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解呪の黄金と、簒奪の漆黒  作者: OGtan
1章 王国編
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5話:黄金の涙と絆

――3年前。


アヴァロンの冷たい裏路地。


行き倒れ、野良犬のように他者を拒絶していたまだ幼いステラを拾ったのは、得体の知れないカラスの異形だった。


不器用にしなびた干し肉を差し出してきたフードの男は、冷酷な暗殺者などではなく、いつだって自分の代わりに血を流し、盾になってくれる存在だった。


だからステラは、生きるために牙を研ぎ、この男の「牙」になると決めたのだ。



――なのに。





「……ねぇ、クロウ。……いや、ルシアンって言ったっけ」


激流に身を投じ、ジークヴァルトの包囲網を命からがら抜け出した三人は、人目のない川の岸辺へと這い上がり、さらに森の奥深くへと移動していた。


薪が爆ぜる炎の光の中、ステラは濡れた髪を絞りながら、目の前の光景に未だに目を見開いていた。

エレニアの隣で周囲を警戒している男は、自身の知っているあの不気味な異形ではなかった。

そこにいたのは、少し長めの黒髪に、どこか憂いを帯びた切れ長の瞳、そして驚くほど整った端正な顔立ちの少年だった。

エレニアの解呪の力によって一時的に簒奪の呪いが封じられたため、まだ元の姿を保っている。

ステラは、思わず胸が強く跳ねるのを感じた。急に心臓の音がうるさくなる。

自分と大して歳の変わらないガキだと思っていた男の、隠されていた素顔。


「あんた、あの姿じゃなくて……その、そんな顔してたわけ!?」


急に顔を赤くし、ドギマギしながらそっぽを向くステラ。

ルシアンはその動揺に気づく様子もなく、静かに瞼を持ち上げてエレニアを見つめた。


「……エラ。気づいてくれたんだな」


その声は、かつて研究所で毎日のように聴いた、大好きなルシアンの優しい響きそのものだった。


「ルシアン……! 」


エレニアの黄金の瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。

我慢できずにその胸に飛び込み、その身体を強く抱きしめた。

ルシアンは一瞬戸惑ったものの、人間のままの優しい両腕で、エレニアを愛おしそうに抱き返した。

あの火災の夜、彼は生き残るために賢者の遺産であった『簒奪の術式』を自らの右腕に埋め込んだ。

すべてはエレニアをあの研究所から、アヴァロンから救い出すため。

そのために、彼は自ら呪いを身に宿したのだ。

真っ直ぐに告げられた真実に、エレニアは何度も頷きながら、彼の傷だらけの右腕に自分の両手を重ねた。


「ルシアン。私ね、さっき自分の力が少し分かったの。私のこの『神秘看破』の力を完全にコントロールできるようになれば、あなたの身体を蝕む呪いを根底から消し去って、ずっと人間の姿に戻せるはず! だから、私の力であなたを救わせて!」


守られるだけだった少女が、大切な人のために見つけた初めての希望。しかし、ルシアンは優しく、けれど決然と首を振った。


「だめだ、エラ。その提案は受け入れられない。俺の呪いが完全に消えれば、俺はただの無力な人間に戻る。そうなれば――ジークヴァルトのような、国の怪物たちからお前を守る術がなくなるんだ」


ルシアンの黒い瞳に、強い覚悟が宿る。

人間の姿よりも、何よりもエレニアを守ることを最優先にする少年の執念。


「お前を守り抜くためなら、俺はどれだけでも化け物でいい。この右腕がドロドロに溶け落ちるその日まで、俺はお前を守る盾だ」


エレニアは胸が締め付けられるような愛おしさを感じながらも、その言葉を真っ向から受け止めた。


「……分かったわ。あなたが私の盾でいてくれるなら、私はあなたの命を繋ぐお医者さんになる。旅の途中であなたが限界を迎えそうになったら、私が何度でもその呪いを抑え込む。だから――絶対に、勝手に死なないで」


「ああ、約束する」


二人が固い約束を交わしたその時、ルシアンの右腕の皮膚の下から、再び漆黒の羽毛が突き出し始めた。

一時的に解呪されたとはいえ、彼の魔核には複数の簒奪した刻印が複雑に絡み合っている。

均衡が崩れれば、否応なしに異形へと引き戻されていく。

それを見たステラは、慌てて赤い顔を手で扇ぎながら、いつもの不敵な笑みを作って二人に歩み寄った。


「はいはい、ごちそうさま! 結局アタシの相棒は、ただの過保護な美少年だったわけね。……ま、化け物に戻っても中身があんたなら、アタシはこれまで通り『牙』でいてあげるよ」


戸惑うように名前の呼び方に悩むステラだったが、ルシアンの「好きに呼べ」という言葉に背中を押され、すぐに弾んだ声でその名を呼んだ。

出会ったばかりのエレニアに対しても、ステラは天真爛漫な親しみやすさを隠さない。


「エレニアちゃんもアタシの事はステラって呼んでよ! なんならお姉ちゃんでも構わないんだから!」


「うん、ありがと。……ステラって呼ばせて貰ってもいい? 私の事はエラって呼んでくれたら嬉しいな」


監獄の暗闇から連れ出され、初めて触れる同世代の温もり。

自分を救ってくれたステラへの感謝と親しみを込め、エレニアは小さく微笑んだ。


三人の絆が、これまで以上に深く結ばれた瞬間だった。



――その頃、川の中流。


ジークヴァルト率いる聖騎士団の尖兵が、濡れた地面に刻まれた三人の足跡を発見していた。

その先は森の最深部であり、不可侵の領土とされる『獣人の領域』へと繋がっている。

これ以上の追跡は、他種族との重大な領土問題に発展しかねない危険を孕んでいた。

だが、部下からの報告を聴いてもなお、ジークヴァルトの冷徹な視線は微動だにしなかった。

静かに大剣の柄に触れ、森の奥を見据える。


「構わん、進め。娘の『神秘』が完全に目覚める前に、アヴァロンへ連れ戻す」


彼の脳裏にあるのは、単なる実験体の回収任務ではないようだった。軍令を口にするその声には、冷酷さの奥に、奇妙な響きが混ざり合う。


「……それがあの娘を救う、唯一の道だ」


白銀の鎧を鳴らし、重々しい号令と共に、聖騎士団はステラの故郷でもある獣人の領域へと進軍を開始した

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