第73話 想定済み
「ば、バカな……! こんな事が!」
ティエラの放った突きがペコニアの体を貫いた。
痛みは感じない。
それ以上の衝撃が、ペコニアを襲っていたからだ。
「そ、そんな馬鹿な事って! 勇者パーティーとは“不戦の契約”を交わしているはず! なぜ、攻撃が通る!? ぐぎゃ!」
ペコニアの体に刺さる細剣を動かし、穿孔を抉る。
ティエラは見せた事の内容な残忍な笑みを浮かべ、グリグリと剣で傷の穴をかき混ぜた。
「嘘つきの罰だ。いや、これでも軽いくらいか?」
「ぐぅ、離れろ!」
ペコニアは必至で蹴りを繰り出し、ティエラを弾き飛ばした。
ティエラはのけぞり、握る剣と共に後ろへと転がるも、上手く受け身を取ってすぐに立ち上がった。
「契約は絶対のはず! なぜ、攻撃が通ったの!?」
そこが最大の疑問だ。
ペコニアは治癒魔術ですぐに傷を塞いだが、困惑までは平常化できない。
目の前のティエラはなぜ攻撃を通せたのか?
そこが見えてこない。
それゆえの“動揺”。
(計画は、作戦は、“完璧”だったはず。なぜ攻撃を食らったの!?)
すべては魔王城(跡地)から始まった。
ペコニアは魔王リボーよりさっさと有休を消化しろと言われ、有休を消化する事となった。
丁度、箱推ししているアイドルグループ『蛍GENJI』のツアーライブをしていたので、金と財力と資本に物を言わせて、強引にチケットを購入。
ライブに参加して、はちゃけまくった。
ご満悦で魔王城に戻ってみれば、魔王は勇者に倒され、城は崩壊し、魔王軍幹部の『八つの悪意』は自分を残して全滅。
なんとしてでも魔王軍の再興をしなければと心に誓った。
(神殿騎士団を潰して、ジャン王の信を得て上手く王国に入り込み、その後は王と交わした契約に抵触しない範囲で駒を作り出し、今、一斉に動き出した。王を暗殺し、その罪を勇者パーティーに擦り付け、後は王国に実権を握ったシャルルを“モロコス”が殺せば、何もかも上手くいったはず! なのに、なんで!?)
どこで計算が狂ったのか?
そもそも、なぜティエラの攻撃が通ったのか?
ペコニアには、それが分からなかった。
盤面は“詰みの一手”だったはずだ。
犠牲になった投影魔人には少々気の毒ではあったが、役目は十全に果たしたし、見事に騙し切った。
“魔王は生きている”事を擬態出来た、出来ていた。
なのに、しくじった。
剣で貫かれるなど、有り得ない事なのに、ティエラの剣は届いてしまった。
濡れ衣を着せ、あとは勇者パーティーを“人間”の手で始末すれば終わっていたはずなのだ。
「聞きたいかね?」
不敵な笑みを浮かべ、苦悶の表情のペコニアをこれ以上になく見下すティエラ。
らしくない、そう思えるほどにティエラの表情は実にあくどい。
知恵は回るが、悪辣とは言い難い甘さを持つ大魔導士ティエラ。
だが、今はどこか違う。
何かが、まるで人が変わったかのようだ。
「…………! まさか!」
「今頃気付いたか、愚か者め!」
ボンッとティエラが煙に包まれる。
それはすぐに消え去ったが、煙の中から現れたのは“ジャン”。
国王のジャンであった。
「良い余興であったぞ、ペコニア、それにシャルル」
「へ、陛下……! では、先程殺されたのは!?」
「もちろん、あたしよ!」
今度は“ジャンの死体”が煙を吹き出し、そこから現れたのはティエラだ。
「な、ティエラ!? これはどういう……」
「シャルル様~、今のあたし、“怪盗”なんですよ? 【変身】で入替するくらいできちゃうんです。もちろん【死んだふり】もね」
「陛下と入れ替わっていただと!?」
「昨日のうちにね! 姿がそこにあれば、いるものだと信用される。なるほど、“なりすまし”は有効な手段ですね!」
「な、なんという事を!」
「そっちがお芝居なら、こっちもお芝居! 書いていた台本、気に入らなかったから、加筆修正してあげましたよ! 残念でした!」
「そんな、そんな……!」
シャルルはジャンとティエラを交互に見て、驚きの声を上げる。
いつ入れ替わったのか、皆目見当が付かないからだ。
そんな困惑するシャルルに、ティエラはニヤニヤしながら答え合わせだ。
「昨日、王立図書館の禁書保管庫で入れ替わったんですよ。館長に案内されてみれば、なぜかそこに陛下がいたんで、ありがたく入れ替わっておきました」
「まあ、こちらが予想していたからだがな。いずれペコニアやシャルルが一緒に仕掛けてくると考えていたので、王都の何ヶ所かに網を張っておいた。そして、その内の一か所である“王立図書館”にティエラがやって来たというわけだ」
「にしても、感心しますよ。よくもまあ、姿形は魔術で似せれるにしても、あたしの喋り方まで真似するなんてね!」
「ティエラ、お前こそ、よくぞ今の今まで王族のふりを通せたな」
「いや~、何度か危ない場面はありましたけど、“なりすまし”の事情を知っていた近侍の方々には感謝ですよ。『取りあえず笑顔で相槌打っておいてください。あとはこちらで誤魔化しますので』ってな感じで」
なお、その擬態を手伝ってくれた近侍は、ティエラ(正確には変身していたジャン)の投げた“催眠玉”によって就寝中だ。
ペコニアを騙し切れたので、十全の働きをしたと言える。
よくやった、ありがとう、そう心の中でジャンとティエラはいびきをかいて寝入っている近侍に感謝した。
「陛下はね、ここ最近の“建設ラッシュ”に潜ませて、罠を張れるポイントを設けていたんですよ。もっとも、図書館の最奥部は元々、厳重な結界が張られていて、無駄手間になっちゃいましたけどね。そうですよね、陛下?」
「確かに、多額を投じた“罠”は無駄になった。大盤振る舞いに経費を投じたから、少々財布には痛かったが、まあ、それは“止む無き出費”という事にしておきたい」
「国民として、納税者として、あまり無駄遣いは感心しませんけどね」
「無駄遣いではないぞ。結局は“コレ”が活きた」
そう言って、ジャンが取り出しのは『身分証明札』。
国民の誰しもが持つカードであり、それは“王族”さえ例外ではない。
むしろ、高位の人間ほど“なりすまし”をやられると大問題となるため、その扱いは慎重となる。
「ペコニア、お前はよくよくこのカードの事を研究し、裏をかこうとあれこれ考えたようだが、最も大事な部分が抜け落ちていたようだな」
「大事な部分……!?」
「魔術具を用いた身分の証明、上書きできないカードによって個人を特定し、自身の潔白の証とする。かつてお前がやった投影魔人による“なりすまし”に対し、お爺様が考案した手法がこのカード。あらゆる事態を想定している。当然、今回のような“嬰児交換”も想定済みだ!」
「なん、ですって……!?」
「公にはされていないが、新生児にカードが配布された際、いの一番に“魔力量”が測定される。カードが新生児の魔力データを魔法省に転送し、一定の魔力を超えた者をピックアップする仕組みだ」
「…………! そんな事が!? な、何千万という個人の魔力反応値まで記憶し、すぐに割り出したと!?」
「まあ、こいつは国家機密、秘中の秘であるから、魔法省の“賢者の御座”の担当部署の幹部くらいしか知らん。余も王太孫時代に少し関わっていたので知っていただけだ」
「あそこは手出しができない場所。警戒が厳重過ぎて、侵入が不可能だったわ」
「当然だ。『個人証明札』の心臓部であるからな。防衛機構は何重にも保護され、それこそ国王すら余程の事情がないと介入ができん」
「それで理解できたわ。魔力量が明らかに常人より多い異常な数値を示した場合、満1歳になると行われる“乳児検診”で徹底的に洗い出すのね!?」
「正解だ。国民全員に定期的に“検診”を促すのは手間であるし、経費もバカにならんが、たまにこうした“異物”や“異能”を発見できる。そうした裏の事情を抜きにしても、国民の健康にも寄与できるし、“正しい税金の使い方”であろう?
「周到……! どこまでも用意周到!」
「それとな、デビィドの祖父リヒテンが近衛騎士を辞し、剣術道場を開いたのも、定期健診の際に孫の中に眠る“勇者適正”を見出したからこそ、自分が徹底的に鍛え上げると決めたからだ」
ジャンの口から漏れ出た祖父の秘密に、そのデビィド本人が驚いた。
やはり祖父はどこまでも自分を愛し、最高の遺産を、税金のかからない“技術”という財産を残していたのだ。
本当に最期を看取れなかった事を改めて悔いたが、同時に熱意に火が付いた。
祖父リヒテンが残してくれたものを、キッチリ魔王にお見舞いしてやろうと。
転生したのなら、もう一回かましてやろうと。
(爺さん、あんたはやっぱり俺にとって最高の師匠だよ!)
デビィドは忘れかけていた“勇者としての矜持”を完全に取り戻した。




