第20話 大魔導士の実家
勇者が飛ぶのは、自宅から遥か彼方の辺境地へ。
そこは以前訪れた事のある大魔導士ティエラの実家だ。
いわゆる“富農”と呼ばれる大農場を抱える裕福な農家の事で、ティエラの実家はそれに該当する。
見渡す限り、ティエラの実家の所有地であり、何世代も根気よく開墾を続けてきた結果だと言う。
その昔、何かしらの出来事で地元の領主から“開墾永年御免状”なる権利を貰い、切り開いた土地は私有地としてよいとの許可証を貰い受けた。
開墾した土地に関しては10年間の無税が保証され、それ以降は収穫物の2割を物納すれば良しとされていると、デビィドはティエラから説明されていた。
「しっかし、相変わらず広いよな~。山の間、全部がそうだろ? しかも、まだ開墾の余地があるとか言ってたし、まだまだ広げるつもりなんだろうな~」
言ってしまえば、村を丸ごと一つの家で作り上げたようなものであるし、それだけ何世代も努力を重ねた結果とも言える。
実際、“村”と呼んでも差し障りない程に充実している。
村長はティエラの実家であり、住民は小作人であり、住む家も用意されている。
厩舎には馬、豚、牛、羊の姿があり、それぞれの牧場に放たれている。
畑の方も小麦から各種野菜、果樹園まで存在する。
また桑畑も広がっている事から、“養蚕”も手掛けている事も見て取れた。
道も整備され、荷車が行き交う姿も見える。
それら全てが個人の所有物と言うのだから、本当に金持ちだ。
「それでいて税金をあんまり払っていないとか言ってたし、どんなやり方してんだかなあいつの家は」
「あ、もしかして、勇者さん?」
ブツブツぼやいていると、不意に後ろから声をかけられたので、そちらを振り向いてみると、そこには十代半ばくらいの少年が立っていた。
自分を勇者だと知っていて、その顔立ちはティエラに似ている。
そして、すぐに思い出した。
「あ~、たしか、ティエラの弟で、名前は、えっと、ティモシーだっけか?」
「はい! 覚えていてくれましたか!」
ティモシーは勇者の手を取り、固く握手をした。
クワなどの農具を日常的に握っているのか、その手はかなりゴツゴツとしている。
幼めの顔立ちに反して、体つきもしっかりしており、これで鎧でも着込めば立派な戦士として見える事だろう。
「勇者さんがここに来たって事は、姉ちゃんに何か御用でも?」
「ああ。ちょっとな。相談に乗って欲しい案件が出来たんだ」
なお、その話はちょっとどころではない。
デビィドからすれば、まさに悪夢としか思えない程の状況だ。
魔王が復活して人間になり、税金の取り立てに家までやって来た。
真実をそのまま話しても、お前は何を言っているんだと変人扱いされかねない内容であり、まともに相談に乗ってくれそうなのはティエラ一択と言う有様。
スオーラやモロコスに相談したとしても、金勘定に疎いあの二人では役に立たないのは明白だ。
魔王の再討伐と言う事であれば話は別だろうが、新たなる魔王リボンちゃんは人間であり、しかも納税徴収対象に対しては無敵になれる特殊職“徴税官”なのも厄介だ。
徴税と言う形で合法的(怠惰が原因)にボコボコにされたデビィドの選択肢など、ティエラに助けを求めるくらいだ。
(最悪、ティエラから金借りて、その場をやり過ごすしかないかもな。納税者と徴税官の関係さえ断ち切れば、後は“闇討ち”にでもして、リボンちゃんとペコニアを始末すれば万事解決よ!)
勇者にあるまじきどす黒い発想ではあったが、そこまで気を回している余裕もないのが現状だ。
今や安住の地であった自宅が、没収からの競売にかけられる瀬戸際である。
なりふり構わず危機を切り抜け、然るべき反撃を加える事こそが肝要。
それがデビィドの作戦だ。
「それで、ティエラは何をやってんだ?」
「今は新規の開墾現場で働いてますよ。樹齢百年越えの大樹であっても、姉ちゃんの手にかかればイチコロですよ」
「だろうな。どんな事、やってんだ?」
「えっとですね、撤去する樹木に【冥府開門】で枯死させて、兄ちゃんの一撃で引っこ抜くなんて事をやってますね」
「ん~、即死魔術を開墾に使うとは、相変わらず機転が利く。って、ティモシー、お前に“兄”なんていたか?」
「義理の兄ちゃんですよ。ほら、姉ちゃん、つい最近、結婚しましたし」
「ほ、ほう。そうだったのか……」
新たな情報に、動揺を隠しきれないデビィド。
いくら自然に別れた(と思いたい)とは言え、ティエラが結婚していると言うのは想定外すぎる状況であった。
(いや、まあ、一年もほったらかしにしていたんだし、俺に愛想つかして、他の誰かとって考えると、それはそれで自然な流れか)
何もかもが自分が悪い。
ティエラとの関係をキッチリ清算していなかったのも情けないし、祖父の死後の手続きについてもほったらかしにしていた。
そのツケの数々が、“魔王”に姿を変えてやって来たようなものだ。
「あれ? でも、勇者さんは聞いてないんですか?」
「何がだ?」
「だって、姉ちゃんと結婚したの、モロコスさんですよ」
「……は?」
今日一番の衝撃だ。
魔王が復活していた件よりも、受けた衝撃は大きい。
ティエラの結婚相手が、よりにもよってモロコスなのだと言う。
なんと言うべきか、あまりに唐突過ぎる状況に頭が付いていかず、デビィドは混乱する一方だ。
(でも、あれ? モロコスが所属してい騎士修道会”テンプル騎士団”って確か、妻帯は禁止だよな? というか、それ以前に、なんで修道院でお勤めしているはずのモロコスが、こんな辺境にまでやって来ているんだ?)
ますます話が見えてこない。
一体、自分が自堕落に過ごしていた一年の間に何が起こったのか?
これは急いで確認の必要があると、デビィドはティモシーから二人の居場所を聞き出し、その場所へと大急ぎで駆けて行った。




