表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解呪の黄金と、簒奪の漆黒  作者: OGtan
2章 魔境編
PR
10/12

瘴気の霧、魔境の神殿

――世界の理は残酷だ。


この世界における魔法や異能、それらは総じて『神秘』と呼ばれる。


その優位を決めるのは底の深さ、すなわち【秘匿性】に他ならない。


万人に行き渡り、構造を解析された既知の神秘は、効力を失い陳腐化する。

かつて、俺の魔核に宿っていた神秘が、まさにそれだった。


三年前――アヴァロン中央研究所。


孤児院にいた俺は、幼少期から異常なほど強力な魔核を持っていた。

十歳にして刻印が発現した俺は、どこかの王族か高位貴族の落とし子ではないかと噂され、その素質に目をつけた研究所の賢者――エレニアの父親に引き取られた。

白衣を纏った物静かな賢者は、怯えていた俺の前に目線を合わせ、優しく微笑みかけてくれた。


ありふれた『治癒』の術式。


誰もが仕組みを知っていて、多くの人を救いすぎたがゆえに、既知となって衰退した役立たずの神秘。

当時の俺にとって、それは自分の価値を否定されたような呪いと同じ言葉だった。


だが、賢者はそんな俺の目をまっすぐに見つめ、穏やかに、しかし断固とした口調で言ってのけたのだ。


たとえそうだとしても、それは人を救える優しい神秘であり、何も恥じることはない。むしろ、誇れるものだ、と。


救われた、と思った。世界のルールがどれほど残酷でも、この人は俺のありふれた光を肯定してくれた。


賢者は俺を気に入り、研究の助手として側に置いてくれた。

そして何より、俺の治癒は、病気がちで研究所の奥に隔離されていた賢者の娘――エレニアの看病のために、ほんの少しだけ役に立つことができた。


不器用な言葉を交わしながら、彼女の痛みを少しでも和らげたくて、効果の薄い光を両手から灯し続けた。


それが、俺の短くも幸福な、初恋の記憶だ。


だが、アヴァロンの王族たちの狂気が、その全てを奪った。


自分たちでは御しきれない古竜の神秘を戦争に利用しようと焦り、何万人もの無辜の民の命を魔核ごと卵に捧げる禁忌の実験。国の凶行を止めようとした賢者は殺され、エレニアは生体実験の道具にされかけた。


燃え盛る研究所の中で、死に際の賢者が、俺の治癒の魔核をドロドロに書き換えて埋め込んだもの。


王族への復讐


――それが、今の俺の魔核に宿る『簒奪』の呪いだ。


相手を殺害し、その魔核を直接取り込むことで固有の神秘を強引に奪う外道の法。

だが、他人の刻印を無理やり統合する異能は、使えば使うほど性質の違う術式同士が魔核の中で拒絶反応を起こし、本来の神秘の性質すらも歪めてしまう。

さらに肉体を内側から破壊する呪いの反動という代償があった。


他者を生かすための俺の神秘は、奪えば奪うほど、俺自身を死へと近づけていく呪いへと変わってしまった。




「……ルシアン。やはり、あの時の生き残りだな」


現実の、濃密な瘴気が立ち込める魔境の入り口。


地を這うような冷徹な声が、俺の意識を過去から引き戻した。

白銀の鎧を纏い、大剣を構える男――ジークヴァルト。

三年前、近衛兵団長ではなく研究所の護衛をしていた死神。

当時と変わらぬ圧倒的なプレッシャーを放ちながら、俺とステラの前に立ち塞がっている。

エレニアが魔法の光の中に消え去った直後のことだった。


「またお前は……あいつを奪うのか、ジークヴァルトッ!」


俺は剥き出しの怒りで吠え、いつでも異形の右腕を解放できるよう身構えた。

ステラもまた、いつでも動けるよう強弓を引き絞り、ジークヴァルトの隙を狙っている。


この魔境を満たす瘴気は、超高濃度の魔力そのものだった。

すでに魔核から刻印を発現させている者は、立っているだけで大気中の魔力と自身の魔核が異常共鳴を起こし、内側から肉体を焼き焦がされるような過負荷を受ける。

元英雄のジークヴァルトとて例外ではなく、魔核の暴走を抑えるため、常に一定の魔力を消費し続けていた。

ジークヴァルトは感情の失せた黄金の目で俺を一瞥し、それから、エレニアが消え去った空間に残る未知の術式の残滓へと視線を移した。

娘の気配が完全に消失したこと、そして未知の転移術式の存在を認め、彼は小さく眉をひそめた。

突如、周囲をごうと圧していた威圧感が霧散する。

ジークヴァルトは何ともなげに、構えていた大剣を背へと収めた。

困惑する俺たちへ向け、ジークヴァルトは淡々と言い放った。

ここに目的の賢者の娘がいない以上、貴様らのような出来損ないの実験体とここで刃を交えるのは利が少ない、と。

この魔境という最悪の環境下で魔核を消耗させるリスク。

百戦錬磨の死神は、それを一瞬で冷酷に計算し、切り捨てたのだ。

あの娘は必ず回収する、お前たちの処分はその次だ、と。


ジークヴァルトはそう言い残すと、驚異的な身のこなしで霧の立ち込める魔境の別方向へと、エレニアの痕跡を追って音もなく姿を消した。


「……行った、か」


俺はその場に膝を突き、激しい息を吐き出す。

一歩間違えれば全滅だった。

張り詰めていた糸が切れ、ドッと疲労が押し寄せる。


「ルシアン、大丈夫!?」


隣で強弓を収めたステラが、駆け寄って俺の肩を支えてくれた。


発現が十歳から十八歳とされる刻印が無いステラだけが、この魔境の瘴気の影響を一切受けず、万全の状態で俺をサポートしてくれていた。

彼女が無言の牽制としてジークヴァルトを睨みつけていたからこそ、奴も容易に動けなかったのは間違いない。


「ああ、すまない、ステラ。……ジークヴァルトがエレニアを追うなら、俺たちも一刻も早くあいつを追いかけるぞ。この先は……魔境の第二層だ」


俺たちは息を整え、眼前に広がる昏い地割れの底


――魔境のさらなる深淵へと、決死の覚おうで足を踏み入れた。





一方。


魔法の光に包まれ、強制的に転移させられたエレニアが目を開けると、そこは陽の光が遮られた、不気味ながらもどこか幻想的な地下神殿の玉座の間だった。


「……う、あ……ここは……?」


「お目覚めですか、エレニア様」


声に振り返ると、そこには先ほどの真っ白な仮面の男が、優雅に片膝を突いて跪いていた。

丁寧で、礼儀正しい、しかしどこか狂気を孕んだ声。


男は、自分たちと共に偽りの世界を終わらせようと囁いた。

エレニアの持つ神秘こそが、その鍵となるのだ、と。


ルシアンたちの元へ帰してほしいと拒絶するエレニアに対し、仮面の男はゆるゆると首を振り、細い手を玉座の奥の暗闇へと向けた。


漆黒の闇の奥から、世界を震撼させるような巨大な心臓の鼓動が響き渡り、不気味な眼光がエレニアを見下ろすように開かれた。


歪んだ歴史を覆す、魔境の真実が、今まさに幕を上げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ