第79話 最後の手段 (2)
デビィドの目の前に現れたのは、巨大な金色の竜。
あれだけ広いと思っていた宴の間が、実に3分の1は埋まりそうなくらいの巨体であり、実際、巨大化に際して兵士が巻き込まれ、圧殺されたくらいだ。
「ようやく正体現したな、“金翼”のペコニア!」
「そう、これが私の本来の姿! そして、この姿になったからには、悪魔形体の時では不足していた攻撃力を加わる! しかも、回復や強化も制限なく使えるという事は、こうなるのよ!」
竜の姿となったペコニアは、改めて自分に強化を施した。
鉄より硬いとされる竜の鱗は更に固くなり、爪もまた同様に鋭さを増す。
さらに、口からは火が姿を覗かせ、一吹きで何もかもを灰にしそうな勢いがある。
だが、デビィドは下がらない。
改めて剣を握り直し、その圧倒的な巨体のペコニアと対峙する。
少し離れた所にいるティエラやジャンもまた、特に退避ような事はせず、むしろ金色に輝く美しいペコニアをじっくりと観察していた。
「ほ~、これがペコニアの真の姿か」
「ええ。そうです。元々はこの姿で手当たり次第に異種族を攻撃し、金品を強奪してはその上に鎮座して悦に浸る。そんな趣味を持った竜でした」
「そして、いつしか魔王リボーに忠誠を誓い、竜から悪魔に姿を変えて、魔王軍の知恵袋として暗躍を続けたと」
「はい。金品を強奪するだけでなく、金銭絡みで破滅した者の姿を眺めるのが何よりも楽しく、いつしか“金翼”から“金欲”と呼ばれるようになったそうです」
「こちらとしては、“禁欲”になってほしいものだがな」
「さすがに“禁欲”を旨とする悪魔には、出会った事がないですね」
「それは残念。だが、これで確定した事がある。勇者と漫才を興じて、“油断と慢心”を誘った甲斐があったというものだ」
「ですね」
ジャンも、ティエラも、ニヤリと笑う。
その不敵な笑みを巨大化したペコニアに向けながら。
「勝ったな」
「はい、勝ちました」
「勇者! やれ!」
デビィドはジャンの呼びかけと共に、ペコニアに斬りかかる。
「リヒテン流剣術【先手必勝】!」
跳躍、そして、真正面からの高速の斬撃がペコニアの鼻先の振り下ろされる。
「愚か者が! この私は無敵! 勇者の一撃と言えど……、グバァ!」
命中、そして、のけぞる首。
鼻先がなまくらによって潰され、鼻血が噴き出す。
「お!? 攻撃が通った!?」
「ば、バカな!? なぜ無敵状態が解除されたの!?」
攻撃を放ったデビィドも、食らったペコニアも互いに驚く。
通るはずのない攻撃が通ったのだ。
そこにパチパチパチと拍手が響く。
拍手の主はジャンであった。
「結構結構、実に結構! さすがはお爺様が作り上げたシステム。防諜体制は完璧だったようだな!」
「何の話よ!?」
「ペコニアよ、気付いておらんのか? そもそもお前がなぜ、“徴税官”になれたのかを!」
「それは、私がこの国民になり、国王であるお前から“辞令”を受けたからよ!」
「その通り! そして、国民の誰しもが“コレ”を持っている!」
ジャンの手元には、自身の『身分証明札』だ。
国民の誰しもが所持している魔術具であり、王族と言えども例外ではない。
むしろ、“なりすまし”の影響が大きい分、“上級国民”の身分確証こそ気を使われている。
「そもそも、このカードをお爺様が普及させたのは、投影魔人対策だという事を忘れたか? 貴族への課税強化も同時進行でやっていたがな」
「当然、知っている! カードは登録されている本人以外は使えない。国民を虱潰しに検査して、本物の人間だと証明された者にはカードを支給。結果、私の部下が全てあぶり出されたものね!」
「そう。カードの提示を求められると、誰しもがそれに応じる。カードの提示を拒む者は、犯罪者か模倣者のいずれかだ」
「それなら、こうしてカードを呼び出せる私は“本物”だ!」
実際、ペコニアの呼びかけに応じ、カードが現れた。
だが、そのカードの表記を見た途端、有り得ない表示が出ている事に気付いた。
ペコニアが呼び出した自分の『身分証明札』、そこには“404 not found”と表示されていた。
それは、『登録された本人以外が何の権限もなしにカードを無理に使おうとした際に表示されるエラー表記』であった。
「なんで!? 私が自分のカードを使っているのに、なんでエラー表示が!?」
「当然だ。言ったはずだぞ? このカードは姿を変える投影魔人の対策を主眼に置いて確立された防衛装置だとな。ならば、当人以外が使えばこうもなろう!」
「だからなんでよ!? これは私のカードのはずよ!?」
「残念だが、登録をしたのはペコニア(魔族)であって、ペコニア(竜族)ではないのだ。投影魔人の擬態能力に対抗するため、“種族変換”には過敏なほどに反応する仕様なのだよ!」
「なんですって!?」
それは聞いた事もない仕様であった。
確かに、ペコニアがジャンに対して降伏を申し出て、王国の国民になった際には、魔族の姿をしていた。
当然、カードを受け取り、それを登録する際も魔族だ。
だが今、カードを持っているのは“竜族”のペコニアだ。
結果、システムが当人以外が使用したと誤認し、カードが一時的に凍結された状態に陥った。
その仕様を知らなかったペコニアの落ち度だ。
「つまり、ちゃんとカードのデータを復旧するまで、ペコニアという国民は存在せず、“名無権兵衛”となる。もちろん職業は“無職”扱いだ」
「そんな事が!?」
「お前が知らんのも当然だ! 仕様としては存在していたが、国内に紛れ込んでいた投影魔人を駆逐した後に確立したからな。それ以降、投影魔人が紛れ込んだ例は少なく、そのいずれも“カードの提示”で見破って来たので、分かりやすいレベルで“なりすまし”がカードを使おうとした例がなかった。あえて泳がせていた“リボンちゃん”を除いてな!」
使われていない仕様であったからこそ、ペコニアも気付く事が出来なかった。
本気を出して踏み潰すつもりが、あろうことか変身によって無敵状態が解除されるという大失態だ。
「カードのデータ復旧は、魔法省の窓口に言ってくれ。もちろん、この閉鎖空間から出られればの話だがな」
ジャンは立てた親指をクイッと下に向ける。
くたばれ、それが国家転覆とカードの不正利用を行った愚かな悪魔への、国王としての意思表示となった。
そして、デビィドは無敵状態でなくなったペコニアに飛び掛かった。
「いよいよこれが最後だな、ペコニア! 俺に向けてやらかした案件、倍返しにしてやるぜ!」
「抜かせぇぇぇ! お前のやらかし案件は“税金”についてだろうが」
「だったらよぉ、“国民の義務”とやらで俺を返り討ちにしてみせろ! 俺には今、“勇者の責務”ってのを背負ってんだよ! 義務を放棄した“無職”の分際で、デカい口叩いてんじゃねぇ!」
今やデビィドを縛るものは何もない。
自堕落な自分自身を振り切り、王国の、世界の危機に際して、立ち上がる。
これこそまさに“勇者”だ。
邪悪な企みを打ち砕くため、巨大な竜を相手に大立ち回り。
その姿を見守るティエラにとって、ようやく取り戻したと感じる事が出来た。
これこそ、“あたしの勇者様”だと。




