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第9話 Fランク鑑定士への依頼

 翌朝、俺の端末は壊れた目覚まし時計みたいに鳴り続けていた。


 通知。

 通知。

 通知。


 画面を伏せても鳴る。

 布団をかぶっても鳴る。

 通知音を切ればいいだけなのに、なぜかその簡単な操作をする気力すら湧かなかった。


 白峰リアの謝罪配信から一夜。


 昨日の夜、彼女は自分の非を認めた。

 危険を配信に利用しようとしたことも、俺を利用したことも、逃げずに話した。


 その結果、世間が優しくなったかというと、もちろんそんなことはない。


 朝起きて端末を開くと、まず最初に目に入ったのは、こんな見出しだった。


【白峰リア、活動休止へ 危険区域配信で謝罪も「数字目的」発言に批判】


 次。


【Fランク鑑定士・黒瀬透真とは何者か 白峰リアを救った謎の男】


 次。


【黒瀬透真、コメント欄を操作? 配信時代の新たな危険性】


 次。


【リア謝罪配信「黒瀬さんを利用しました」発言にファン騒然】


「……切り取り方、最悪だろ」


 俺はベッドの上で呟いた。


 リアが何を言っても、切り抜かれる。

 俺が何も言わなくても、語られる。


 配信は終わっても、物語は勝手に増えていく。


 俺は端末を投げ出したくなったが、昨日の匿名メッセージを思い出して踏みとどまった。


 嘘を見る子は、嘘に近づきすぎない方がいい。


 あれは誰が送ってきたのか。


 佐伯に転送したが、まだ返事はない。

 送信元は偽装されていたらしく、すぐには追えないらしい。


 俺はベッドから起き上がった。


 左足首はまだ少し痛む。

 管理局でもらった固定具をつけているので歩けないことはないが、無理はできない。


 今日は大学の講義があった。

 だが、どう考えても行ける状態ではなかった。


 外には記者がいるかもしれない。

 大学へ行けば、誰かに声をかけられるかもしれない。

 そもそも足が痛い。


 俺は大学のポータルを開き、欠席連絡を入れた。


 理由欄で手が止まる。


 体調不良。


 嘘ではない。

 精神的にはかなり不良だ。


 送信。


 その瞬間、また端末に通知が来た。


 今度はSNSではなく、探索者資格者用の連絡アプリだった。


 探索者同士の仕事依頼、パーティー募集、装備売買、管理局からのお知らせなどが届くアプリ。

 俺は普段、清掃バイトのシフト確認くらいにしか使っていない。


 未読件数。


 四十七。


「……は?」


 目を疑った。


 普段は一週間に一件来るかどうかだ。

 低ランク探索者向けの雑用か、怪しい装備販売くらいしかない。


 俺は恐る恐る開いた。


 依頼一覧に、知らない名前がずらっと並んでいた。


【相談希望】パーティーメンバーの発言が信用できません

【鑑定依頼】ギルド契約書に不審な条項がないか確認してほしい

【緊急】配信事故のログを見てほしい

【調査相談】探索中の同行者が嘘をついている気がします

【個人依頼】黒瀬さんにだけ相談したいです

【謝礼あり】装備レンタル契約の確認

【至急】昨日の配信みたいに、うちのパーティーも怪しいです


 俺はしばらく画面を見つめた。


 見なかったことにしたかった。


 昨日まで、俺に依頼なんて来なかった。

 Fランク鑑定士。

 戦えない。

 清掃バイト。


 それが一夜でこれだ。


 白峰リアの配信に映っただけで、俺は「嘘を見抜ける人間」扱いになっている。


 実際に少し見えるようになってしまったから、余計に質が悪い。


 俺は依頼を一つ開いた。


<<はじめまして。昨日の配信を見ました。

自分はDランク探索者です。最近、パーティーのリーダーが報酬の分配をごまかしている気がします。黒瀬さんなら嘘が分かると思って連絡しました。

直接会って話せませんか。謝礼は出します。>>


 閉じる。


 次。


<<うちのギルドの契約書に不自然な違約金条項があります。普通の鑑定士には断られました。黒瀬さんなら見えるんじゃないかと思い、連絡しました。>>


 閉じる。


 次。


<<昨日のリアちゃんの件、黒瀬さんがいなかったら絶対もっとひどいことになってました。

実は私も配信で事故っぽいことを起こされました。相談したいです。>>


 閉じる。


 全部、重い。


 全部、本当に困っているのかもしれない。


 でも、全部に関われるわけがない。


 俺はFランクだ。

 管理局員でも、探偵でも、弁護士でも、英雄でもない。


 なのに、画面の向こうでは、俺が何かを解決してくれることになっている。


 俺はアプリを閉じようとした。


 その時、一件の依頼が目に入った。


【非公開相談】アルカディア・ゲート関連の件


 指が止まる。


 アルカディア・ゲート。


 昨日、佐伯から聞いた名前。

 リアの事件の背後企業と取引があるという、企業ギルド。


 そして、澪の事故資料にも関連企業として似た名前が出ていると言われた。


 俺は依頼を開いた。


 差出人は匿名。

 ただし、探索者資格者としての認証は通っている。


<<黒瀬透真さんへ。

昨日の配信を見ました。あなたの鑑定が本物なら、アルカディア・ゲートの契約を見てほしい。

あそこは新人を育てるギルドではありません。人を壊れにくい道具にする場所です。

自分はもう抜けられません。

でも、これ以上新人が入る前に、誰かに見てほしい。

返信はしないでください。監視されています。>>


 背筋が冷えた。


 返信はしないでください。


 そう書かれると、余計に返信したくなる。

 だが、指は動かなかった。


 この依頼が本物かどうか分からない。

 罠かもしれない。

 昨日の事件で俺の名前が広がったから、誰かがアルカディアという単語を使って釣っているだけかもしれない。


 それでも、画面から目が離せなかった。


 人を壊れにくい道具にする場所。


 嫌な表現だった。


 俺は依頼文をもう一度読んだ。


 その瞬間、視界の端に表示が浮かんだ。


 対象:依頼文

 嘘:新人を育てるギルド


 息が止まる。


 出た。


 昨日の配信禁止区域以来、消えていた異常な鑑定表示。


 しかも、対象は人間ではない。

 依頼文そのもの。


 俺は思わず端末を机に置いた。


「……何なんだよ、ほんとに」


 普通じゃない。


 自分でも分かる。


 俺の鑑定は、昨日から明らかにおかしい。


 装備や魔物だけを見るスキルだったはずだ。

 なのに今は、文章に含まれた嘘まで拾っている。


 嘘:新人を育てるギルド。


 つまり、この依頼文の中で、そこだけが嘘として引っかかった。

 いや、正確には、アルカディア・ゲートが「新人を育てるギルド」という世間の認識そのものが嘘なのかもしれない。


 分からない。


 分からないが、関わってはいけない感じだけは分かる。


 俺は佐伯にメッセージを送った。


<<アルカディア関連の依頼が来ました。

返信するなと書かれています。>>


 すぐ既読がついた。


 返信。


<<転送してください。返信はしないでください。>>


 俺は依頼文を転送した。


 数十秒後、佐伯から電話が来た。


「早くないですか」


『早い方がいい内容です』


 声がいつもより少しだけ硬い。


 俺は椅子に座り直した。


「本物ですか」


『まだ断定できません』


「出ました、断定できません」


『便利な言葉ですから』


「便利に使わないでください」


『ただ、内容は無視できません』


「アルカディアって、何なんですか」


 佐伯は少し黙った。


 電話越しの沈黙が、やけに重い。


『表向きは、探索者育成と配信支援を行う大手企業ギルドです。新人への装備貸与、訓練施設、案件紹介、スポンサー仲介まで幅広く扱っています』


「表向きは」


『はい』


「裏は?」


『調査中です』


「またそれですか」


『本当に調査中です。ただ、過去にいくつか不自然な事故と契約トラブルがありました。証拠が足りず、行政指導で止まっています』


「そこに、澪の事故も関係してるんですか」


『関連企業名が資料に残っています。直接関与までは不明です』


 直接関与までは不明。


 言い方がずるい。


 でも今の俺には、その一言だけで十分だった。


「この依頼、受けるべきですか」


『受けないでください』


 即答だった。


 意外だった。


「止めるんですか」


『今、君が単独でアルカディアに接触するのは危険すぎます。向こうが本当に監視しているなら、君が返信した時点で依頼者が危ない』


「じゃあどうするんですか」


『管理局側で経路を調べます。君は待機してください』


「待機」


『はい』


「一番苦手なやつです」


『でしょうね』


 なぜ分かる。


 いや、分かりやすいのか。


 俺は端末の画面を見た。

 依頼文はまだそこにある。


 返信はしないでください。

 監視されています。


 その文字が、嫌に生々しい。


「黒瀬さん」


 佐伯の声が少し低くなった。


『君に来ている依頼の大半は、今すぐ対応しないでください』


「全部断るつもりでしたけど」


『それでいいです。君が個人で受ければ、相手も君も危険です。必要なものはこちらで選別します』


「便利な外部協力者扱いですね」


『はい』


「否定しない」


『否定してほしいですか』


「いえ、もういいです」


 俺はため息をついた。


「でも、全部無視していいんですか」


『全部は無理です』


「ですよね」


『その中に、一件だけ、今日中に確認したいものがあります』


 嫌な予感がした。


「アルカディアですか」


『いいえ。別件です』


「別件?」


『探索者裁判に関する相談です』


 俺は眉をひそめた。


「もしかして、昨日見せた九条セイラって人ですか」


『はい』


 やっぱり。


 昨日、佐伯のタブレットにちらっと見えた名前。


 九条セイラ。

 同行探索者の見殺し容疑。

 本人より外部鑑定士の同席希望。


 探索者界隈で、悪役令嬢だの金持ち探索者だのと呼ばれている人物。


「俺、裁判とか無理ですよ」


『まだ裁判そのものではありません。依頼状の確認です』


「依頼状?」


『彼女から、君宛てに正式な依頼が来ています。管理局を通して』


「なんで俺宛てなんですか」


『昨日の配信を見たからでしょう』


「そればっかりですね」


『今の君の価値は、昨日の配信で作られたものです』


「嫌な言い方ですね」


『事実です』


 そう言われると、言い返せない。


 今の俺は、昨日の配信で生まれた存在だ。


 少なくとも世間にとっては。


 佐伯は続けた。


『九条セイラの件は、アルカディアに間接的につながる可能性があります』


「またですか」


『死亡した探索者の所属先が、アルカディアと契約関係にありました』


 俺は黙った。


 アルカディア。

 またその名前。


「偶然じゃないんですか」


『偶然の可能性もあります』


「でも、そう思ってない」


『そうですね』


 珍しく、佐伯ははっきり言った。


『私は、偶然ではないと思っています』


 俺は端末を握りしめた。


「その依頼状、見たらまた巻き込まれますよね」


『おそらく』


「見ない方がいいですよね」


『精神衛生上は』


「じゃあ、見た方がいいやつですね」


『理解が早くて助かります』


「助かりたくないです」


 佐伯は少しだけ間を置いた。


『今から管理局の便で届けます』


「郵送じゃないんですか」


『内容が内容なので』


「断ったら?」


『断れます』


 意外な返事だった。


「本当に?」


『はい。九条セイラの件は、まだ君に強制する段階ではありません』


「じゃあ断ります」


『ただし、断った場合、アルカディアにつながる可能性のある手がかりを一つ失います』


「そういう言い方、本当にずるいですね」


『よく言われます』


 電話が切れた。


 俺はしばらく端末を見ていた。


 依頼一覧には、まだ未読が山ほどある。


 助けてほしい。

 見てほしい。

 信じていいか知りたい。

 嘘を見抜いてほしい。


 昨日まで誰も俺を必要としていなかった。

 今日になって、急に多すぎる。


 人間は、本当に勝手だ。


 でも、その中のいくつかは本物かもしれない。


 アルカディアの依頼文。

 九条セイラの依頼状。

 澪の事故資料。


 見なかったことにできる材料は、どんどん減っていく。


 俺は立ち上がり、冷蔵庫から水を出した。

 飲もうとして、手が少し震えていることに気づく。


 怖い。


 当たり前だ。


 昨日死にかけて、今日炎上して、明日は裁判かもしれない。

 怖くない方がおかしい。


 それでも、俺の中には別の感情もあった。


 知りたい。


 澪の事故に何があったのか。

 アルカディアとは何なのか。

 俺の鑑定はなぜ変わったのか。


 知りたい。


 その気持ちが、一番厄介だった。


 夕方、管理局の職員が封筒を届けに来た。


 今度はインターホン越しに確認し、ドアチェーンをかけたまま受け取った。

 職員は何も言わず、封筒だけを差し出して去っていった。


 白い封筒。

 差出人の名前はない。


 ただ、表面に管理局の受付印が押されている。


 俺は机の前に座り、しばらくそれを眺めた。


 開けたら終わりだ。


 いや、開けなくてももう終わっているのかもしれない。


 俺は封を切った。


 中には、一枚の厚い紙が入っていた。


 手書きではない。

 だが、文面は短い。


<<黒瀬透真様


私の探索者裁判に、外部鑑定士として同席しなさい。

報酬は支払います。

ただし、私を信じてはなりません。


九条セイラ>>


 俺は読み終えて、しばらく黙った。


 何だ、この依頼。


 助けてください、ではない。

 お願いします、でもない。


 同席しなさい。


 命令だ。


 しかも、自分を信じるなと書いている。


 変な依頼だった。


 嫌な依頼だった。


 でも、目が離せなかった。


 俺は紙を鑑定した。


 対象:依頼状

 嘘:私を信じてはなりません


「……は?」


 嘘。


 その一文が嘘として表示された。


 私を信じてはなりません。


 つまり、九条セイラは本当は信じてほしいのか。


 いや、違う。

 そう単純ではないかもしれない。


 信じるなと書いておきながら、嘘として出る。

 助けてほしいとは書かない。

 でも、外部鑑定士として同席しろと言う。


 面倒な人間の匂いがした。


 俺は椅子にもたれた。


 頭が痛い。


 その時、端末が鳴る。


 佐伯だった。


 メッセージは短い。


<<読みましたか。>>


 俺は返信した。


<<読みました。

何ですか、この偉そうな依頼。>>


 すぐに返事が来る。


<<九条セイラですから。>>


 説明になっていない。


 続けて、佐伯からもう一件。


<<受けますか。>>


 俺は依頼状を見た。


 私を信じてはなりません。


 その一文が、嘘として見えた。


 そして思った。


 ああ。


 また見えてしまった。


 俺はため息をつき、返信した。


<<話だけ聞きます。>>


 佐伯からの返事は、すぐだった。


<<それを、受けると言います。>>


「言わねえよ」


 俺は思わず声に出した。


 机の上には、九条セイラからの依頼状。

 端末には、アルカディア関連の不気味な依頼文。

 頭の奥には、澪の事故報告書の黒塗り。


 昨日まで、俺はただのFランク鑑定士だった。


 清掃バイトで、戦えなくて、床の血痕を落としていた。


 それなのに今は、悪役令嬢と呼ばれる探索者の裁判に呼ばれようとしている。


 人生の進み方がおかしい。


 けれど、もう戻れない。


 嘘を見てしまったから。


 俺は依頼状を封筒に戻した。


 そして、自分に言い聞かせるように呟いた。


「話を聞くだけだ」


 視界の端に、鑑定表示が浮かぶ。


 嘘:話を聞くだけ


 俺は机に突っ伏した。


「ほんと、嫌なスキルだな……」


 誰もいない部屋で、俺の声だけが虚しく響いた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、透真のもとに大量の依頼が届き始める回でした。

昨日まで見向きもされなかったFランク鑑定士が、一夜で「嘘を見抜ける人」として扱われ始めています。


ただ、それは単純な成り上がりではなく、かなり危うい状況です。

本当に助けを求めている人もいれば、罠かもしれない依頼もある。

そして、その中にアルカディア・ゲートの名前が混じり、透真の妹の事故にもつながりそうな気配が出てきました。


最後に届いた九条セイラの依頼状から、次の事件へ進みます。

配信の次は、探索者裁判です。


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