第56話 女怪盗、現る
魔王との共闘関係になった勇者パーティーであったが、即座には動かない。
動けないと言った方が良い。
そもそも、作戦の根幹は『リボンちゃんをインジェヌオ伯爵シャルルの養子とし、それを王太子フィリップに嫁がせる事』が必須なのだ。
婚約にかこつけて王都に入り、そこで政変という流れを作るには、なにかと手間がかかる。
王族の婚儀など、方々への調整が必要であるし、決起のための武器の搬入や人員の確保など、時間のかかるものばかりだ。
そのため、暇を持て余す事となった勇者パーティーはそれぞれの仕事に取り掛かった。
まず、デビィドとモロコスの男組は、開拓事業に身を投じた。
デビィドは勇者の固有魔術“天操術”を農業に用いた。
天候を操る術であり、普段の戦闘では落雷の力を剣に宿し、電撃と斬撃の合わせ技で敵を蹴散らしてきた。
それを今は“降雨”に用いた。
雷雲を呼ぶ要領で雨雲を呼び、水が必要な畑に局所的に雨を降らせた。
広大な畑が適度に潤い、水やりの手間が省けたと作業員から歓声が上がった。
「あるいは、本当にこういうのもアリかもしれんな」
デビィドはすでにティエラと結婚する事を決めていた。
一度別れて迷走してから自分の不甲斐なさを知り、それでもなおと自分を好きでいてくれた事はなんともこそばゆい想いを感じていた。
風俗通いの件はこっぴどく怒られたが、嫉妬は愛情の裏返しでもあると勝手に解釈し、ティエラの重たすぎる愛を受け入れる事とした。
身勝手な事だと自嘲するが、選択肢としてはこれがベストだ。
自分の能力を最大限引き出してくれる女、これはティエラ以外いない。
そして、もう一人、モロコスは木の伐採作業だ。
“転職の神殿”で“木こり”に転職したのだが、これまた天職とも言える活躍ぶりを示した。
元々の怪力ぶりはレベルダウンによりステータスは落ちたものの、木の扱いに長けた職業であったため、森の伐採作業は滞りなく行われたのだ。
そんな男組が農作業に勤しむ中、女組の方はと言うと、“パワーレベリング”によるレベル上げに繰り出していた。
ティエラの実家の近くには、高難度ダンジョン『黄泉平坂の洞窟』が存在し、そこに2人で突撃していったのだ。
経験点はパーティーの頭数で振り分けられるため、4人組より2人組の方が圧倒的に効率が良い。
ただ、手数が減るため、本来ならきつくなるのだが、この2人はお構いなしだ。
不死系モンスターが大半を占めるダンジョンであるため、スオーラの聖属性魔術が殊更効く上に、ティエラも火属性魔術を極めているので、これもまた有効なモンスターが多い。
しかも、魔力回復の魔法薬を大量購入し、ひたすら戦い続けているため、経験点の稼ぎが途轍もない速度で、僅か半日で“農夫”が転職可能レベルにまで到達した。
だが、ここからがティエラの意味不明な行動に出る事となる。
“農夫”の習熟をさらに深めて、上級職“辺境伯”になるのかと思いきや、あっさりとその道を捨てた。
代わりに、どういうわけか“盗賊”に転職をしてしまった。
転職に転職を重ねた事で、ティエラは更にステータス低下による弱体化をしてしまったが、当人は気にする事なく更にレベリングを重ねた。
そして、ここでようやく狙いを他のメンバーに明かした。
「これで上級職“怪盗”になれる条件が整ったわ」
ティエラの狙いは“魔術師”と“盗賊”を習熟した者が転職できる上級職“怪盗”になる事であった。
魔術に長けた盗賊というかなり扱いの難しい職業ではあるが、とにかく素早い動きで先制攻撃を繰り出し、“大魔術師”ほどの威力はないものの、上級魔術も使えるのでやり方次第では化ける職業として人気も高い。
それをギリギリの段階でどうにか転職できるまでに漕ぎ付けた。
「多分、王都での戦いは“裏”での暗闘がメインになると思うのよね。だから、用意したってわけ」
今やティエラの姿は以前のそれとは大きく変わっていた。
見慣れた“大魔導士”や、あるいは“農夫”から“怪盗”に、服装ががらりと変わっていた。
それこそ、宝玉をはめ込んだ大杖は片手で軽く握れる小さな錫杖となり、見慣れたとんがり帽子も黒いシルクハットに変更。
ブカブカの長衣は、体の線が分かる程のピチッとしたボディスーツやブーツに変わっていた。
マントをなびかせ、これ以上にないほどの“女怪盗”になり切っていた。
「まあ、こんなところかな。冒険中に売らずに残しておいた装備品での間に合わせだけど、一応、様にはなったかな~」
職業ごとに装備できる武器や防具が違うため、性能落ちしたり、あるいは装備できなかったりする品は、荷物になるからと売ってしまうのが冒険者というものだ。
しかし、ティエラは収集癖があったために、珍しい装備品は売らずに確保し、実家の倉庫に放り込んでいた。
上級職に転職した後では、装備できない武器や防具は宝の持ち腐れではあるが、何かしらの事情で必要になるかもと思っていた物が、思わぬ形で役に立った。
わざわざ買い揃えなくても、それなりの装備で戦線復帰。
大魔導士ティエラ改め、怪盗ティエラとして再出発だ。
「んで、勇者様、新しく生まれ変わったあたしはどうかしら?」
「似合っているぞ。ただまあ、近接戦はダメだろうな」
「それ! さすがに剣術の習熟まではできなかったからね。腰に帯びている細剣もほぼお飾り! やっぱり魔術での勝負になるわね!」
などと言いつつ、細剣を鞘から抜き、「とりゃぁ!」と叫びながら突きを繰り出す。
剣術の達人であるデビィドに言わせれば、コスプレ演者の域を出ないレベルの低い動きであったが。
「まあ、速さのある魔術師ってのが、“怪盗”の売りだからな。それでいいんじゃないか?」
「ん~、ありがと♡」
ここで唐突に勇者に投げキッスをする怪盗。
魔術師であった頃より、余程似合っていると思えるほどの可愛らしさだ。
実際、新しい魅力を感じ、デビィドは少し照れ臭そうに顔を赤らめた。
「早速、ハートを盗まれましたか」
「まあ、いつものが斬新さを添えて戻って来たといったところか?」
スオーラもモロコスも、姿を変えたかつての魔術師をすんなり受け入れた。
そして、作戦決行の期日が近づいてきたため、4人は王都に向かうのであった。




