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解呪の黄金と、簒奪の漆黒  作者: OGtan
1章 王国編
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6話:原初の神秘と獣人の森

アヴァロン聖王国の国境をなす峻険な山々を越え、三人は人間を拒絶する未開の地――『獣人の領域』の入り口へとたどり着いていた。


吹きすさぶ夜風を避けるように、巨木の空洞に身を隠して夜営の準備を進める。

薪が爆ぜる炎の光が、三人の影を歪に揺らしていた。

エレニアの解呪が解け、漆黒の羽毛に覆われた異形の姿へと戻ったルシアン。


ステラは彼の横顔を時折盗み見ては、昼間に目撃したあの端正な素顔を思い出し、未だに耳の付け根を熱くしていた。


生きるために牙を研ぐ野良犬のような生き方をしてきた自分にとって、あのような綺麗な顔の少年は世界のどこを探しても存在しなかったのだ。


中身はいつも通り、生意気で過保護なカラス男だと自分に言い聞かせ、ステラは激しく頭を振って動揺を振り払った。


そんな彼女の様子には気づかず、エレニアは膝を抱えながら、焚き火の炎を見つめていた。

胸の奥に眠る異物の感触を確かめるように、ルシアンに問いかける。


「ねえ、ルシアン……。アヴァロンの王たちは、どうしてあそこまで私の中にある『神秘』を欲しがるの? 研究所で、お父様はこれを『世界の根幹を揺るがすもの』って言っていたけれど……」


ルシアンは異形の右腕を古い包帯で巻き直しながら、深く、静かな声で語り出した。


この世界の魔法や異能には、残酷な絶対の理が存在する。


【未知は強く、既知は弱い】。


それがすべてだった。


神秘とは人間の知識や論理では説明できない不思議な現象であり、またはそうした認識を超越した事象や領域である。

まずその規模が直接的に魔法や異能の強さを位置づける。

それに加え、解明されれば『神秘性』は薄れ、急速に弱体化していく性質を持つ。

現代の学校で教えられているような『火球』や『治癒術』などは、何百年もかけて手垢がつき、人々に普及して仕組みが知られすぎた結果、ただのマッチの火や気休め程度にまで劣化しきった成れの果てに過ぎない。

真に最強の力を持つのは、歴史の闇に消えた古代の遺物か、人類がまだ足を踏み入れていない未知の領域だけだった。

だからこそ、この世界における戦いとは『情報の隠匿と看破の戦い』そのものとなる。

あらゆる国家、あらゆる魔術名門は、自家の魔術の構築式を命がけで秘匿する。

もし戦いの中で、敵に術式の仕組みを分析され、看破されれば、一国を滅ぼす大魔術であってもタネが割れた瞬間にただのそよ風や火種へと変えられ、弱体化されるからだ。

手の内を晒すのは自殺行為に等しいが、例外的に人智を超えた領域にある能力であれば簡単には看破されない。

そのため例外を覗いてこの世界のまともな戦士は安易に魔法を放たない。

基本はあくまで磨き抜かれた武技による泥臭い物理戦であり、魔術というカードは、ここぞという戦況をひっくり返すための『一撃必殺の切り札』として、最後の最後まで隠し持たれる。

ルシアンは包帯を歯で噛んで強く結ぶと、冷徹な黒い瞳をエレニアに向けた。


「アヴァロン王家が世界の頂点に君臨し続ける理由は、ただ一つ。人類に一度も解析されたことがない原初の神秘――『ドラゴン』という絶対的な『神秘』を代々独占しているからだ」


ジークヴァルトが見せた圧倒的な障壁や力は、王家からそのドラゴンの力を、わずか一割だけ引き出すことを許されたものに過ぎない。

王家の血を引かない彼にとっては、一割ですら肉体が内側から崩壊しかけるほどの超高濃度の未知だった。


「そして――その『ドラゴンの神秘』を魔核に宿されてしまったのが、エラ、お前だ」


エレニアは息を呑み、自身の胸に手を当てた。

国が彼女を嘆きの奈落に幽閉し、執拗に追う本当の理由。

それは、彼女の黄金の瞳『神秘看破』の力――すなわち、あらゆる魔法の構造を強制的に分析・無効化する能力が完全に目覚めてしまうのを恐れているからだった。

もしエレニアの力が覚醒すれば、王家が何百年も隠し続けてきたドラゴンの術式はすべてタネを暴かれ、一瞬で劣化魔法へと成り下がる。

それは、アヴァロン聖王国の支配基盤が根底から崩壊することを意味していた。

歩く国家転覆の爆弾。王家の権威を滅ぼすその黄金の瞳こそが、国の恐れる最大の脅威だった。

背負わされた運命のあまりの重さに、エレニアの身体が微かに震える。

しかし、彼女の黄金の瞳に宿ったのは絶望ではなかった。

毅然と顔を上げ、ルシアンの異形の右腕を強く両手で握りしめる。


「教えてくれてありがとう、ルシアン。……でも、私は怯まないわ。王家を滅ぼすためじゃない。あなたが私のために『簒奪』という呪いを身に宿してくれたなら――私はこの『神秘看破』の力を使って、あなたの呪いの構造をすべて暴き、ただの無害なものに変えてみせる。絶対に、あなたを人間に戻してみせるわ!」


まっすぐな少女の宣言に、ルシアンは一瞬呆気にとられた後、フードの奥で小さく笑みを漏らした。


「ああ。期待して待ってるさ」


ステラがどこか決まり悪そうに、手元の薪を炎の中へくべた、その時だった。

草木が擦れ合う微かな音が響き、周囲の闇が不自然にうごめいた。

炎の爆ぜる音の向こう側から、圧倒的な肉食獣の気配が、三人を完全に包囲するようにじわじわと、しかし確実に狭まっていく。夜の闇の至る所に、爛々と輝く無数の獣の眼光が浮かび上がった。


「ちっ、お出ましだ。隠れるのが下手な連中だよ!」


ステラが瞬時に野生の鋭い闘志を剥き出しにし、弓を引き絞る。ルシアンもまた、カラスの異形の腕からどろりとした漆黒の魔力を立ち上らせ、身構えた。


だが、闇の奥からゆっくりと姿を現した、一際巨大な体躯を持つ獣人の戦士は、ステラの顔を見るなり、フッと不敵な笑みを漏らした。


「おいおい、誰かと思えば……人間に飼われて都会のドブネズミになったはずの、『裏切り者』じゃないか。そんな人間のガキどもを引き連れて、何の用だ?」


ステラの過去を抉る、冷酷で不穏な声。

ジークヴァルトという人間の怪物を振り切った三人の前に、今度は野生の剥き出しの脅威が立ちふさがるのだった。

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