第61話 古巣は温かい
モロコスやスオーラが聞き込みをしていた頃、デビィドもまた聞き込み調査に従事していた。
と言っても、軽く近所をブラブラ練り歩く程度ではあったが。
そもそも、デビィドは王都育ちだ。
両親が流行病で亡くなって以降、祖父に引き取られ、王都で暮らしていた。
祖父リヒテンは元は近衛騎士団を務めあげる立派な人物で、引退後は剣術道場を開き、それなりに知られた名士として皆の尊敬を集めていた。
孫が勇者となり、その活躍の度合いが知られるようになると、その師であるリヒテンもまた名声を高め、剣術道場の門下生もその数を増やした。
その道場に、デビィドは久方ぶりに顔を出した。
「相変わらずの活気だな」
かつて自分も鍛え上げられた場所であり、その時の光景が目に浮かぶ。
この道場では刃引きの剣を用い、さながら実戦形式で訓練が施される。
鎧や兜も実際に装着し、狭い視界や重量にも慣れるように体に馴染ませ、すぐにでも実戦に出られるようにするのが習わしだ。
木剣などなし。せいぜい、入門したばかりの年少者が剣の握り方や振り方を覚える際に用いられるだけで、初期訓練が終われば全員が刃引きの剣を用いる。
金属同士がぶつかり合う音が絶えないのも、この“リヒテン道場”ならではの風景であり、その危険性ゆえに稽古中の死者も出る。
それでも人気の道場なのは、やはり“魔王を倒した勇者を輩出した道場”という看板が強い。
そして、その勇者本人のご登場だ。
それに最初に気付いたのは、デビィドの良く知る兄弟子であった。
「よう! デビィドじゃないか!」
「アインさん、お久しぶりです」
久方ぶりの兄弟子との再会に、デビィドは笑顔で応じ、固い握手を交わす。
剣タコだらけの硬い手であり、その硬さが熟達した剣術の証となる。
「ようやくおでましか。道場を継ぐ気になったか?」
「あいにく、今は仕事中ですよ。少し余暇が出来たんで、フラッと立ち寄っただけ」
「急にどこかへ飛び出していったと思ったら、雇われていたのか」
「インジェヌオ伯爵にね。ティエラの実家の伝手だ」
「ああ、そうか。大魔導士の実家はインジェヌオ伯爵領の辺りだって言ってたな」
「聞いているかもしれないけど、伯爵のお嬢様がフィリップ殿下に輿入れする事が決まってね。その婚約御披露目式に参列するんだ」
「あ~、そんな話があったな。結構栄誉な仕事じゃないか、王族の警護なんて」
話しをそのまま受け取ればその通りなのだが、デビィドからすれば後ろ暗い。
なにしろ、王家に輿入れする伯爵令嬢の警護と聞けば、普通は名誉ある仕事と取るのは当然だ。
しかし、その伯爵令嬢の正体は転生(失敗)した魔王であり、参謀役のペコニアが暗躍しているのだ。
インジェヌオ伯爵シャルルの野心を煽り、祝宴にかこつけて政変を目論むと言うとんでもない裏事情が潜んでいる。
その片棒を担ぐハメになり、なんともやるせない気分のデビィドであった。
「それにな、この道場にもいい話が来てるんだ。陛下直々のな」
「陛下から?」
「ああ。王太子フィリップ殿下の“剣術指南役”を誰にするかって話で、王宮の廷臣が城下の道場をあちこち視察してるんだよ。先日、ここにも来た」
「そりゃ良かったじゃないですか! アインさんなら」
「バカ! お前がさっさと道場継いで、殿下の指南役になるんだよ!」
「俺がですか?」
「そうだよ! こっちはあくまでリヒテン師範の代理! 本来、この道場を継ぐのは師範の孫であるお前! だから、席はずっと空けているしな!」
実際、アインは“師範代”として、道場の切り盛りをしている。
デビィドが魔王討伐の旅に出て以降、ずっとそのスタイルを維持してきた。
いつかはデビィドが道場を継ぐ、そうすべきであると。
もし、旅が長引いたり、あるいはデビィドが“帰らぬ人”となってしまった場合は、道場を継ぐ気でいたが、魔王は討伐され、勇者は戻って来た。
そう考えると、その英雄が道場主となり、未来の新たな英雄、豪傑を育てていくべきだと確信するに至る。
魔王が倒した勇者が師範を務める道場、これに王家の剣術指南役という看板があれば、文句なしの王国一の剣術道場になれる。
剣の道に生きる者として、最高の栄誉とも言える。
「それって儲かりますかね?」
「なんだぁ? 金に困ってるのか?」
「ちょっとこの一年、遊び過ぎましてね。そろそろティエラとの結婚式、考えないといけなくなりそうなんで」
「ハッハッハッ! いよいよお前も所帯持ちか! ならますます金と名声を生む仕事に就かないとな!」
「そうなんですよね~。そうした“日常”に戻りたいですよ」
「まあ、御覧の通り、門下生はどんどん増えているし、月謝による収入も手堅いもんさな。これに殿下の指南役まで加われば完璧だ! あとは普通に先生やっているだけで、金も名誉も付いてくるってもんだ!」
「なるほど。そいつは魅力的だ」
「まあ、最近お悩みは“賃料”だな。王都の地価がどんどん上昇しているから、それに合わせてこの土地の借地料が上がっちまってな」
「あ~、俺も“固定資産税”で面倒な事になってますよ」
「いっそ、ここを引き払って、王都の外縁か、郊外にでも拠点を移すか。狭い土地では拡張もできないしな」
「それだと、王宮への出仕が大変になりますよ?」
「土地の利便性を取るか、税負担の軽減を取るか、悩ましいな」
「道場の経営が上手くいっているのなら、このままでもいいんじゃないですか?」
「それもそうだな。お引越しは大変だし、門下生の数も十分だしな」
アインの言葉が事実であるのは、道場にいる門下生の数を見れば分かる。
十分な稽古をできる場所を用意できるギリギリの数まで人を呼び込んでいた。
これこそ、本当の意味での祖父リヒテンの遺産だ。
祖父より教わった剣の冴えは、魔王さえ倒した。
その後の生活の糧さえ提供してくれる。
剣一本、資本はこれだけで十分だ。
それだけで、人は付いてくる。
金も名誉もまた、副次的に付いてくる。
なんでこんな単純な事すら気付けなかったのかと、この一年間の自堕落な生活を続けた自分を殴り飛ばしたくなる思いだ。
そこに、ヒョイッとアインが訓練用の剣をデビィドに投げて寄こした。
ズシリと来る重みのある剣で、重さは本物の剣と変わりない。
刃引きであるため、切れ味は最低最悪だが、それでも金属である事には変わりなく、辺りどころが悪ければ普通に殴り殺せる。
「さて、折角、道場に来たんだし、一手、付き合ってもらおうか」
「望むところで」
互いに権を握り、道場の真ん中にて相対する。
通常であれば、防具をまとう。
だが、二人はそれすら不要とばかりに生身を晒す。
大丈夫かと、周囲の門下生にざわめきが起こるが、それ以上の興奮が熱気となって渦巻き、体中からあふれ出る。
まるで道場全体が“炉”にでもなったかのようだ。
魔王を倒した勇者、その勇者を輩出した道場の師範代、その対決が見られるのだ。
これで興奮するなと言うのが難しい。
固唾を飲んで見守り、その瞬間を逃すまいと目を見開く。
「んで、アインさん、交戦規定はいつもので?」
「ああ。“死んだ方が負け”だ!」
カキンッと軽く切先を合わせ、それが開始の合図だ。
互いにほんの少し間合いを空け、構えを取る。
どちらが強いか、ただただ純粋な力比べが始まる。




