表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
82/96

第82話 七曜会、参戦

 日向アキラは、正しさを疑ったことがない。


 少なくとも、自分の正しさを信じて動けなければ、人は救えないと思っている。


 迷いながら剣を振れば、間に合わない。

 疑いながら命令を出せば、誰かが死ぬ。

 責任を恐れて立ち止まれば、その時間にも被害は広がる。


 だから、日向は決めている。


 必要な時に、必要な場所へ行く。


 救うべき者を救う。


 止めるべき者を止める。


 そして、危険な者を保護する。


 たとえ本人がそれを望まなくても。


 浪華色街の外。


 古びた劇場の裏口へ続く細い通路で、日向アキラは黒瀬透真たちを待っていた。


 白い上着。

 乱れのない姿勢。

 年齢は若い。


 だが、その場にいる誰よりも、彼は自然に中心へ立っていた。


 背後には数人の隊員。


 非公式国家戦力、七曜会。


 表向きには、存在しないことになっている部隊。


 けれど、探索者社会の深い場所にいる者なら、その名前を知らないはずがない。


 日向アキラは、その中心にいる。


 白の色相。


 正義。

 信頼。

 証明。

 共鳴。


 ただし、そこに温かさだけがあるとは限らない。


 白は、眩しすぎれば目を焼く。


「国家管理外で色相戦を起こした」


 日向は言った。


 声は静かだった。


 怒鳴っていない。

 威圧していない。

 だが、逆らいづらい重さがあった。


「説明してもらおうか」


 黒瀬透真は、相原ユウを支えたまま日向を見た。


 背中を痛め、呼吸も浅い。


 それでも、相原を離そうとはしない。


 鴉羽ミナトは一歩横へずれた。


 逃げ道を見る動きだった。


 日向は、それを見逃さない。


「鴉羽ミナト」


「名前を覚えてもらってて光栄だね」


 ミナトは軽く笑った。


「サインいる?」


「あなたには、違法情報市場への接触、賭け金流への干渉、浪華色街内部契約への不正アクセスの疑いがある」


「疑いじゃなくて、だいたい事実だよ」


「認めるのか」


「否認して時間を使うほど、今は暇じゃない」


 ミナトの声は軽い。


 だが、目だけは笑っていない。


 相原ユウは、透真の腕の中で小さく震えていた。


 体の痛み。

 恐怖。

 疲労。

 そして、ようやく地下闘技場から出た直後に、別の集団に囲まれた絶望。


 それらが、一度に押し寄せている。


 バグ丸は、相原の横で固まっていた。


「なあ、これ助かったんちゃうの? 助かった後にまた捕まる流れなん? ワシの運命、どうなってんねん」


 論田マコトが眼鏡を直す。


「状況としては、浪華色街からの脱出直後に、国家系戦力による身柄確保が発生しています」


「言い方!」


「最悪です」


「もっと嫌や!」


 桃瀬ハナは、相原たちの少し後ろに立っている。


 拳は下ろしていない。


 だが、構えもしていない。


 彼女の端末には、まだミユの債務警告が残っている。


 浪華色街から逃げたわけではない。


 完全に裏切ったわけでもない。


 だが、少なくとも相原を運営に引き渡さなかった。


 それだけで、彼女の立場はもう危うい。


 日向は全員を一度見た。


 黒瀬透真。


 透明。


 国家管理外で色相構造を観測できる鑑定士。


 相原ユウ。


 未成熟な翠。


 失敗を二度目の手順へ変える可能性。


 鴉羽ミナト。


 黒。


 情報を隠し、流し、場の認識を変える者。


 バグ丸。


 翠黒。


 制御不能の事故要因。


 論田マコト。


 蒼透。


 規約と矛盾を武器にする少年。


 桃瀬ハナ。


 紅翠。


 浪華色街所属の人気選手。


 どれも、危険だ。


 悪人かどうかではない。


 危険かどうかで言えば、全員が危険だった。


 そして、危険な者を放置すれば、もっと大きな被害が出る。


 日向の判断は、最初から決まっている。


「黒瀬透真、相原ユウ、鴉羽ミナト。この三名は、七曜会の管理下で一時保護する」


 透真の表情が変わった。


「保護?」


「そうだ」


「相原さんは、今さら保護って言葉で連れていかれる状態じゃありません。誘拐されて、闇試合に出されて、やっと外に出たところです」


「だから保護する」


 日向の答えは早い。


「浪華色街はまだ壊滅していない。難波ジャックも健在。ロロも捕捉できていない。あなた方を放置すれば、再接触、再誘拐、再利用の危険がある」


「それは分かります。でも、本人の意思は」


「聞く」


 日向は相原を見た。


「相原ユウ。君は七曜会の保護下に入る意思があるか」


 相原は息を呑んだ。


 聞かれている。


 たしかに、聞かれている。


 浪華色街よりはずっとまともな聞き方だ。


 だが、周囲には七曜会の隊員がいる。


 日向アキラが前に立っている。


 断ったらどうなるのか。


 相原には分からない。


 その時点で、自由な選択ではない。


「俺は……」


 声が詰まる。


 透真が静かに言った。


「相原さん、今すぐ答えなくていいです」


 日向の視線が透真へ向く。


「黒瀬透真。あなたが答えを誘導するのは適切ではない」


「今、相原さんは判断できる状態じゃありません」


「だから保護が必要だ」


「その保護が、本人の意思を潰すなら、浪華色街と何が違うんですか」


 空気が張り詰めた。


 日向の白が、わずかに強くなる。


 眩しい。


 透真の鑑定が、勝手に表示を吐き出す。


 対象:日向アキラ

 嘘:なし

 危険:正しさによる選択権の圧迫

 祈り:被害をこれ以上広げたくない

 色相:白


 嘘はない。


 日向は本気で救おうとしている。


 相原を商品にしようとしているわけではない。

 透真を売ろうとしているわけでもない。

 ミナトを処分しようとしているわけでもない。


 少なくとも、今この場では。


 だが、嘘がないことと、正しいことは同じではない。


 透真は、それをもう知っている。


「あなたに悪意がないのは分かります」


 透真は言った。


「でも、悪意がなければ連れていっていいわけじゃない」


 日向は少しだけ目を細めた。


「あなたは、自分たちの危険度を理解しているのか」


「しています」


「なら、なぜ抵抗する」


「危険だからといって、誰かの管理物になる理由にはならないからです」


 ミナトが、横で小さく笑った。


「いいこと言うね、黒瀬くん」


「茶化さないでください」


「茶化してないよ。今のは本当にいい」


 日向はミナトを見た。


「鴉羽ミナト。あなたについては、保護ではなく事情聴取の必要がある」


「だろうね」


「管理局の正式手続きとは別に、七曜会として身柄を預かる」


「それ、かなり危ない言い方だけど大丈夫?」


「危険な言い方を避けて、危険を放置するつもりはない」


 日向は一歩前へ出た。


 白の圧が増す。


 相原が小さく後ずさる。


 ハナが反射的に相原の前へ出かけた。


 だが、その端末が赤く震える。


 浪華色街の契約が、まだ彼女を縛っている。


 ハナは唇を噛む。


 日向は彼女を見た。


「桃瀬ハナ。あなたは浪華色街所属の契約選手だな」


「はい」


「未登録者の保護を主張する前に、自分の契約状況を整理する必要がある」


「分かっています」


「あなたも事情聴取対象だ」


 ハナは静かに笑った。


「今日は、どこに行っても事情聴取ですね」


「冗談ではない」


「はい。冗談じゃないです」


 その声は、少しだけ疲れていた。


 バグ丸が小さく手を上げる。


「あの、ワシは?」


 日向はバグ丸を見る。


「あなたも対象だ」


「なんで!?」


「浪華色街内部関係者であり、制御不能な色相事故を起こしている」


「起こしたくて起こしてるんちゃうねんって!」


「だから危険だ」


「理屈が強い!」


 マコトが言う。


「僕は?」


「論田マコト。あなたは未成年であり、浪華色街に単独潜入していた。保護対象だ」


「僕の場合は保護ですか」


「そうだ」


「兄の件を再調査する気はありますか」


 日向は黙った。


 マコトの目が冷える。


「そこに即答しないんですね」


「再調査の可否は、資料確認後に判断する」


「便利な言葉です」


「必要な言葉だ」


「そうですか」


 マコトはそれ以上言わなかった。


 だが、その沈黙は納得ではない。


 透真には分かった。


 この場にいる全員が、少しずつ七曜会を信用していない。


 それは、七曜会が悪だからではない。


 正しすぎるからだ。


 正しすぎる力は、弱い者に確認する前に道を決める。


 日向アキラは、まさにそういう人間だった。


 ミナトの端末が震える。


 彼は画面をちらりと見て、口元の笑みを消した。


「黒瀬くん」


「何ですか」


「白峰リアと九条セイラにも圧が行ってる」


 透真の顔が変わる。


「どういうことですか」


「七曜会名義で接触。白峰リアには、色相関連の配信・発信の自粛要請。九条セイラの財団には、相原ユウ関連支援の一時停止要請」


 日向は否定しなかった。


 透真は日向を見る。


「今ここにいない人まで?」


「必要な措置だ」


「リアさんは何もしていません」


「白峰リアは紅白の影響力を持つ。彼女が今夜の件を発信すれば、浪華色街とロロ、透明、翠の情報が一気に拡散する」


「だから止める?」


「そうだ」


「セイラさんは?」


「九条財団が相原ユウの保護支援に動けば、九条家、浪華色街、管理局、七曜会の間で所有権と保護権の衝突が起きる。今は混乱を増やせない」


 透真は言葉を失いかけた。


 正しい。


 全部、正しい。


 リアが配信すれば、被害が広がるかもしれない。

 セイラが財団を動かせば、所有権の争いになるかもしれない。

 相原の情報が外へ出れば、さらに狙われるかもしれない。


 日向は間違ったことを言っていない。


 だが、その正しさの中に、相原ユウ本人の意思がほとんどない。


 リアの判断もない。

 セイラの判断もない。


 先に危険を定義し、先に止める。


 それが七曜会のやり方なのだと、透真は理解した。


「日向さん」


 相原が、かすれた声で言った。


 全員の視線が向く。


 相原は震えている。


 それでも、透真の腕から少しだけ離れ、自分の足で立とうとした。


「俺は……今、どこかに連れていかれるの、怖いです」


 日向は黙って聞いている。


「でも、また浪華色街に戻されるのも怖いです」


「なら、七曜会の保護が最も安全だ」


「安全かもしれません」


 相原は言った。


「でも、俺は今、自分で決めた感じが全然しません」


 日向の表情が、ほんの少しだけ動いた。


「さっきも、試合に出たいなんて言ってないのに、出されました。商品にされました。今度は保護って言われて、また連れていかれるのが怖いです」


 相原の声は震えている。


 けれど、止まらない。


「俺、弱いです。自分で決めるのも遅いです。でも、せめて、今すぐ決めろって言わないでください」


 通路が静かになった。


 バグ丸が、珍しく何も言わなかった。


 マコトは相原を見ている。


 ハナは少しだけ目を伏せた。


 透真は、相原の横に立った。


「相原さんは、今そう言いました」


 日向は透真を見る。


「聞こえている」


「なら、今は拘束しないでください」


「それはできない」


 日向の答えは、また早かった。


 相原の顔が強張る。


 日向は続ける。


「ただし、即時移送はしない。医療処置と安全確保を優先する。その上で、本人確認と意思確認を行う」


 ミナトが肩をすくめる。


「半歩譲歩ってところかな」


 日向はミナトを見た。


「あなたは別だ」


「やっぱり?」


「逃走の恐れがある」


「あるね」


「認めるな」


「嘘つくと黒瀬くんに見られるから」


 透真は何も言わなかった。


 日向が右手を少し上げる。


 背後の隊員が動く。


 その瞬間、空気が変わった。


 黒。


 ほんの一瞬。


 通路の端の影が揺れた。


 透真は反射的に相原の方を見た。


 相原の足元。


 街灯の薄い光で伸びた影。


 その影の中に、何かがいる。


 黒い。


 薄い。


 呼吸すら感じない。


 透真の鑑定が、警告を吐いた。


 対象:相原ユウの影

 嘘:影である

 危険:接触即時殺傷

 祈り:命令を終わらせる

 色相:黒


「相原さん!」


 透真が叫んだ。


 その声に、日向の目が動く。


 相原の影から、細い刃が伸びた。


 首元へ。


 速い。


 誰も反応できない。


 いや、一人だけ動いた。


 バグ丸が、なぜかくしゃみをした。


「へぶっ!」


 その勢いで、彼は足元の小石につまずき、相原へ体当たりした。


「うわっ」


 相原の体が横へずれる。


 黒い刃が、相原の首の横を掠めた。


 皮膚が薄く切れる。


 血が一筋流れる。


 殺すには浅い。


 だが、当たっていれば首を裂いていた。


 日向の白が一気に強まった。


「ネム」


 低い声。


 影の中から、小柄な人影が半分だけ現れる。


 黒い服。

 静かな目。

 性別も年齢も掴みにくい。


 七曜会の黒。


 土岐ネム。


 ネムは感情の薄い声で言った。


「翠は、育つ前に摘むべきです」


 相原の顔から血の気が引く。


 透真は相原を抱えるように庇った。


 日向が、初めて明確に怒った顔をした。


「命令していない」


「判断しました」


「下がれ」


「ですが」


「下がれ」


 白が黒を押す。


 ネムの姿が、影の中で揺らぐ。


 その目が、一瞬だけバグ丸へ向いた。


 バグ丸は震えながら、自分を指差す。


「ワシ?」


 ネムは静かに言った。


「今の事故は、計算外でした」


「ワシもや!」


 ネムの目が細くなる。


「あなたの方が、相原ユウより不確定かもしれません」


「急に評価せんといて! 怖いから!」


 ネムは影へ沈む。


 完全には消えない。


 近くにいる。


 透真には分かった。


 日向は相原を見る。


 そして、短く言った。


「医療班。相原ユウを保護する。ただし、拘束具は使うな」


 隊員が動く。


 相原は震えていた。


 首の傷は浅い。


 しかし、今の一撃で分かった。


 七曜会の中にも、相原を守るべき対象ではなく、危険な芽として見る者がいる。


 日向は敵ではない。


 だが、七曜会は一枚岩ではない。


 透真は、相原の肩に手を置いた。


「相原さん」


「……はい」


「今のこと、忘れないでください」


 相原は小さく頷いた。


 一度目。


 影から刃が来た。


 バグ丸の事故で、避けた。


 相原は震えながら、自分の足元の影を見た。


 二度目があるなら。


 次は、影を見る。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


七曜会が本格的に接触してきました。


日向アキラは悪意で動いているわけではありません。

むしろ、彼は本気で被害を止めようとしています。


ただ、その正しさは時に、本人の選択よりも先に進んでしまう。

相原にとっては、浪華色街の次に現れた新しい圧力でもあります。


そして最後に、七曜会の黒が動きました。


次回も読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ