第74話 二重所持は許さない
すべては手のひらの上。
影の存在に気付いていながら、敢えて気付いていないふりをして、わざと謀反を起こさせた。
リシャールが用意し、ジャンが細工して罠を張る。
それがものの見事にハマった。
これほど痛快なこともなく、ジャンはこれ以上にない程の蔑みの視線を以てペコニアを見つめた。
「なので、赤子に擬態していた影は発見できたが、敢えて泳がせた。カードの仕様の穴を突いて来たつもりであったようが、バレてしまえば何の事はない。どういう方法で仕掛けてくるのかと興味もあったので、あえて“監視”だけに留めた」
「最近になって動き出したから、更に警戒感を高めて、逆にハメたと!?」
「ある意味滑稽ではあったがな。お前はバレていないと思っていたようだが、実は最初からバレていたのだよ」
「やってくれたわね……!」
「正しい税金の使い方であろう? 国防こそ、国家が国民に施す最大にいて最小の福祉だ。外敵の侵入を防ぎ、あるいは入り込んだ異物を排除する。それが国を護る者の責務だ。安心して暮らすためにはまず“安全保障”。魔王軍との戦いはまだ終わっていない。少々予算を食われたが、それでも結果は十分だ」
「おのれぇぇぇ、リシャールめ!」
ペコニアの声は恨みに満ちている。
すでに故人となった先王リシャールだが、50年に渡って魔王と戦い続けてきた手腕は本物だ。
魔族の習性、性格を誰よりも理解し、認識し、その為の罠を用意していた。
「そう、これは爺様の用意した道筋、あるいは落とし穴と呼ぶべきもの。一滴の水さえ漏らさない。それがお爺様の考案した『国民階証明札制度』だ。それを甘く見ていたな、ペコニア」
「やはり狂人だな、先王リシャールは! それを平然と引き継げるあなたも!」
「それについては同感だ。だが、おかげで助かった。予算を食い過ぎるので、どう手を付けたものかと思ったが、幸いな事にお前が魔王の転生を焦るあまり、一年足らずで仕掛けてきた事が綻びを生んだ!」
勝ち誇るジャン。
苦悶の表情を浮かべるペコニア。
人の勝利を確信した者と、人の堕落ぶりを信用し過ぎた者の差と言える。
ごくまれに、堕落も腐敗もしない、“本物”がいる事を失念していた結果だ。
「なにより、ペコニア、お前自身のミスは、『身分証明札』を確認しなかった事だ。もし、お前が朝礼でもやって“指さし確認”でカードを確認していれば、昨日の内に余とティエラが入れ替わっていた事に気付けたはずだ」
「そんな事が……!」
「地味だが効果的なのだよ、これは。宮中では、出勤してくる者や、何かしらの理由で参内してきた者は、毎回カードを確認する。今回は“婚約御披露目式”という事で、わざと警備を緩めただけだ。何しろ、余自身が“なりすまし”だからな!」
実に単純なカラクリだが、効果は絶大だとペコニアはすぐに気付いた。
面倒ではあるが、顔を合わせるた度に複製不可能なカードを見せ合う。
そうすれば、“なりすまし”を無くす事ができる。
それを徹底していただけだ。
庶民はそんな面倒をやらないが、国王は、王宮では徹底されていた
先王リシャールが残した狂気の遺産が、思わぬ助けとなった。
「極めつけは、お前と“リボンちゃん”に白紙のカードを渡した時だ。国民であるならば、カードは持って当然。しかし、少女に擬態していた投影魔人はすでにカードを所持している。二重所持はいかんよな?」
「ぐぅ、リボンちゃんの秘密を、気付かれていた事に気付いていなかったこちらの落ち度……!」
「そう言う事だ。違法行為を今の今まで見逃してやったが、それもここまで。悪魔ペコニアよ、契約により王国法への順法を誓った。しかし、カードの二重所持という国家の根幹にかかわる重罪を侵した。よって、国王ジャンの名において宣言する……。悪魔ペコニア、 汝は外法者だ!」
ペコニアはともかく、幼女に擬態していた投影魔人はカードを2枚持つ事になる。
あの日、カードをジャンから直接受け取ったその日から、“悪巧み”がバレていたという話だ。
二重所持は許さない。
面倒ではあるが精密に制度を運用し続けた結果が、ペコニアの策を打ち砕いた。
税を集め、惜しみなく投入し、一切の腐敗も妥協もせず、カード制度の運用を続けてきた先王リシャールと、それを引き継いだ現国王ジャンの“粘り勝ち”だ。
「悪魔は決して法を破らない。だが、ペコニア、お前は破ってしまった。もはやお前は悪魔ですらないただの外法外道! 矜持もなく、ただ悪事を働くだけの蒙昧なる存在! 嘘つきの罰は、決して安くはないぞ!」
「あががががが!」
ペコニアの頭の中に何回も何回も、何かが砕ける音がする。
それは契約が外れる音だ。
悪魔は決して契約を破らない。
穴を突いて破滅させる事はあっても、契約そのものは決して破らない。
だが、ペコニアは破ってしまった。
“嬰児交換”のトリックを見破られ、カード授与の際、『身分証明札』の二重所持という罪を犯した。
犯したのは投影魔人だが、ペコニアの命でそれをやった以上、ペコニアに責任がある。
まして、国王、魔王、参謀の3者契約を交わしながら、その魔王は真っ赤な偽者。
契約の時点ですでに“欺瞞”。
だが、違法、違反はそれを指摘しない限りは、“それが正しい”のだ。
バレなければ、犯罪は存在しないのと同義であり、罪が無ければ、罰もない。
しかし、それは覆った。
ジャンはとうの昔に見抜き、敢えて泳がせ、言い逃れができないところまで引き寄せてから暴露した。
汝に罪あり、と。
悪魔の矜持が崩れ去る。
契約は絶対、順法で通す。
ペコニアはバレずにやり過ごせると踏んでいたが、ジャンにはバレていた。
ゆえにジャンに告げられた。悪魔失格である、と。
「随分と苦しそうだな、ペコニア。普段見下している人間風情に、まんまと出し抜かれたのがそんなにキツイかね?」
「お、おのれ……!」
「フンッ! 悪魔と呼べるのかさえ疑わしい今のお前は、ただのおバカな道化だ。さっさと掃除してやるのが、世のため、人のため」
「なら、なかった事にするまでよ!」
「ほう、なかった事に、な」
「この場の全員、皆殺しにすればいいわ! 勇者パーティー共々、王であるあなたを殺せば、もう一度、ひっくり返せる!」
「やってみろ。できるものならな。さあ、教えてやろう。税金の正しい使い方というものをな!」
ジャンの号令の下、戦いは再開された。




