第36話 魔王がいなくなれば勇者はいらない
「この騒ぎは俺達が原因ってか!?」
デビィドからすれば、ティカの発言はにわかに信じがたい事であった。
特に何かやらかした覚えはない。
個人的には“徴税官”に因縁を付けられてはいるが、世情を揺さぶる程の案件ではないはずだ。
なのに、“転職の神殿”での騒動は、勇者パーティーが原因なのだと言う。
事情が全く見えてこない。
まあそうでしょうねと、ティカも頷く。
「答えは簡単です。“魔王が倒れて平和になったから”なんですから」
「どゆこと!?」
「野に獣がいなくなれば、猟犬は不要になる。空に鳥がいなくなれば、弓は倉庫に仕舞われる。まあ、そう言う話ってやつですよ」
「魔王がいなくなれば、勇者、英雄はお払い箱。そう言う事か!」
ティカのたとえ話を聞き、一行は状況を理解した。
それはまさに王国の国家方針の大転換の結果だ。
『コンクリートから人へ!』を標榜した先王リシャールは、魔王打倒に執念を燃やし、数多くの“人材強化”の施策を打ち出し、多くの英雄、勇者の後援者となった。
そして、魔王は倒れ、世界に平和が訪れた。
もう人に投資する必要はなく、むしろ、復興事業をこそ優先すべき。
現国王ジャンが打ち出したのが『人からコンクリートへ!』だ。
人に投資するより、インフラ整備や壊れた建造物の修復に予算を振り分けた。
その結果が、目の前の状況なのだと言う。
「有り体に言えば、そうなのよね。勇者パーティーが頑張って魔王を倒したから、もうモンスターと戦っていた冒険者やら傭兵やらは需要が無くなったって話。まあ、仕事が完全になくなったってわけじゃないけど、それでも現状の頭数を抱えておけるほど、冒険者界隈の仕事量は豊富じゃないって事よね」
「う~ん、ティカ姉ちゃんの言う通りだわ。魔王軍と関係ないモンスターやらがいるわけだしね。小鬼の駆除とか、危険な霊地からはみ出る悪霊退治やら、仕事が無いわけじゃない」
「でも、それだけじゃ食べていけなくなったって事よ」
「そうなると、活況のある建築関係の仕事に適した職業になった方がいいって考えるのも無理ないか」
世情に則した動きが、“転職の神殿”に押し寄せた。
それだけの話なのだが、それは自分達にも当てはまる。
魔王がいなくなれば勇者はお払い箱。
むしろ、力が強大であるからこそ、邪魔者でしかない。
その流れを、他の冒険者にも影響が出始めたのだ。
「それに、国王陛下の勅命もね」
「なんか出たの?」
「ざっくり言うと、『もう冒険者への優遇措置はなし。大幅に削る』だそうよ」
「マジ!? じゃあ、高ランクへの税の優遇とかは!?」
「残ってはいるけど、枠が大きく削られたってところかな。Sランクの枠なんて、それこそ1組だけよ」
「うっわ、マジか……。そりゃ今までと比べ物にならない過当競争になるわ」
しばらく冒険者稼業とは離れていただけに、その界隈の話に疎くはなっていたが、それでも性急な変化だなと、勇者パーティーの面々は唸り声を上げる。
逼迫した状況なのは、“転職の神殿”の有様を見れば明らかだ。
もう“冒険者”という存在は、英雄でもなんでもない。
夢を見る、あるいは夢を見させてくれる英雄ではなくなってしまった。
「そう言う意味じゃ、あたしらも同じか」
「あら、ティエラもここへ来たって事は、転職希望って事よね? あなたくらいの頭脳明晰な魔術師なら、割と就職の口くらいありそうなのに」
「まあ、諸事情でね。農夫になろうって話よ」
「家業を継ぐって事か。まあ、それがいいのかもしんないわね。鯛は腐っても鯛。魔王を倒した名声は、不変不動だと思うけど、それに群がる“蠅”がね~」
「同感。ティカ姉ちゃんの言う通りだわ」
実際、ティエラはその“人間の醜い部分”を見せ付けられてきた。
魔王軍と戦っていた時は、必死にご機嫌取ってヨイショされてきたのが、喉元過ぎればその苦難の時代をあっさり忘れてしまえるようだ、と。
国王からも、地元の領主からも、今や腫物扱いだ。
(つ~かさ、陛下。魔王が復活しているって事、ちゃんと認識してる!?)
そこがティエラの心配事だ。
転生した魔王リボー(リボンちゃん)がいて、その参謀役のペコニアがいる。
契約で縛り付け、使役している気になっているのかもしれないが、その契約の穴を突いてくるのが、悪魔と呼ぶ存在だ。
契約には忠実であっても、そこから外れた事には縛られない。
道徳も、倫理も、人間社会の常識も、悪魔には通用しない。
契約には誠実であっても、穴を広げて出血を強いるのが悪魔だ。
思わぬところから、良からぬ一撃を放ってくるのではないか?
そこが心配でならないティエラであった。
「まあ、それはさておき、ティカさんよ、この列、何とかならない? “勇者特権”ってやつで!」
「ちょっと勇者様……」
「うん、いいよ! 上に掛け合って来るわ」
「ティカ姉ちゃん!?」
「いや~、勇者パーティーが列でもみくちゃにされるのも、なんだか様にならないしね~。なんとか優先してもらえるように頼んでみる」
「いや~、助かった! スオーラを農場で待たせているから、さっさと帰りたかったんだよな」
「了解です。んじゃ、待っててね!」
そう言って、そそくさと三人の前より辞去するティカ。
こういう場面で特権を振りかざすのはどうかと思うティエラであったが。デビィドは特に気にした様子もない。
むしろ、こういう時にこそ“顔”を使わんでどうすると言いたげだ。
そして、列から少し外れ、壁際に移動する。
デビィドはそうではないが、ティエラとモロコスは固いままだ。
「ジャン陛下の改革、歪んでいるぞ、これは」
「モロコスもそう思う?」
「確かに、理屈の上では正しい。平和な時代になったのであるから、有限の人材を活躍できる場所に移す。それはその通りだ」
「でも、性急に過ぎる、と?」
「長年続けてきた生活様式を、一気に変えるのだ。その速度についていけない者も当然出て来るし、納得できない者もいる。それがしのように、な」
モロコスの言葉には含みがある。
それは“怒り”だ。
デビィドは苛立ちをこそ覚えているが、かと言って社会全体への影響を及ぼそうなどと言う大それたことは考えていない。
ティエラにしても、あくまで社会の流れに順応するつもりだ。
“職業変更”に素直に応じたのも、そうした態度の表れだ。
だが、モロコスは違う。
テンプル騎士団を“無実の罪”で解散させ、しかも幹部連中を根絶やしにまでした。
居場所や同胞を無為に奪い、しかもそれに類する行為が目の前で再び起こっている状態だ。
思う事は多い。
社会の上位層への鬱憤はたまる一方だ。
険しい表情はその表れであり、鬱積する感情は破裂しそうな程に膨らんでいった。
魔王がいなくなれば、勇者、英雄はお払い箱。
それを素直に受け入れられる程、自分や、目の前の冒険者達が大人しい性格をしているのか、と。
社会の不満は積もっていく一方だろうなと、半ば確信しているかのように頷いて見せた。
上手く落としどころを見つけなければ、歪んでいくだけだぞ、と。




