第47話 監査の実態
「テンプル騎士団は腐敗していた。少なくとも、幹部連中は堕落の極みにあったと言う事は理解した。だが、それとジャン陛下を排斥する点が接合しないのだが?」
デビィドとしては、そこが理解できなかった。
もちろん、魔族側の視点で見れば、人間側の“名君”の存在など、邪魔にしかならないし、排除したいと考えるのは当然だ。
だが、それを人間側に立っている勇者パーティーに打ち明ける理由が見当たらない。
さもありなんと言わんばかりに、魔王リボンちゃんは首肯する。
「結局、人間と言う生き物は、“適度な刺激”が無ければ、どこまでも自堕落になっていくと言う事だ。勇者、お前はすでに体験済みだろう?」
「魔王のくせに、何と言う正論! 一切、反論できる余地がねえ……!」
「まあ、そう言う事だ。今までは“魔王を倒して平和な世界を手にする!”という共通の目標を持っていた。だから、民草は重税にも耐え、英雄の登場を待った」
「そして、俺やここにいる顔触れが現れ、魔王をぶっ倒した」
「そこで緊張の糸が途切れた。脅威の前に抑え込まれていた各派閥やら組織やらの利益を優先し出すようになり、その思惑が社会全体の停滞を誘う事になる」
「テンプル騎士団の一件もその一つ、というわけか」
「元々、騎士団は長い間、保持してきた特権と巨大な経済力、社会的権威に実働戦力もあいまって、国内最大の組織とも言えた。だが、魔王軍の脅威がなくなった今となっては、それは腐臭を漂わせる利益団体に過ぎなくなった」
「俺達同様に、干される未来しかなかったというわけか」
「いいや。あくまで、“権力闘争”の一環だよ。今回は魔王とさえ手を組む形振り構わない姿勢で臨んだジャン王が、一枚上手だったと言う話だ。それこそ、騎士団側が先手を打って、王家を無力化させていた未来もあったかもしれん」
「下手すりゃ内戦一直線だな」
王家と騎士団、国内では最大級の組織だ。
それが仲違えを起こせば、国内がどれほど乱れるか知れたものではない。
そうならなくて良かったと思うのが、勇者パーティー4人の率直な感想だ。
「まあ、それはペコニアが全力で阻止したがな」
「なんでまた? 王国が分裂状態になった方が、魔王軍にとっちゃ都合がよくないのか? 再建の時間稼ぎって点なら」
「不確定要素が大きくなりすぎるのが良くない。特に、まだ戦争終結直後で戦力が残っている状態で、しかも勇者パーティーが健在だ。身を潜める事すら難しくなる可能性があった」
「まあ、ペコニアは戦力としちゃあ幹部最弱だしな~。おまけに、転生に失敗して、“魔王の赤子”状態の魔王だけじゃあ、むしろ足手まとい」
「そこで、ジャン王に取り入ったというわけだ。騎士団お取り潰しの方棒を担ぐ事を条件にな」
その点は、デビィドも他のメンバーも納得して頷く。
ペコニアは補助術式や治癒術式を極めたサポート特化の性能を誇る。
有能な攻撃役や壁役と組むと、途端に化けるタイプだ。
しかし、単独の戦力としては弱く、現状ではまさにその状態になっていた。
魔王軍は壊滅し、幹部連中もペコニアを除いて全滅。
肝心の魔王リボーも、転生の術式に失敗して、可愛い少女リボンちゃんになってしまっている。
戦力としては心もとないどころか、“子守り”の心配すらしなくてはならない。
魔王リボンちゃんを守るためには、“保護”がいる。
ペコニアは自身の能力を十全に活かせないとなると、残るもう一つの武器“狡猾な悪魔の頭脳”を売り込む事に決めたというわけだ。
勇者パーティーを始めとする高レベル冒険者に見つかる前に、敢えて姿を晒して降伏し、懐に飛び込むと言う大胆にして合理的な判断だ。
「状況を鑑みるに、ほぼベストを言わざるを得んな」
「あいつには苦労を掛けさせている。事が落ち着いたら、『蛍GENJI』のライブ、アリーナ最前列のチケットでも贈ろうかな」
「それが原因で、俺らが魔王城に攻め込んだ時に不在だっただろうが!」
「いや、ホント、マジでタイミング悪かった。空気読めよ、ボケ勇者め」
「知るか! ……でも、騎士団を壊滅させるって言ったって、そんな簡単に行くか? 実際、やっちまったからアレなんだろうけど」
「まあ、そこはあれだ。そうだな~、“監査と手土産”と言えば分かるんじゃないかな、お前には?」
そう言って、リボンちゃんは視線をティエラに向ける。
ティエラもまた、リボンちゃんの言葉の意味を即座に察し、納得した。
「あ~、その手があったわね。さすがペコニア、抜け目ない」
「ティエラ、意味わかるのか?」
「ええ。我が家もその手の事は経験済みよ」
「そうなのか!?」
「ん~。例えばですけど、勇者様、明日にでも財務監査が入りますって知らせが来たら、どうします?」
「見られたらヤバいもんは隠す」
「ですよね。そして、それが“常態化”しているのが、王国の監査なんですよ」
「はぁ!?」
デビィドとしては信じられなかった。
“監査”などと言うものは、抜き打ちでやるからこそ意味があるのだ。
事前に監査が入る日が分かっていれば、それに備えて“準備”をする事ができる。
それこそ、“不記載データの出納帳”や“未掲載の財産”など、見られたら困るものを隠しておける時間的猶予を与える事になる。
実際、ペコニアとリボンちゃんが勇者宅を訪問したのは、事前通告なしでの監査であった。
結果、デビィドは数々の未納の税金や不記載の償却資産が見つかり、多額の税金を払う羽目になった。
もちろん、それまでに送られていた督促状に気付いていれば話は変わって来るが、勇者はその機会のことごとくを見逃してきた。
その点では、文句の言える立場ではない。
しかし、事前告知の“財務監査”など、お手盛りになるのは目に見えており、それこそ上流階級のなれ合いとしか思えなかった。
「なので、監査が入る日には“奇麗な帳簿”だけが表にあり、見られるとマズい資産や帳簿は隠される。それが“監査”の実態なんですよ」
「それじゃ意味ないじゃん!」
「だからこその“手土産”なんですよ。発覚してもそこまで痛くない帳簿をわざと残しておき、それを手土産だと暗黙の内に、監査へ来た国税局の役人の手に渡るように仕組む」
「わざと“不正の証拠”を掴ませると!?」
「だって、奇麗にしすぎると、“何も出てこない”なんて事になるじゃないですか」
「それならそれで良いんじゃないか? 実際、監査に入られた企業や団体が全部が全部、不正をしているわけじゃないし、中には本当に奇麗な所もあると思うぞ」
「それだと、国税局のメンツを潰す事になる。『我々が監査に入ったと言うのに、不正の証拠一つも挙げられない無能集団だと思われるじゃないか!』とね」
「なんだよ、そのムチャクチャな理屈は!」
あまりの酷い話に、デビィドは思わず声を上げた。
職務よりも、自身のメンツが重要なのかと。
「実際、その手の話で揉め事になったってのも聞いた事がある」
「どんなだ?」
「とある建設会社に財務監査が入って、調べられたのよね。んで、そこの経理がとんでもない有能で、木材1本どころか、釘1本にいたるまで徹底的に備品管理ができてて、僅かな瑕疵もない完璧な出納簿を仕上げていたのよ」
「結構な事じゃねえか」
「ところが、困ったのが監査にやって来た国税局の役人。完璧な出納簿、徹底された備品や資材の管理体制、どれだけ調べても“不正”も“不記載”もなかった」
「そりゃそうだわな。その経理さん、超有能だな」
「だから、監査の役人が遠回しに言ったのよ。『帳簿をわざと書き損じて、それを渡せ。こちらの顔を立てろ』ってな感じで」
「クソじゃねえか、その役人!」
そんな理不尽な物言いをされたら、余裕で役人を殴り飛ばしている自信のあるデビィドであった。
不正が無いのに不正をしろなどとは、公的機関としては本末転倒も甚だしい。
それが公僕のやる事かよと、怒りの熱量が上がっていった。
「まあ、国税局の仕事は“税を徴収する事”ですからね。税金を集めて来れない奴は無能。不正や脱税の証拠を挙げるのは、戦場で大将首を取るようなもんなんですよ。そういう風潮がまかり通っているからこそ、歪な現場感情が生じる」
「だからって、瑕疵のない相手へ不正をしろって言うか、普通!?」
「普通じゃないから、国税局の役人なんてやっているんですよ。特に、現場に出向く実働部隊は嫌われ者揃い。性格がねじ切れてますよ」
「それで、その話はどうなった?」
「メンツを潰された役人は激怒して、その建設会社に嫌がらせ連発です。提出期限ぎりぎりに重要書類の封書を届けたり、些末な案件で呼び出して圧迫ガン詰めしたり」
「逆恨みもいいところじゃねえか!」
「だから、そういう面倒な事態を避けるために、“財務監査”には“手土産”を用意しておくものなんです。我が家に監査が入った時も、そうした“手土産”をわざと見える位置に置いておきましたし」
「調べる側も、調べられる側も、ろくでなしばっかだってのはよく分かったわ!」
これでは税制がメチャクチャなのも当然だと、妙に納得してしまったデビィド。
御貴族様や大商会がそうしたやり取りの中で、税金逃れをやり、しかも役所も役所で職務よりメンツ優先で動いていた事を知った。
そして、強く思った。
世の中は腐っている、と。




