第59話 不戦協定
「さて、作戦の概要は説明しましたし、いよいよ“契約”といきましょうか」
このためにこそやって来た、そう言わんばかりにペコニアは懐から一枚の書類を取り出した。
魔術要素を織り込んだ特殊な紙である事は、その場の全員が即座に見抜いた。
そして、それに署名して契約を結べば、それこそ後戻りできなくなる事も。
気の高ぶりもあってか、デビィドは鼻息を大きく吹き出す。
「なぁ~にが作戦だよ。ほぼほぼ場当たり的な、行き当たりばったりって感じの話じゃねえか」
「別に、そこらへんは縛るつもりはないわよ。自由気ままな冒険者には、“大方針”だけを与えて、委細は任せるって使い方が正しいやり口よ」
「それは否定できんな。あ~しろ、こ~しろ、口やかましく横槍入れられるよりかはマシってもんだ」
「それに細かな指示を出さなくても、あなた達なら最適解で行動しそうだもの」
「そうでなきゃ、魔王なんぞ倒せはしないさ」
最後に特大級の嫌味を放ち、書類に目を落とす。
契約の内容は、ざっくり言うと『勇者パーティーと魔王軍の不戦協定』だ。
“互いに手を出さず、危害を加えない事”が明記されている。
勇者パーティーと魔王リボー、ペコニアは互いに攻撃できないようにする、と。
その期間は、前にリボンちゃんと話したように“転生の秘術が発動するまで”となっている。
そして、報酬についても約束通りであった。
デビィドは借金(残りの納税額)をチャラにする事。
スオーラは孤児達の安全と孤児院の再開、そして、その運営資金。
モロコスは国王ジャンを抹殺する事。
ティエラは欲望の欲張りセットであったが、それもちゃんとキッチリ網羅されて、書き記されている。
報酬はちゃんと支払う、そう言う姿勢が見えていた。
「ん~、確かにこちらの要求は全部載せてくれたみたいね」
ティエラは書類を手にし、漏れがないかも確認したが特に何もない。
要求を全部受け入れてくれた事を確認した。
これでよしと首を縦に振り、他のメンバーも同じく首肯する。
「当然でしょ。それ相応の働きには、それに見合う報酬を支払ってこそよ」
「それは結構な事ね。ほんじゃま、さっさと署名しますか。こんな辛気臭い仕事は終わりにして、勇者様とスイ~トな暮らしをしたいのよ、こちとら」
そう言って、ティエラはさっさと書類に署名した。
それに続き、デビィド、スオーラ、モロコスも書類に名前を書き込んだ。
署名はあらかじめ書き込まれていた魔王リボンちゃん、ペコニアに加えて、勇者パーティー4名の分も加わり、完成した。
青白い炎が浮かび上がり、書類が一瞬で燃え尽きた。
これが契約成立の合図となった。
「さってと、それじゃあ、モロコス、そのご自慢の筋肉ムキムキの剛腕で、私を殴り飛ばしてくれるかしら?」
「喜んで!」
いけ好かない悪魔を殴れるのであるから、躊躇はない。
モロコスは腕をバキバキ鳴らしながら席を立ちあがり、そして、大きく振り上げた拳をペコニアにぶつけた。
だが、顔面目掛けて放たれた拳打は、どこからともなく生じた薄い膜に阻まれ、命中する事はなかった。
デビィドがリボンちゃんに殴りかかった時と同じく、攻撃は完璧に防がれた。
「うん、結構! 契約はちゃんと機能しているようね」
「なるほど。こういう感じか。互いに手を出せない、というのは」
「そう言う事! これで互いに危害を加えられなくなったから、これで一蓮托生ね」
今度はペコニアがお返しとばかりに、モロコスを殴り付けた。
そして、こちらもまた幕が生じて、攻撃を受け止める。
ペコニアもまた、契約に縛られた事を確認し、勇者パーティーは納得した。
「よし、これでどちらも契約の影響下にあるって事は間違いなし。んじゃまあ、これからは“共犯者”って事で」
そう言って、ペコニアは止められたモロコスの手を握り、握手を交わす。
敵意や殺意は散らすが、そうでないのであれば触れる事は可能。
傷つけない行動であれば問題ないと、握手を以てそれを示した。
「さて、これで今日のところはしまい。明日の王宮入りまで時間はあるし、それまでは好きにしてていいから」
満面の笑みでそう言い、ペコニアはさっさと勇者宅を出て行った。
本当に効率的であり無駄がなく、用が済めばハイさようならだ。
どうにもいけ好かないと感じつつも、契約を結んだ後ではもう後戻りは効かない。
政変を成功させにない事には、未来が完全に閉ざされてしまう。
納得のいかない事は多々あるが、それでもと我慢をする。
勇者パーティーからはそんな雰囲気が溢れ出ている。
ただ一人、ティエラを除いて。
「さて、それじゃあ時間も多少できた事だし、少し動きましょうか」
「動く? ティエラ、今更どう動くってんだ?」
「情報のすり合わせですよ、勇者様」
そう言って、ティエラは席を立ち上がる。
「これからみんなに、“聞き込み”をして欲しいのよ」
「聞き込み? なんについて?」
「ずばり、“ジャン陛下の世論調査”ですよ」
「つまり、陛下の評判って事か?」
「そうそう。はっきり言うと、あたしらは情報が不足している。ここ最近の陛下の動向や評判ってさ、“リボンちゃん、もしくはペコニア経由の情報”しか持っていないのよ。もしくは、タブロイド紙のゴシップ記事とかさ」
「情報の片寄りだな」
そう考えると、情報収集というのも当然と言えば当然かと一同も納得した。
ただ同時に、“遅いのでは?”とも。
「だがな、ティエラ、そういうのは契約とかを結ぶ前にするもんじゃないのか?」
「モロコスの意見ももっともだけど、それだと“罠にハメられない”から」
「罠?」
「悪魔との契約なんて、正気の沙汰じゃない。悪魔は契約には忠実でも、必ず契約の穴を突いて、契約者を貶める。そうじゃない?」
「まあ、それはそうなんだが……」
「なら、さっきの契約だって、必ず“穴”があって、その内に何かを仕掛けてくるのは明白よ」
「契約前だと、あちらの思惑が固定化されず、着地点が見えない。敢えて契約を結ぶ事により、あちらの着地点の固定化を狙った。そんなところか?」
「契約を結んだ以上、ペコニアもまたそれに縛られた。当然、こちらを出し抜いてくるのは確実。なら、こちらもそれに被せて、そっくりそのまま返す」
危険は承知よと、ティエラは笑顔と共に中指を立てる。
その向きは先程までペコニアが座っていた席があり、露骨に敵意を出していた。
仕掛けてきたらやり返す、その意志表示だ。
「てなわけで、王都にいる知己に片っ端から当たってみる。モロコスは“木こり”なんだし、土木関係を当たってみて。スオーラは神殿関係をよろしく。勇者様はそれこそ、“ご近所様の生声”を聞いて来て。それじゃあ!」
ティエラは風のごとく駆け出し、家の外へと出て行った。
頭の回転の速さと大胆な行動力は相変わらずだなと、他3名もニヤリと笑う。
「まあ、そう言う事でしたら、私も王都にある神殿を回ってみましょうか」
スオーラも立ち上がり、デビィドもモロコスもそれに続く。
誰が最後に勝つのか、すでに戦いは始まっていた。




