第8話 自堕落な生活
英雄の中の英雄。
世界の救世主。
様々な肩書で呼ばれるようになった勇者デビィド。
だが、今の彼はまさに抜け殻に等しい。
魔王討伐に成功してからおよそ一年、勇者は自堕落な生活に陥っていた。
賞金を受け取り、仲間内で盛大に盛り上がった翌日、デビィドは王都郊外にある養老院に足を運んだ。
そこにはデビィドの祖父が入所しており、お見舞いがてらに魔王を倒した事を報告するためだ。
養老院と言っても、そこの内情は“介護付き高級ホテル”と評した方が良い程にサービスが行き届いており、老齢の富豪や貴族の社交場という状態であった。
デビィドの祖父は元・近衛騎士団の一員とあって貴族に顔を覚えられている上に、やはり“勇者の祖父であり師匠”という肩書も有効に働き、入所が許されていた。
費用自体もかなり高額なのだが、そこもまた勇者特権が効力を発揮し、税金によって補填されていたので、デビィドの懐が痛む心配もなし。
他に身寄りのない老齢の祖父を放っておいて旅を続けられたのも、これのおかげと言っても過言ではない。
賞金を受け取り、その後の祭りも落ち着いて、いざ敬愛する祖父に魔王を倒した事を報告に向かったのだが、デビィドが再会したのは祖父の亡骸であった。
デビィドが養老院を訪れる前日に亡くなったと聞かされた。
老年に加えて最近では病気がちであり、長くはないだろうと思われていたが、それでも魔王打倒のために戦う孫に余計な心配はかけさせないと、闘病を続けてきた。
そして、デビィドら勇者パーティーが魔王討伐に成功したとの報告を受けて気が緩み、堪えてきた病状が悪化。
養老院の職員も王都に凱旋したデビィドに知らせようとしたのだが、そこは老人に止められてしまったのだ。
「お祝いムードに水を差すような、無粋な真似はよせ。魔王は倒れた、倒された。その事実だけでワシの人生は報われる。だから、デビィドがやって来たらこう伝えろ。『お前はワシの誇りだ。本当によくやってくれた。感謝する』と」
これを遺言とし、一人の老人の人生は幕を下ろした。
本当に静かに眠るように息を引き取った老人の顔は笑顔であり、何もかもが満ち足りている事を表しているかのようであった。
しかし、残された者は違う。
デビィドは悔やんだ。
幼い頃に両親を流行病で失い、親代わりに育ててくれた祖父。
剣術を教えてくれたのも祖父であり、それほど洗練されてはいないが、貴族相手にもギリギリ通用する作法を教えてくれたのも祖父。
親であり、師であり、そして、唯一無二の家族。
それがあまりにも呆気なくいなくなってしまった。
こんな事ならば、王城に参内するよりも先に、祖父への報告を優先するべきであったと後悔の念が後から後から湧いてくる。
数多くの苦難を共に乗り越えてきた仲間達にも、かける言葉が浮かばなかった。
それほどまでに、デビィドは打ちひしがれた。
敬愛する祖父の死を看取る事が出来ず、遺言も直に聞く事すら叶わなかった。
なんという不甲斐ない男なのだと、デビィドは自分自身を嘲る。
他のパーティーメンバーの励ましの言葉も耳に入らないほどだ。
「何かあったらいつでも相談に乗るし、力になる」
三人の旅仲間はそう言って、一度デビィドから距離を取る事にした。
どのみち、魔王討伐と言う目的が果たされた以上、スオーラとモロコスは神殿へ戻る事に決めていたため、パーティー解散は既定路線であった。
唯一、ティエラだけはどうしたものかと悩んだ。
こういう時にこそ、あれやこれやと慰めるべきなのではないか、と。
ただ、そこは自重した方が良い。自分で立ち直らせるべきであるし、勇者であるならば必ず立ち上がるからとスオーラに諭され、引き下がる事にした。
「勇者様、あたしも実家に戻ります。でも、いつでも来てくださいね。コレ、置いておきますから」
そう言って、ティエラは巻物を置いていった。
それには【帰還】の魔術が刻み込まれており、指定している帰還ポイントにいつでも戻る事が出来た。
ティエラは帰還ポイントを実家に指定しており、その魔力が込められた巻物を発動すれば、いつでも会える。
だから、気が向いたら必ず再会しようという彼女の意思表示だ。
しかし、彼女の想いは虚しく、デビィドはこの一年、無為に時間を過ごした。
高級食堂に出かけては豪勢な食事や高い酒を飲み食いし、あるいは高級娼館に出かけては豪遊三昧の日々だ。
そして、酔いの内に祖父の住んでいた家に帰って寝る。
これの繰り返しだ。
王都では珍しい戸建ての家で、庶民はだいたい集合住宅に住むのが一般的であるが、一部の金落ちや貴族は屋敷を構えている。
たまに無理して、一般庶民が戸建てを持つ者はいるが、何かしらの事情で小金を掴んだ者や、あるいは相続した物件が大半だ。
デビィドの祖父は元は近衛騎士という立派な官職持ちであった上に、退役後は剣術師範として道場を経営していた事もあって、割と裕福であったと言える。
この家も旅に出る前に住んでいた事もあって、勝手知ったるというものだ。
昔なじみの近所のお姉さんが、家政婦として掃除に来てくれるのは前々からであるし、少々悪ふざけで“致してしまった”事は反省している。
しかし、何もかもが虚しい。
どれだけの美酒、美食も、仲間で囲って騒々しくも食べていた大衆食堂の食事に比べれば味気ない。
女を抱いても、ティエラの顔がチラつき、その後ろめたさからどうにも充足感と言うものが生じない。
何か打ち込めるものでもあれば良かったのだろうが、それをふいにしてしまっているのも、デビィド自身であった。
実際、祖父の経営していた剣術道場に師範として来ないかと誘われていた。
この時はデビィドの兄弟子が道場の師範代となり、切り盛りしている。
道場主の祖父が亡くなった以上、師範としてそのまま継承しても良いのだが、「席は空けておく」というのが兄弟子の回答だ。
剣術道場はデビィドが継ぐべきだと言う発想であり、自分はそれを支えると言う。
“魔王を倒した勇者が師範の剣術道場”という看板は強力だ。
門下生になるのを希望する者は増える事だろう。
事実、デビィドが旅に出て、その活躍が王都にも届くようになったころから、道場の認知度は上がっていき、門下生が増えていった。
そして、魔王を倒した事でより人気が高まり、ここでデビィドが道場の師範にでもなれば、国一番の道場になる事も夢ではなかった。
しかし、デビィドはどうにもやる気が生じない。
朝、目を覚ますと二日酔いの頭を揺らし、体を起こす。
そこには自分の欲する“喧騒”がない。
少年時代には祖父に叩き起こされ、あれこれ怒鳴られながら訓練用の剣で素振りをしたものだ。
冒険者時代は横で寝ていたティエラに優しく起こされるか、あるいはモロコスのいびきで目を覚ましてきた。
しかし、今のこの家にはどちらもない。
家族も、仲間も、どちらもいない。
その気になれば、増やす事はできる。
貴族や富豪から“お見合い”の話が何件も来ているし、それを受ければ結婚して家庭を持つ事も可能だ。
また、兄弟子を始め、道場では帰りを待っている昔からの顔馴染みも多い。
いいとこのお嬢様を嫁に貰い、国一番の道場の師範として後進の育成に努める。
目的のない今のデビィドからすれば、充実した生活と言えるだろう。
唯一欠けているのは“やる気”だ。
やる気が湧いて来ず、ただ日々をダラダラ過ごす。
おまけに、「たっぷり浪費する!」というティエラに向かって言った冗談だけは、きっちりと実行してしまっている。
「マジで、俺、何やってんだろう」
かざしている『個人証明札』に見える預金残高は1億マネイを割り込んでいる。
受け取った賞金を、僅か1年で半減させるほどに浪費していた。
このままでは本気で廃人にでもなりかねない。
そう考えて、何度かティエラの受け取った巻物に手を伸ばすも、今更どの面下げて会いに行けると言うのかと思うと、覚悟より躊躇が勝る。
手を引っ込め、また億劫になる。
これの繰り返しだ。
とは言え、またしても人間としての生理現象、“空腹”が発生する。
昨夜も色々と胃袋に美食の数々を放り込んだと言うのに、朝になると全てがリセットされる。
ああ、また鬱陶しい一日が始まるのかと思っていたところに、チリンチリンと玄関の呼び鈴が鳴る。
「ん~、誰だぁ? 姉ちゃんの掃除の日は明日だし、道場の誰かがまた誘いにでも来たかぁ……?」
横になっていたデビィドは寝台から起き上がり、玄関へと向かう。
だが、扉の数歩手前で立ち止まった。
腐りかけているとは言え、それでもデビィドは世界を救った勇者である。
扉越しに感じる気配に、久しく錆び付いていた警戒感が、最大級の警報を鳴り響かせた。
なにしろ、その感じ取った気配とは、魔王軍幹部『八つの悪意』の生き残り、“金欲”のペコニアであったからだ。




