第35話 ハローワークは大盛況
「な、なんじゃこりゃぁ!?」
「えぇ……。これはひどい」
「これはどうした事だ!?」
とある建物に群がる人、人、人。
長蛇の列、という言葉がそのまま当てはまるような状況だ。
デビィドの叫びは想定していた状況と乖離していたからであり、それはティエラとモロコスにしても同様で、目の前の人だかりを前に目を丸くする。
ちなみに、3人の目の前にある建物は“転職の神殿”と呼ばれる公的機関の建物で、読んで字のごとく職業を変更する事ができる施設だ。
王国の住民は生まれてからは“無職”の状態であるが、『個人証明札』を手にしてから魔力に馴染む(だいたい7歳)頃に、“職業”が割り当てられる。
割り当てると言っても、“適性を考慮に入れたオススメ”を提示する程度で、なんの職業に就くかは自由だ。
最初は“基本職”のどれかに就き、経験点を稼いでレベルを上げ、スキルや魔術を習得していくのが通常の流れとなる。
熟練度を高めていけば、“上級職”へのキャリアアップが狙える。
また、いくつかの職業の練度を組み合わせる事により、特殊職への道も拓ける。
ただ、転職はレベルダウンを伴うため、頻繁に転職するのはステータスの低下を招き、計画性が求められる。
その転職手続きを一手に担っているのが、公的機関“転職の神殿”だ。
ティエラとモロコスの転職のためにやって来てみれば、この人の群れである。
何事かと唖然としている勇者パーティー。
上級職に転職してからは、しばらく転職とは縁がなかっただけに、状況が掴めなかった。
「いやさ、年末が近いからそろそろ混むとは思ってたけど、これは異常よ!」
悲鳴を上げるティエラは、人混みにもみくちゃにされた。
デビィドやモロコスにしても同様で、なんで転職希望者がこんな大量にいるのか、理由のわからないままに列に並んでは押し潰されかける。
「はいは〜い、押さないで下さい! きちんと列に並んで下さい! 順番に対応しますので、落ち着いて下さ〜い!」
「おい、俺の番はまだかよ!? 朝からこんな調子なんだぞ!?」
「こっちも急いでよ! 明後日までに手続き終わらせないといけないのよ!?」
「順番に対応してますから、今しばらくお待ち下さ〜い!」
利用者達の叫び声が響く喧騒の中、職員も必死で応対するが、完全な許容限界を超えた数に落ち着く様子もない。
とにかく人が多すぎて、窓口が捌ききれていないのが原因だ。
「こりゃ、整理券貰うだけで、1日費やしそうな混雑具合ね」
「なあ、ティエラ、さっき『年末は混む』って言ってたけど、理由は何だ?」
「もちろん、“レベル累進課税”ですよ」
「あ〜、高レベルな奴ほど、税金を多く取られるって制度か!」
デビィド自身はそれを認識しておらず、最近になってペコニアから聞かされた話だ。
冒険者をやっていた頃は、冒険者ランクによる控除が利いていたため、税金というものを無視できていたため実感はなかった。
しかし、その優遇措置が外れて、ようやくその有り難みを認識できた。
「“レベル累進課税”の参照値は、年越しした際のレベル数値ですからね」
「なるほど。つ〜事は、ここにいる連中、レベルダウンを狙ってって話か!」
「そうそう。“職業変更によるレベルダウン”を考慮して、12月は“転職の神殿”は忙しくなるのよ」
「前に俺らが利用した時は、確か3月だったけど、あの時も割と混んでたよな?」
「そうですね。4月になると“年度”が変わるので、仕事の関係で転職する人が増えます」
「あ、そういう話か」
「なので、3月と12月は“転職の神殿”が混み合うって事です」
「まあ、それは理解したんだが、やっぱり混み過ぎじゃねえか、これは!?」
混み合う理由は理解すれど、明らかに異常である事は理解不能であった。
デビィドも、ティエラも、襲いかかる疲労感が半端ない。
下手に強力なモンスターと戦っている時よりも疲れる。
「本当に人だらけですな。窓口にいつになったらたどり着けるやら」
モロコスの口からも愚痴がこぼれ出す。
忍耐強い方ではあるが、この人混みはさすがに許容限界を超えていた。
「さっさと終わらせるつもりだったけど、留守番のスオーラには悪い事しちゃったかな〜」
「この人混みはスオーラには危険だな。あのけしからんおっぱいと尻にさり気なく触れる不逞な輩が出てくるぞ」
「ちょっと、勇者様!? んなら、あたしはどうでも良いと!?」
「お前も十分可愛いから、気を付けるんだぞ」
「エヘヘ〜♪ まあ、そんな不逞な輩がいたら、【地獄の轟雷】をお見舞いしてやりますから!」
「やめろ、やめろ。この人混みで広範囲電撃魔術は全員が感電してしまう。文字通りの地獄だぞ」
「乙女の柔肌に許可なく触れる不逞な輩には、丁度いい罰ですよ」
「無関係な奴まで巻き込むのは、罰とは言わんぞ。単なる暴走だ」
他愛ない会話を交わしながら、列が進むのを待つ3人。
その時、ティエラの視線が1人の人物を捉えた。
列整理を行っている職員だ。
「あれは……。お〜い、ティカ姉ちゃん!」
「お、あんた、ティエラかい!? おひさ〜!」
「やっぱりティカ姉ちゃんだ! イエ〜イ!」
ハイタッチで気安い挨拶を交わす2人。
周囲の喧騒などお構い無しに、実に楽しそうだ。
「いや〜、ティカ姉ちゃん、どっかの役場に就職したって耳にしてたけど、まさかの“転職の神殿”勤めだったとは!」
「あんたの活躍もよく耳にしてたわよ。まさか、我が道を行くおてんば娘が、魔王を倒しちゃうなんてね!」
「おてんばは余計でしょ!」
「いつまでも変わらない、可愛い妹よ」
などと言いながら、ティエラの頭を撫でるティカと名乗る女性。
2人の態度から、古くからの知り合いらしい事はすぐに察しがついた。
「ティエラの知り合いか?」
「そうですよ、勇者様。“はとこ”のティカ姉ちゃん。歳は私より2つ上」
「おお、そうか。よろしくな、ティカさん! 俺が勇者デビィドだ」
「それがしが聖戦士モロコスです」
デビィドは手を差し出し握手を求め、ティカもそれに応じて手を握る。
それに続いて、モロコスもまた握手した。
「しかし、ティカ殿、この有様はいかなる理由で? 人が多すぎて、明らかに異常だと思われるが?」
「ん〜、モロコスさんの言う通りなんだけどさ。こう言うのもなんだけど、こうなった原因の半分は、“勇者パーティー”にあるんですけどね」
「なんだと!?」
あまりに予想外な話に、思わず声を上げるモロコス。
デビィドやティエラにしても同様だ。
自分達が知らず知らずの内に、何かをやらかしてしまったのか、と、




