第33話 貴族になるという事
「なあ、ティエラ、貴族になるってそれはそれで良くないか?」
デビィドとしては、悪くないように思えた。
実際、自分にもその道があったので、貴族入りするのは実入りが大きいと。
何しろ、“魔王を倒した勇者”には、貴族家からお見合いの申し出が何件もあった。
中には王族とも縁続きもある公爵家からの縁談もあり、新たに男爵家を創設しても良いとも条件に出されていた。
庶民出身だと武芸による立身出世では、せいぜいモロコスのような“騎士階級”が出世道としては上限とされる。
貴族としては一番格下とは言え、男爵になるなど、何かしらの事情で婿入りを許された時くらいだ。
デビィドのようなとんでもない“大手柄”でも立てたか、あるいは太い実家の財産目当てで、財政的に困窮する貴族が、婚姻によって富豪の庶民と結び付くか、そのどちらかだ。
新たな男爵家の創設など、異例中の異例だ。
ましてや、“女性”である。
男子優先相続の傾向の強い貴族の慣習もあって、貴族家を女性が相続するのはかなり珍しい。
まして、相続でもなんでもない貴族家の創設において、新たな家の当主が女性など前例がない。
本当に異例尽くしだ。
そんな状況であるため、デビィドにはメリットしか感じなかった。
今まで開墾した土地の買上げは高額ではあるものの、それでも広大な農地を最初から抱えて貴族業を開始できるのである。
前途として明るく感じてしまう。
だが、ティエラはすぐにそんな表向きの利点ではなく、裏側に潜む“悪意”に気付く。
もちろん、ティエラ睨みつけるのは、馴れ馴れしく接してくるペコニアに対してだ。
「これもあんたの入れ知恵!?」
「はてさて、なんの事やら♪」
「利益のある真っ当な提案に見えて、悪意が透けてるわよ!」
「アハッ♡ さすがはティエラちゃん。先々まで見えてるわね〜♪」
バチバチと視線がぶつかり合い、火花を散らす2人。
それを見て、ただただニヤリと笑うシャルル。
なお、意味の分からぬデビィドとモロコスは、完全に置いてけぼりで首を傾げるだけだ。
まあそりゃそうだよねと、ティエラはため息を漏らす。
「勇者様、王国内における貴族と国王の関係、並びに“貴族の税制”について知ってますか?」
「お貴族様の事なんて知らね〜よ」
「でしょうね……。え~っと、基本的に王国内の土地は、全て“国王の所有物”って事になっているの。で、貴族領とされる土地は、“王家と貴族家の賃貸契約”によって成り立っているの」
「え!? そうなの!?」
「そう。だから、目の前にある伯爵様の城下町も、本来の地権者は国王。伯爵家は“賃貸料”を支払う事で、その“使用権”を付与されているみたいな感じと思ってくれていいわ」
「それじゃ集合住宅に住んでる奴らと変わらないじゃん!」
「まあ、そうよね。ただ、集合住宅の住人と違う点は、“貸与された土地の徴税権”やら、“王国法に抵触しない範囲内での独自司法権”やらがあるって点ね」
「はへ〜。王様とお貴族様の関係って、そんな感じになるのか!」
「徴税権に関しても、税率の設定は各地の領主の自由にしていい事になっているわ。ただし、徴税した金額の基本3割を“本来の地権者である王家”に上納する事になっていて、それを見越して税率を計算しているのよ」
「は~、そんな感じになってんのか」
今まで縁遠い世界の話であったので、初めて聞く話になんとなしに興味を覚えるデビィド。
自身もボタンの掛け違いが無ければ踏み込んでいた領域であるし、その点では気になるものだ。
ただ、それがどうしてティエラの言う“悪意”に繋がるのが見えてこない。
今ある農地を買い上げて、男爵領とする事になんの不利益があるのか、と。
「勇者様、『臣下の臣下は臣下に非ず』って言葉、ご存知ですか?」
「ああ。要するに、“陪臣”には王様の命令を受ける義務はないって話だろ?」
「そう。今の私の実家は、伯爵家の“属領”みたいなもの。価値のない原野、原生林を開墾する権利を得て、開墾した土地の“使用権”を伯爵様から認めてもらえる“契約”を交わしているの」
「……あ! って事は、男爵として独立した場合、“陪臣”云々が消えるって事か!」
「ご名答。独立貴族は国王陛下への臣従が義務。伯爵様の持ち出した“土地の権利の売買契約”には、従属に関する記述がない。土地だけ渡して、下位貴族を従属関係にしないのであれば、あたしが男爵になった瞬間に、独立貴族になる」
「そうなったら、ティエラの家は国王陛下の直臣扱い! 伯爵とではなく、陛下と土地の権利に関する契約を結ぶ事になるって事か!」
「そう言う事! 満を持して、国税局名義で“徴税官”が介入してくる!」
「うわ、マジかよ。何この頭脳戦。何手先まで読んでんだよ」
デビィドもようやくティエラが、貴族家創設に難色を示した理由を理解した。
国王の直臣であれば、陪臣と違って介入する理由が生じる。
中央省庁に雇われている事になっているペコニアからすれば、ティエラの男爵叙爵はまさに天の配剤。
現在の勇者パーティーの決着剤に対して、巨大な枷を嵌める好機とも言える。
当然、ティエラとしては断固拒否の構えだが、これに対する対処法が一つしかないのが苦しい。
折角の可愛らしい顔が苦渋しか浮かべる事ができないでいる。
「転職、これしかない、か」
国王ジャンが求めるのは、究極的には“勇者パーティーの無力化ないし隷属化”としか思えない程に徹底している。
“転職の神殿”に赴けば転職は可能ではあるが、大魔導士から農夫や開拓者になれば、ステータスの大幅減は確実だ。
目論見通りに“無力化”されてしまう。
枷を嵌められる覚悟で貴族になるのか?
ステータスの大幅減を覚悟で、農夫などの相応しい職業に転職した上で開拓事業を続けるのか?
難しい選択をティエラとモロコスは突き付けられてしまった。




