第66話 魔王の生態 (3)
「しかしなあ、ティエラ。今になってその情報が出てきたのはなんでだ?」
ふと浮かんだ疑問をデビィドは口にした。
もしその情報が魔王討伐より先んじて得ていたら、また戦い方も違っていたはずだ。
それを今更と言う不満がある。
それはスオーラやモロコスも同様であり、苦々しい表情を浮かべている。
重苦しい雰囲気の中、ティエラはそれを吐き出す。
「嫌な話なんだけどさ、この事実を知っていたのは本当にごく一部。それこそ、王家も知らなかった事なのよ」
「なんだと!? リシャール先王陛下も、ジャン陛下も知らなかったって事か!?」
「そう。秘匿されていたのよ。テンプル騎士団と光神教団によってね」
「な……!」
それはあまりに衝撃的な話であり、デビィドも、スオーラも、モロコスも、言葉にならない悲鳴を上げる。
今まで信じていた世界が、何もかもが崩れたかのように錯覚したほどだ。
「教団もその情報を掴んでいながら、黙っていたのですか!?」
「スオーラもびっくりするだろうけど、本当にその通りなのよ。口止めされていた館長から全部聞いたもの。禁書として封印されていた古文書と共にね」
「なぜそんな事を!?」
「戦争が続いて欲しかったから。ただただそれだけよ」
「戦争を続ける!? 教団や騎士団がなぜそんな事を!?」
「なぜって、その方が都合がいいからでしょ。苦しいからこそ、人は神様を拝む。あるいは守ってくれる正義の騎士を求める。戦争が続いてくれる方が、教団にとっても騎士団にとっても都合がいいのよ」
ティエラは怒りと共に隠された真実を口にし、また拳を机に叩き込む。
デビィドも同様に拳を振り下ろした。
「結局、どいつもこいつも自己都合だけで、世界の事も、国の事も、なんにも考えてなかったって事かよ!?」
「不正な金の流れを誤魔化す意図もあったんだろうし、慰み者となった少年少女の隠匿もあったんだろうしね。平和になれば、それらが明るみになりかねない。なら、戦争状態のままの方が都合がいいってわけ」
「ならさ、王家も知らなかったって事は本当か?」
「本当みたいね。だから、先王陛下も、今のジャン陛下も、魔王討伐には熱心だったし、平和を願っていたのは間違いないと思う」
「それで、今になってこの情報が出てきた理由は?」
「もちろん、口止めしていた騎士団が取り潰されたってのもあるし、その最中に何かしらを掴んで禁書として封印した図書館側に、ジャン陛下が圧をかけたみたいなのよね。館長も遠回しに含みを持たせた発言をしていたし」
「だから、ティエラが館長からその情報を仕入れる事が出来たってわけか」
「完全に遅きに失したけどね」
何もかもが手遅れ。
ペコニアとの契約前であれば対処の仕様もあったが、何もかもが後手に回ってしまっている。
魔王軍と手を結んだ勇者パーティーなど、滑稽にも程がある。
「今にして思えば、ペコニアが“徴税官”になった時から、この動きを呼んでいたんだと思うわ」
「と言うと?」
「流れが本当に、一本化しているのよね。まず、テンプル騎士団を壊滅させて王国の戦力を削ぎつつ、ジャン陛下の信任を得る。そのままシャルル様に取り入って政変を教唆する。勇者を徴税によってやり込め、騎士団の事件であおりで受けるであろう孤児をこちらに押し付けて、あたしやスオーラを封じ込める」
「全部、計算の上って事か!?」
「そして、苦しくなったこちらと取引し、最大の難敵である“勇者組”と不戦条約を結んで攻撃されないようにする。よく練られてるわ、この流れ」
「そして、遅すぎる魔王の生態に関する情報か」
「契約締結は失敗。もう手出しができなくなった。完全に後の祭り」
まんまとハメられた形であり、この点では一杯食わされたとまた溜息を吐く。
少なくとも、契約が履行されるか、何らかの理由で破棄されるまで、勇者パーティーは魔王に手が出せなくなった。
その重大さが分かるだけに、ティエラの顔から不安と焦燥が色濃く浮かび上がる。
だが、すぐに切り替えた。
パンッと自分の両頬を叩き、気合を入れ直したかと思うと、勇者の腕を掴んだ。
「気分転換にさ、今夜は久しぶりに、ね。いいよね? いいよね、勇者?」
「おい、こら。そう言う台詞を今言うか!?」
「え~、だって、明日にはとんでもない事になっているかもしれないんだしさ、別にいいじゃん」
「よくねえよ、既婚者」
「いいのよ、どうせ仮面夫婦だし」
「……と言っているが?」
デビィドは苦笑しながらモロコスの方を振り向く。
モロコスとしても、どう反応していいか分からず、困惑するだけだ。
微妙な空気が流れる中、動いたのはスオーラだ。
スオーラは席から立つとモロコスを引っ張り起こし、無理やり立たせた。
「お、おい」
「はいはい、お邪魔虫は消えましょうね。二人の嬌声を聞きながらの睡眠では、明日は寝不足確定ですわよ」
「まあ、それもそうか。しかし、今から宿を取れるか?」
「神殿の宿坊をお借りしましょう」
「さすがは聖女様。頼りになりますな」
「それじゃあ、お二人ともごゆっくり~♪」
そう言って、スオーラとモロコスはさっさと勇者宅を出ていった。
やれやれと若干照れ臭そうに頭をかきむしるデビィドであったが、今日のティエラはどうにも普段見せない積極性がある。
今までは、床に誘う時はだいたい自分から誘ってきた。
ティエラの方からおねだりしてくるのは、本当に稀だ。
余程に気が滅入っているときくらいであり、今がまさにそれなのだろうとデビィドは考えた。
「お前を抱くのは、一年ぶりか」
「そうなりますかね。でも、今度は“遊び”じゃないですからね!」
「年貢の納め時ってやつかな~?」
「誰かの台詞じゃないけど、『滞納は許しません!』ですね」
ニヤリと笑い合う二人。
結局、収まるべくして収まるのだと、デビィドは納得する事にした。
明日、王国をひっくり返すであろう事件が起こるのは確定している。
どうやって乗り切るべきかは、目の前の可愛い大魔導士が考えてくれるだろうと、妙な安心感もある。
スオーラが気を利かせて、モロコスと出ていったので、勇者宅には二人きり。
そして、夜は更けていくのであった。




