第78話 最後の手段 (1)
「やれやれ、ようやく立ち返ったか。元いた場所に」
槍を奮うモロコスの見ながら、やれやれと溜息を吐くジャン。
聖女を護る盾として、聖戦士が敵の前に立ち塞がる。
いつもの光景であり、デビィドもティエラも自然と笑みがこぼれる。
「オラオラオラァ! ペコニアよ、どういう話かよく分からんが、盤面がようやく動いたな! もちろん、こっちに有利な形で!」
デビィドも勢いを取り戻し、次々と敵兵を薙ぎ払う。
もちろん、ペコニアが治癒魔術でそれらを回復させてしまうが、先程までとは状況が違う。
動いていなかったモロコスが、ようやく前進を開始したのだ。
ペコニアとデビィドの間には何十人と兵士がおり、壁を作っている。
デビィドの体力を削り切れば、ジャンとティエラに手が届き、これを殺す。
その手順のために一手一手着実に進めてきたというのに、モロコスが正気に戻った事で盤面に狂いが生じた。
モロコスを止めるのには、兵士の数が足りない。
少なくとも、ペコニアはそう感じた。
「チッ、あの木偶の坊め。どん臭い頭をしていたから、“世直し”を指南してやったというのに、最後の最後でこうなるか!」
計算が完全に狂ってしまった。
勇者パーティーで一番頭が単純なモロコスを教唆し、要所要所で失策を誘発させ、勇者パーティーに大きな枷を嵌めたはずだった。
テンプル騎士団を潰してモロコスとスオーラを追い詰め、その余波でティエラを巻き込み、身動きを取れなくする。
デビィドへの攻撃は想定以上に堕落が進んでいたため、予想以上の効果を生み、ついには謀反さえやむなしというところまで追いつめた。
だが、蓋を開けてみれば、ジャンが素知らぬ顔を決め込んでいたと思いきや、とんでもない罠を仕掛けて待ち構えていた。
完全なる計算外。
見くびっていた、“勇者パーティーの結束力”と“王としての責務の重さ”を。
「クッ……、リシャールの意志はなお健在。どこまでも魔族への敵愾心や警戒心は消えないって事か!」
ペコニアはジャンを睨みつける。
王国全土をメチャクチャにして、その際に生じる負のエネルギーを使い、魔王の復活を早めようという計画も、今や完全に破綻した。
すべて、目の前の狡っからい王の手のひらの上だ。
「まあ当然だな。50年もやり合っていたのだし、1年やそこいらで警戒を解くなどという間抜けな事はしない」
「なら、盤面をもう一回ひっくり返してやるわ!」
「どうやって?」
「全兵士に告ぐ! 全員でモロコスを殺しなさい!」
ペコニアは作戦を切り替えた。
閉鎖空間の脱出のためにジャンとティエラを狙って戦力を集中させていたのだが、デビィドが邪魔をして近付けずにいた。
ならばと、今や邪魔者となったモロコスを消しに動いた。
なにしろ、この場で最もレベルの低いのは、転職してからそれほど経験点を貯めていないモロコスだ。
着実に敵戦力を削る。
モロコスが動いた以上、デビィドの体力を削り切る前に磨り潰されてしまうと判断すればこその大胆な一手だ。
「だが、がら空きだぜ!」
当然、デビィドがペコニアに向かって突進した。
壁になっていた兵士が一斉にモロコスに向いた以上、それは当然の事だ。
だが、ペコニアは慌てない。
邪魔になりそうなシャルルを突き飛ばし、デビィドの攻撃を真っ向から受けた。
勇者の一撃がペコニアを脳天からかち割る。
だが、そうはならなかった。
光る薄い膜が生じ、デビィドの攻撃を弾き返してしまった。
「なんだと!? くっそ、“徴税官”のスキルはまだ生きてんのかよ!」
「残念だけど、税金を滞納している勇者には、徴税官である私を攻撃する事はできない! モロコスが倒れるまでの間、ダンスに付き合ってもらいましょうか!」
徴税官は納税者に対して無敵になれる。
デビィドはまだ支払いが終わっていないため、ペコニアへの攻撃はできない。
しかも、ペコニアはデビィドとモロコスを結ぶ線上に立ち、行く手を塞ぐ。
デビィドが振り切ろうとするも、ペコニアが体を張って止めた。
「てめぇ、邪魔してんじゃねえぞ!」
「こっちは体で道をふさげばいいだけだしね。そちらの攻撃は届かない以上、私の体そのものが強力な壁になる!」
「ほんと、うざいな!」
デビィドも焦りが深まる。
モロコスは確実に押されていた。
数十人からなる強化された兵士が襲い掛かっているのだ。
いくら最強の槍を手にしているからと言って、レベルの低さは覆し難い。
スオーラの治癒魔術が無ければ、とっくに倒れているはずだ。
どうしたものかとデビィドは考えていると、不意に閃きが起こった。
「陛下! 徴税官を解雇にしてください! 国王名義で国税局の仕事を請け負っているって“設定”なんですから、国王なら解雇できるのでは!?」
「あ、それ、無理だ! 紙と筆と国璽、ここに持って来てないからな! 解雇の辞令を出せんのだよ!」
「なんでこんだけ事態を先読みしといて、こいつを解雇してないんですか!?」
「事が起こる前に解雇したら、労働基準法違反だから! あと、事業主と雇用人の雇用契約にも抵触してなかった! なので雇用継続!」
「今は十分すぎるくらいアウトですやん!」
「まあ、現状はそうではあるが、そもそも秘書も書記官も就寝中だから事務仕事は無理だぞ!」
実際、ジャンの側近も参列していたが、今は“近衛騎士団”を眠らせる際に使った“催眠玉”の巻き添えを食らって、騎士達と一緒にスヤスヤ眠っていたりする。
「いざって場面で使えねぇ~な、この王様!」
「何を言う! 悪魔を閉じ込める檻を用意できただけ上出来であろうが! 勇者ならば勇者らしく、なんとかしたまえ!」
「ペコニアを無敵状態にしたのは陛下でしょうが!」
「その無敵状態とやらになったそもそも原因は、“税を納めなかった”からだぞ、税金滞納系勇者! 国民の義務を果たしたまえ!」
「妙な枕詞を付けて呼ぶの、止めてもらってくれませんかね!?」
「事実を端的に表現したまでだ! だいたい、英雄たる勇者が税金滞納して悪魔に付け込まれるなど、後世の歴史家が頭を抱えるか、腹を抱えて笑う案件だぞ!? それでもよいのか!?」
「未来の話をする前に、今生の事を考えていただけませんかね!?」
「黙れ! 貴様には今までさんざん税金を投じて優遇措置を取って来たのだ。その分の費用回収はさせてもらいたいものだな」
「だから勇者として、魔王倒したでしょう!?」
「復活したからノーカンだ!」
「だったら、もっと勇者に投資しろって!」
「税の残額、罰金刑、禁固刑はどうにかすると言っただろうが!」
「その前に、無敵状態を解除して!」
何度も何度もデビィドは斬撃を繰り出すが、ペコニアは涼しい顔のままだ。
無敵状態である以上、決してダメージは通らない。
“滞納している納税者”は“権限を持った徴税官”に、決して抗う事はできない。
“国民の義務”は勇者の一撃にも勝る。
国王と勇者のやり取りなど、ペコニアからすれば不満をぶちまけるというよりかは、もはや漫才に等しく、ニヤリと笑みが自然と浮かんで来るほどだ。
「無様ですね。魔王様を倒した勇者が、私に手も足も出ないなんて!」
「そう言うお前も、俺には“口”以外出せてねえじゃねえか!」
「確かにそうね~。攻撃力の不足している私、そもそも攻撃が通せない勇者、これでは千日手もいいところよね」
「ハンッ! こっちはモロコスが兵士を削り切るまでお前を抑え込んでりゃいいんだぜ!? 状況はこっちが有利だ!」
実際、兵の数は減って来ている。
勇者の剣はなまくらであるため、鎧兜を着込んでいる兵士には決定打が与えられず、殺せてはいなかった。
だからこそ、負傷者をすぐに戦線復帰させるペコニアは厄介なのだ。
だが、モロコスは違う。
その手に握るのは伝説の武器“竜殺槍”だ。
魔王の体すら貫く威力があり、その攻撃力は兵士達が使う“鋼の剣”とは段違い。
レベルは低くとも、ペコニアで防御力を強化されていようとも、急所を突けば絶命させる事ができる。
すでに、10名以上の死体が転がっており、徐々にだが数を減らしてきている。
失われた体力も、側に張り付いているスオーラが回復してくれるため、いずれ兵士が全員死体に変わるのは明白だ。
デビィドとしては、それまでの間、ペコニアと遊んでいればいい。
状況は少しずつだが、勇者パーティーに傾きつつあった。
だが、ペコニアも手をこまねいているわけではない。
ふぅと一呼吸の後、魔力を解放した。
「なら、こちらも出し惜しみせず、“全力”といきましょうか!」
膨張する魔力と共に、ペコニアの体もまたムクムクと肉が盛り上がる。
頭に生えていた角は巨大化し、背中からは翼も生え、尻尾も更に太くなる。
爪も鋭さを増し、全身は“金色の鱗”で覆われる。
だが、その光景をデビィドは不敵な笑みを浮かべた。
「ようやく本体を出しやがったな、“金欲”の、いや、“金翼”のペコニア!」
変身が終わったペコニアの姿、それは金色に輝く巨大な竜だ。
吹き出す魔力、圧倒的な威圧感、常人であればこれだけで心臓を止めてしまいそうなほどの圧倒的な雄叫び。
完全にその姿を現した。
「魔王軍幹部『八つの悪意』の一体、“金翼”のペコニア。この姿を見せた以上、すべてを蹂躙する! 一人残らずひき肉にしてやるわ!」




