第72話 台本通り
ペコニアとシャルルの用意した策がものの見事に炸裂する。
国王ジャンは槍に穿たれ、その周囲を固める護衛も催眠ガスによって眠りに落ちている。
宴に列席していた貴族の避難誘導も終わり、逆に多数の兵士で埋め尽くされた。
王宮の衛兵、あるいはシャルルの手勢だ。
国王ジャン暗殺に加え、王太子の婚約者である伯爵令嬢リボンまで殺してしまっている。
少なくとも、表面的にはそうなっている。
逃げる機会も、あるいは人質を取る機会も逸し、勇者パーティーは部屋の隅へと追いやられた。
当然、宴の間は人、人、人。
全て“敵兵”だ。
デビィドは剣を握り、威圧するが、どうにも迫力が足りない。
なにしろ、道化師の衣装そのままであるし、そもそも握っている剣自体、刃引きされたなまくらである事は知られている。
つまり、見た目にも、実際の戦闘力においても、いまいちなのだ。
モロコスは椅子を握り、それを武器としていた。
鈍器と言うにはあまりに豪華であり、強度的にも華奢に過ぎる。
スオーラは小杖を握り、いつでも術を行使できるように神経を研ぎ澄ませ、ティエラは細剣を握り、切先を向けて周囲を牽制した。
そして、取り囲む兵士をかき分け、シャルルが前に出てくる。
「やれやれ、君達は大変な事をしてくれましたね」
実に白々しいお約束の言葉が飛び出す。
露骨過ぎるほどの濡れ衣ムーブに、パーティーの先頭に立っていたデビィドは思わず笑ってしまったほどだ。
「おいおい、伯爵さんよ、随分とまあ面白い趣向の宴を催したもんだな」
「ああ、おかげでこの国を支配する機会を得る事が出来たよ」
自分の兵にならともかく、王宮の兵に聞かれるとマズい言葉ではあったが、特に気にする様子もない。
よく見ると、王宮の兵士は目が虚ろになっていた。
まるで操られているかのように。
「あ~、なるほどな。ペコニアの【甘言】か。手練れの“近衛騎士団”ならともかく、衛兵くらいなら“洗脳”は可能か」
「そう言う事だ。精鋭の近衛騎士は寝ているか、フィリップ殿下を逃がしているかのどちらか。もうお前らの周囲は敵だらけで、状況打開の術はない」
「ほ~、大したもんだ。魔王を倒した勇者を倒そうって気か?」
「今の装備が整っていない状態なら、十分に可能だよ。レベルも落ちているしな」
「なるほどなるほど。つまり、あの時、陛下のお気持ち表明を偽造して、“転職”の話を持ち出したのも、この時のための伏線ってわけか」
「まあな。まんまと勇者パーティーの戦力を半減させる事ができた。さすがに魔王を倒した時と同じ実力のままで戦うにはリスクが大きい」
「レベルを落とさせ、装備を外させ、逃げ場を失わせた上での袋叩き。随分と慎重な立ち回りだな。評価痛みいるぜ」
取り囲まれ、逃げ道が一切ないと言うのに、デビィドは焦りが一切ない。
兵士を全員、倒しそうな勢いだ。
「さってと、どうしたもんかね~。モロコス、この状況、どうしたい?」
「全員殺す。すべてを破壊する」
「過激な意見だな。スオーラはどうする?」
「さっさと片付けて、子供達の下へ帰ります」
「相変わらず、ぶれない姿勢は感服するぜ。んで、ティエラは」
「契約を破ったペコニアに制裁を加える」
「そいつは楽しそうだ。俺にもやらせろよ」
そして、4人の視線はペコニアに向く。
この状況を作り出した悪魔に、露骨すぎるほどの敵意を向けた。
だが、そんな4人をペコニアは高らかな笑い声と共に嘲った。
「愚かな事ね~。散々、悪魔は信用するなとか言っておきながら、こうも容易くこちらの描いた台本通りの喜劇を演じてくれるのだから!」
「ふ~ん。全部ね。本当にそうなのか?」
「ええ、その通りよ。ジャンは死に、その罪をあなた方に押し付けた。リボンの殺害の件も含めてね」
「敬称略したって事は、やっぱりそこに転がっている死体、魔王じゃないのか」
「ええ。本物は別のところにおられるわ」
「ま、さすがにドタバタしてどう転ぶか分からん場所に、弱体化している魔王はおいそれと座らせるわけにはいかんよな」
やれやれと言わんばかりの勇者の不敵な態度。
取り囲まれ、絶体絶命だと言うのに、余裕の態度を崩さない。
強がっているだけだと、シャルルは更に兵の囲いを縮める。
だが、デビィドの不敵な態度は虚勢の類ではない。
なぜなら、この一連の動きは“予想の範疇を超えるものではなかった”からだ。
包囲が縮まるその一瞬を見逃さなかった。
「勇者様!」
ティエラが叫ぶと同時に駆け出す。
そして、デビィドがやや前屈みとなり、そこにティエラが飛び乗る。
踏み台だ。
勇者を踏み台に怪盗が宙を舞う。
「行け、【風舞】!」
突如吹き荒れる風は跳躍したティエラの背を押し、飛距離を伸ばす。
兵士達の囲みを飛び越え、着地。
ペコニアとの間にはもう障害となる兵はいない。
「覚悟、ペコニア!」
ティエラが握るのは細剣。
刺突に特化した剣であり、通常の剣に比べて細身であるため、扱いやすい。
だが、そんな事は関係ない。
どのみち、ティエラの持つ剣が“伝説の武器”であったとしても通らないからだ。
「バカね! 契約に縛られている以上、どんな一撃も通らないわよ!」
勝ち誇るペコニア。
契約に縛られ、どんな一撃も弾かれる。
そのはずだった。
しかし、有り得ない事が起こった。
「リヒテン流剣技【先手必勝】!」
それは有り得ないはずだ。
剣技の素人のはずのティエラが、勇者が使う剣技を放った。
高速の突進による刺突の一撃。
それはペコニアの体を貫き、剣が背中へと通った。
「な、ば、バカな……」
貫かれ、血が床に滴り落ちく。
口からも、熱いものが溢れて来てはこぼれる。
起こり得るはずのない契約を貫いた一撃。
勝ち誇るティエラは不敵な笑みを浮かべて絶叫した。
「残念だが、化かし合いは人間側の勝ちというわけだ!」




