第6話 マインカード (1)
少々納得しない部分もあったが、勇者一行は8億マネイ(税引済)を手にして、王城を後にした。
本来は10億マネイであったが、税金として20%を引かれた上で渡されたので、どうにも損した気分になる勇者デビィドであったが、他の三人はそれほど気にしたようでもなかった。
大魔導士ティエラはそもそも実家がお金持ちで、高額報酬には税金が付き物であると知っていたため、初めから貰える金額は税引き後の額であると認識していた。
聖騎士モロコス、聖女スオーラはそもそも清貧を旨とする神殿仕えの身であるため、金銭には執着がない。
貰った賞金でさえ、全額神殿や孤児院に寄進しようとさえ考えているくらいだ。
「まあ、減っちまったもんは仕方ないし、さっさと分配してしまうか」
「だよね。はい、マインカード」
ティエラがパチンと指を鳴らすと、一枚のカードが手元に現れた。
モロコス、スオーラにも同様のカードが現れ、デビィドの手にもそれが収まる。
これは『個人証明札』と呼ばれる身分証であり、国民の誰もが所持している魔術具だ。
名前や住所、生年月日はもちろんの事、魔術で模写した肖像まで添付されている。
また、膨大な情報を内蔵でき、過去の経歴から先祖代々の戸籍情報、さらに銀行口座とも紐づけされ、支払いもカードで済ませるのがすでに一般常識になっていた。
また、LPやMPも一目で分かり、習得済みの魔法やスキルも閲覧可能。
現在の職業もそうだ。
これ一枚提示するだけで、身分証、履歴書の役目を担える。
なにより、『国民皆証明札』と呼ばれるこの制度、その最大の特徴としては、極めて高い防諜機能が付与されている点だ。
国民は役所に出生届を出す際、必ず“白紙のカード”を手渡される。
それを肌身離さず持つ事で個人の魔力を馴染ませ、3歳の時に個人名と戸籍、5歳の時に魔力適正やステータスの検査と記載、7歳の時に初期職業の決定が、個人証明札を介して行われる。
何年間もカード所持者の魔力を馴染ませているので、一種の生体認証がなされるようになり、本人以外が使用する事はできない。
当然、個人の魔力を登録してあるので、複製もまず不可能だ。
また、何らかの事情で紛失や破損をした場合のバックアップ機能まである。
王都の法務省庁舎の地下にある“賢者の御座”と呼ばれる記録媒体から本人確認ができれば、多少時間はかかるが記録を復旧させて、白紙のカードに情報を転写させる事ができる。
定期的に窓口での情報更新が求められるが、“複製防止”や“本人以外の使用禁止”を徹底させる措置であるため、法律によって厳しく定められている。
実際、運用初期においては面倒くさがって更新を怠る国民も多かったが、確定申告の簡略化と控除増額が功を奏した。
「毎年の確定申告の際にカードの定期更新を行っていただければ、個人での控除総額の上限を5万マネイから6万マネイに増額します!」
この控除額上乗せが好評で、『個人証明札』はすっかり定着する事となった。
実際、カードの提示と簡単な書類審査で確定申告ができるようになったため、税務関連の行政効率が著しく向上し、減税以上の費用対効果を生み出す事に成功した。
「つ~か、今にして思えば、このカードってさ、めっちゃ税金食わないか?」
税金についてあれこれ考えている内に、普段使いしている道具も、それで賄っていることをようやくにして認識したデビィド。
とっくの昔にそれを認識していたティエラは、少し苦笑いだ。
「そりゃそうですよ。膨大な情報を留め置く巨大な記憶媒体の設置と、その維持管理。めちゃくちゃコストがかかる」
「あ~、やっぱりそうなのか」
「記憶媒体の定期的なメンテやら更新やら、それだけでも膨大な数の人を使う。悪意ある第三者の介入を防ぐために、警備も厳重にしないといけないしね。何より、国民一人一人に魔術具を配布するってのが、もはや狂気の世界よ」
ざっと計算しただけでも、国家予算のかなりの部分を食っていると言うのが、ティエラの予想だ。
実際、情報公開されている国家予算の支出表を見ても、『国民皆証明札制度』が開始されるのを前後して、防衛省と魔法省の予算がかなり増額されている。
それだけ防諜に予算を割き、魔術具の国民全員への配布がかなりの出費になっている事は疑いようもなかった。
「でもさ、なんでそんな事になってんだ? 税金バカスカ使ってさ」
「まあ実際、これを導入する前後でかなりもめたみたいね。とにかく予算を食いすぎるとか、国民全員を監視下に置く気かとか、批判も多かったわ」
「国民を監視下に、ねえ。まあ、それもそうか。このカード、個人情報の塊みたいなもんだしな。過去の履歴、犯罪歴はもちろんの事、銀行と紐づけされてるから、なんかやらかしたら即で口座凍結なんて話も聞くし」
「カード決済が当たり前になって、高額の現金決済をするってだけで、何か裏があるって勘繰られるくらいだもんね。でも、リシャール国王陛下はこの制度の施行を断固として行ったわ」
「なんで?」
「投影魔人への対策だって聞いているわよ」
そのモンスターの名前は、デビィドも知っていた。
姿形を人間そっくりに変え、不意討ちしてくる面倒な魔族だ。
実際、旅の道中でも利用した山小屋の住人が投影魔人にすり替わっており、危うく寝込みを襲われかけた事もあった。
「あたし達が生まれる前の話だけど、実際に投影魔人が猛威を奮っていた事があったのよ」
「へ~、そうなんだ」
「魔王軍幹部『八つの悪意』の一人、“金欲”のペコニアの仕業だって話だけど、多数の投影魔人を王国内に放ち、内部から浸食して瓦解させようって魂胆だったらしいわ」
「か~! いかにもペコニアらしい陰湿な作戦だな!」
「それに勘付いたリシャール陛下だけど、なかなか手を打つのが難しくてね。実際、投影魔人の擬態能力ってかなり高度で、見破る事は難しい上に魔術による解除もできない。唯一、正体を暴く方法は“死を与える”しかないの」
「ああ、そういやそうだな。前に俺らが襲われた時も、倒したら元の“顔無し”の姿に戻ったもんな」
「酷い事例だと、村が丸ごと投影魔人に入れ替わっていたって例もあったみたいよ。以前の勇者パーティーもそれにやられたとかなんとか」
「おっかねえな、そりゃ! 村丸ごととかビビるわ!」
デビィドはわざとらしく肩を竦め、モロコスやスオーラもそれに同意して頷く。
知識の信奉者でもある大魔導士の話は実に興味深く、ティエラの話をさらに集中して聞き入った。




