ。
「デビィド、それを使え!」
「いいのか!?」
「レベルの下がっているそれがしが使うより、お前が使った方が遥かにマシだ!」
「ごもっとも!」
デビィドはモロコスより託された槍を握る。
ようやくまともに戦える武器が手に入った。
なお、丸腰になったモロコスはスオーラと共に逃げ回っており、ティエラとジャンまでそれに巻き込まれた。
「はやくやれ!」の叫びと共に逃げ回る4人。
どのみちあまり時間をかけられないと、デビィドはすぐに気合を入れ直した。
「さってと、それじゃあ、戦闘再開といきますか!」
「ふん! 優れた武器を得ようが、剣士のお前が槍をまともに……」
「そうでもないぜ!」
まさに電光石火の踏み込みだ。
槍を構え、猛烈な勢いで突進。
「竜殺槍、スキル発動! 【竜族特効】!」
穂先が易々と鱗を貫き、激痛がペコニアの全身を駆け巡る。
蜂の一刺しどころの威力ではない。
必殺の威力を秘めていた。
「ぐがはぁ! なぜ槍をこうも巧みに扱える!?」
「爺さんから習った! もちろん、一番の特技は剣術だが、槍、斧、槌、鞭、弓、拳、武芸は一通り基礎は修めているさ! まあ、普段は剣術と格闘術くらいしか使わんけどな!」
「おのれぇ!」
「そして、モロコスから託された『アスカロン』は竜退治で名を馳せた英雄の使いし伝説の武器! 竜族には殊更効くんだよ! それこそ、命中する度に“会心の一撃”が出るくらいにはな!」
「あ、ああ……!」
「なあ、ペコニア、お前さ、やっぱり弱いわ。知恵と謀略だけ使って戦ってた方がマシってもんだぜ!」
「お、おのれぇぇ!」
「参謀は最前線に出て来るべきじゃねえ。最後に良い勉強になったなぁ!」
そこからはまさに一方的な展開であった。
デビィドは足の速さを活かして移動と攻撃を繰り返し、ペコニアの体力を着実に削っていった。
なにしろ、命中イコール“会心の一撃”である。
剣術に比べて槍術はデビィドも熟達してはいないが、それを武器で補う。
勇者パーティーに濡れ衣を着せるため、テンプル騎士団の騒動の際にどさくさで没収しておいた“竜殺槍”を小道具に使ったのは失敗であった。
裏切り者モロコスをも、今回の騒動で消し去ろうと画策した事が、完全に裏目に出てしまった結果だ。
槍が次々と鱗を穿ち、血が滴る。
突いて、離れて、突いて、離れて、その繰り返しだ。
動きそのものは基本に忠実。
だが、それでも十分な威力を発揮し、ただひたすらに突く。
その都度、ペコニアは治癒魔術を使い、同時に攻撃を繰り出すが、いよいよ回復が追い付かなくなってきた。
【竜族特効】が効いている証拠だ。
「ぐがぁ! お、お、おのれ! こんなことがぁ!」
「残念だったな、ペコニア! これで終わりだ!」
ダメージの蓄積でのけぞるペコニアに対し、デビィドは必殺の意志を乗せて、槍を投げ付けた。
狙いは“心臓”。
すでに音から位置を割り出しており、狙いを定めて投げ付けた。
「風よ、穿て! 【突風】!」
本来の持ち主であるモロコスほどの威力がない投槍。
だが、デビィドには風魔術がある。
投げた槍は風に乗って勢いを増し、ペコニアを胴体に突き刺さった。
「……命中!」
「ぎゃあああああああああああああ!」
響く断末魔、飛び散る血飛沫。
金色の竜も、今や巨体の半分が朱に染まる。
そして、全ての力を使い果たしたペコニアは、その場に倒れた。
部屋を埋め尽しかねない巨体が、地響きを立てながら沈む。
魔力が途切れた事により、操られていた兵士達の糸も切れ、気絶してその場に崩れ落ちていった。
すべてが片付き、幾ばくかの死体と、静寂が残った。
勝者は二本の足で歩み、敗者は地べたに崩れ落ちる。
ようやく終わったかと安堵のため息を漏らすデビィドに、ティエラが駆け寄り、そして、飛びつく。
「勇者様! やりましたね!」
「まあな。所詮は魔王軍幹部の最弱。知恵は回るが、戦闘はダメダメだな! やっぱり、暴力なしの方が手強いわ」
それはデビィドの偽らざる本音だ。
はっきり言って、“順法闘争”の枠内であれば、デビィドはペコニアに良い様にやられていた。
自堕落な生活のツケ払いではあったが、ペコニアは散々に追い詰められた、
だが、最後の最後で戦闘に入ると、あっさりと逆転してしまった。
もちろん、ペコニアにもペコニアの目論見はあったのは間違いないが、ジャンの仕掛けた罠と、勇者パーティーの底力を見誤った結果が、今の醜態である。
「とは言え、勝ちは勝ちだ。色々と面倒な後始末になりそうだけどな」
「ですね」
二人の視線の先には、部屋の隅でガタガタ震えているシャルルがいる。
文句の付けようもない武装蜂起であり、国家転覆の罪がある。
それをどうするかは、もうジャンの匙加減次第ではあるが、過酷な罰が目っているのは疑いようもない。
下手をすると、国内はまた大荒れになりそうではあるが、それはさすがに与り知らぬと言わんばかりに視線をペコニアに戻す。
「ま、ペコニアも最後の最後でドジ踏んだよな」
「どんなドジですか?」
「巨大化した事だ」
「そうなんですか?」
デビィドの言葉の意味が分からず、首を傾げるティエラ。
そして、デビィドはニヤリと笑い、その理由を告げた。
「決まってんだろ? 追い詰められて、“最後の手段”として巨大化した敵役は、すべからく“勇者”に倒されるんだよ!」
その答えを聞き、ティエラは腹を抱えて大笑いした。
間違いなくその通りだと。




