第53話 裏切りの報酬
「迷っている時点で、もう結論は出ていると思うのだがな」
魔王リボンちゃんの言葉はいちいち心に突き刺さる。
報復の事しか考えていないモロコスはともかくとして、他3人は確実に後ろめたさを感じている。
デビィドの苦境は自身の“怠惰”が原因であり、回避する事は出来た。
ティエラにしても、孤児を引き受けると決めたのは自分自身の決断によるものであり、これを他責にするつもりはなかった。
スオーラは完全に孤児優先であり、これさえどうにかなれば国に対して従順である姿勢を保つ事ができる。
だが、王も、地元の領主も、縛りを設けるだけで、助け舟を出そうともしない。
自力救済の道も、その“縛り”が原因でキツくなる一方だ。
どうにかしなければならないと考えながらも、手を差し伸べてくるのが魔王だけという救いがたい状況。
その魔王がスッと席から立ち上がったかともうと、反対の意思をなお示しているスオーラに近付いた。
「聖女スオーラよ、お前は間違っているぞ」
「私が間違っているですって!?」
「ああ。敢えて言葉にするのであれば、“独善”、あるいは“自己満足”だよ」
「何を根拠にそんな事を……」
「孤児を300人しか助けていないと言う現実。この国の中で、孤児と呼ばれる存在が、たったの300人程度だとでも思っているのか?」
「それを生み出したのは魔王でしょうが!」
「それは否定すまい。村や町を焼き、都市を潰し、結果、難民や孤児を生み出した。魔族が魔族であるゆえにな」
魔王も一切悪びれない。
魔族の存在意義そのものに関わるのであるから、“悪事”については肯定する。
「“善悪の判断”などと言うものは、立ち位置でどうとでも変わる。こちらも魔族の頭領としての当然の振る舞いをしただけなのだがな」
「私の家族や村を焼いておいて、よくも抜け抜けと言い切りますね!」
「ああ、聖女様も戦災孤児の一人だったな。それはご愁傷様。こちらへの恨みは人一倍か」
「他人事のように軽薄な態度! やはり姿形は人間の少女であろうとも、中身はやはり魔王なのですね、あなたは!」
「所詮は他人事だ。魔王として魔族については責を負うし、追随するモンスターについても同胞の次くらいには重視している。人間など、所詮は餌に過ぎん」
「戯言を……!」
「そうかね? 同胞さえも“餌”にしている、この国の王侯貴族よりかはマシだと思うが、そうは考えないのかね?」
「…………!?」
「平和な時代に英雄は不要。ゆえに、お前達は報われぬ生活を強いられる。平和を享受すべき民草も、その恩恵を受けているのは一部の者だけ。貴族や富豪だけで富を循環させ、下々の者は相変わらずの生活。税金は重たいままだ」
魔王は“徴税官”に就いているので、税金の流れと言うものはよく理解していた。
だからこそよく知っている。
“富は下には零れ落ちない”と言う事を。
「それに、お前の手から零れ落ちた孤児は、更に酷いぞ。お前自身も知っているはずだ。ある程度、歳を重ねて孤児を“卒業”した者の行く末を」
「年季奉公、ですか」
「その名を借りた奴隷制度をな。お前やモロコスは恵まれていた。孤児ではあったが、才能があり、しかもそれを見出してもらえ、それなりの居場所を得る事が出来た。だが、それが全てではない。“転職の神殿”の斡旋する職業にも、悪事を目論む輩が潜んでいるからな。それを摘発するのも遅々として進んでいないのが現状だ」
実際、これも大きな問題だと、スオーラは前々から認識していた。
おおよその一般庶民は“家業”と言うものがある。
職業は親から子へと引き継がれる場合が多く、親の仕事を引き継いだり、あるいはその伝手で似たような職業に就くのが常だ。
デビィドは祖父が元・近衛騎士と言う事もあって、武芸を叩き込まれた。
もし、冒険者になっていなければ、剣術道場の師範か、あるいは祖父の人脈などで武官として仕官していたかもしれない。
ティエラもまた、実家が農場経営者であり、魔王討伐後はその家業を営んでいた。
それこそ、大魔導士であれば、他に就職口があったにもかかわらず、ごくごく自然と農業を営むようになっていた。
これがごく一般的な“庶民感覚”だ。
だが、孤児にはその引き継ぐべき“家業”がない。
孤児だからこそ、日常的に“親”を師範とし、職業に就いて学ぶ機会もあるが、孤児院育ちではそれが不可能だ。
だからこそ、孤児院卒業後は“転職の神殿”にほぼ丸投げしてきたのがこれまでだ。
その赴く先が地獄であろうとも、選択の余地はない。
「お前も知っているはずだ。孤児の大半が赴く先を。過酷な鉱山労働者として死ぬまで使い潰しにされる。接客業と銘打って、娼館に押し込まれた例は五万とある。それを“聖女”として憂いてはいないのかね?」
「そ、それは……!」
「お前に拾われた300人の孤児はまあ将来的には安泰だ。開拓者、農家として整備された耕作地を受け取れるよう、“保護者”が頑張っているからな。だが、それが全てではない」
「……それは、個人の手には余る規模では? 今の300人からしても、かなり負担になっていますし」
「ほう、“負担”ときたか。聖女らしからぬ弱音だな。ああ、嘆かわしいかな。聖女様にとって、あの哀れな孤児は“お荷物”だと……!」
「そんな事は言っていません!」
「同じ事だよ。重い、そう感じるのであれば、それは苦痛に感じているという事だ。心のどこかでは投げ出してしまいたい、そう考えればこその吐露だよ」
「でも、私には国全ての孤児をどうこうするのにも、力がありません。人手も、財力も、何もかもが」
「ならば、その“力”とやらを求めればよい。国にせよ、集団にせよ、その最大の資本は“人”だ。人が金を生み、金が人を動かす。国を差配し、その“人”と“金”を最大限に利用できる立場になればいい。そして、その機会は今、目の前にある」
そう言って、魔王は聖女に手を差し伸べた。
一緒に国を乗っ取ってしまおう、と。
そうすれば、全ての孤児の生活が保障され、将来の職もマシなものを選べる、と。
「さあ、手を取れ、孤児を憐れむ聖女よ。汝が真に聖女たらんとするのであれば、この腐った世界を改革するべきではないか? そして、その手順は示されている。魔王と手を結べばそれに近付ける。さあ、どうする?」
「そ、それは、その……」
「何を迷う? 世界の半分をくれてやろうと言うのだぞ? 折半だ、折半! 魔王と、勇者パーティーによる、世界の分割……! 孤児たちを救いたいと真に思うのであれば、全てを救えるだけの力を求めるのは自然な事だ」
可憐な少女の微笑は、実に愛くるしい。
だが、この場の全員は、その少女の中身が魔王である事を知っている。
それでも掴まずにはいられない。
聖女スオーラは二度と自分のような孤児を生み出すまいと心に誓い、魔王軍と戦ってきた。
だが、その魔王を打倒した後でも、状況の変化はない。
結局、孤児は孤児のままであり、下々の者は貴族や富豪の食い物にされている。
ならば、根本から変えよう。
そう考えると、聖女は魔王と自然と握手を交わしていた。
国王ジャンから魔王リボンちゃんへの鞍替え、その報酬はある種の“徴税権”だ。
法律の穴を突き、ズルばかりしている貴族や富豪から搾り取り、本当の意味で富を循環させる。
金回りが良く成れば、下層民にも金が行き渡り、生活が豊かになる。
孤児達もまた救われる、と。
悪魔とは、常に抗いがたい魅力的な贈り物を用意して間の前に現れるものだ。
そして、最後まで魔王と組む事に難色を示していた聖女スオーラも、その“裏切りの報酬”の魅力には抗う事が出来なかった。




