第50話 身の置き所
「……で、結局のところ、魔王さんよ、お前の本当の狙いは何だ? どうにもペコニアの動きから何から何まで、回りくどく感じるが?」
そこが不可解な点であり、デビィドの質問に他3人も首肯する。
最大の障害になるであろう勇者パーティーの無力化を図ったのは理解できるが、あまりに順法闘争に傾いている。
ハメるだけであれば他に手段はあったであろうに、魔族にしてはお行儀が良すぎるというのが勇者パーティーの偽りなき感想だ。
どうにも裏がある。
そんな疑惑の視線を、魔王リボンちゃんは笑って流した。
「まあ、当然の反応だな。だが、合理的でもあるのだぞ」
「俺達を無力化する事がか?」
「当然だ。王国の抱える最大戦力は、やはり『勇者パーティー』だ。これをどうにかしなくては、魔王としては安寧を得る事はできん」
「いやいやいや、人間の王国に入り込んでおいて、ゆっくり眠りたいとかふざけんなって話だ」
「仕方あるまい? 転生の秘術に失敗して、魔王は大幅な弱体化。残った魔王軍幹部はペコニアだけで、戦力としては心もとない。勇者パーティーの無力化を図りつつ、手を出せないように数々の“保険”を仕込んでおいたのだ」
「はぁ~。それが徴税官であったり、テンプル騎士団への介入だったりするわけか」
実際、その効果は覿面であった。
デビィドは“納税者”となり、“徴税官”には逆らえない状態に陥った。
騎士団解散によってモロコスとスオーラは居場所を失い、孤児と共に路頭を彷徨う事となった。
ティエラの入れ知恵でどうにか孤児の受け入れ先は確保できたが、色々と不都合な点が生じ、身動きが取れなくなった。
まさにペコニアの思惑通り、勇者パーティーに大きな枷を取り付ける事に成功。
余計な横槍を気にする事無く、王国への報復戦を仕掛ける事が可能となった。
しかも、人間社会に則した“合法的報復”だ。
法律や契約に反していない以上、手出しができない。
「ジャン王にはこちらが“有能”である事を知らしめつつ、飼い慣らせると“錯覚”させて、食事と寝床にあり付く。こちらとしては申し分ない状態が“今”なのだ」
「結局のところ、転生の魔術に失敗したから、再度の術式構築までの時間稼ぎって事だろ?」
「まあな。人間の体に馴染んて来たとは言え、定着させるのにかなり手間取ったからな。これから術式の構築に励まねばならんが、この体では時間がかかり過ぎる」
「MP全然ない上に、肉体的な脆弱さもあるからな。当然だな」
「だからこそ、その間は『襲わないでください!』と言うわけだ」
「随分と虫のいい話だな。これを今からジャン陛下の所に垂れ込んだらどうするつもりだ?」
「そうなったら、魔王軍はおしまいだ。同時に、お前らも未来を絶たれるぞ?」
「ぬ……」
デビィドは言葉に詰まった。
もし、魔王やペコニアの暗躍ぶりを密告したとしても、大した状況改善にはならないからだ。
まず、大々的に喧伝された“魔王討伐”の件とは違い、今回の件は表沙汰にできないというのが実情だ。
なにしろ、“国王”と“魔王”が密かに手を結んでいたと言う点が、間違いなく反発を生み出す。
そんな情報が表に出たら、間違いなく国民の王家への信頼がガタ落ちだ。
なので、“密告”と言う形では手柄を立てた事すらなかった事にされるし、“公布”したとしても国内に不穏な空気をバラ撒くだけだ。
しかも、それを見越して更なる枷や監視をハメてくる事すら考えられる。
最悪、“暗殺”される事さえある。
もちろん、暗殺者など返り討ちにする気満々ではあるが、そうなると王国内部で王家と勇者パーティー&不満分子(騎士団関係者や廃業を余儀なくされた冒険者)との血みどろの内戦が待っている。
穏便な解決方法は、“魔王と手を組んだ”という事実の前には消し飛ぶ。
「内々に処理して、表面上の平穏を糊塗しなくては、どうにもならんと言う事か」
「ククッ、魔王を殺してみるか? だが、今の勇者にはできまい? なあ、“税金滞納者”よ」
「俺は手が出せんが、他の3人なら殺せるぞ?」
「なので、ペコニアは我に【強制帰還】をかけてくれたぞ。こちらが死んだと同時に周辺にいる者も含めて、“リボンちゃんの実家”に飛ぶようにな。さて、そうなるとどうなるかな?」
「嫌な手段を相変わらず取るな」
「そりゃ魔族だからな。人間に嫌われてなんぼの商売よ」
「どこまでも嫌な性格だな」
「まあな。それにここでまた死ぬのも本意ではない。ようやくこの体に馴染んできて、魔力が徐々に回復してきているのだ。殺されて、また別の体を探して馴染ませるのも面倒だ。だから、なあ、分かるよな?」
魔王の笑みはなおも歪む。
目の前の“転生魔王”を殺せば、たちまち王都にあるリボンちゃんの実家に強制転移されるのだと言う。
転がる少女の死体。
返り血を浴びている勇者パーティー。
人が多い王都の住宅地では、隠匿できるかどうかも怪しい。
仮に死体を判別不能なほどに黒焦げにしたとしても、『身分証明札』での身元判別が可能。
言い逃れのできる状況を作るのは難しい。
“魔王”の件を明るみに出そうにも、ジャン王にとって不都合な情報である以上、もみ消される可能性も高い。
そうなると、“一般人の少女に対する殺傷行為”のみが表の情報として残る。
そして、邪教を崇拝していた世間では思われているテンプル騎士団、その“元”関係者であるモロコスもいる。
色々と悪条件が重なり、そのままロクな審理もされずに処される事も考えられる。
それを考えればこそ、魔王の余裕の態度を察する事ができる。
「さあ、どうするかね、勇者パーティーの諸君? こちらは手札を見せた。それをどうするかはお前達次第だ。だが、もう決まっているのだろう?」
「当然だな」
そう言って、リボンちゃんに手を差し出したのはモロコスだ。
即断即決、そう言っても障りない程の素早い判断だ。
「モロコス、正気なのですか!? 魔王と握手を求めるなど」
「スオーラ、それがしは正気だ。魔王と手を組むなど、はっきり言えば気が引ける。だが、汚名を雪ぐのにはこれしか道が無い」
「ですが、そもそもテンプル騎士団がお取り潰しになったのは、ペコニアが財務監査にかこつけて、“邪神の神像”を奥の院に配置した事が原因ではないですか!」
「それはその通りだが、それは“不正の可視化”に過ぎない。それがしも騎士団の一員として働いてきたが、そうした“良くない噂”は耳にしていた。だが、上には上の考えがあるのだろうと黙殺し、耳を塞いできた。もっと早くに糾弾すべきであった。そうすれば、最悪の結果は免れたはずだ!」
モロコスも自論を曲げない。
組織の一員としてのしがらみがあり、見て見ぬふりをしてきた。
だが、事は想定以上に進行しており、上層部は腐り切っていた。
ペコニアの置いた邪神の神像も、その腐敗そのものの象徴とも言える。
不正の証拠となる書類のみならず、より分かりやすい形での“腐敗の象徴”。
それが邪神の神像だ。
少なくとも、モロコスは今ではそう考えるようになっていた。
「だから、汚名には甘んじて受けて沈黙し、子供達の行く末だけを案じて辺境での開拓事業に乗り出したのだ。……だが! 結果はこれだ!」
そう言って、モロコスは自身の『個人証明札』を差し出す。
レベルは“1”。
魔王を倒した英雄とは思えない低レベルだ。
しかも、職業は上位職の“聖戦士”ではなく、基本職の“木こり”。
習得しているスキルはともかくとしても、立場はもう一般人と変わらない。
「何もかもを投げ捨てて、過去さえも消し去り、ひっそりと暮らそうとしてきた者への仕打ちか、これは! こっちは子供達のために農地を増やそうとしていた、ただの開拓民になったのだぞ!? それすら妨害してきた!」
「気持ちは分かりますが……」
「こういう事がもうないと言い切れるのか!? もうこちらに干渉してこないと言う保証はどこにある!? また難癖付けて、こちらを締め上げてくるだろうよ!」
モロコスの意志は固い。
降りかかる火の粉を振り払うのみ。
だが、その“振り払う”と言う行動が、“国王の排斥”という苛烈なものなだけだ。
分かってるし、止めるべきなの当然なのだが、他のメンバーも口が重い。
事実、モロコスの指摘は正しいからだ。
国王のジャンは社会構造を根本から変えようとしている。
魔王軍との戦争が終わり、その魔王すら従えようとしているのだから、当然と言えば当然だ。
問題があるとすれば、その社会的改革によって“被害や損害を受ける側”に自分達が組み入れられている事だ。
野に獣がいなくなれば猟犬は殺され、空に鳥がいなくなれば弓は蔵に仕舞われる。
英雄を必要としない平和な世界には、『勇者パーティー』の身の置き所はない。
その現実が突き付けられた。




