第52話 カードの仕様
「あの……。ちょっと疑問なんですが、この計画、無理があるのでは?」
魔王の話に横槍を入れたのは、黙って聞いていたスオーラだ。
モロコスはそもそも最初から乗り気であり、居場所を奪った国王ジャンに対する報復の意志を固めていた。
デビィドやティエラは警戒しつつも、苦境の打破には止む無しという消極的賛成。
つまり、パーティーメンバー4人の内、すでに3人が賛成側に傾いている。
そんな中でのスオーラの横槍だ。
当然、その場の顔触れはスオーラに意識を集中させる。
「ほほう。聖女スオーラは反対と来たか。 (*  ̄_ ̄) ダロウネ」
「魔王の、魔族の戯言を真に受ける程、神職としての矜持は捨てておりませんので」
「聖女様は言うね~。そいつは同時に、賛成に傾いている仲間を非難する事になるが、そこの辺りはどうなのだ?」
「道から踏み外そうとしている者を、正しく導くのも仕事の内ですから」
そう言って、スオーラはニッコリと微笑む。
同時にそれは、デビィドやティエラを震え上がらせた。
恐ろしい圧を放つその笑顔は、不気味そのもの。
年下の勇者と大魔導士を窘める姉貴分とでも言えばいいのだろうが、普段は物腰柔らかで穏やかな分、怒らせると怖い事を知っていた。
二人を委縮させた後、スオーラは視線を魔王に戻す。
「そもそも“王国乗っ取り”の話、前提条件に無理があります」
「と言うと?」
「当然、“コレ”についてですよ」
そう言ってスオーラがパチンと指を鳴らすと、現れ出たのは『個人証明札』。
国民全員が保有している身分証明書であり、偽造も複製も不可能な代物だ。
しかも、情報は王都の魔法省が厳密に管理しており、改竄も難しい。
「これがある限り、身分の詐称はできませんわよ。書類上の家系図よりも、王都の魔法省にある“賢者の御座”に記録されているデータの方に重きを置かれていますので」
「その通りだ。国民は生まれた後、役所に出生届を出す。貴族も庶民も関係なくな。その際に“白紙のカード”を渡され、個人個人の魔力に馴染ませる。それによって複製をできないようにしたり、あるいは“徴税官”などの特殊な権限を与えられる者を除き、持ち主以外の者がカードを使用できない仕様だ」
「そうです。魔王の言う“新しい家系図”による改竄はできません」
「ところができるのだよ、それが」
勝ち誇るようにニヤリと笑うリボンちゃん。
可愛らしい顔立ちだと言うのに、中身が魔王と言うのが信じられない程に。
「聖女スオーラよ、お前らの話は“庶民”の話だ。当然、その視点でしか語られていない。そして、“リボンちゃん”の場合は“貴族”の話だと言う事だ」
「庶民と貴族では違うと?」
「庶民は基本的に“家門”を気にしない。それこそ、“家名”さえ持っておらず、住所を家名代わりに使っている者さえいる」
「確かに……。孤児院育ちからすると、まさにそれですね」
「しかし、貴族は別だ。“家名”や“家格”を重んじ、それらを盛り立てていくために“一門衆”を取り込んで勢力強化を図る。あるいは、利益を共有する他家の貴族と結んだりな。その証として、“家系図”はどの貴族家でも大切に扱われている」
「では、それを“捏造する”と言う点は?」
「領域が恐ろしく広いため、時に家中の者すら追いきれなくなる場合がある。婚姻や養子縁組によって増えていくからな。だから、たまに“漏れ”があったと、貴族は“発見された家系図”を持ち込んで、データの上書をする事がある」
「なら、“新しい家系図”が持ち込まれても、役所は特に審理せずにそのまま受理すると言う事ですか!?」
「ああ。“手間賃”を掴ませておけば、割と話はスムーズに進む」
「また、ここでも“金”ですか」
「物事を潤滑にする最強の油なのだぞ、“金”は」
シレッと言い放つ魔王の言葉は、勇者パーティーにグサリと突き刺さる。
そもそも、現状の厳しさは“金”さえあれば解決する部分も大きい。
デビィドにしても、“滞納者”を解消するには、残っている税金を納税すれば済む話であるし、ティエラやスオーラが面倒を見ている300人の孤児にしても、“金”さえあればもっとマシな衣食住を用意できたのだ。
金、金、金、これが重くのしかかる。
「そもそも、『身分証明札』が施行されたのがおおよそ30年前。国民全員に行き渡らせ、紙媒体の戸籍なんかの情報を集積して、今の状態になったのが20年ほど前だ。それ以前のデータは穴ぼこだらけであり、貴族の家系図であれば“漏れ”を理由に修正くらいはできる」
「ちゃんと調査せずにそのままデータの書き換えとか、役所の怠慢ですわね」
「窓口の木っ端役人では、御貴族様と揉め事を起こしたくはないのは当然だ。唯々諾々と情報更新を受けてしまう」
「なるほど。つまり、魔王の父親が養子縁組でインジェヌオ伯爵の一門に含まれていた。そういう事にしてしまおうと言う事ですね?」
「そうだ。そして、伯爵家の一門の娘と言う事になる我をシャルルが養女として迎え、そこから更に王太子に輿入れという形になる。どこの馬の骨とも知れん娘よりも、伯爵の御令嬢としての方が箔が付くし、輿入れを容易にすると言う話だ」
「中身は魔王ですけどね」
「おまけに、受け入れる側ではなく送り出す方が正体を知らないと言う、なかなかに笑える状況だ。ペコニアらしい嫌味な喜劇とは思わんか?」
実際、リボンちゃんの養父となるシャルルは、中身が魔王である事を知らず、受け入れる王家の、ジャン王の方は知っているという状況だ。
哀れと感じるか、自業自得と断じるかで、悲劇と喜劇が分かれる。
なお、その場の全員はシャルルの野心と、その行き着く先の地獄への舗道は、“自業自得”と割り切っていた。
「まあ、ペコニアもこれは報復であるからな」
「報復ですか?」
「ああ。『身分証明札』の普及と一連の国民皆検査によって、王国に潜入させていた部下を全員失ったからな。その仕様の穴を見つけたり、裏を突いたりできるのかと、熱心にカードに関する研究をしていた」
「嫌な研究ですわね」
「こんな狂気染みた手段を用いた、リシャール王に文句を言う事だな。もう死んでるのが残念でならんが」
「魔王はそちらへの報復をお望みで?」
「まあ、それは“王国の乗っ取り”と言う形で晴らさせてもらうよ、共犯者諸君」
すでに魔王は勇者パーティーを取り込んでいる気でいた。
地位や財力を奪い、退路を塞いで、その上で握手を求める。
酷い話ではあるが、少女の姿をした魔王の手は“真っ白”だ。
まだどんな犯罪行為も犯していない完全な“順法闘争”。
法の枠内で戦っているからこそ、勇者パーティーは手が出せない。
具体的に乗っ取り計画が動き出すまでは、本当にただの少女に過ぎない。
かと言って、数々の仕打ちからジャン王に密告する気にもなれない。
それを読み切っているのだとすれば、本当に性格が悪いと思わずにはいられない勇者パーティーであった。




