表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
88/96

第88話 透明を狩る

 黒瀬透真は、通信障害が嫌いになっていた。


 ただ繋がらないだけなら、まだいい。


 電波が悪い。

 端末が壊れた。

 相手が眠っている。

 忙しくて返せない。


 理由が分かるなら、待てる。


 けれど、理由が分からない沈黙は違う。


 それは、誰かが声を消した可能性を含んでいる。


 透真は、それを何度も見てきた。


 配信禁止区域で、通報が妨害された時。

 アルカディア・ゲートの記録が黒塗りになっていた時。

 黒瀬澪の死が、ただの事故として処理されていた時。

 浪華色街で、観客の歓声が契約の燃料に変わっていた時。


 見えているはずのものが、見えないようにされる。


 届くはずの声が、届かないようにされる。


 それは、嘘よりも厄介だった。


 嘘なら、鑑定に映る。


 危険なら、歪みが見える。


 けれど、声そのものが消されている時、透真にはまだ何も見えない。


 見えないという事実だけが、残る。


     ◇


 管理局の臨時医療施設。


 相原ユウの事情確認が一段落した後、透真は廊下の椅子に座らされていた。


 背中が痛い。


 ロロに投げられた箇所が、まだ鈍く疼いている。


 医療スタッフには横になっていろと言われた。


 佐伯にも言われた。


 カナタにも言われた。


 全員に言われた。


 だから座っている。


 横になっていないだけ、まだ譲歩している方だと透真は思っていた。


 端末を見る。


 神楽坂レイジから連絡はない。


 佐伯ユズルからも、新しい連絡はない。


 白峰リアは、配信を止めたまま短い投稿だけを残している。


 九条セイラの財団は、代表権一時停止の通知が出た直後から、外部への公式発信を止めている。


 御影カナタからは一言だけ届いていた。


『署名していない』


 何の署名かは、聞かなくても分かった。


 七曜会が動いている。


 日向アキラ。

 水城リョウ。

 金剛サクヤ。

 土岐ネム。


 それぞれが違う形で、透真たちの周囲に線を引いている。


 正しさ。

 契約。

 所有。

 暗殺。


 七曜会は強い。


 そして、それぞれの強さが雑ではない。


 きちんと理由がある。


 きちんと手順がある。


 きちんと正しい顔をしている。


 だからこそ、怖い。


 透真は神楽坂へ短いメッセージを送った。


『神楽坂さん、今少し話せますか』


 送信。


 端末は一瞬、送信中の表示を出した。


 そして、消えた。


【送信できません】


 透真は眉を寄せる。


 もう一度、送る。


【送信できません】


 表示は同じ。


 ただの通信障害ではない。


 透真は、端末を鑑定した。


 対象:神楽坂レイジへの通信

 嘘:通信障害

 危険:白系高影響発言制限

 祈り:証言を届かせたい

 色相:白/蒼

 備考:七曜会による暫定遮断。危機事案関係者への送信不可


「……発言制限」


 透真は呟いた。


 背筋が冷えた。


 神楽坂レイジが、止められている。


 暴力で捕まったわけではない。


 監禁されたわけでもない。


 ただ、声が届かないようにされている。


 しかも理由は、社会不安の増幅リスク。


 正しい。


 たぶん、説明としては正しい。


 神楽坂が七曜会への疑義を公に出せば、混乱は広がる。


 相原ユウの保護。

 土岐ネムの独断。

 九条財団への介入。

 白峰リアの沈黙。


 神楽坂がそれらを証言すれば、七曜会への不信は一気に広がる。


 だから止める。


 分かる。


 分かるからこそ、透真は端末を強く握った。


 それは、神楽坂が昔やったことと似ている。


 混乱を防ぐために、真実を止める。


 優しい隠蔽。


 正しい遮断。


 名前が違うだけで、構造は近い。


 透真が立ち上がろうとした時、廊下の照明が一瞬だけ揺れた。


 警告音は鳴らない。


 職員も騒がない。


 だが、空気が変わった。


 透明な廊下に、別の色が入ってくる。


 白。

 蒼。

 黒。


 そして、紫。


 透真は初めて、その色をはっきりと見た。


 深い紫。


 ナギの休息街区で感じた、願望と記憶の色に近い。


 だが、ナギとは違う。


 ナギの紫は、孤独で、柔らかく、人間に必要とされたいという祈りがあった。


 今近づいてくる紫は、もっと静かで、冷たい。


 夢を見せる色ではない。


 夢を記録し、分類し、必要なら閉じる色。


 廊下の曲がり角から、三人が現れた。


 先頭は日向アキラ。


 白い上着。


 迷いのない歩き方。


 その横に、水城リョウ。


 青灰色のスーツ。


 感情を整理したような目。


 そして、もう一人。


 長い黒髪を緩く結んだ女性。


 年齢は二十代後半にも、もっと若くも見える。


 眠たげな目をしているのに、視線だけはひどく深い。


 紫の石がついた細い髪飾り。


 彼女が歩くたびに、廊下の音が少しだけ遠くなる。


 日向が言った。


「黒瀬透真さん」


 透真は立ち上がる。


 背中が痛む。


 だが、座ったまま話す気にはなれなかった。


「神楽坂さんに何をしましたか」


 日向は表情を変えない。


「発言権を一時的に制限しました」


「なぜ」


「色相危機事案に関する社会不安増幅リスクがあるためです」


「本人には?」


「説明しました」


「同意は?」


「得ていません」


 透真は唇を噛んだ。


 日向は嘘をついていない。


 嘘をつかずに、同意していない相手の声を止めた。


 それが、七曜会の白だ。


「黒瀬透真さん」


 水城が静かに言った。


「あなたにも、協力を求めます」


「協力?」


「透明鑑定の管理共有です」


 透真は、水城を見る。


「管理共有って何ですか」


「あなたが見た鑑定表示を、七曜会と管理局の共同記録に登録する。必要に応じて、七曜会が危機対応判断に使用する」


「本人の同意は?」


「あなたの同意を求めています」


「断った場合は?」


 水城は、ほとんど間を置かずに答えた。


「透明観測者として、監視対象になります」


「もうなってるんじゃないですか」


「監視の段階が上がります」


 透真は小さく息を吐いた。


 予想通りだった。


 七曜会は透明を放置しない。


 透明は、戦闘力が低い。


 ロロに普通に負けた。


 だが、見える。


 能力の色。

 嘘。

 危険。

 祈り。

 場の構造。


 それが見える人間を、七曜会が自由にしておくはずがない。


 日向が言った。


「あなたは、中立ではありません」


 透真は目を細める。


「中立だと言った覚えはありません」


「ですが、あなたは自分を戦闘者ではなく観測者として扱っている」


「戦えないので」


「戦闘力の話ではありません」


 日向の白が静かに強まる。


「あなたは見たものを、誰に渡すか選んでいる。浪華色街では、鴉羽ミナトへ情報を渡した。その結果、賭けの流れが変わり、脱出の可能性が生まれた」


「それは」


「良い結果でした」


 日向は言った。


 透真は黙る。


「しかし、逆もあり得る。あなたが情報を渡す相手を間違えれば、被害が広がる。あなたが黙れば、必要な対応が遅れる。あなたが一部だけを話せば、場の判断が歪む」


 日向は、透真をまっすぐ見た。


「透明は、見えるだけではありません。見たものを配分する権限を持つ」


 透真は、その言葉に返せなかった。


 日向の言っていることは、正しい。


 透真はもう、ただの鑑定士ではない。


 見たものを誰に言うか。


 言わないか。


 どの形で渡すか。


 それだけで、結果が変わる。


 ミナトへ渡した情報で、浪華色街の流れは変わった。


 相原が助かった。


 だが、それはつまり、透真の判断で場が動いたということでもある。


 見えるだけではない。


 見たものを渡す者。


 透明は、色を持たないから中立なのではない。


 すべての色に関われるから、どこにも無関係ではいられない。


「だから、七曜会に渡せと?」


 透真は言った。


「はい」


 日向は即答する。


「七曜会なら、最も早く危機対応できます」


「早いでしょうね」


「管理局よりも」


「そうでしょうね」


「なら」


「でも、七曜会は相原さんを殺しかけた」


 日向の表情が、ほんのわずかに硬くなった。


 透真は続ける。


「神楽坂さんの発言を止めた。リアさんの配信を止めようとした。カナタさんに契約を出した。セイラさんの財団の代表権を止めた」


「必要な措置です」


「必要なら、何をしてもいいんですか」


「いいえ」


「じゃあ、誰が止めるんですか」


 日向は答えなかった。


 透真は、そこから目を逸らさなかった。


「佐伯さんが線を引いた。カナタさんが契約しなかった。リアさんが自分で配信を止めた。セイラさんの相談者が、セイラさんを選んだ。神楽坂さんは、何かを証言しようとして止められた」


 透真は端末を握る。


「その全部を、危険だからって整理していくなら、七曜会は浪華色街と違う形で人を商品にします」


 水城の目が少し動いた。


「商品ではありません」


「管理対象?」


「危機要素です」


「同じです」


 透真の声は震えていた。


 怒りだけではない。


 怖いのだ。


 七曜会が正しいことが。


 自分が七曜会の言う通りにした方が、被害が減る可能性があることが。


 透明鑑定を七曜会へ渡せば、次の誘拐を止められるかもしれない。


 ロロの接近も読めるかもしれない。


 アルカディア・ゲート残党の動きも早く掴めるかもしれない。


 それは魅力的だった。


 だが、その情報を渡した瞬間、誰かの選択が先に整理される可能性がある。


 相原ユウは保護対象になる。

 白峰リアは高影響情報源になる。

 九条セイラは危機ネットワーク形成者になる。

 御影カナタは契約干渉リスクになる。

 神楽坂レイジは社会不安増幅要素になる。


 人の名前が、リスク分類へ変わる。


 透真は、それを見たくなかった。


 その時、紫の女性が口を開いた。


「月守ユエです」


 初めて、彼女が名乗った。


 声は柔らかい。


 だが、耳に入った瞬間、記憶の奥へ沈むような声だった。


「七曜会の月を担当しています」


「紫、ですか」


 透真が言うと、ユエは少しだけ笑った。


「やっぱり見えるんですね」


 透真の鑑定が表示を吐く。


 対象:月守ユエ

 嘘:眠そうにしている

 危険:記憶領域への接続

 祈り:悪夢を記録として終わらせたい

 色相:紫

 備考:高位紫能力者。夢、記憶、願望の境界を操作可能


 祈りが見えた瞬間、透真は言葉を失った。


 悪夢を記録として終わらせたい。


 それは、ナギとは違う祈りだった。


 ナギは、人間に必要とされたいと祈っていた。


 ユエは、悪夢を終わらせたいと祈っている。


 救いたいのか。


 閉じたいのか。


 その境界は、まだ分からない。


「黒瀬さん」


 ユエは言った。


「あなた、紫の部屋に入ったことがありますね」


 透真の肩が揺れる。


 ナギ。


 S級ダンジョン。


 優しい嘘の世界。


 妹が生きている世界。


 戻らなくてもいい世界。


「……あります」


「そこから戻った」


「はい」


「戻る道を、誰かと契約して残した」


 透真は警戒する。


「どこまで知っているんですか」


「記録としては、少し。夢の匂いとしては、もう少し」


 ユエの足元に、紫の薄い月が浮かんだ。


 廊下が遠くなる。


 職員の声が霞む。


 壁の白が夜のように沈む。


 透真の視界が、ゆっくりと別の場所へ重なっていく。


 廊下でありながら、廊下ではない。


 記録室。


 夢の中のような、静かな書庫。


 棚には、透真の記憶が並んでいる。


 配信禁止区域。

 リアの背中。

 セイラの裁判。

 ミナトの笑顔。

 カナタの契約剣。

 神楽坂の証言。

 澪の墓。

 ナギの休息街区。

 浪華色街。

 相原ユウの震える声。


 透真は息を呑む。


「これは」


「紫《月下記録廊》」


 ユエは言った。


「対象の記憶を、本人が壊れない形で廊下に並べます。奪うための能力ではありません」


「奪わないんですか」


「奪えます」


 ユエは、あっさり言った。


「でも、今はしない」


「信用しろと?」


「しなくていいです。紫は信用されにくい色なので」


 ユエの声は穏やかだった。


「黒瀬さん。七曜会があなたを必要としている理由は、日向くんや水城くんが言った通りです。でも、私が来た理由は少し違います」


「何ですか」


「あなたが壊れる前に、どこで止まるかを見に来ました」


 透真は、棚に並ぶ記憶を見る。


 どれも、痛い。


 見たくないものもある。


 けれど、隠してはいけないものばかりだった。


「透明は、記録を抱えすぎます」


 ユエは言った。


「嘘、危険、祈り。見えたものを全部覚えて、誰に渡すか考えて、自分が間違えた時の責任まで背負う」


「それは」


「必要なことです。でも、続ければ壊れます」


 ユエは、透真の記憶棚の一つに触れた。


 相原ユウの記憶。


 「俺、またどこかに連れていかれるんですか」


 あの声が、書庫の中で小さく響く。


 透真の胸が痛んだ。


「あなたは、相原ユウを守りたい」


「はい」


「白峰リアも、九条セイラも、御影カナタも、神楽坂レイジも、佐伯ユズルも。できれば全部守りたい」


「全部は無理です」


「分かっている」


「でも、見捨てたくない」


「それも分かっている」


 ユエは静かに言った。


「だから七曜会は、あなたを欲しがる」


 透真は、ユエを見る。


「欲しがる?」


「あなたは、自分からは人を見捨てにくい。必要だと言われれば、見たものを渡す。誰かが危ないと言われれば、協力したくなる。あなたの透明は、無色ではなく、全部の色に引っ張られる透明です」


 言葉が刺さった。


 透真は反論できなかった。


 その通りだった。


 見える。


 危険が見える。


 祈りが見える。


 助けてほしいという声が、表示になる。


 それを見てしまったら、無視できない。


 だから動く。


 だから巻き込まれる。


 だから、七曜会にとって都合がいい。


「月守さんは、俺を止めに来たんですか」


「違います」


 ユエは首を振った。


「日向くんは、あなたを七曜会の管理下に置きたい。水城くんは、あなたの情報共有条件を作りたい。ネムなら、必要になればあなたの影を試すでしょう」


「あなたは?」


「私は、あなたがどの夢なら断れないかを見に来ました」


 透真は寒気を覚えた。


 ユエは、初めて少しだけ申し訳なさそうに笑った。


「紫は嫌な色です」


「本当に」


「はい」


 書庫の奥に、ひとつの扉が現れた。


 その扉の向こうから、懐かしい声がする。


 兄さん。


 透真の心臓が跳ねた。


 黒瀬澪の声。


 あり得ないと分かっている。


 ナギの休息街区で、似たものを見た。


 妹が生きている世界。


 透真に何も背負わせない世界。


 あの優しい嘘を、透真は選ばなかった。


 だが、声が聞こえれば、やはり足は止まる。


 ユエは言った。


「七曜会が本気であなたを縛るなら、この扉を使います」


 透真は、扉を見たまま動けない。


「澪さんの記録。あなたが守りたかったもの。あなたが知りたかったもの。管理局にも、七曜会にも、アルカディアにも、その断片があります」


「それを餌にするんですか」


「できます」


 ユエは答えた。


「だから、先に見せました」


 透真は、ゆっくりユエを見る。


「警告ですか」


「半分」


「残り半分は?」


「試験です」


 紫の書庫が静かに揺れる。


「黒瀬透真。あなたは、透明鑑定士として中立ではいられません。七曜会につくか、管理局につくか、仲間につくか、誰にもつかないふりをするか。どれを選んでも、誰かが傷つきます」


 ユエは、澪の扉を指した。


「それでも、その扉を理由に署名するなら、あなたは七曜会の透明になります」


 透真は、拳を握った。


 澪の声がする。


 お兄ちゃん。


 開けたい。


 見たい。


 本当はまだ、知りたい。


 澪が何を見ていたのか。

 何を隠したのか。

 本当に何を祈っていたのか。


 全部知りたい。


 七曜会なら、管理局より深い記録に触れられるかもしれない。


 アルカディアの残党へも近づけるかもしれない。


 その誘惑は、強かった。


 けれど。


 透真は、扉から目を逸らした。


「俺は、澪のために誰かの選択を売りたくない」


 声は震えていた。


 だが、言えた。


「相原さんを保護対象にして、リアさんを高影響情報源にして、セイラさんの財団を危機ネットワークにして、カナタさんの剣を契約リスクにして、神楽坂さんの証言を社会不安にして、その代わりに澪の記録を見せられても」


 透真は息を吸う。


「俺は署名しません」


 紫の書庫が、一瞬だけ静止した。


 ユエは、透真を見つめた。


 それから、少しだけ目を細める。


「強いですね」


「強くないです」


「では、壊れにくい」


「それも分かりません」


「でも、今は断れた」


 ユエは、澪の扉を閉じた。


 声が消える。


 透真の胸が痛む。


 それでも、消えたことに少しだけ安心した。


 紫の書庫がほどける。


 廊下の白い壁が戻る。


 照明の音。

 職員の足音。

 遠くの医療機器の電子音。


 現実へ戻る。


 透真は、膝が少し震えていることに気づいた。


 日向と水城は、黙って見ていた。


 ユエが何を見せたのか、詳細までは知らないのだろう。


 だが、結果は分かっている。


 透真は七曜会の透明になることを拒んだ。


 日向が言った。


「黒瀬透真さん」


「はい」


「あなたは、七曜会への管理共有を拒否するのですね」


「はい」


「その場合、あなたは中立ではなくなります」


「最初から中立じゃなかったんだと思います」


 透真は言った。


「見えたものを誰に渡すか選んでいる時点で、俺はもう中立じゃない」


 日向は黙る。


「だから、七曜会には渡しません」


「管理局には?」


「全部は渡しません」


「では、誰に渡す」


 透真は、少しだけ考えた。


 答えは綺麗ではない。


 たぶん矛盾する。


 それでも言うしかなかった。


「その情報で選択肢を奪われる人がいるなら、その人に先に話します」


 水城が目を細める。


「非効率です」


「はい」


「危険です」


「はい」


「対応が遅れます」


「それでも」


 透真は、日向を見る。


「本人の知らないところで、本人の危険度だけが回るのは嫌です」


 日向の白が、静かに揺れた。


 怒りではない。


 だが、納得でもない。


「分かりました」


 日向は言った。


「黒瀬透真。あなたを七曜会の観測対象に指定します」


 端末が震える。


 透真の画面に、新しい通知が届いた。


【七曜会危機対応記録】

【対象:黒瀬透真】

【色相:透明】

【分類:未確保観測対象】

【評価:中立性なし】

【対応:監視強化】


 透真は、画面を見つめた。


 中立性なし。


 その文字が、妙に胸に落ちた。


 自分は中立ではない。


 透明だから、どこにも属さないのではない。


 透明だから、何を通すか選ばなければならない。


 それが、透真の立つ場所だった。


 ユエが静かに言う。


「日向くん」


「何ですか」


「強制接続はおすすめしません」


「理由は」


「壊れます。透明ではなく、別のものになります」


「別のもの?」


 ユエは透真を見る。


「透明が濁ると、たぶん誰にも読めなくなる」


 その言葉に、水城がわずかに反応した。


 日向も、透真を見た。


 透真自身にも意味は分からなかった。


 ただ、不吉な言葉だった。


「月守さん」


 透真が言う。


「はい」


「あなたは、七曜会なんですか」


「はい」


「それでも、今のは警告ですか」


「はい」


「なぜ」


 ユエは少しだけ笑った。


 眠そうで、遠い笑顔だった。


「紫は、悪夢を終わらせるためにあります」


 それだけ言って、ユエは背を向けた。


 日向も、水城も去っていく。


 廊下に残された透真は、端末を握ったまま立っていた。


 背中が痛む。


 膝も少し震えている。


 だが、今は座りたくなかった。


 中立性なし。


 その表示を、もう一度見る。


 怖い。


 七曜会に観測対象として指定された。


 神楽坂への通信は止められたまま。


 相原ユウはまだ完全には回復していない。


 リアも、セイラも、カナタも、それぞれの場所で圧力を受けている。


 それでも、透真は一つだけ分かった。


 見えるだけでは、もう足りない。


 誰に渡すかを、選ばなければならない。


 その選択から逃げることは、もうできない。


 透明は、無色ではない。


 透明は、通すものを選ぶ。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、七曜会が透真を「透明」として狩りに来る回でした。


七曜会は、透真の戦闘力ではなく、見たものを誰に渡すか選べる立場を危険視しています。

透明鑑定は、ただの観察ではなく、情報の流れを変える力でもあるからです。


そして今回は、月守ユエを登場させました。

ユエは七曜会の月であり、珍しい紫の高位能力者です。


ナギの紫が「休ませる紫」なら、ユエの紫は「記録し、閉じる紫」。

彼女は透真の記憶に触れ、七曜会が本気になれば澪の記録すら餌にできることを示しました。


それでも透真は、七曜会の透明になることを拒みました。


中立ではいられない。

けれど、誰かの選択を奪うために見たものを渡したくない。


透明の立ち位置が、ここで初めて明確に変わります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ