第70話 リボンちゃんの剣舞 (2)
そして、リボンちゃんによる“奉納剣舞”が始まった。
インジェヌオ伯爵家は山中に領地を持ち、鉱物資源の採掘や加工で財を成してきた一族だ。
そのため、鍛冶組合、鉱山組合の影響力が強く、毎年催される祝祭も火の神、山の神、そして、剣の神を讃えるものが多い。
そうした土地柄ゆえ、その年の最も出来の良い剣が神殿に奉納される。
奉納された剣は巫女役になる年頃の娘に渡され、剣舞を神に奉納するのが習わしとなっていた。
伯爵家の所領においては伯爵家の令嬢や、あるいは領内の有力者の娘が巫女として舞うのだ。
どうせならばと、伯爵のシャルルはその伝統をジャン王に伝え、宴の席にて披露したいと申し出た。
ジャンはこれを認め、折角なので拝見しようと言う流れになった。
もちろん、これは“方便”だ。
刃引きした剣や楽器類などの小道具の搬入に合わせて、“本物の武器”を紛れ込ませるための目くらましであった。
だからと言って、手抜きをする事はない。
伯爵令嬢たるリボンちゃんは本気で舞った。
まずは鞘に納めた状態で、剣をクルクルと回す。
さながら杖円舞と言ったところだ。
剣を空中に投げ、ひらりひらりと身を翻し、軽やかにキャッチ。
さらに体を回転させ、あるいは捻り、跳び跳ねる。
剣も風車のごとく回り、その俊敏な動きと共に、観覧者を唸らせる。
とても6歳の幼女とは思えぬほどの動き、気迫が場を圧倒するに十分過ぎた。
(動きはともかく、体力的にはきつそうだが、そう言った素振りはない。ペコニアめ、あらかじめ強化かけてやがったな)
演舞を眺めているデビィドはそう判断した。
以前、リボンちゃんの『個人証明札』を確認した際、本当に普通の女の子のステータスであった。
いくつかの場違いなスキルが、魔王の転生を証明するだけであり、肉体は人間の女の子そのもので、今目の前で行われている舞いを実行する事はできないはずだ。
だが、出来ている。
ペコニアが優秀な参謀であり、後方支援に特化したスキルや魔術を使う。
単独では大した戦力にならないが、誰かと組むと途端に化ける。
そういうサポート役として優秀なのがペコニアだ。
今も、6歳の少女とは思えない動きを見せている。
確実に何かしらの強化を付与されているのは確実だ。
そして、鞘から剣を抜き放つ。
きらりと輝く金属の光沢は、リボンちゃんをより輝かせる。
斬る、突く、払う、剣術の基本動作であるが、デビィドは思わず「ほぅ」と感嘆の声を上げた。
型通りではあるが、その型のレベルが高い。
よくよく修練していると思われる技の冴えだ。
やはりこれも6歳の幼女の動きではない。
ただ、実戦で使うと言うよりかは、やはり舞いの域を出ていない。
自分に比べれば未熟もいいところではあるが、中身が魔王とは言え、6歳の女の子の体で行うには、十分すぎるほどにレベルが高い。
思ったより頑張るなと、デビィドは素直に思った。
さらにそこから、飛んだり跳ねたり回ったりと、かなり機敏でかつ耳目を引き付ける魅力を生じさせた。
これで舞っているのが見目麗しい女性であれば、さぞやこの場に居並ぶ男性諸君は心を揺さぶられた事だろう。
しかし、舞っているのは年端も行かない幼女。
色香よりも、その幼さと技の練度のギャップに驚嘆しか上がらない。
そして、一通り舞い終わったのか、再び剣を鞘に戻し、上座に座するジャン王とフィリップ王子に恭しく拝礼。
そして、拍手喝采。
幼女が見せる舞いとしては、完璧以上の出来栄えであり、衆目を満足させるのに十分であった。
(さて、それじゃあ、いよいよ行くとしますか)
デビィドは用意された刃引きの剣を受け取り、それを握りしめてリボンちゃんににじり寄る。
受け取った剣はファルシオンで、リボンちゃんの持つ剣と同じものだ。
その剣を携え、幼気な女の子に迫る暴漢に成り切る。
もちろん、これも演目であるので、事前に告知されており、次なる見世物を拝見するべく、喧騒も静まり返った。
「ぎゃお~、食べちゃうぞ~!」
なんとも情けない叫び声に、場が一気に笑いに包まれた。
演じるデビィドも何やってんだと、笑いを堪えるのに必死だ。
(いやまあ、道化師なんだし、笑わせてこそだろ)
などと自分に言い聞かせ、それほどうまくもない演技に興じる。
女の子に襲い掛かるモンスター、そして、返り討ちになるという間抜けな状況。
しかし、気は抜けない。
(まずは俺がリボンちゃんに襲い掛かり、そして、やられる。入れ替わるように、今度はモロコスが襲い掛かる。苦戦するリボンちゃんにフィリップ王子が加勢して、二人がかりでやっつける。そういう茶番劇だ)
事態は事前の打ち合わせ通りに進んでいる。
あとは、王子様が加勢に入る段階でティエラが仕掛けてからが勝負だ。
“催眠玉”で催眠ガスをばら撒き、ジャンと周囲の護衛を眠らせる。
その後、デビィドはジャンを暗殺し、フィリップ王子の身柄を確保する。
その為の時間稼ぎとして、入口の扉にはモロコスが壁役となって駆け付けてきた衛兵を押しとどめる。
スオーラとティエラは的確な援護が求められるが、臨機応変に動いてくれるのは微塵も疑ってはいない。
そして、ペコニアがシャルルの口を介して、ジャンの行ってきた不正の数々を公表し、国家の腐敗を立て直すと称して王国の実権を握ると言う流れだ。
「滅びよ、悪魔め!」
「ぐわぁ~、やられたぁ~!」
リボンちゃんの一撃を食らい、情けなくも床に転がるデビィド。
なかなかに滑稽な様子であったので、観衆から再び笑いが巻き起こる。
俺は一体何をやらされているだと、デビィドは気恥ずかしくなるが、もはやそれは“後の祭り”でしかない。
道化は所詮、道化であると割り切りながら床に突っ伏した。
(間抜けな死体がいっちょ出来上がりっと。さて、次はお前だぜ、モロコス!)
長年の戦友がどう演技するのか、間抜けな死体は勝手に動き出し、視線だけモロコスに向けた。
「うぉぉぉ! 我は魔王! 魔王なり! 逆らう者は容赦しないぞ!」
魔王に向かってこっちが魔王だと叫ぶモロコス。
リボンちゃんやデビィドと同じく、刃引きのファルシオンを握り、養女に襲い掛かる姿は、巨躯でもあるためなかなかに迫力がある。
特に、顔に装着している怪物の面はなかなかに迫力がある。
巨躯と相まって、十分にモンスターと呼ぶに相応しい見た目だ。
ただ、事情を知る者からすれば、笑いを取りに来ているようにしか聞こえない。
現にデビィドも、モロコスの演技には笑いを堪えるのに必死であった。
だが、まさにその一瞬であった。
「汝が意志にて、鋼のごとき肉体を! 剛腕を! 【戦士化】」
不意にペコニアが術を唱え、それをリボンちゃんに放つ。
放った魔術は【戦士化】。
一時的な職業変更を引き起こす術だ。
当然、ペコニアの使った術の影響を受けたリボンちゃんは、一瞬で体が一回り膨張するほどに変化した。
リボンちゃんの職業は、本来は戦闘向きではない。
だが、【戦士化】の影響下に入る事により、職業が一時的に“戦士”へと変化した。
当然、筋力が増強し、一気に戦闘向きな体つきへと変わった。
勇者から巻き上げた税金によって経験点にてレベルアップ。
肉体増強の強化に加え、術による一時的な転職でいきなりの戦闘モード。
かろうじて“一級品”と呼べる練度にまで強化に成功する。
そこからはまさに一瞬。
何が起こったのかと混乱するモロコスから剣を奪い、そして、自分が持っていた方のファルシオンをジャンに向かって投げ付けた。
「同胞の仇! 覚悟! 【軍神の投槍】!」
それはモロコスが聖戦士であった頃の必殺技であった。
しかも、リボンちゃんが発した声は、完璧に複製された“モロコスの声”。
そして、投げたファルシオンはリボンちゃんの手から離れた瞬間に変化した。
剣から槍へ。
その変化した槍は、見間違う事なき竜殺槍『アスカロン』。
モロコスが魔王との決戦の際に使っていた伝説の槍だ。
威力はかつてのモロコスが、魔王に放った一撃には遠く及ばない。
だが、“人間相手”には十分すぎる威力があった。
あまりに突発的な事態に周囲の護衛も反応が遅れた。
そして、投げられた槍はジャンの体に深々と突き刺さった。




