第29話 伯爵との会談
インジェヌオ伯爵家は王国内ではかなりの名門貴族として名が通っている。
山間部に広大な領地を持ち、豊富な鉱物資源の採掘や加工、あるいは山林からの木材輸出で潤っていた。
また、伯爵家の現当主シャルルの大叔母が亡くなった先王リシャールのお妃様であり、その後を継いだ現国王ジャンとは“はとこ”の間柄だ。
そして、国王ジャンとインジェヌオ伯爵シャルルは“昵懇の仲”であったりする。
齢が同じで、王都の学校では席を並べた学友であり、親戚関係と言う事もあって、強固な協力体制にあった。
特に、ジャン王が打ち出した『人からコンクリートへ!』の政策において、最も恩恵を受けたのがシャルルと言われている。
建設ラッシュやインフラ整備に予算が優先的に付けられ、建材の需要が天井知らずで上がっている状況だ。
金属や木材を供給するインジェヌオ伯爵領は空前の好景気に沸き、人がこれでもかと言う程に集まっていた。
一昔前は山間部にある地方都市といった伯爵家の城館とその城下町も、万を超す人でごった返すようになり、王国内で今一番活気のある都市とも言える状態だ。
好景気によって不夜城の賑わいを見せるようになった。
「以前来たときよりも、随分と栄えてんな!」
「木材、金属資材の発注が絶えないですからね。城下の工房や、郊外にある木こり小屋、どこも忙しなく動いてますよ」
人込みをかき分けながら進むデビィドとティエラ、そして、モロコス。
ティエラの実家も街道沿いの宿場町を経営しているようなものなので、この恩恵は十分すぎるほどに受けていた。
魔王軍との戦争も終わり、“物流の活発化”を狙ってインフラ整備に力を入れているジャン王の狙いは、まさに的確と言っても良い。
それを担っているインジェヌオ伯爵領もまた、大いに潤っているわけだ。
ただ一点、ペコニアが何か企んでいる。
これだけが気掛かりではあったが。
「なるようにしかならんが、まずは相手の出方だな」
「そうですね。情報が少なすぎる分、ペコニアがどう仕掛けてくるのか不明です」
「まずは領主への謁見。その席でペコニアがどう難癖をつけてくるか、そこでしょうね、問題は」
そうこう会話しながら大通りを進み、伯爵の住まう城館へとやって来た。
衛兵に召喚状を見せ、伯爵への面会を求めた。
そして、すんなり中へと通され、兵士の案内で伯爵の執務室までやって来た。
さてどう出てくるか、と気を引き締めながら執務室に入った3人であったが、ここで意外な状況に出くわす。
警戒していたペコニアが、部屋の中にどこにもいないのだ。
いたのは、インジェヌオ伯爵シャルルと、数名の書記官だけ。
その書記官達もまた、人払いによってすぐに退出していった。
追加で人が入ってくるでもなし、室内には4人だけ。
あれほど警戒したペコニア抜き。
部屋の中をなめるように見回しても、その気配が一切なし。
「どうした? 椅子にかけたまえ」
シャルルは無表情で三人にそう促した。
30そこそこの若い貴族家当主であり、覇気と自身に満ち溢れている。
最近の好景気とそれを最大限に活かそうと言う姿勢が見て取れ、何事に精力的に取り組みそうな、そんな雰囲気がある。
長机を挟み、対峙するシャルルと3人。
まず口火を切ったのは、意外にもモロコスであった。
「伯爵様、まずもってお聞きしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「許す。聞こうではないか」
「ぶしつけながら、“角と尻尾の生えた徴税官”がお越しになりませんでしたか?」
言われるまでもなく、そんな特徴的な姿をした徴税官など、ペコニアしかいない。
いくら“徴税官”という職業が嫌われ、悪鬼のごとく疎まれようとも、本当に角や尻尾の生えている者はいない。
そんな悪魔と結託していませんよね、という少し遠回しな質問だ。
それでも伯爵に対してはかなり無礼な投げかけに、ティエラは冷や汗ものだ。
こんな前のめりな姿勢はモロコスらしくなく、それだけに例の“自己犠牲”についての心配も出てくる。
下手にペコロスが姿を現すと、そのまま戦闘に突入してやしまわないかと。
だが、シャルルの反応は“不敵な笑み”であった。
「ああ、ペコニアの事か。あやつとは数日前に会って、私に“陛下からの懸念”を伝えに来たのだ。勇者デビィドの“好ましからざる状況”を調査している内に、別の懸念が見つかったと言ってな」
「陛下からの懸念!?」
意外な言葉であり、デビィドもティエラも目を丸くして驚く。
だが、それ以上に苛烈な反応を示したのは、モロコスであった。
耳をすませば血管がはち切れる音でも聞こえてきそうなほどに青筋を立て、シャルルを睨みつけたのだ。
魔王を屠った勇者パーティーの戦士の睨みである。
常人であれば震えて腰を抜かすであろうが、そこは今を時めく名門貴族の当主であるシャルルだ。
怒るでも怯えるでもなく、落ち着く様に促した。
「聖戦士モロコスよ、私もテンプル騎士団の一件は聞いている。実際、我が領内の関連施設も閉鎖したからな。だが、それで陛下や私を恨むのはお門違いだぞ」
「あれは濡れ衣です! 何者かの陰謀です!」
「そう主張するのは勝手だが、そうであるならば然るべき証拠を整え、訴え出ればよい。もちろん、それがあればだがな」
過ぎた事だからもう何も口にするな。
そう言う態度がシャルルから漂い、モロコスを更に不機嫌にさせた。
だが、デビィドに肩を掴まれ、落ち着く様にと動きを制された。
所詮、モロコスの話は“妄想”や“憶測”の域を出ていない。
シャルルの言うように、なにかしらの証拠でもないと再審はできない。
それを弁えろと言われたに等しい。
不機嫌さはそのままであったが、モロコスはむすっとした態度で口を閉ざした。
これでようやく話が進むと、ティエラは安堵のため息を漏らす。
「シャルル様、ごめんなさい。モロコスのやつ、騎士団解散してから、ずっとこうでして……」
「なに、構わんよ。陛下よりの懸念があったとは言え、急に呼び出したのはこちらであるからな。昨今の事情から、怪訝に思うのも無理からぬことだ。それに、君のところも随分と繁盛しているようであるしな」
「はい。……此度の上納は、少し上乗せしますね」
そう言って、ティエラは指を3本立てて見せた。
ティエラの実家は広大な原生林、原野を切り開き、開墾してきた歴史がある。
伯爵家としては、実りのない原野よりも、開墾してもらった方が良いので、税金を安くする代わりに開墾事業を続ける様に指示を出していた。
開墾した土地は10年無税、その後は収穫物の2割を“現物”で上納すると言う契約になっていた。
他の農家に比べれば、かなり低い税率だが、開墾事業が進めば進むほど伯爵家も収入が増すので、契約は100年前より更新されていない。
それに対して、ティエラは今期に限り“3割”にすると提示したのだ。
まずは相手のご機嫌取り。交渉に際してのありきたりな動きだ。
シャルルもそれは理解しているので、素直に喜んで受け入れた。
「……でだ、その肝心の陛下の懸念なのだが、それはティエラにモロコス、君ら二人に対しての疑義なのだ」
「あたし達に対して、ですか」
「まあ、軽い懸念ではあるが、時勢が時勢だけに少々過敏に反応しているきらいもあるのではと私は考えている」
「それはいかなる事でしょうか?」
「まあ、いわゆる“職業”と“仕事”の不釣り合いだ。“相当職責制度”において、好ましからざる状況であるとな」
そう来たか、とティエラは心の中で舌打ちをした。
触れて欲しくない部分であり、同時にどうとでも解釈できる話だ。
難癖をつけるのには好都合であり、同時に曖昧ゆえに“交渉や説得の余地”はある。
さてどう切り出すべきかと、ティエラは必至で考え始めた。




