第76話 職権乱用?
「って、やっぱり数が多いわあああ!」
デビィドの絶叫が響く。
はっきり言うと、次から次へと襲い掛かられ、休む間もない有様だ。
戦場と化した宴の間は、怒号と剣戟が飛び交うが、ほぼそれはデビィドとその周囲だけだ。
数の上では勇者パーティーとジャンの合計5名に対し、ペコニアによって強化されたシャルルの私兵と操られている王宮の衛兵が約60名。
数の不利を補うため、デビィド、ティエラ、ジャンの3人は部屋の隅に移動し、回り込まれないようにした。
一方、モロコス、とスオーラは同じく壁際によって、防御の結解を張り、攻撃を寄せ付けていなかった。
だが、押し寄せている数が違う。
10名ほどがスオーラモロコスの回りに群がり、牽制を入れつつ、他全員がデビィドのいる方に殺到していたからだ。
「勇者よ、しっかり励め!」
「勇者様、頑張って!」
「陛下にティエラも、少しは援護しろよ!」
群がる敵兵を薙ぎ倒してはいるが、どれも無意味だ。
倒した先からペコニアが治癒魔術をかけてしまうので、一向に頭数が減らない。
飛び掛かり、吹っ飛ばされ、そして、回復し、また襲い掛かる。
これの繰り返しだ。
シャルルの私兵はともかく、王宮の衛兵は操られているだけなので、何かとやりにくい。
おまけに、デビィドの剣は演劇用の刃引きの剣であるため、攻撃力は低い。
鈍器として使えるが、それではとどめを刺すのに不向きだ。
だからこそ数が減らない。
斬ってふっ飛ばしても、また回復を受けたら戦線復帰。
操られているので、恐怖も躊躇もなく突っ込んでくる。
デビィドの体力も無尽蔵というわけではないので、さすがに汗と呼吸の乱れが目立つようになった。
“数で押す”という戦いの基本を、ペコニアはキッチリ押さえた結果だ。
「部屋を閉鎖したのは、却って枷になったのでは? 残念ですが、催眠ガスが効き過ぎですよ!」
ペコニアの勝利を確信した笑いが神経を逆撫でしてくる。
だが、これは事実だ。
ティエラ(変装していたジャン)が撒き散らした催涙ガスは、近衛騎士団の大半を夢の世界へ誘い、なおも床に寝転んで寝息を立てている。
これだけの騒動とその音を浴びながら、目を覚ます気配が一切ない。
本当によく効く“催眠玉”であった。
「陛下! 打開策ってないんですか!?」
ティエラも必死で頭を働かすが、現状、何もない。
そもそも、ティエラは現在、完全にお荷物だ。
閉鎖空間を起動するためにかなりのMPを消費し、デビィドへの多少の強化を行った段階で尽きてしまった。
そうかと言って、前線に出るわけにもいかない。
腕力も技術もない自分が飛び出したところで、邪魔にしかならないのは分かり切っていた。
勇者と肩を並べて戦えるのは、この空間ではたった一人しかいない。
しかも、そちら側とは部屋の隅で反対側に陣取っており、完全に分断されていた。
「戦闘は勇者パーティーに丸投げすれば、まあどうにかなると思っていたんだが、どうにも不甲斐ないようだな!」
「陛下は無茶ぶりが過ぎますよ!」
「魔王倒したんだし、その部下くらい行けると思ったんだがな~」
「装備なし&レベルダウンしてなければ、どうにでもなりましたよ! せめて、私にも少しMPの余力があれば!」
「ないのか?」
「ほぼスッカラカンです! あと、弱めの魔術を1回くらいなら」
「それで十分だ。“アレ”を回収しろ」
ジャンが指さすその先には、床に転がっている竜殺槍『アスカロン』があった。
その昔、邪悪な竜が王国に災厄をもたらした際、当時の勇者が竜を仕留める際に用いたとされる槍だ。
それをモロコスが手に入れて使っていた。
勇者の剣を作った伝説の名工が改良を施し、斧槍の形状にして、モロコスの怪力をより発揮できるように手を加えている。
「あれを回収しろと?」
「そうだ。現状、この場では文句なしの最強武器だ」
「まあ、そうですけど……。んじゃま、槍よ、来い!【掌握】!」
ティエラが槍に手をかざすと、床に転がっていた槍が宙を舞い、ティエラの下へとやって来た。
なお、途轍もない重量の槍であり、ティエラの細腕では石突を地面に付けた状態でも、両腕で抱えるのがやっとであった。
「こんなん、よく振り回せるわね、モロコスは」
「それだけ規格外な腕力を持っているというわけだ」
ジャンも槍をティエラから受け取ったが、やはり構えるだけで精一杯だ。
とてもではないが、これを振り回すなど不可能であると実感した。
「さあ、勇者よ、頼んだぞ」
「何を!? こっちはこっちで手一杯なんですが!?」
「お前の風魔術でこいつをモロコスのところまで飛ばせ」
「無理! 陛下御自身で届けてください!」
「届けてくれたら、お前の借金、チャラにしてやるぞ」
思いがけない一言に、デビィドの動きが固まる。
もちろん、デビィドの借金と言えば、納税額の残金の事だ。
預金を全部ペコニアに吸い上げられ、今や完全な素寒貧。
唯一の財産は王都にある自宅だが、それも没収され、競売にかけられる瀬戸際だ。
それをチャラにしてくれるというのであれば、これ以上にないご褒美だ。
「陛下! 今の話、マジですか!?」
「至って大真面目な話だ。王室の“機密費”から出しておこう。あと、『身分証明札』の返却義務違反やら諸々の刑事罰案件も、全部握り潰しておく」
「っっつしゃあ、オラァ! お前ら全員、くたばれぇ! 【斜中段の型】起動! 【転撃】!」
勇者の放つ横一閃の斬撃が群がる敵兵を吹き飛ばす。
先程までの疲労が消し飛び、実に活き活きとする。
これで良いものかと、ティエラが困惑するほどに。
「持ち直した!?」
「結構な事だな。やはり報酬があるとないとでは、やる気に差が出るな。」
「あの~、陛下? これって職権乱用ってやつでは?」
「フンッ! “金”と“権力”はこうやって使うものだ。何より、大事の前の小事。シャルルのごとき愚物に国を乗っ取られる事を思えば、いかなる手段を用いたとて正当化されるべきだとは考えんのか?」
「物は言い様ですね。王様が法を堂々と破るのは、これ以上にないくらいの害悪そのものですよ!?」
「言ったであろう? “握り潰す”と。この場の全員を喋れない状態にすれば万事解決。咎める声、非難の声が無ければ、それはなんの問題もないという状態だ」
「皆殺しってことですか!? 伯爵の私兵はともかく、王宮の衛兵まで!?」
「関係各位には『かの者は戦場に散った! 見事な働きであった!』と伝えておくさ。感状と遺族年金と共にな」
「それも金で解決ですか……」
「ないよりはマシだ。事情を知る者からすれば偽善も甚だしいかもしれんが、知らなければそれは王としての徳として積み上がる」
「血の色をした玉座に腰かけて平気なんですか!?」
「当然だ。権力者とは、要するに人を駒のように扱える者の事を指して言う。時に悪徳と隣り合わせに生き、同時に“確信犯”であらねばならないし、その責から逃れる事を許されない存在だ」
確固たる信念、揺るがぬ責任感。
あまりの熱量に、ティエラは恐怖を感じる程だ。
ジャンは徹底的に冷えており、同時に熱い。
王という存在について、まさに理想の形だ。
恐ろしいが、同時に忠を尽くしたくもなる。
「さて、それでは、盤面を動かすぞ。受け取れ、モロコス!」
ジャンの握る槍が投げられ、宙を飛んだ。
だが、当然、届かない。
あまりに重すぎて、まともに投げる事が出来なかった。
「弾けろ、【突風】!」
だが、デビィドが反応した。
風の砲弾が槍を弾き飛ばし、勢いよく飛んでいく。
勢い余って飛び過ぎて、モロコスのいる壁際の柱に突き刺さるほどだ。
聖戦士の下に、魔王を倒した槍がついに戻った。




