第62話 切先は鈍らない
緊迫した空気が場を支配する。
デビィドとアインの距離は5歩程度だ。
熟練の剣士であれば、まばたきする間で飛び込める。
だからこそ、全神経を集中し、相手の出方を窺う。
ほんの一瞬の隙が命取りになる間合い、それが今だ。
「こういう緊張感、やはり楽しいな、アインさん」
「度し難い事に、口では平穏を求めながら、刺激への渇望が肌に染みついている」
「ほんと、人間てのはどこまでいってもわがままだ」
互いに斬り込もうとする二人の間にも、緊張感と言うものはあるが、同時に興奮すら覚える。
それが剣に生きる者の性だ。
デビィドは体を斜に構え、剣を頭の位置で水平に握る。
さながら、これから突進する猛牛のごとき構えだ。
デビィドの得意とする戦い方は、先手先手で相手に切り込み、主導権を握り続けてそのまま押し込む事を得意とする。
一方のアインは、防御を得意とし、そこからの返し技が得手だ。
今の構えは下段に剣を垂らし、露骨すぎるほどに隙だらけな姿を晒す。
速く切りかかって来いと、大口を開けて待っている肉食獣のようだ。
“意図のある誘い”であるのは明白であり、確実に返して来る。
ゆえに、先手を得意とするデビィドも動き辛い。
互いの癖や得手を良く弁えるからこその硬直。
周囲の門下生もまた、一瞬さえ見逃すまいと刮目する。
そして、デビィドが仕掛けた。
「牛角!」
放ったのは最短最速の突き。
頭の位置から相手の首筋に滑り込むように、刃が突進する。
「曲打! 横打!」
アインが下段に構えた剣を目にも止まらぬ速さでなぎ揚げるように振り上げ、デビィドが放った突きを弾く。
そして、弾くと同時に横一閃。
常人では捉え切れない速さであり、そのまま首が飛んでもおかしくない流れるような一撃だ。
「斜打!」
アインの斬撃をデビィドは“柄”で受け、そのまま切先を再び相手の喉元に向け、必殺の突きを放つ。
だが、アインはむしろ下がる事なく踏み込み、突きをスレスレで回避した。
どころかその踏み込みの勢いのままに肘打ちを入れてくる。
デビィドの鳩尾に命中、はしない。
デビィドがぎりぎりでその肘打ちを受け止めた。
そして、後方にステップを踏み、僅かに空間が広がる。
それだけで十分だ。
「「怒髪天」」
今度は同時に上段からの振り下ろし。
そして、交差。
剣と剣がぶつかり合い、ガチガチと接触点が火花を散らす。
押し合いは互角。
互いに力を込めながら、また動きが止まった。
この交差の瞬間こそ、リヒテン流剣術の極意が隠されている。
それは“先読み”だ。
攻撃と防御を繋ぐ一瞬の間こそ“交差”であり、そこから戦術を組み立て、相手の先を読み、必殺の一撃までの道を瞬時に構築する。
相手の腕力は自分より上か下か?
速さはどうか?
体力はどうか?
それを剣と剣が交差した瞬間に判断し、そして、行動に移す。
交差する僅かな時間に相手の意図や力量を読み取り、それらを判断して攻撃に転じ、勝利を掴むのがリヒテン流剣術の極意だ。
先手先手で意図を読ませない攻め偏重のデビィドの剣。
逆に敢えて打たせて、相手の力を流し、返していくアインの剣。
同じ流派を学びながら、“交差の刹那”の受け取り方次第で真逆の剣となる。
「先に打ち込めばいいってものではないぞ、デビィド!」
「攻撃がなければ、最後の勝利には結びつかないぞ、アインさん!」
「返しから主導権を握り返すだけだ!」
「させねぇ!」
アインはわざと力を抜き、デビィドを引き込む。
力を流された事により僅かに体勢を崩したデビィドだが、アインが反撃を繰り出す隙を与えず、再び猛烈な一撃を浴びせる。
そこからは息つく間もない連撃の応酬だ。
ひたすら剣で撃ち合い、あるいは防御し、返す。
一体何手先まで読んでいるか、見ている側には読めない攻撃の数々に、ただただ圧倒された。
そして、ついに両者の動きが止まる。
デビィドが付き出した剣の切先が、アインの喉元ギリギリでピタリと止まった。
同時に、アインが振り下ろした剣が、デビィドの首筋に触れるか触れないかで止まった。
伝説に語られるような一場面を、彫像にして再現したかのように停止した。
「……まあ、こんなところかな」
「ですね」
そして、二人は握手を交わし、戦いが終わった事を手の感触と共に認識する。
抑え込んでいた汗がドバっと吹き出し、床に垂れ落ちた雫とシミが、それだけ激しい戦いであった事を物語る。
「おいおい、1年間の休み明けとは思えない仕上がりぶりだな、デビィド」
「開墾作業で筋力は戻しておきましたんでね」
「そりゃよかった。力不足だったらどうしようかと、本気で考えていたこっちがバカみたいだよ」
「なんと言うか、やる事が出来たんで」
何度も交わされる握手、そして、周囲からの歓声。
実際のところ、デビィド自身もどうかと思っていたが、体の方は戦い方を全く忘れておらず、思うように動いてくれた。
そして、戦いの勘が戻ると同時に、昔の感性が蘇る事も実感した。
魔王軍と戦っていたあの頃に。
そして、意思を固めた。
(ペコニアは必ず裏切る。だが、裏切った瞬間に斬る。問題はどうした仕草で裏切り、そして、逆に報復してやるか、だな)
先程の契約で、魔王軍と勇者パーティーは互いに攻撃できない状態になってしまっていた。
そして、その契約の裏にペコニアの悪意がある事も承知している。
借金(納税残額)がある以上、逆らう事が困難であったとは言え、今更ながらに反省をする。
すべては身から出た錆だが、むざむざ良い様に振り回されてやる義理も義務もない。
あるとすれば税金に対してだけであり、ペコニアなどと言う鬱陶しい徴税官に対してではない。
さあ、どうぶちのめしてやろうかと、勇者は迷いを振り切る事が出来た。
敵に対しては決して切先を鈍らせるな。
祖父から受け継いだ剣技と共に、それを改めて再認識した。




