第71話 濡れ衣
常人ではまず捉えられないほどの早業。
ペコニアから多重強化によって、リボンちゃんは一時的にステータスが上昇した。
何事かと戸惑うモロコスから剣を奪い、さらに“複製されたモロコスの雄叫び”を上げて、さもモロコスが攻撃してきたかのように偽装。
そして、投げた剣はあろう事かモロコス愛用の武器、竜殺槍『アスカロン』に変わってしまった。
投げ付けられた槍は狙い違わずジャンの体に突き刺さり、勢いで後ろに転がった。
(くっそ! ペコニア、ここで“裏切り”の手札を切るか!)
床に転がる間抜けな死体になっていたデビィドは慌てて立ち上がったが、もう何もかもが手遅れだ。
まんまと出し抜かれた。
今の状況、周囲の人間にはこう映っているはずだ。
「道化師の格好をした大男が、リボン嬢に演技で襲い掛かるふりをして、実は陛下を狙う刺客であった!」
今回の演目で用いた剣は、いずれも同じ“ファルシオン”。
どれも同じ形、同じ大きさだ。
その内一本だけ、リボンちゃんの持っていた剣だけに“仕込み”があった。
(くそ! 魔術で槍を剣に擬態させていたのか! あるいは【物資転送】か!? 投げる瞬間に剣と槍を取り替え、しかもモロコスの声まで用意して、濡れ衣を着せやがった!)
モロコスの手には剣はない。
ほんの一瞬の出来事だったが、リボンちゃんに剣を奪われた。
そして、リボンちゃんは自分の持っていた剣を槍に変えて投げた。
早過ぎる一連の動作は、常人の目には捉え切れず、さもモロコスが槍を投げたように見えるはずだ。
結果、周囲の視点では、モロコスがジャンを暗殺したかのように映る。
ペコニアの得意とする強化で、極限までリボンちゃんを強化させた結果だ。
「お前! よくも!」
焦ったモロコスがここで更なるミスを犯す。
戦士としての本能か、リボンちゃんに手を出してしまった。
奪い取られてしまった剣を取り戻そうと、咄嗟に動いた結果だ。
リボンちゃんの握る剣に手を伸ばすが、そこになぜかリボンちゃんが“顔面”を差し込み、モロコスの手をそれで受け止める。
そして、爆ぜた。
リボンちゃんの頭部が吹き飛ぶ。
まるでかち割られたスイカのように、赤い飛沫を周囲に撒き散らして。
(な!? 当たった!?)
デビィドもモロコスの手がリボンちゃんの顔面に“命中”したのを見て驚愕した。
勇者パーティーと魔王の間には、“不戦の契約”がある。
互いに手を出さない、そういう縛りだ。
事実、契約を結んだ直後、モロコスとペコニアは互いに殴りつけたが、どちらも拳が相手の体に命中する事はなかった。
つまり、契約はちゃんと成立し、効力を発揮していたのは間違いなかった。
そうなるとリボンちゃんの顔面に、モロコスの手が命中した理由は2つしかない。
(それは、何らかの理由で契約が切れた! もしくは、リボンちゃんが“魔王”ではないという事だ!)
ペコニアとの契約は『勇者パーティーと魔王とペコニアは互いに手を出さない』というものだ。
そもそも、悪意を以てモロコスから剣を奪った時点で、契約による縛りが発生していないとおかしい。
もし、この契約の内容を考えると、リボンちゃんがすり替わっていれば、モロコスの手が命中した理由が説明できる。
(つまり、今この場のリボンちゃんは偽者! 投影魔人だ! 顔をわざと潰したのがその証だ!)
投影魔人は基本的に見た目や体格は人間と大差はない。
ただ、“顔がない”だけだ。
顔を複製し、時に“脳”を食らうことで記憶すら奪ってしまう恐るべき怪物だ。
見た目は完全に模写できるので、正体を暴くには“死を与える”しかない。
殺してしまえば、元の“顔無し”に戻る。
だが、リボンちゃんは顔面が弾けてしまっている。
“顔無し”かどうかの判別ができず、そのまま血だまりの中に幼い体を沈める。
これでもう言い逃れが一切できない。
モロコスは国王ジャンを殺し、王太子の婚約者である伯爵令嬢リボンも殺した。
この“作り出された事実”だけが表面に残った。
「勇者様!」
ティエラの叫び声が、デビィドの意識をそちらに向けさせた。
ティエラは予定通り、スカートの中に潜ませていた“催眠玉”をいくつか投げ付けていた。
地面に落ち、玉が割れ、催眠ガスが噴き出す。
「クッ! 仕方ない! 風よ、従え! 【風舞】!」
デビィドは風を操り、催眠ガスを主賓席に取り巻くように指向した。
槍が突き刺さり、後ろにひっくり返ったジャンに、護衛の近衛騎士達が群がっていたため、たちまちにその場の20人ばかりを眠りへと誘った。
だが、肝心のフィリップ王子を取り逃がしてしまった。
訳が分からず呆然とする王子を、護衛の騎士が抱え上げ、間一髪でガスから逃れる事に成功。
そのまま出入り口の扉へと駆けて行った。
そして、デビィドが見た扉は、予定にない行動をインジェヌオ伯爵麾下の兵士が取っていた。
それは“避難誘導”だ。
騒動が起きたから、宴の間にいる人々と逃がす。
あるいは当然とも言える行動なのだが、それでは予定とあべこべだ。
事前の打ち合わせでは、ジャンを暗殺し、妨害してくるであろう近衛騎士達を催眠ガスで無力化し、城内からやって来るであろう増援を防ぐため、入り口は封鎖するはずだった。
だが、実際は逆。
入口を開け、早く逃げろと人々を誘導する伯爵の手勢。
封鎖も、あるいは人質に取るなどと言った強硬手段もない。
実に真っ当な行動だ。
(やってくれたな、シャルルのクソ野郎が!! 陛下暗殺の罪を俺達に押し付けて、自分は素知らぬ顔を決めるつもりか!)
状況的にはそう判断せざるを得ない。
周囲の人々には、モロコスがジャンとリボンちゃんを殺したようにしか見えておらず、しかもリボンちゃんはモロコスの声を複製して叫んでいた。
モロコスは取り潰された“テンプル騎士団”の生き残り。
その報復に来た事にすれば、動機としても十分すぎる。
おまけに、モロコス愛用の槍を用意し、それを暗殺の凶器とする周到ぶり。
悲鳴と喧騒が鳴り響く中、宴の間の隅で成り行きを見守っていたペコニアはニヤリと笑う。
勝ったな、と。




