第64話 魔王の生態 (1)
夕闇が広がり、辺りが暗くなる頃、勇者パーティーの面々は再び勇者の自宅に集まった。
まず、自宅に戻ってきたのはもちろんデビィドだ。
聞き込み範囲が近所であった上に、道場で汗を流してきたので、さっさと戻ってきたというのが正しい。
共同井戸で組み上げた水で汗を流し、さっぱりしたところで今度はスオーラとモロコスが連れ立って戻って来た。
「ようよう御両人、お揃いで帰還とはいい感じだな」
「誤解を生むような発言は止めろ。それがしは一応、既婚者だぞ」
「戸籍の上ではな。ティエラに指一本触れてない朴念仁のくせに」
「お前といざこざは勘弁なだけだし、そもそも恩人に手を出すつもりもない」
「そう言うところはほんと義理固いね~、モロコスは」
茶化しながらモロコスの背を叩くデビィド。
そんな雰囲気の二人に、スオーラは首を傾げる。
「ねえ、デビィド、何か良い事でも? なんと言いましょうか、すっきりしたような感じですわね」
「ま、あれこれ迷走していた俺も、ようやく道を見つけたってところかな?」
「道場で何かありましたか?」
「兄弟子とかなりガチで剣を交えた。勝負は互角。いや、ほんの僅かだが、あっちの方が上だったかもしれん。と言っても、1万回やり合えば、5千と1回、あちらが勝ち越す程度の差だろうけどな」
「その割には上機嫌で」
「兄弟子曰く、『人間相手の剣と、モンスター相手の剣では、やり方が違うからな。純粋な剣技はともかくとして、リヒテン流の剣術を魔王を倒せるまでに昇華させたのは間違いなくお前の実力』と言ってくれたよ」
「それは見事な評価ですね」
「まあ、今回の一件が片付いたら、やっぱり俺は道場を継ぐよ。結局、それが一番しっくりくる」
「でしょうね」
当たり前の事を当たり前に気付く。
それが思いの外に難しいのが、激動の時代だ。
ただ、今は安定期に向かいつつあり、人心の落ち着きを持たせる事が最重要だ。
剣は元の鞘に戻るべきだと、ようやくに気付いた。
気付けたと言うべきか。
しかし、和気あいあいと会話する3人の所に、今度はティエラが戻って来た。
ただ、どんよりと暗い影を落とし、肩もうなだれる、そんな最悪な空気を纏って。
「……どした、ティエラ? なんかあったか?」
「最低最悪の気分……。はっきり言って、知らなかった方が良かったわ」
「何があったんだ?」
「後で話す。それより、みんなの方の話、聞かせて」
そう言って、ティエラはトボトボと勇者宅に入り、席に着く。
他3名もいぶかしみながらも、同じく席に着いた。
それぞれの持ちあった情報を交換し、そして、一つの事に気付いた。
「つまり、現状は陛下に対する不満はあれど、暴動やら一揆やらが発生する可能性はほぼ無いって事か」
「ですわね。実際、税金の高さには不満の声も出ていましたが、平和を享受したいという声が圧倒していましたわ」
「それとやはりと言うか、土木関係からは評判は最高に良い。仕事があんだけ増えて、予算も潤沢だとな。潤っていたらそういう評価にもなろう」
「ですわね。ほら、今回の婚約御披露目に際して、宴が催される場所も特別に設えて、これまた結構な大掛かりな工事をしたって言ってましたわね」
「そこでまた、建築関係に金が落ちる。やはり富の流れが偏っているのでは?」
「まあ、インフラ整備に金を使うって言ってましたからね、陛下は。そちらにどうしても偏るのでしょうが、それに引っ張られて関連業界にも好景気の波が押し寄せてますし、戦争が終わった以上、安心して建てられると言うのもあるでしょう」
デビィドも、スオーラも、モロコスも、聞こえてくる声は『平和が第一』と言うものであった。
なにしろ、50年も魔王軍と戦い続けてきたのだ。
平和な時代を知らない人間の方が圧倒的多数であり、それだけに戸惑いと言うものがあるが、それでも平穏な日常は素晴らしいと称賛の声が上がっている。
少なくとも、現状の重税を許容できるくらいには。
「結局のところ、不満があるのは、この平穏な時に、戦時から平時に移行出来なかった“我々”のような存在だけと言う訳か」
居場所を失ってしまったモロコスの一言は重い。
非は不正を行っていたテンプル騎士団だ。
騒動の落ち度は、騎士団に求められる。
いくら騎士団の一員であるとは言え、不正に関わっていなかった自分が、なぜこんな目に合わなくてはならないのかと不満が募る。
「だからさ、結局のところ、例の『居酒屋馬車』とかの件も、一部が騒いでいるだけって感じが否めないんだよな」
「デビッドよ、それなら『人身売買』の件はどうなんだ? 孤児達の行き先が、ろくでもない所だったてのはもう確定しているんだぞ!?」
「落ち着け、モロコス。その行き先であったテンプル騎士団は潰れた」
「そして、新たな出荷先が女衒って事か!?」
「さてな。そこらの情報がまだ少ない。もう少し時間の猶予があればな~」
デビィドとしては、すでに魔王軍との契約を後悔している。
状況が苦しいからと、安易に握手を交わしたのはマズかったな、と。
そんな微妙な空気が漂う中、ティエラがバンッと机を叩く。
何事かと、他3名の視線が大魔導士に集まった。
「そう。契約を交わすのが早過ぎたわ。とんだ不良債権を押し付けられたもんよ」
「何か調べが付いたのか?」
「ええ。王立図書館の奥の奥、秘中の秘を見せてもらったの。そして、いくつかの疑問が解けたけど、その中で最大の謎が解けたわ」
「最大の謎……? 何の事だ?」
「平たく言うと、“魔王の生態”についてよ」
「どういう意味だ?」
「魔王は倒しても意味がない。そう言う話」
いまいちティエラの言葉の意味が理解できなかった3人は首を傾げるが、その深刻さはティエラの表情を見れば分かる。
どういう意味なのかと、話の続きを促した。




