第8話 白峰リアの謝罪配信
管理局での事情聴取が終わったのは、昼を少し過ぎた頃だった。
終わった、と言っても、気分的には何も終わっていない。
昨日の配信禁止区域事件について、俺は同じ説明を何度も繰り返した。
なぜ禁止区域へ入ったのか。
なぜ白峰リアの危険に気づいたのか。
なぜコメント欄に書き込んだのか。
高木ユウマの端末について何を見たのか。
瀬尾リクトの偽装負傷をどう判断したのか。
三枝ナツメのカメラワークをなぜ怪しいと思ったのか。
そのたびに、俺は答えた。
見えたから。
ただし、本当に見えたものの全部は言わなかった。
嘘、危険、予定された事故。
そんな表示が鑑定に出たことを正直に話せば、俺は管理局にとって便利な道具になる。
いや、もうなりかけている。
佐伯ユズルは、俺の向かいで淡々と資料を整理していた。
「今日はここまでにしましょう」
「やっとですか」
「不満そうですね」
「足が痛いので」
「軽度捻挫でも、長時間座っていると響きますからね」
「分かってるなら早めに終わらせてください」
「必要な確認でした」
悪びれない。
この人はたぶん、謝る時も必要なら謝るし、必要ないと思えば一切謝らない。
嫌なタイプだ。
俺は松葉杖を取って立ち上がった。
「帰っていいんですよね」
「はい。ただし、自宅前に記者が残っている可能性があります。管理局の車で送ります」
「また監視つきですか」
「保護つきです」
「言い方の問題では」
「大事ですよ、言い方は」
それはそうかもしれない。
昨日から、言い方と見せ方だけで人が追い詰められていくのを散々見た。
俺が返事をしないでいると、佐伯は机の上のタブレットを操作した。
「それと、白峰リアさんが本日十八時に謝罪配信を行います」
「……今日やるんですか」
「早いですね」
「止めないんですか、管理局は」
「止める権限はありません。事件捜査に支障のある情報を出さないよう、事前確認はしています」
「本人の状態は?」
「命に別状はありません。肩の傷も軽傷。ただ、所属事務所からは当面の活動制限が出るようです」
当面の活動制限。
つまり、謹慎に近い扱いか。
リアは自分から危険区域に入った。
裏切りに気づきながら配信を続けた。
証拠を取ろうとして、結果的に事態を悪化させた。
高木たちが悪いのは間違いない。
でも、リアにも非はある。
それを世間がどう扱うかは、もう俺には分からない。
「見た方がいいですか」
俺が聞くと、佐伯は少しだけ考えた。
「見ない方が精神衛生上はいいでしょうね」
「じゃあ、見た方がいいってことですね」
「そういう判断をする人だと思っていました」
「嫌な評価ですね」
「観察結果です」
佐伯はタブレットを閉じた。
「彼女が何を話すかで、昨夜の事件の世論はかなり動きます。そして君の名前が出る可能性もあります」
「出さないでほしいんですけど」
「それを私に言われても」
「管理局から止められないんですか」
「事件捜査に支障がなければ、個人の発言までは止められません」
「役所っぽいですね」
「役所ですから」
俺はため息をついた。
部屋を出る直前、佐伯が言った。
「黒瀬さん」
「はい」
「謝罪配信は、謝れば終わる場所ではありません」
俺は振り返った。
佐伯はいつもの穏やかな表情のままだった。
「謝り方を間違えれば燃えます。正直に言いすぎても燃えます。隠しても燃えます。彼女は今夜、また別のダンジョンに入るようなものです」
「配信が、ですか」
「はい」
佐伯は淡々と言った。
「昨日は魔物がいました。今日はいません。だから、余計に危ない」
返す言葉がなかった。
管理局の車で自宅まで送られる間、俺は端末を開かなかった。
開けば、また自分の名前を見る気がしたからだ。
それでも、家に着く頃には通知が増えていた。
マンションの前には、朝ほどではないが人影があった。
管理局の職員が先に降りて確認し、俺は裏口から部屋へ戻された。
まるで芸能人だ。
ただし、全く嬉しくない。
部屋に入ると、空気がこもっていた。
朝、慌てて出た時のまま、カーテンは閉まっている。
俺は松葉杖を壁に立てかけ、ベッドに腰を下ろした。
時刻は十七時半。
謝罪配信まで、あと三十分。
見ない方がいい。
そう思う。
でも、見なければならないとも思う。
昨日の配信で、俺はリアの言葉を利用した。
全員で出る。
その言葉を成立させるために、瀬尾を動かし、三枝に映像を残させ、高木を生かした。
だから、今夜のリアが何を言うのかを見届ける責任くらいはある気がした。
俺は端末を机に置き、配信ページを開いた。
白峰リア公式チャンネル。
待機画面には、すでに大量のコメントが流れている。
『リアちゃん大丈夫?』
『無理しないで』
『ちゃんと説明してほしい』
『禁止区域に入ったのは擁護できない』
『高木たち許せない』
『黒瀬さんの話出るかな』
『今日は荒れそう』
『謝罪配信でコメント欄開けるの勇気ありすぎ』
同時接続者数は、すでに昨日の通常配信を大きく超えていた。
謝罪を見に来ている人。
心配している人。
叩きたい人。
面白がっている人。
事件の続報を待っている人。
たぶん全部いる。
十八時ちょうど。
配信が始まった。
画面に映ったリアは、昨日とは違う服を着ていた。
白いブラウスに、黒いカーディガン。
肩のあたりは布で隠れているが、少し動かしづらそうに見える。
メイクは薄い。
髪も派手には整えていない。
いつもの明るいオープニングはなかった。
リアは画面の前で深く頭を下げた。
「昨日の配信について、ご心配とご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
コメント欄の流れが速くなる。
『リアちゃん……』
『謝れてえらい』
『まず禁止区域の説明して』
『無事でよかった』
『高木たちの件は?』
『ちゃんと聞く』
リアは頭を上げた。
いつもの配信の笑顔はない。
「まず、私が配信禁止区域に入ったことは事実です。管理局の許可を取っていませんでした。そこに言い訳はありません」
はっきり言った。
コメント欄が揺れる。
『そこ認めた』
『無許可はアウト』
『ちゃんと言ったな』
『処分は受けるべき』
『でも生きててよかった』
リアは続ける。
「高木くん、瀬尾くん、三枝さんの行動については、管理局の調査が進んでいます。私から今ここで、捜査に関わる詳しい話はできません」
声は落ち着いている。
だが、指先が少しだけ震えているのが見えた。
「ただ、私は事前に、高木くんたちの動きがおかしいことに気づいていました。だから、証拠を取ろうとして、配信を続けました」
コメント欄がまた跳ねる。
『やっぱ気づいてたんだ』
『危なすぎる』
『それは判断ミス』
『証拠取りたいのは分かるけど』
『事務所は止めなかったの?』
『リアちゃん一人で抱えてた?』
「正直に言うと、話題になるとも思っていました」
その一言で、コメントの流れが変わった。
『え』
『そこまで言う?』
『話題になると思ってたのはちょっと……』
『正直だけどきつい』
『やっぱ数字目的もあったんだ』
『でも隠さないのは偉い』
俺は息を止めていた。
そこまで言うのか。
リアは目を逸らさなかった。
「裏切りの証拠を配信で取れたら、私の正しさを証明できる。数字も伸びる。相手にも反撃できる。そう思いました」
昨日、俺に言ったことと同じだ。
証拠と、数字。
彼女はそれを隠さなかった。
「でも、その判断で、私は自分だけじゃなく、周りの人も危険に巻き込みました。見ていた人たちにも、不安や混乱を与えました。これは私の責任です」
コメント欄が荒れる。
『認めたのはいい』
『でもやっぱ危険配信じゃん』
『リアちゃんだけ責めるのおかしくない?』
『高木たちが悪いのは前提』
『数字目当てはきつい』
『正直すぎて逆に心配』
正直に言いすぎても燃える。
佐伯の言葉を思い出す。
謝罪配信は、謝れば終わる場所ではない。
リアは一度、短く息を吸った。
「それから、昨日の配信で私を助けてくれた人についても話します」
嫌な予感がした。
俺は画面を見つめる。
「黒瀬さん」
名前が出た。
コメント欄が一気に加速する。
『きた』
『黒瀬さん』
『Fランク鑑定士』
『あの人何者?』
『リアちゃんと知り合い?』
『助けてくれた人だよね』
『コメント操作してた人?』
リアは続けた。
「黒瀬さんとは、昨日の配信前まで面識はありません。私のスタッフでもありません。私が呼んだわけでもありません」
まずそこを切った。
俺とリアが事前に組んでいた、という疑惑への対処だ。
「彼は、配信禁止区域に入ってきました。それ自体は、正しい行動ではなかったと思います。でも、彼が来なければ、私は高木くんの動きにも、瀬尾くんの偽装にも、三枝さんのカメラにも、あの場で対応できなかったかもしれません」
胸の奥がざわつく。
やめてくれ。
そう思った。
持ち上げないでくれ。
俺はそんな人間じゃない。
「私は黒瀬さんを利用しました」
リアは言った。
コメント欄が一瞬、止まったように見えた。
「彼が見えているものを利用したし、彼の言葉でコメント欄が動くことも利用しました。あの場で私は、助けられているのに、彼を都合よく使っていました」
画面の中のリアは、少しだけ唇を噛んだ。
「それでも、助けられたことは事実です」
俺は動けなかった。
「黒瀬さん、見てるか分からないけど」
見ている。
見てしまっている。
「ありがとうございました。それと、ごめんなさい」
リアは、もう一度頭を下げた。
コメント欄は混乱していた。
『黒瀬さん見てる?』
『利用したって言えるのすごい』
『謝る相手そこなんだ』
『黒瀬さんも無断侵入ではある』
『でも助けたのは事実』
『この二人、変な関係だな』
『黒瀬さんコメントしないの?』
するわけがない。
俺は端末から少し離れた。
心臓がうるさい。
リアの謝罪は、俺を守る言い方でもあった。
俺とリアが事前に組んでいたわけではない。
俺はスタッフではない。
彼女が俺を呼んだわけでもない。
同時に、俺に責任が全くないとも言っていない。
無断侵入は正しくない。
コメント欄を動かしたことも、簡単に美談にはしていない。
都合よく庇うわけでも、切り捨てるわけでもない。
たぶん、かなり考えた言葉だ。
それでも、名前が出た以上、俺の通知はまた増える。
俺は端末を伏せたくなった。
だが、リアの配信はまだ続いている。
「今後についてですが、私はしばらく配信活動を休止します。管理局の調査と、事務所の処分に従います」
コメント欄に悲鳴のような文字が流れる。
『休止か』
『仕方ない』
『戻ってきて』
『ちゃんと反省して戻ってきて』
『無期限?』
『リアちゃん待ってる』
「戻れるかどうかは、今は分かりません。でも、もし戻るなら、危険を面白さにするだけの配信はやめます」
その言葉は、静かだった。
「昨日、私は全員で出ると言いました。格好つけた言葉でした。でも本当は、言った後に怖くなりました。全員なんて無理かもしれないと思いました」
リアは少しだけ笑った。
昨日のような、カメラ用の笑顔ではなかった。
「でも、言ったからにはやるしかなくなりました。黒瀬さんにも、コメント欄にも、たくさん助けられました。だから私は、あの言葉を嘘にしないで済みました」
コメント欄の流れが少し緩む。
『全員で出た』
『あれは本当にすごかった』
『嘘にしないで済んだって言い方いいな』
『無理してたんだな』
『戻ってきてほしい』
「昨日の私は、たぶん配信者としても探索者としても、間違えました」
リアはまっすぐ画面を見た。
「でも、間違えた後にどうするかは、これから決めます」
その言葉で、配信は終わった。
終了画面に切り替わる。
俺はしばらく、真っ暗になった画面を見ていた。
通知が鳴る。
一件、二件、三件。
見る前から分かる。
また俺の名前が出回っている。
それでも、俺はしばらく動かなかった。
リアは謝った。
認めた。
隠さなかった。
それで許されるかどうかは分からない。
たぶん許さない人も多い。
これからいくらでも切り抜かれる。
話題になると思っていました。
その一言だけが切り取られて燃えるかもしれない。
黒瀬さんを利用しました、という部分だけが変な方向に広がるかもしれない。
危険を面白さにするだけの配信はやめます、という言葉も、きれいごとだと叩かれるかもしれない。
でも少なくとも、俺は画面の向こうで頭を下げた彼女を見た。
昨日と同じように、見てしまった。
なら、なかったことにはできない。
端末がまた震えた。
佐伯からだった。
<<見ましたか。>>
俺は少し迷ってから返信する。
<<見ました。>>
すぐに返ってきた。
<<彼女はしばらく表には出にくくなります。
その分、君への接触が増える可能性があります。注意してください。>>
嫌な予測だった。
俺は返信する。
<<名前出されましたしね。>>
佐伯からの返事。
<<それでも、彼女は君を盾にしなかった。
そこは評価していいと思います。>>
佐伯が人を評価する言い方をするのは、少し意外だった。
さらにもう一件、メッセージが届く。
<<それと、今日の配信で出たスポンサー企業名を確認しました。
高木たちに資金を流していた可能性があります。>>
俺は眉をひそめた。
<<どこですか。>>
少し間が空いた。
そして、佐伯から短い返信が来る。
<<アルカディア・ゲートと取引のある企業です。>>
アルカディア・ゲート。
初めて聞く名前のはずなのに、妙に嫌な響きがした。
続けて、佐伯が送ってくる。
<<まだ直接関与は不明です。
ただし、君の妹の事故資料にも、関連企業として似た名前が出ています。>>
息が止まった。
澪の事故資料。
アルカディア・ゲート。
昨日の配信事件。
頭の中で、まだ細い線が一本つながる。
確かな証拠ではない。
たぶん佐伯ならそう言う。
でも、俺にはもう十分だった。
端末を握る手に力が入る。
その時、別の通知が表示された。
差出人不明。
本文は短い。
<<嘘を見る子は、嘘に近づきすぎない方がいい。>>
俺は画面を見つめた。
また、匿名メッセージ。
送信者名はない。
返信ボタンも押せない。
俺は鑑定を使おうとした。
だが、端末の画面には何も表示されない。
嘘も、危険も、本音も。
何も見えなかった。
それが、逆に怖かった。
部屋の中は静かだった。
閉め切ったカーテンの向こうで、街の音が遠く聞こえる。
配信は終わった。
謝罪も終わった。
それでも、何も終わっていない。
俺は端末を伏せ、深く息を吐いた。
もう関わりたくない。
そう思う。
けれど、その言葉が嘘だということも、もう分かっていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は、白峰リアが昨日の事件について自分の言葉で話す回でした。
彼女は被害者でありながら、同時に自分の判断ミスも抱えています。
だからこそ、ただ可哀想な人としてではなく、自分の悪かった部分も認める形にしました。
謝れば全部が許されるわけではありません。
正直に話せば燃えないわけでもありません。
それでも、隠して安全な場所に逃げるよりは、自分の言葉で話す方を選んだ回です。
そして、配信禁止区域事件の背後に別の名前が見え始めました。
次回は、透真のもとにいくつもの依頼が届き始めます。
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