第30話 相応しき職業と仕事
「ティエラにモロコス、君らは“相当職責制度”の観点で言えば、好ましからざる状況なのだそうだ」
シャルルより告げ垂れた国王ジャンからの懸念がそれである。
そう来たか、というのがティエラの率直な思いであり、シャルルの前でなければ余裕で舌打ちしたくなる話だ。
シャルルの言う“相当職責制度”とは、現在就いている“職業”に対して、それに相応しい“仕事”に励むのが望ましいという考え方だ。
一応、制度と銘打ってはいるが、特に定められた法律や規則はなく、それに付随した罰則もない。
せいぜい“努力目標”くらいのものだ。
とは言え、理に適った考え方でもある。
例えば、肉体労働系の“職業”に就いている者が、事務主体の“仕事”を割り当てられたり、魔力適正が低いにもかかわらず魔法職に就いて、魔術師として働くなど、非効率と言わざるを得ない。
そのため、先王リシャールはその“適正”を最重要視し、人にはそれぞれの人の適正に合わせた職業と仕事を割り当てる方が良いと推奨したのがその始まりだ。
しかし、過度に適正にこだわり過ぎて、人材の固定化や流動性の悪さを考慮し、あくまで“努力目標”とするに留めた。
それを盾にして、ジャンが干渉してきたのだと言うので、ティエラもついイラっとしたのだ。
魔王を倒した英雄に、法の規制もないような事で干渉するのか、と。
だが、それ以上に憤りを見せたのが、モロコスの方だ。
怒りと共に拳を振り下ろし、机が軽くへしゃげてしまった。
「騎士団を潰し、それがしから“居場所”を奪っておいて、今度は誇りある聖戦士の肩書さえ捨てろと仰られるのか、陛下は!」
「有り体に言えば、それだけ警戒していると言う事でもあるな。あるいは、“恩赦”を出した事さえ後悔しており、更なる縛りをと考えているのやもしれん」
「何を今更……!」
「ジャン陛下もまだ即位して1年であるし、しかも戦時から平時への国作りを手探りに近い状態で進められているのだ。50年も戦争が続き、それがようやくに解消されたのだ。不穏分子には細心の注意を、というわけなのだろう」
シャルルはモロコスに落ち着く様に促し、怒りを鎮めろと諭した。
実際、ジャンの視点で見た場合、現在の勇者パーティーは完全に不穏分子だ。
高額納税によって素寒貧となり、自棄を起こして暴走しそうな勇者デビィド。
騎士団解散の煽りを受け、何もかもを失った聖戦士モロコスと聖女スオーラ。
そして、それらを糾合できる“資本力”と“頭脳”を持つ大魔導士ティエラ。
それらが再び集結したのであるから、国王としては警戒せざるを得ない。
もちろん、ジャンの言い分としては、あくまで法律に則って徴税しただけであるし、“邪神礼賛”に傾倒したテンプル騎士団を見過ごせなかったと言うのもある。
だが、当事者の思いは別だ。
唯々諾々と受け入れればよいが、その気になれば跳ね除ける“力”を持っている。
なにしろ、50年もの長きにわたり戦い続けた魔王を倒したのは、他でもない、この4人であるからだ。
数は少なくとも、下手な軍隊より余程に強い。
重税に喘ぐ国民や、反抗的な貴族を糾合する決着剤としては、これ以上にない。
「……で、領主様としてはどうなさりたいと?」
「陛下の懸念を払拭するには、相応しい職業と仕事に就くべし、としか言えんな」
「あたしやモロコスに“転職”しろと?」
「相応しき場所、だよ」
「どのみち、同じではないですか、それでは……!」
もし“大魔導士”の職業を通そうとするのであれば、それこそ王都に出向かねばならない。
相応しい仕事としては、宮廷付きの魔術師、魔術学校の教官、国立図書館の上級司書、この辺りが妥当だ。
少なくとも、辺境地で開拓事業に勤しんでいるのが不自然なのだ。
(まあ、あたしはそれでもいいんだけどね)
むしろ、自身の身の振り方としては、最適とも言える。
デビィドの自宅は王都であり、“結婚”して二人で住むには十分な広さだ。
そして、デビィドには祖父の残した道場もあるので、そこで剣術師範になる道が用意されている。
ティエラもまた、王都での職探しにおいても、“魔王を倒した大魔導士”の肩書は強烈だ。
すぐに然るべき席を用意される事だろう。
だが、それは“重荷”を背負う前の話だ。
今は“300人の孤児”の面倒を見なくてはならない。
かなり強引に養子縁組をして、自分が里親になった以上、これを放り出す事はできないのだ。
王都に連れて行こうにも、300人分の住居を用意する事が出来ない。
それこそ、大きめの集合住宅の一棟借りでもしない事には不可能だ。
そして、それは地価が上昇してそれに連動して上がる家賃の事を考えると、とてもではないが賄える金額ではない。
300人分の住居を実家の農場で用意できたのも、土地と食料がすんなり手に入る環境だったからに過ぎないのだ。
(そうなると、やっぱりさっさと離婚しないとダメか……。モロコスと離婚して、私は勇者様と結婚する。モロコスはスオーラと引っ付いて、子供達の面倒を任せる。現状ではそれがベスト! まあ、引っ付くって言っても、スオーラは神職だから結婚できないし、“内縁”扱いになるかしら)
王都で自分とデビィドが働き、子供達への仕送りを行う。
スオーラは“パワーレベリング業”を続けてもらい、現金収入を得る。
モロコスはそのまま開拓事業に従事しつつ、子供達の面倒を見てもらう。
足りない人手は、ティモシーや他の農場のみんなに手伝ってもらう。
何より重要なのは、「勇者パーティーを一ヶ所に集めない事」だ。
ジャンの疑念はそこであり、不穏分子が一ヶ所に集まる事を懸念している。
その半分が監視しやすい王都に身を置くのであれば、ジャンもあまりうるさくは言って来ないという目論見だ。
監視付きの窮屈な生活は気に入らないが、それでも“騒乱の種”になりかねない自分達の疑念を晴らす意味でも、必須ではないかとティエラは結論に至った。
「領主様、あたしと勇者様は王都に出向き、そこで暮らします。モロコスとスオーラはこのまま私の実家で開拓事業に従事します。それでいかがでしょうか?」
子供達の安全と自分達への疑念を晴らすと言う点では、これが最良だとティエラは判断し、シャルルに採決を求めた。
あとは、ほんのちょっぴり“勇者様との新婚生活”という我欲もあったりするが、それは感情にはおくびにも出さない。
現状ではこれ以上にない策だ。
だが、ここで悪魔が微笑む。
「あら~、それはイケない事だわ~♪」
スゥ~ッとまるで生えるようティエラの背後に現れた黒い影。
それがポンとティエラの両肩に手を置く。
現れたのはペコニアだ。
「ペコニア、また来やがったか!」
デビィドは椅子を蹴飛ばすように立ち上がり、構えを取った。
もちろん、それは無意味な行動ではあったが、反射的に動いていた。
そんな滑稽な姿を見ながら、ペコニアはニヤリと笑う。
「ティエラちゃ~ん、実に残念なお知らせなんだけど、あなた、愛しい勇者様とは結婚できないのよ~。ご愁傷様♪」
勝ち誇ったように述べるペコニアの囁き。
まるで蛇が地肌を這うような気持ち悪さをティエラは覚えた。




