第75話 閉鎖空間
税金は集めるだけでは能がない。
集めた金をどう使うのかが、為政者の責務であり、義務だ。
それをジャンは誰よりも理解し、着実に実行した。
「金はかかった! だが、無駄ではなかった! 獲物が中に入ったぞ! ティエラよ、やれ!」
「了解です!」
ティエラがカツンと足踏みすると、足下に魔法陣が現れた。
「発動! 【閉鎖空間・次元絶界】!」
ティエラの絶叫と共に部屋全体がガコンッと振動すると、完全に閉じた。
扉は締まり、窓は黒いカーテンでもかかっているかのように何も見えない。
宴の間、それが完全に外界から隔絶された。
「ペコニア、それに、シャルル、ようやくこちらが用意した網にかかってくれたな。どこをどう回り道をしようが、王国を乗っ取る段階になったところで、必ず余を暗殺しに来るのは目に見えていたからな!」
「陛下……。では、初めから!」
「シャルル、お前の野心など、とうの昔に気付いていた。だが、ふりとは言え、表向きは従順であったし、上納金もキッチリ支払っていたから敢えて見逃してやったまでの事」
「ぐっ、おのれ……!」
「欲を出さずに、程々で済ませていれば、十分に富貴な立場でいられただろうに、欲張るとろくな事がないという事だ。勉強になったな」
愚行に手を染めた家臣への手向けか、ジャンはシャルルに向けて、握っている剣の切先を向ける。
手ずから始末する、そう宣言したに等しい。
ジャンとシャルルの付き合いは長く、実に30年に及ぶが、謀反を許してやるほど、ジャンは寛大ではない。
すでに一族郎党、根絶やしにする気満々だ。
それを感じたからこそ、シャルルは慌てて床に転がっていた剣を拾い上げ、抵抗の姿勢を確固たるものにした。
「や、やってやる! やってやるぞ! もうここまで来て、下がれるか! 王国は私のものだ!」
「下がらぬか。ならば、仕方がないな。あまり時間もない事であるし、反省はあの世でしてもらう事にする」
余裕のジャンだが、実のところ、かなり危うい立場にある。
なにしろ、正面のシャルルの周囲には何十人という兵士がいる。
背後には、傷の癒えたペコニアがいる。
完全に挟まれている状態だ。
事実、シャルルもそれが分かっていたため、兵士で壁を作りつつ、ジャンとの距離を縮めてきた。
「おっと、言い忘れている事があった」
そう言って、ジャンは後ろを振り向き、ペコニアに視線を合わせた。
「この【閉鎖空間・次元絶界】は空間を完全に断絶している。その為、中から出る事も、逆に、外から入る事もできん」
「そのようね。外界への感覚が断絶したわ」
ペコニアはそれによって本当にこの宴の間が、完全に閉ざされた空間である事を認識した。
入る事も出る事も、外から情報を仕入れる事も出来なくなった。
だが、それは相手も同じ事だとも、同時に認識した。
「なら、戦力的にはこちらが有利。こちらには完全武装の兵士が数十人。そちらにはろくな装備がない“半壊した勇者パーティー”だけ。大人しく死んで、楽になって欲しいものですわ」
「生憎、途中で荷物を放り投げるのは信条に反するので遠慮する。なにより、余でさえ荷が勝ちすぎると思う玉座に、シャルルのような凡庸な俗物に背負いきれるとは思えんのでな」
「それは同意見だわ」
「潰れる事が前提で、王位の簒奪を企むとは、やはり悪魔は所詮、悪魔だな」
「そういうジャン王、あなたも十分悪魔ではないかしら? これだけの設備、かなり予算を食ったと思いますけど? 血税をこんな潤沢に使っては、いくら税をとっても足りませんよ?」
「なぁに、魔王軍残党という“負の遺産”を後世に残さないための必要経費だ。なお、かかった経費は、インジェヌオ伯爵家の財産没収で穴埋めさせてもらうとしよう」
「おお、怖い怖い。それじゃあ、こちらも本気を出しましょうか!」
突如としてペコニアの体から膨大な魔力が溢れ出てきた。
魔王軍の幹部、その肩書に相応しいものであり、普段の陰湿で嫌味な女の面影は消えてなくなり、流れ出る魔力と共に感情そのものまで奔流となっているかのようだ。
「【全能力向上】! 【魔力抵抗】! 【運気将来】! 【超鋼障壁】! 【自動再生】! か~ら~の~、【術式極大化】! 【術式全体化】!」
普段は策で翻弄するやり口のペコニアだが、戦闘に際しては徹底してサポート役に徹する。
自身の戦闘能力はそれほど高くはないため、補助魔法や回復魔法で援護するのが、その戦闘スタイルだ。
今もこれでもかという程に強化をかけ、手駒を徹底的に強化した。
レベルに換算すれば、全体のレベルが10や15は上昇したに等しい。
集団になればなるほど、全体の底上げは威力を発揮する。
「さあ、まずは狙いはジャン! 次にティエラよ! この二人を消せば、忌々しい結界も同時に消えるわ!」
「ハッ! さすがに察しが良いな、ペコニア!」
「使った術士か、用意した主権者、どちらかが消えれば、この手の結解は消えるもんよ! 死ぬがいい、ジャン! 重税を課す圧政者の名だけ残して!」
「だが断る」
ジャンは身を翻し、逃げ出した。
王が、敵に、背を向けて、恥じ入る事無く、逃げの一手だ。
だが、逃げたというより、誘い込んだ。
否、もう準備されていたのだ。
そう、そこには“勇者”が立っていた。
魔王を倒せし救国の英雄・デビィドだ。
「では、後は任せたぞ!」
もう自分の役目は終わった、そう言いたげなジャンだ。
実際、ジャンの動きは完璧だった。
囲みの中にいたはずのデビィドが、いつの間にかティエラのすぐ側まで移動できたのは、ジャンが危険を顧みず、自分に注意を向けていたからだ。
シャルルも、ペコニアも、ジャンに意識を集中させすぎた。
結果、デビィドは和らいだ包囲をこっそりと脱し、優先的に守らねばならないと判断したティエラに駆け寄っていた。
むしろ、ジャンがそう誘導したふしさえある。
「ティエラ、陛下、ここは俺が!」
「どうやら、ようやく勇者の本分を思い出したようだな」
「魔王を倒して浮かれていた、ちょいと前の自分をぶん殴ってやりたい気分ですよ」
デビィドもすっかりやる気満々だ。
今ここで奮い立たねば勇者の名が廃る、と。
「いや~、正直な話、昨夜はビビりましたよ」
「ティエラと入れ替わっていた件か?」
「誘われてホイホイ寝室に行ってみれば、いきなり『身分証明札』を提示して、『余だ。ご期待に添えなくて残念だったな!』ですもんね」
「お楽しみを期待していたところを悪いが、そこは情報伝達が先だったのでな。キャッキャウフフな状況を演出すれば、スオーラもモロコスも呆れていなくなると踏んで、勇者をスケベに誘っただけだよ」
「昨夜のことを想像するだけで気持ち悪い」
「おかげで、2人だけの夜を過ごせて、ある程度の情報共有ができたてはないか」
「誤解を招く言い方は勘弁してください。……と言うか、国王がキャッキャウフフとかスケベなんて言わないで下さいよ~。威厳も何もあったもんじゃない」
「そう言うな。同じ師の下で学んだ仲ではないか」
「時期がズレてますよ。陛下が爺さんに剣術を習っていたのは、まだ爺さんが王宮に出仕していた頃で、俺が爺さんに引き取られたのは引退する前後ですから」
「急な引退だったからな。技も一つしか覚えられなかったが、ペコニアをぶっ刺せたのは痛快至極。無駄ではなかった」
「あの世で爺さんも鼻高々でしょうよ」
デビィドも、ジャンも、してやったりと言う笑みがこぼれる。
師の剣で魔族をぶっ倒すのが、これ以上にない喜びであるかのように。
「では、剣士としてはここで終了。国王として、勇者に命じる。悪魔ペコニア、謀反人シャルルを討滅せよ。周囲の兵士も含めてな」
「兵士は王宮の衛兵も混じってますけどいいんですか?」
「兵力差を考えろ。そんな余裕はあるまい? まあ、極力殺さないようにだけはしてくれ」
「極力、ね」
難しい仕事だが、今のデビィドに迷いも躊躇もない。
契約が切れた以上、もはやペコニアは無敵ではない。
あとは超強化された兵士の壁を穿ち、少々勿体ないスケベボディに一撃を入れるだけだ。
(と言ってもな~。持っている剣、演劇用の刃引きのなまくら。ちぃとばかし苦労するかもな。あ~、極力、極力か~)
装備している鎧の形状で、伯爵の私兵と王宮の衛兵は識別できる。
しかし、自身の剣はなまくらで、おまけに鎧などの防具を着ていない。
しかも、ティエラとジャンを庇いながらである。
思ったより苦戦するかもと考えながら、デビィドは真っ向斬りかかっていった。




