第54話 魔王との交渉 (1)
報われぬ英雄。
戦時においては人々から讃えられ、魔物を退治してきた。
しかし、その栄光も平和の到来と共に消え去った。
風化すると言うには早過ぎるが、社会はすでに英雄を必要としていない。
そのまま忘れ去られてしまえばよかったが、力を持ちすぎた英雄は平時においては厄介者でしかない。
平穏を求めても、力の大きさ故に収まり切らない。
働きに対しての報酬が少なく、しかもそれからすら税を徴収する。
なんたる強欲かと、憤りを隠さない聖戦士モロコス。
勇者デビィド、大魔術師ティエラもまた、その熱気に当てられ、現在の苦境も相まって、虐げてきた王国への報復に賛意を示す。
そしてとうとう、聖女スオーラも折れた。
子供達の明るい未来のためにと戦ってきたというのに、その子供達に犠牲を強いるようなやり口が横行している現実に、いよいよ嫌気がさしてきた。
魔王と握手を交わすのは面倒事になると分かっていながらも、社会を根幹から変えてしまうのは力がいる。
かつての敵は明日の友。
昨日の主君は明日の手柄首。
やってやろうと頷き合う勇者パーティー。
魔王リボンちゃんも満足げに首肯するが、まだ仲間と言うわけではない。
ティエラはか細いリボンちゃんの肩を掴んだ。
「魔王と契約を結ぶ。それは良しとしましょう。ただ、“着地点”はしっかりと定めておかないとね~」
「それは“報酬”という意味か?」
「それも含めた、諸々の“契約内容”についてよ」
悪魔は契約を絶対に破らない。
同時に破らせない。
破ったら最後、破滅と言う名の呪いをかけてくる。
そして、悪魔は契約に対しては誠実であるが、同時にそれから外れる事には容赦がない。
現に、魔王やペコニアと契約をしたジャンやシャルルも契約を交わして、自身に類の及ばないようにしたつもりでも、その“契約の穴”を突いてくる。
それがいつもの悪魔のやり口だ。
それをよく知ればこそ、ティエラは念押ししている。
その穴を塞ぎ、互いに“利”となるように契約を交わす。
その危険性は重々承知しつつも、じり貧の現状打破にはこれしかない。
「……と言う事で、あたしに任せてくれてもいいわね?」
ティエラの呼びかけに、他3名も頷く。
復讐しか考えていないモロコスは、そもそも賛成だ。
どんな条件を出されようとも、すでに頭の中ではジャン王を倒す事しか考えていないので、むしろさっさと契約しろと言いたげな雰囲気だ。
デビィドもティエラに丸投げだ。
負い目もあれば、信頼もある。
ティエラに任せておけば、まあ大丈夫だろうと言う安心感から来る賛意だ。
スオーラもまた、ティエラを信じている。
優先すべきは“すべての子供達に対する安寧の未来”であり、その道が開けるのであればどんな条件でも呑むつもりでいた。
そして、孤児達の母親になっているティエラであれば、大丈夫だとも。
「と言うわけで、お姉ちゃんと“お話合い”しましょうか、リボンちゃん♪」
「様付けで呼んで♪」
「ママがいなくて大丈夫でちゅか~、リボンちゃん様」
「デビィドと同じ反応するな、この娘は」
「そりゃ夫婦だもん♪」
「お前の夫はモロコスだろうが」
「戸籍上はね」
「だそうだが、モロコスは何とも思わんのか?」
「所詮、器を用意するための仮初の夫婦だ。むしろ、デビィドと引っ付いていない方がおかしい」
「割り切る付き合いと言うのもなんだな。結婚も立派な契約であろうに」
「割り切った付き合いになる事を前提とした結婚だったからな、この場合は」
などとワチャワチャやっている内に再び席に着く。
さて、と前置きしたところで、ティエラはさっさと話を進めた。
「んで、確認しておきたいんだけど、リボンちゃんの狙いは“力が戻るまでの安住の地”を求める事。それで間違いないわね」
「そうだ。なので、余計な妨害が無いよう、“勇者パーティーとの不戦”を条件に入れておきたい。『魔王及びペコニアと勇者パーティー4名は互いに手出ししない』くらいでいいかしら?」
「まあ、妥当と言えば妥当。その期間は?」
「15年としておこうか」
「却下」
ティエラは普段見せない冷ややかな視線をリボンちゃんに向ける。
パーティーメンバーにもあまり見せない表情だが、こういう顔をしている時は相当に不機嫌な時か、もしくは“本気で交渉している時”だけだ。
「何が不満かね?」
「それだと、こっちが一方的に不利になる」
「なぜに?」
「もし、あんたが“5年”で力を取り戻したとしましょう。そうなると、こっちは残り10年間も手を出せなくなる。その間、こちらは何も出来ないのに、そっちは王国に対してやりたい放題。それはとても認められないわ」
「おいおい。ジャン王とは『王国に害を与えない』と契約しているのだ。その約束は守るし、なので王国に害を与えるつもりはない」
「フンッ! 国王陛下を出し抜こうって謀議をやっているのに、害を与えないとは笑える話ね」
「ああ。重税を課す暴君を排除する、という理論を組み立てているからな」
「そ・れ・よ! 陛下との契約の中に『魔王、国王、ペコニアの三者が死ぬまで契約は維持される』って項目があるわよね?」
「確かにあるな」
「なら、全員死ねば、契約は解除される。そして、魔王、あんたは“転生の秘術”が使える。陛下を何らかの方法で始末した後、自分とペコニアを転生させれば、全員が“一度死んだ事”になって契約が解除される。人間に転生して1年でそれだけ力を戻しているのなら、魔族の体にちゃんと転生すれば、もっと早くに力が戻せる」
「……そうだな」
「なら、こちらが手出しできない期間がある状態で、再び転生して復活を遂げた魔王が現れる事になるわ。それは看過できない。まして、国全体が“レベルダウン”している今は特にね」
今の王国は戦時から平時への移行期であり、“職業変更”が流行になっている。
もはや食っていけない冒険者稼業に見切りをつけ、他の仕事にあり付くために、それに適した職業を得ようと“転職の神殿”が大盛況という有様。
そして、転職には“レベルダウン”が付き物であるため、今までモンスターと戦ってきた冒険者が、次々と抜けてレベルを落としている。
実際、ティエラとモロコスもレベルを落としており、戦力としては大幅減。
それが国家規模で起きているのが、今の王国だ。
そんなところに魔王が完全復活したらどうなるのか?
しかも、“勇者と魔王の不戦契約”が結ばれた状態でそれが来たらば、どう対応すると言うのか?
当然、対処は極めて困難であり、魔王軍の好き放題となる。
ティエラの拒絶はそれを危惧してのものだ。
(魔族との交渉は、その結ばれる契約の“裏”も読み取らないといけない。必ず後で“穴”を突いてくるのが、こいつらのやり口なんだから)
なので、その穴を塞ぎ、安全を確保した上で契約を結ぶ事が肝要だ。
もちろん、それを潜り抜けようとするのもまた、魔族だ。
互いに笑顔のティエラとリボンちゃんだが、見えざる刃で鍔迫り合いをしているような雰囲気が部屋の中に充満していた。
どう出し抜いてやるか、そればかりを考えつつ、それでも表情には出さない。
静かで、それでいて激しい、無言の戦いが繰り広げられた。




