第60話 神は語らず
聞き込み調査など、まったく慣れていないスオーラではあったが、特に苦労を感じる事もなかった。
ごく普通に王都各所の神殿を回り、他愛無い世間話をするだけだからだ。
「いや~、聖女様にお運びいただいて感激でございます」
「お時間がゆっくりできましたらば、旅のお話でもお聞かせください」
「今日の平穏の日々は聖女様のご活躍あればこそです」
魔王を倒した勇者パーティーの聖女。
スオーラの持つこの肩書は、聖界においては絶大な影響力がある。
どこの神殿に顔を出しても、手厚く歓迎された。
さり気なく話題を振れば、真摯に応えてくれるのはありがたかった。
神殿歴訪も情報収集が本来の目的であり、王都の様子やジャン王についてのすんなりと聞く事が出来た。
結果、神殿関係者のジャン王に対する評判は“それなり”と言ったところだ。
「陛下は特に信心深いと言う事でもなく、それこそ神殿とは疎遠と呼んでも差し障りない程です」
「即位の式典以降、特に高位聖職者と親身に付き合うと言う事もありませんでした」
「特に、テンプル騎士団の事件以降は、こちらも何か具体的に動くと言う事もありませんでしたので」
要するに、聖職者と王室との関わりは、言ってしまえば『触らぬ神に祟りなし』とでも言わんばかりの態度だ。
密接な関係にあった神殿とそれを守護するテンプル騎士団。
騎士団のお取り潰しともなると、神殿が介入しても良さそうなのだが、弁明の仕様がない程の不正の数々が明るみになり、神殿側が騎士団から身を引いた形となる。
魔王軍がいなくなり、国内の治安も良好とあっては、騎士団に助力を乞うような場面は減るだろうというドライな発想から来る、一種の切り捨てだ。
一方のジャン王にしても、騎士団に対しては徹底した処罰を下したが、神殿に対しては特にこれと言った動きは見せていない。
余計な横槍さえなければ特に何もしない。
そういう考えなのではないかと、スオーラは聞き込みから知る事ができた。
(あるいは、より高位な幹部級ともなりますと、また違った情報があるのかもしれませんが、アポなしで面会するのも難しいでしょうしね)
スオーラが話を聞いたのは、あくまで現場にいるような下位の聖職者。
“奥の院”にまで踏み込むのは、いささか勇み足かと考え、踏み入る事に躊躇する。
本来なら、より高い地位を望めたスオーラであったが、そもそもそうした事には興味がない。
孤児院に身を置き、恵まれない子供達に希望の光を与える。
それが全てであり、それこそ魔王討伐の旅でさえ、その願いを叶えるための過程でしかない。
ただ、そんな世間ズレした自分に、無力さを痛感してるのもまた事実だ。
ここ最近の出来事で、スオーラはようやく学んだ事がある。
それは、『金がなければ何もできない』という現実だ。
ここ最近の苦労の全てが、金銭の不足から発している。
お金さえあれば、孤児達が食べ物に苦労せず、飢えから解放される。
お金さえあれば、衣服を整え、住居を用意し、寒さに震えることもない。
魔王討伐の報奨金も全て寄付してしまい、手元に一切残さなかったがために、孤児院が閉鎖された時に手の打ちようがなかった。
結果、ティエラに重荷を背負わせる事になり、その点では申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
(神よ、私はどうすればよいのでしょうか?)
訪れた先々の神殿で、スオーラは作法に則った祈りを捧げ、答えを持つ。
そして、そのいずれの神も答えは同じだ。
「慈悲と、寛容を、忘れる事なかれ。光は汝と共にあり」
神は多くを語らず、ただこの言葉だけをスオーラの頭の中に残す。
スオーラもまた、神の教えに忠実であり、慈悲と寛容を旨として、日々を過ごしている。
しかし、それを上回る悪意によって、何度踏み躙られた事だろうか。
ままならない。
何もかもがままならない。
これを試練と呼ぶのであれば、スオーラは甘んじてそれを受け止めるが、子供まで巻き込まないでくれと切に願う。
だが、神は何も語らない。
さすがに金が全てだとは告げないだろうが、求めすぎる事は執着に繋がる。
清貧を旨とするスオーラにとって、強欲は最も戒められるべき所業だ。
そして、その権化とも言うべき“金欲”のペコニアと取引してしまった事は、やはり納得のいかない部分もある。
もっと何か別の手段はなかったのではないか?
そんな事を思考しながら歩いていると、見慣れた巨躯の男が封鎖された建物の前で呆然と立ち尽くしていた。
「モロコス!」
「ん? ああ、スオーラか」
声には覇気が感じられない。
いつもであれば、暑苦しいくらいの声を張り上げ、豪快に会話するのがモロコスの持ち味なのだが、それが微塵も感じられない。
心ここに非ず、偉丈夫もウドの大木と化している。
そして、その理由はすぐにスオーラにも分かった。
目の前にある封鎖されている建物、それはかつてテンプル騎士団が所有していた建物だ。
テンプル騎士団は取り潰しの際、その資産の大半は王室に流れたが、目の前の建物は特に使用されたり、売却された様子もなく、ただ“立ち入り禁止”の立て札と共に、鎖や柵などで封印されていた。
「本当に、騎士団は潰れた。潰されてしまった」
「モロコス、お気持ちは分かりますが、騎士団の幹部が不正を働いていたのは事実ですよ。それの“咎め”を受けたと思っておくべきです」
「咎め、罪、まあ、そうなのだろう。だが、それがしもそれを受けねばならなかったのか? 何のために魔王と戦っていたんだ?」
「ええ、そうですわね。あなたが罪を問われる謂れは一切ありません。完全に巻き込まれてしまった側の立ち位置なのですから」
実際、モロコスは騎士団幹部とはこれと言った親密な接点はなく、幹部の一人に孤児院から見出されて、従士として騎士団に参加していただけ。
幼少の頃より体躯に恵まれていたため、いずれは立派な戦力になるだろうと言う取り計らいだ。
魔王討伐の旅に出たのも、知己のスオーラが旅に出るからと、その護衛役を買って出たのがそもそもの始まりであった。
それ以降、スオーラとは長い付き合いだ。
邪な感情など一切なく、ただ純粋に悪を倒して正義を成すのだと、それだけを考えていた。
デビィドやティエラと出会って以降も、その心構えは変わらない。
ただただ真っ直ぐに突き進み、時に躓いて、それでも盾を構えてパーティーの壁役となり、前へ前へと進んだ。
気が付けば魔王を倒し、英雄と讃えられた。
だが、それもうたかたの夢、一瞬の栄光に過ぎなかった。
騎士団は解散し、居場所を失ってしまった。
やり場のない怒りだけが込み上げてくるが、それをスオーラにぶちまけるのも筋違い。
スオーラもまた、一連の騒動に巻き込まれ、しかも孤児を300人も引き取ると言う途轍もない重荷を背負う事となった。
しかも、弱音を吐く事もなく、子供達のために必死で働いている。
それに対して、自分の浅はかさがあぶり出されているかのようだ。
「なあ、スオーラ、こういう時、神は何と告げてくれるのだろうか?」
「己の信じる道を進め、とでも励ましてくれるでしょう」
「己の信じる道、か」
正直に言えば、完全に見失っている。
光明なき夜道を歩んでいる、そんな感覚だ。
ただ一点、何年も顔を付き合わせてきた仲間だけが、今や唯一の居場所だ。
(だが、もう手遅れだ)
悪魔と契約を結んだ以上、これから面倒事が起きる。
ティエラは出し抜く気満々ではあるがそれとてどうなるか分からない。
そう考えると、モロコスの気がどんどん良くない方向へと沈んでいく。
そんなウドの大木にさえ、聖女は寄り添う。
そっと手を握り、そして微笑みかける。
「さあ、行きましょうか」
「行くって、どこへ?」
「もちろん、聞き込みの続きですよ。その様子ですと、ティエラに頼まれている土木関係者への聞き込み、まだなのでしょう?」
「え、あ、ああ、そうだな」
「何もやらなければ、周囲に流されるだけで、何も起きませんわ。足掻けるだけ足掻き、泥臭くもがいても良いではありませんか。何もやらないよりかはマシです」
聖女は常に前向きだ。
子供達の未来を考えればこそ、立ち止まる事ができないと知っているから。
ともに旅立つと決めた時から、何も変わっていない。
変わってしまったのは、己の未熟さを受け入れられない自分自身にあると、モロコスは痛感した。
「な、なあ、スオーラ、それがしは……」
「野暮な話は仕事が終わってからにしましょう。やるべきをやり、手に余る部分は神にお祈りをする。それだけで十分ではありませんか?」
どこまでもポジティブ。
聖女の二つ名は飾りでもなんでもない。
聖戦士の肩書を捨てさせられた自分より、遥かに眩しく、気高く、慈悲に溢れ、世界と向き合っている。
逃げている自分などとは大違いだなと、モロコスは思い知らされた。
そして、二人は寄り添って、聞き込みを再開した。




