第24話 仮面夫婦の理由
徴税官は去った。
だが、それはあくまで一時的な事であり、いずれ再訪するのは明白だ。
さて、どうしたものかと悩むティエラ。
そんな彼女をデビィドは優しく抱き締めた。
「すまん、ティエラ。どうにもこうにも、俺の目が節穴だったみたいだ」
「勇者様……」
ティエラもまたデビィドを抱き締め、互いの肌の温もりを感じ合う。
結局のところ、ティエラはとことんデビィドに惚れていて、デビィドはその想いを汲んでやるほどの甲斐性を持ち合わせていなかっただけだ。
しかし、今回の一件でようやく目を覚ました。
今までの自分が如何に浅慮であったのかを、身に染みて思い知らされたと言っても良い。
祖父の訃報に自棄を起こし、自堕落に陥って自らの殻に閉じこもっていた間も、ティエラはずっと待ち続けてくれていた。
しかも、自分が危機に陥って助けを求めると、機転を働かせてペコニアを追い払ってくれた。
ここで起たねば男が廃る。
今更ではあるが、ようやく社会復帰に踏ん切りがついた。
情けなくもあるが、魔王が復活したとあらば勇者として動かねばならない。
「……まあ、それはそれとして、ティエラ、モロコス、お前らが“仮面夫婦”だってのは分かったが、なんでまたそんな事を?」
「ああ、そうでしたね。その点はお話ししない事には状況が見えませんからね」
そう言ってティエラは自分の『個人証明札』を取り出した。
このカードに収められている個人情報は膨大だ。
職業や仕事に関する事から、LPやMPなどの各種ステータス値、果ては家族構成、犯罪歴、勲章などの受賞履歴など、様々な情報が記されている。
また、銀行口座との紐づけもされており、そこから年末調整や確定申告の手続きを行う事もできる。
亡くなった先王リシャールが始めた制度であり、すでに国民の生活にはなくてはならない程に普及している。
維持コストは膨大ではあるものの、行政側の事務コストの大幅な削減や、カード決済による買い物時の支払い簡略化などメリットも大きく、開始された当初はどうかと思われていた制度も、しっかりと根付いている点はリシャール王の先見の明を証明するものであった。
そして、そのカードに記載されている“家族構成”。
それがデビィドの視点から見ても異常なのだ。
「ちょっと待て……。なんだこの、膨大な数の“子供”は!?」
異常な点はそれ。
ティエラとモロコスとの間には“婚姻関係”によって夫婦になっているのだが、その2人の間には実に“300人”もの子供が存在する事になっている。
しかも、その子供のデータを見てみても、10歳に満たない子供ばかり。
異常の一言で片づけるには、あまりにも特異な状況であった。
「おいおいおいおいおい、なんだってこんな事になってんだ!?」
「テンプル騎士団の一件は聞いたでしょ? 騎士団がお取り潰しになった際、その余波で付属する修道院もかなりの数が閉鎖されてね。当然、修道院に併設されていた孤児院も、運営ができなくなった」
「ああ、そっか。運営費用は慈善事業への寄付名目で、騎士団が出していたもんな」
「さっきのペコニアの言葉じゃないけど、『金が無いと何もできない』のよ。当然、孤児が行き場を失った」
「状況が見えてきた。つまり、お前とモロコスが夫婦になって、孤児を全員、養子縁組にして扶養家族にしたって事だな!?」
「王国法で、“児童労働”は禁止されている。だから、10歳に満たない子供に対しての“年季奉公”の契約はできない事になっているからね。こうでもしないと、孤児院の子供は浮浪者になっちゃうわ」
ティエラの実家では、戦災の難民を“転職の神殿”を経由して、小作人として雇い入れていた。
雇用形態としては、10年ほどの“年季奉公”を交わす事になる。
その間、小作人となれば、主人は小作人への保護が義務化されており、衣食住の保証をしなくてはならない。
しかも、年季明けには無償での農地提供もあるため、自営農として独立できる。
しかし、それはあくまで“大人”の話だ。
子供は保護対象であり、10歳に満たない子供との“年季奉公”の契約は、児童労働禁止の観点から交わす事ができない。
せいぜい、“手習い”名目で、簡単な作業に従事させるのが限界だ。
子供、それは現段階では生産性に寄与しない“お荷物”。
だが、カードが示す膨大な数の子供を見る限り、ティエラはその重たい荷物を一人で背負い込もうとしているとしか思えなかった。
お人好しに過ぎる、それがデビィドの抱いた偽らざる感想だ。
「なるほど。お前やモロコスが全力で開墾を行っているのも、その300人分の農地の確保ってわけか」
「今はまだ子供ではあっても、5年、10年も経てば、立派な働き手になるからね。そうなった際の働き場は必須。整備された農場、牧場があれば、自営農として独立してやっていける。その為の先行投資よ」
「だからって背負い込み過ぎだろ……。“現段階”では、何の足しにもならねえ子供を大量に抱えて、金が出ていく一方じゃねえか」
「目についちゃったんだから、仕方ないでしょ!? それとも、見て見ぬふりをして、寒空の下に放り出しておいた方が良かったの!?」
「さすがにそうまでは言わんが……」
「孤児院経営の許可申請なんて早々下りるもんでもないし、時間的に最短で子供達のための“器”を用意する事を考えると、全員まとめて養子縁組するしかなかったわ」
半ば泣きそうな声を張り上げるティエラ。
魔王討伐がなされ、平和を享受できるかと思いきや、別の苦労がのしかかって来たのが今のティエラだ。
無論、無理に背負い込む必要のない苦労ではあったが、それでも引き受けてしまうのが人の好さの表れでもある。
この一年、自堕落に過ごしてきたデビィドからすれば、事情を知ってしまえば恥じ入るばかりだ。
「そうまで言われると返す言葉もないが、それこそ政府案件じゃないか、こんな大量の孤児の世話なんて」
「無理。今は『コンクリートから人へ』を止めて、『人からコンクリートへ』を標榜しているからね、ジャン陛下は。予算配分、難しい事になっているのよ」
「あ~、そうだったな復興事業で土木関連に予算が集中して、それに寄与しない“子供”は後回しって事か」
「そう。だからね、今は“転職ラッシュ”が起こって、人手がそっちに流れているの。建物の建築からインフラ整備、人手はいくらでも欲しいからね。“転職の神殿”はかなり盛況みたいよ」
「なるほど、人手は全部そちら行き。おまけに、テンプル騎士団が“邪神崇拝”の嫌疑で解散して、面倒を見ていた付属の孤児院にも世間の目は冷たいって感じか」
「そう。他に引き取り手が無い。放っておいたら野垂れ死にか、犯罪に手を染めるしかなくなる。そうはなって欲しくないから、スオーラやモロコスが頼み込んできたのがそもそもの発端だしね」
ここでもう一人の旅仲間、スオーラの事に言及された。
言われてみれば、孤児院絡みの話に、スオーラが関わっていないはずもないかと、デビィドは思い至った。
スオーラとモロコスは孤児院出身で、昔からの顔馴染みだ。
ただ、高い魔力持ちであったスオーラは神職となり、恵体であったモロコスは騎士修道会に加入する事となった。
そのスオーラは日々を修道院で過ごし、併設する孤児院の子供達の面倒を見てきたのだが、魔王軍との戦いが激化の一途を辿るのを耐え兼ね、自分がこれに対抗しようとしたのが旅の目的だ。
その魔王が倒れたので、再び元の修道院での生活に戻っていたはず。
だが、それは今となっては昔の話。
よくよく考えてみれば、解散したテンプル騎士団と関係している修道院が無事なわけがなく、それは膨大な数の孤児を見れば一目瞭然だ。
「……スオーラはどうしたんだ?」
「彼女はね。今、大人気よ。あたしンちの領域の外れにある宿で客を取って、とっかえひっかえ状態。予約待ちで随分先まで埋まっているわ」
「なん、だと……!?」
それは衝撃の事実だ。
苦悶の表情を浮かべるティエラとモロコスが、現状を物語る。
宿、客を取る、とっかえひっかえ、予約待ち。
それらの言葉の先にあるもの、それは“売春”だ。
(ウッッッソだろ!? あの身持ちの固いスオーラが!?)
信じられない思いのデビィドであったが、状況がそれを物語る。
孤児院は閉鎖され、行き場を失った子供達。
スオーラであるならば、それを見捨てるなどと言う選択肢はない。
手っ取り早く、しかも多額の金を稼ごうとすれば、行きつく先は“売春”しかない。
あれだけの美女であるし、売りに出せばいくらでも買い手は付くだろう。
聖女は汚された。
子供達のための日銭を稼ぐため、身を売るしか選択肢がなかった。
デビィドはあまりに変わり過ぎた旅仲間の状況に、この上ない後ろめたさを感じる事となった。
自分がもっと早く社会復帰していれば、こうはならなかったのではないか、と。




