第34話 契約違反にはならない
「迷う事はねえ! 貴族にならない方を選択するべきだ!」
貴族になるか、転職するかの二択。
デビィドの判断は即断即決であり、悩むティエラの背を押した。
ペコニアの介入をこそ警戒するべきである、と。
「貴族になるってのは、確かに魅力的ではあるんだろうが、余計な縛りが増えちまう方のデメリットの方が大きいだろ、今回の場合」
「ま、まあ、そうだけど……」
「とにかく、こいつに好き放題させる理由を作らせない方が重要だ」
デビィドからすれば、ペコニアこそが最大の脅威だ。
さっさと残りの納税の残額を払いきらない事には自由に動けないし、その気になれば四六時中、付き纏われる事にもなる。
その状況をティエラが強いられるのは、自分以上に我慢ならない事だ。
その意を汲んでか、ティエラも首を縦に振る。
「そうですね! 勇者様の言う通りです! こいつに介入の口実を与える事の方が後々、問題ですよね!」
「あら~。と言う事は、ティエラちゃん、大魔導士、辞めちゃうの?」
「ペコニア、あんたの提案に乗る方が危険よ。悪魔は契約を裏切らないけど、契約の穴を突いてくるのは常套手段だもんね!」
「そう、残念ね。まあ、これも計算の内だけど」
「でしょうね!」
ティエラとしても転職は避けたかったが、介入の口実を与えるのはもっと嫌だ。
最上級の職業である大魔導士を辞め、基本職の一つである農夫に転職すれば、能力値を大きく落とす事になる。
もう魔王と戦うための力を失うに等しい。
転生している魔王が以前の力を取り戻した際、その対処に自分が参加できなくなる事を意味する。
ジャン王との契約もあるので、露骨な敵対行動はないかもしれないが、決して油断のできる存在ではない。
現に、ペコニアからの嫌がらせは致命傷になりかねない危険を孕んでいる。
しかも、モロコスにまでそれを求めているので、こちらも同様だ。
聖戦士から農夫になる。
こちらも大きく能力値が落ちる。
介入を防ぐためとは言え、勇者パーティー4名の内、その半分が無力化される事を意味した。
(でも、よくよく考えてみれば、勇者様の判断は正しい。貴族に叙爵されたらそれを取り消す事はできないけど、転職しても経験点を貯めればレベルを取り戻す事はできる! 時間はかかるけど、大きな枷をハメられるよりかはマシ!)
それこそ、今スオーラがやっている“パワーレベリング”を駆使すれば、比較的短時間でそれなりのレベルには戻す事ができる。
勇者と聖女がそのままのレベルでいてさえくれれば、より強力な狩場でのパワーレベリングも可能。
ティエラは勇者の判断に賛意を示して首肯する。
「……という感じでいいですよね、領主様?」
「まあ、こちらとしては陛下からの懸念が払拭されて、安堵しているところだよ」
「ご厚意に感謝します」
「このまま開拓事業を続けてくれるのであれば、こちらとしても収入が増えるし、特に文句もない。さっさと“転職の神殿”で手続すると良い」
「はい。では、失礼します」
ティエラとデビィドはシャルルに頭を下げ、部屋より出て行った。
モロコスの方はまだ釈然としないのか、ぶっきらぼうに会釈して、露骨に嫌そうな態度を示しながら二人に続いて出て行った。
その場に残ったシャルルはニヤリと笑った後、居残るペコニアに視線を向ける。
「ペコニア、あれで良かったのか?」
「十全とは申しませんが、戦果としては上々であると自負しておりますわ」
ペコニアはシャルルに頭を下げ、謝意を示す。
労せずして勇者パーティーを半壊させたのであるから、戦果としては申し分ない。
シャルルとしても、足下にいる不穏分子に大きな釘をさせたのであるから、特に問題視するつもりもなかった。
「それにしても、人間と言う生き物は愚かですわね」
「悪魔よ、そう思う理由は?」
「“平和”という言葉、状況を受け入れ過ぎている、と言う事ですわ」
「まあ、50年も戦争が続いたのだ。むしろ、“平和”と言う状態に誰も慣れていない。慣れていない、未知であるからこそ、“幻想”を抱く」
「夢の国が、理想郷が、ついにやって来る。何もかもがバラ色の、安寧と豊饒の時代がやって来る。そう勝手に思い描いているのですわ」
「それが“現実”という壁にぶつかり、希望が失望に、失望が絶望に変わる」
「結局、その安寧と豊饒の時代の“恩恵”を受けられるためには、努力が必要だというのにですね」
笑みを交わす二人は、その状況を利用する立場にある。
シャルルは領内の資源を輸出する事により、大きな利益を得ている。
ペコニアにしても、その心の隙間に入り込み、状況操作を行っている。
だからこそ、この二人は握手を交わせるのだ。
「しかし、ペコニアよ、陛下と契約を交わしながら、王国の安寧を脅かす行動は契約違反なのではないか?」
「大丈夫ですわ。私は王国に“より慈悲と思慮に富む名君”へ国譲りを実行しているだけですからね。国そのものに害をなしている、というわけではありません」
「ものは言い様だな。恐ろしい悪魔め」
「フフッ、だって本当に契約違反ではありませんのよ。契約には、『王国に敵対行動をしない』とは書かれていますが、『国王個人には敵対行動をしない』とは書かれておりませんので」
「フンッ! “民を苦しめる重税”という理由を付けて、“その元凶である現国王を排除し、王国を正しく導く”か。言い方を変えれば“政変”と呼ぶのだぞ」
「武力を伴っておりませんので、“政変”ではなく、“革命”ですわよ、シャルル“新王陛下”」
「クククッ、まだ早い、まだ早いぞ、ペコニアよ」
などと言いつつ、シャルルはその野望を内包した笑みを隠そうともしない。
輝かしい未来を思えばこそ、笑いが止まらないのだ。
「血を伴わない革命と言うのも、おかしなものではあるがな」
「重税に喘ぐ民の事を思えばこそ、国民の一人として憂慮しているだけです」
「陛下の勅命を偽造してな」
「偽造も何も、陛下のご懸念を伝えただけで、公文書の一切残らないただの“お気持ち表明”を勇者御一行にお伝えしただけです。どう解釈するかはあちら次第」
「本当に性格が悪いな、悪魔と言うやつは」
「誉め言葉ですわね、それは」
そう言って、ペコニアはシャルルに手を差し出す。
シャルルもまた、その手を握り、握手を交わす。
「それで、こちらとの契約通り、“ペコニアはインジェヌオ伯爵シャルルに王国の実権を握らせる。その協力を惜しまない”との約束、違えないでもらうぞ」
「ええ、もちろんですわ。当然、その見返りとして、“魔王軍の残党ペコニアについて目的達成後の行動の自由を認める”という事もお忘れなく」
「まあ、ジャン陛下への30年にわたるごますり生活もようやく終わるな」
「利子付きでの回収、と言うやつですわね」
「むしろ、今が好機だ。先王リシャール陛下の際は魔王軍との戦争があったので、国民は重税に耐えた。だが、戦争が終わってもその重税は終わらない。そこに疑義や不満が生じる。乗じる好機、ジャンを蹴落とし、私こそこの国を真に平和と安寧へ導く偉大なる王となるのだ!」
シャルルの決意は固い。
自分ならもっと上手くやれる、その自負があるからだ。
もっと恩恵を寄こせは気が変わらなくもないが、ジャンも国全体を見ねばならないし、身内贔屓が過ぎるのも良くない。
だが、シャルルはそんな事など知らないし、理解するつもりもない。
全てを手に入れるために、悪魔と契約を交わしたのだ。
ペコニアも別に王国に仇なしているわけではない。
戦争が終わったと言うのに、重い税金を緩めようとしない国を押し潰そうとする“暴君”を懲らしめているだけなのだから。
むしろ、この二人の視点では現国王ジャンこそ“悪”なのだ。
なので、これを排斥する事に後ろめたさも罪の意識もない。
これを知るのは、シャルルとペコニアの二人だけ。
王国は平和を手にしながら、魔王軍の残滓により蝕まれていく。




