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第74話 バグ丸は死なない

 バグ丸は、自分のことを弱いと思っている。


 それは謙遜ではない。


 事実である。


 腕力はない。

 足も速くない。

 根性も、たぶんない。

 痛いのは嫌いで、怖い相手にはすぐ謝るし、逃げられるなら迷わず逃げる。


 探索者として見れば、かなり下の方。


 浪華色街の闘技場にいる人間として見れば、なおさら下の方。


 それでも、バグ丸は生きている。


 なぜなら、死なないからだ。


 いや、正確には何度も死にかけている。


 昨日も死にかけた。

 一昨日も死にかけた。

 先週は、たぶん三回は死にかけた。


 刃物が飛んできた時は、床に落ちたたこ焼きを拾おうとしてしゃがみ、偶然避けた。


 借金取りに追われた時は、逃げ込んだ路地の床が抜けて、なぜか地下水路に落ち、そのまま別の区画へ流された。


 魔物素材の搬送箱が倒れてきた時は、くしゃみで一歩後ろへ下がり、代わりに戌井の高級靴が潰れた。


 普通なら死ぬ。


 でも、バグ丸は死なない。


 その代わり、周りで別の不幸が起きる。


 本人にも制御できない。


 だから浪華色街の連中は、バグ丸をこう呼ぶ。


 生存バグ。


 本人はその呼び名を、わりと気に入っている。


「いや、バグってなんやねん。ワシは仕様や。世界の仕様や」


 バグ丸は地下劇場の裏通路で、誰に言うでもなく胸を張った。


 派手な帽子。

 丸いサングラス。

 安っぽい柄シャツ。

 腰には用途不明のポーチがいくつもぶら下がっている。


 浪華色街の客寄せ役。


 試合前に観客を煽り、賭け札を買わせ、負けた客を笑わせ、勝った客から小銭を抜く。


 強くはない。


 偉くもない。


 ただ、場を騒がしくするには向いている。


 それがバグ丸の仕事だった。


「バグ丸」


 背後から声がした。


 バグ丸は、反射的に肩を跳ねさせた。


 嫌な声だ。


 振り返ると、戌井が立っていた。


 浪華色街の運営下働きのまとめ役。

 口が悪く、目つきも悪く、他人の失敗を帳簿に書くのが趣味みたいな男である。


「なんや戌井はん。ワシ今、客寄せ前の精神統一中やで」


「お前の精神は統一されたことないやろ」


「失礼な。ワシの精神は常に自由や」


「それを散漫言うんや」


 戌井は端末をバグ丸へ投げた。


 バグ丸は受け取ろうとしたが、指先に当たって跳ねた。


 端末は床に落ち、見事に画面側から着地した。


 ぱき、と嫌な音がする。


 戌井の額に青筋が浮かんだ。


「……お前」


「床が悪い」


「床は動いてへん!」


「重力が悪い」


「拾え!」


 バグ丸は慌てて端末を拾った。


 画面にはひびが入っていたが、まだ動いている。


「セーフや」


「アウトや」


「で、仕事は?」


 戌井はため息をついた。


「東京から来た翠を登録控室へ運べ」


「翠?」


 バグ丸は画面を見る。


 そこには、少年の情報が表示されていた。


【相原ユウ】

【ランク:E】

【色相予想:翠】

【状態:未成熟】

【備考:二度目以降の行動変化あり】


 バグ丸は口笛を吹いた。


「へえ。これが噂の翠の子か」


「余計なことすんなよ」


「ワシが余計なことすると思うか?」


「思う」


「即答やめてくれへん? 傷つくわ」


「傷つく心があるなら少しは反省しろ」


 戌井は端末を指で叩いた。


「登録チップを渡す。こいつを控室から登録所へ運んで、正式登録させろ。第八試合の観察枠や」


「観察枠?」


「客が成長を見る枠や。弱い翠がどこまで耐えるか、二度目で対応できるか。そういう札が売れる」


 バグ丸は、端末の中の少年の顔を見た。


 青白い顔。

 怯えた目。

 でも、視線だけはどこかを見ている。


 怖がっているのに、見ている。


 バグ丸は少しだけ口を曲げた。


「これ、誘拐された子やろ?」


「余計なことを考えるな」


「いや、だって顔が完全にさらわれ顔やん」


「登録されたら商品や」


「登録前は?」


 戌井の目が細くなった。


「バグ丸」


「はいはい。分かっとる分かっとる。ワシは運ぶだけ。余計な正義感とかないから安心してや」


「お前に正義感があったら世も末や」


「そこまで言う?」


 戌井は、ひび割れた端末とは別に、小さな記録チップを渡してきた。


「これが登録チップや。壊すな。落とすな。なくすな」


「フリ?」


「フリちゃう」


「三回言われると逆に不安になるんやけど」


「お前が不安要素そのものや」


 バグ丸は登録チップを受け取り、腰のポーチへ入れようとした。


 その瞬間、ポーチの紐が切れた。


 中身がばらばらと床へ落ちる。


 小型工具。

 古い鍵。

 飴玉。

 煙玉らしきもの。

 何に使うのか分からない金属球。

 そして登録チップ。


 廊下に、ころころと転がっていく。


 戌井の顔が無になる。


「……バグ丸」


「待って。今のはワシも予想外」


「毎回や」


「毎回予想外やからバグなんや」


「拾え!」


 バグ丸は床に這いつくばって中身を集めた。


 その最中、頭上を何かが掠めた。


 ひゅ、と細い音。


 壁にナイフが刺さる。


 バグ丸がちょうど床に這っていなければ、首に当たっていた位置だった。


 廊下の奥で、賭けに負けた客らしき男が取り押さえられている。


「殺すつもりはなかった! 脅しや!」


「刃物投げといて何言うとんねん!」


 警備員が怒鳴る。


 バグ丸は、床に這いつくばったまま無言で壁のナイフを見た。


 そして、ゆっくり立ち上がる。


「見たか」


 戌井が低い声で言う。


「何をや」


「ワシ、今、避けた」


「転んでただけや」


「地面と一体化する高度な回避術や」


「仕事しろ」


「はい」


 バグ丸は登録チップを拾い直し、今度は胸元の内ポケットへ入れた。


 安全な場所だ。


 たぶん。


 控室は、地下劇場の奥にあった。


 古い倉庫を無理やり待機室に変えた場所だ。


 壁は薄汚れていて、天井の蛍光灯は一本ちらついている。

 監視カメラが二つ。

 扉の外に警備員が二人。


 中では、相原ユウが椅子に座らされていた。


 手首には拘束具。

 頬にはまだ治療シートが貼られている。

 顔色は悪い。


 バグ丸が入ると、相原はびくりと肩を震わせた。


「おお。生きとる生きとる」


 バグ丸は軽い調子で言った。


 相原は警戒した目でこちらを見る。


「あなたは……?」


「聞いて驚け。浪華色街が誇る不死身の客寄せ役、バグ丸様や」


「バグ丸……」


「今、変な名前って思ったやろ」


「いえ」


「嘘や。ワシ、そういうの分かるで」


 相原は黙った。


 バグ丸は椅子を引き、相原の向かいに座った。


「気分どうや」


「最悪です」


「正直でよろしい」


「俺を、どうするんですか」


「登録する」


「登録」


「第八試合の観察枠や。君の翠がどれくらい育つか、客が賭ける」


 相原の喉が小さく動いた。


「俺、出たいなんて言ってません」


「やろなあ」


「じゃあ、なんで」


「ここではな、言った言わへんより、登録されたかどうかの方が強いんや」


 バグ丸は、自分で言って少し嫌になった。


 この場所の理屈だ。


 書類。

 登録チップ。

 賭け札。

 同意欄。


 本人の声より、それらの方が強い。


 浪華色街では、よくあることだった。


「登録される前なら、違うんですか」


 相原が言った。


 バグ丸は、少しだけ目を細めた。


「ん?」


「今、登録されたかどうかって言いました。じゃあ、登録前なら、まだ何か違うんですか」


 怖がっている。


 声も震えている。


 なのに、言葉の隙間を拾っている。


 バグ丸は、ほんの少しだけ感心した。


 翠。


 二度目以降の行動変化。


 いや、今のは一度目か。


 それでも、この子は聞いている。


「面倒な子やなあ」


 バグ丸は頭をかいた。


「登録前でも、逃げるのはほぼ無理や。ここ、出口分かりにくいし、警備もおるし、君弱そうやし」


「……はい」


「認めるんかい」


「弱いので」


「そういうとこ、損するで」


「でも、嘘ついても強くならないです」


 バグ丸は、なぜか少し黙った。


 変な子だと思った。


 弱い。

 怖がっている。

 さらわれている。


 それなのに、自分の弱さを変に飾らない。


 浪華色街に来る人間は、だいたい強がる。


 弱い者ほど強がる。

 怖い者ほど笑う。

 売られた者ほど、自分は選んだのだと言い張る。


 その方が楽だからだ。


 でも、相原ユウはそうではない。


 弱いと言う。


 怖いと言う。


 その上で、少しでも手順を探している。


 バグ丸は椅子から立ち上がった。


「ほな、行こか」


 相原の体が固まる。


「どこへ」


「登録所」


「俺、行きたくないです」


「知っとる」


「なら」


「ワシに言われても困る。ワシは運ぶ係や」


 バグ丸が扉へ向かおうとした時、外の警備員が扉を開けた。


「遅いぞ」


「今からや今から。若者との心温まる交流中や」


「いらんことすんな」


「ワシ、いつも言われるなそれ」


 警備員の一人が相原の腕を掴む。


 相原は抵抗しなかった。


 抵抗できなかった、という方が正しい。


 足取りは重い。


 でも、目は動いていた。


 扉。

 廊下。

 警備員の足。

 バグ丸のポーチ。

 床に落ちている小さな金属球。


 見ている。


 バグ丸は、なんとなくそれに気づいてしまった。


 登録所へ向かう廊下は、狭く、曲がりくねっていた。


 古い劇場の裏側を、無理やり改造しているせいだ。


 配線が床を這い、壁の一部は補修跡だらけ。

 天井も低い。


「この通路、暗いですね」


 相原が小さく言った。


「古いからな」


「出口は、どっちですか」


「聞く相手間違っとるで」


「でも、あなたはよく迷ってそうなので」


「失礼やな!」


 バグ丸は胸を張る。


「ワシは迷うんやない。道がワシに合わせて変わるんや」


 警備員が鼻で笑った。


「ただの方向音痴や」


「違うわ!」


 その時、バグ丸の足元で床板が鳴った。


 ぎし。


 嫌な音だった。


 バグ丸は、反射的に立ち止まる。


 警備員が振り返る。


「止まるな」


「いや、この床、嫌な感じが」


「歩け」


「でも」


「歩け!」


 警備員に背中を押され、バグ丸は一歩踏み出した。


 床板が抜けた。


「ぬおおおおお!?」


 片足が床下へ落ちる。


 バグ丸の体が前のめりになり、腰のポーチが壁にぶつかった。


 中身がまた散らばる。


 小さな金属球が廊下へ転がった。


 警備員の一人がそれを踏む。


「うわっ!」


 派手に滑った。


 もう一人の警備員が支えようとして、巻き込まれる。


 二人まとめて転ぶ。


 相原の腕を掴んでいた手が離れた。


 一瞬。


 相原の前に、誰もいない通路ができた。


 バグ丸は床に片足を突っ込んだまま叫ぶ。


「ワシ悪くない! 床が悪い!」


 相原は、その一瞬を見ていた。


 一度目ではない。


 彼はさっき控室で、バグ丸のポーチから落ちた金属球を見ていた。


 床を見ていた。


 警備員の足を見ていた。


 だから、今だけは反応できた。


 相原は走った。


「おい!」


 警備員が怒鳴る。


 相原の足取りは危ない。


 逃げ慣れていない。

 体力もない。

 薬の影響も残っている。


 それでも、走った。


 曲がり角を右へ。


 しかし、そこは行き止まりだった。


 相原は止まる。


 追ってきた警備員が笑った。


「終わりや」


 相原の肩が震える。


 バグ丸は、まだ床から足が抜けずにもがいていた。


「待て待て! ワシも助けて!」


「黙っとけ!」


 警備員が相原へ近づく。


 その時、相原は床を見た。


 古い清掃カートが、壁際に置かれている。


 さっきの通路にも、似たようなカートがあった。


 車輪の一つが壊れていて、少し斜めになっている。


 相原は、後ずさりしながらそれに足をかけた。


 警備員が腕を伸ばす。


 相原はカートを蹴った。


 カートはまっすぐ転がらなかった。


 壊れた車輪のせいで、斜めに滑る。


 警備員の膝へぶつかった。


「ぐっ」


 警備員の体勢が崩れる。


 相原はその横を抜けようとした。


 だが、もう一人が間に合った。


 背後から網状の拘束具が投げられる。


 相原の体に絡みつく。


 倒れる。


 床に肩を打った。


「っ……!」


 相原は逃げ切れなかった。


 警備員たちが荒い息で彼を押さえつける。


「このガキ……!」


「危ねえな!」


「登録前に逃げるなや!」


 相原は床に押さえつけられながら、悔しそうに息をしていた。


 泣きそうな顔。


 でも、目はまだ動いている。


 清掃カート。

 曲がり角。

 警備員の踏み込み。

 拘束具の飛び方。


 見ている。


 バグ丸はようやく床から足を抜いた。


 そして、なぜか少し笑ってしまった。


「……なんや、あの子」


 弱い。


 明らかに弱い。


 でも、一度目より二度目が動いている。


 バグ丸の事故を見て、利用した。


 床を見て、カートを見て、警備員の足を見た。


 それでも捕まった。


 けれど、ただ捕まったわけではない。


 次に繋がる捕まり方をしている。


「何笑っとんねん!」


 警備員が怒鳴る。


「いや、ちょっとおもろいなと思って」


「お前のせいで逃げたんやぞ!」


「床のせいや!」


「チップは?」


 その言葉で、バグ丸は胸元を押さえた。


 登録チップ。


 ない。


「……あれ?」


 警備員の顔が青くなる。


 バグ丸は慌てて周囲を見る。


 廊下の床。


 ポーチの中身。


 抜けた床板の隙間。


 登録チップは、床の隙間に落ちていた。


 しかも、バグ丸がもがいた拍子に踏んだらしい。


 ひびが入っている。


 警備員が叫んだ。


「お前ええええ!」


「ワシ悪くない! 床が!」


「床はチップ踏まへん!」


「ワシも踏む気なかった!」


 登録チップは、完全には壊れていない。


 だが、そのまま使える状態でもない。


 相原の正式登録は止まった。


 その知らせは、すぐに戌井の端末へ飛んだ。


 数分後。


 バグ丸は登録所の前で、正座させられていた。


 相原は再拘束され、近くの椅子に座らされている。


 警備員たちは苛立っている。


 戌井は無言だった。


 無言が一番怖い。


「バグ丸」


「はい」


「説明せえ」


「壮大な運命の悪戯です」


「短く」


「事故です」


「もっと短く」


「床です」


 戌井がバグ丸の頭を叩いた。


「痛っ!」


「相原ユウの登録チップ破損。登録遅延。警備員二名転倒。廊下床板破損。清掃カート破損」


「カートは相原くんが蹴った」


「お前が逃がしたからや」


「ワシは床に食われてただけや!」


 戌井は端末を操作した。


「第八試合の観察枠が空いた」


「せやな」


「客にはもう翠の試合として告知しとる」


「それはまずいな」


「まずいのはお前や」


「ワシ?」


 嫌な予感がした。


 ものすごく嫌な予感がした。


 戌井は、バグ丸を見下ろす。


「穴埋めする」


「ほう」


「相原ユウは登録再処理。単独枠は保留」


「うん」


「代わりに、事故演出込みで特別枠にする」


「事故演出?」


「お前も出ろ」


 バグ丸は固まった。


「……何に?」


「試合に」


「誰が?」


「お前が」


「ワシが?」


「他に誰がおる」


 バグ丸は立ち上がろうとして、正座で痺れた足が動かず、そのまま横へ倒れた。


「嫌やあああああ!」


 戌井は無視して端末を操作する。


 壁のモニターに新しい表示が出た。


【第八試合 特別観察枠】

【相原ユウ:翠/未成熟】

【バグ丸:翠黒/事故率高】

【形式:調整中】

【対戦候補:桃瀬ハナ】


 バグ丸はモニターを見上げた。


 相原も、青い顔でそれを見ていた。


 桃瀬ハナ。


 浪華色街の人気選手。


 笑顔で巨漢を殴り倒す紅翠の闘士。


 バグ丸は震えた。


「待て待て待て。桃瀬ハナは無理や。あの子、ふわふわしながら人を粉砕するやん」


「客は喜ぶ」


「ワシは死ぬ」


「死なへんやろ」


「それは結果論!」


 戌井は、心底どうでもよさそうに言った。


「お前の生存バグと、相原の二度目の手順。セットにした方が札が売れる」


「商品説明みたいに言うな!」


「商品や」


 その言葉に、相原が顔を上げた。


 バグ丸も黙った。


 商品。


 そうだ。


 ここでは、二人とも商品だ。


 弱いかどうかは関係ない。

 同意したかどうかも関係ない。

 面白ければ並べられる。


 バグ丸は、いつもならここで騒いで終わりだった。


 嫌や。

 死ぬ。

 勘弁して。

 床が悪い。


 そう言って、場を笑いに変えていた。


 でも、相原の顔を見てしまった。


 怖がっている。


 なのに、まだ見ている。


 桃瀬ハナという名前を聞いても、絶望しながら、その名前を覚えようとしている。


 バグ丸は、妙に居心地が悪くなった。


「……なあ、戌井はん」


「なんや」


「ワシだけ別枠にせえへん?」


「無理や」


「ワシ、客寄せやで?」


「試合でも客寄せになる」


「ワシ、戦えへんで?」


「だから売れる」


「ひどない?」


「今さらや」


 戌井は端末を閉じた。


「正式な組み合わせは、桃瀬の試合後に決める。それまで二人とも控室へ戻せ」


 警備員が相原の腕を掴む。


 バグ丸も引っ張られる。


 相原は小さく呟いた。


「すみません」


 バグ丸は顔を向けた。


「何が?」


「俺が逃げたから、あなたも」


「違う違う」


 バグ丸は手をひらひら振った。


「ワシはな、だいたいいつもこうなる。君が逃げても逃げへんでも、たぶん何かしら巻き込まれる」


「でも」


「それに、ワシは助けたわけちゃう」


 バグ丸は、わざと軽く言った。


「床が抜けて、球が転がって、チップが壊れただけや。ワシの善意とか期待せんといてな」


 相原は少し黙った。


 そして、小さく頷いた。


「はい」


「そこは、少しは期待してくださいって言うとこちゃう?」


「期待したら、迷惑かなって」


「真面目か!」


 バグ丸は思わず叫んだ。


 警備員に小突かれる。


 控室へ戻されながら、バグ丸はモニターを見上げた。


 そこにはもう、賭け札が表示されている。


【相原ユウが二度目に対応するか】

【バグ丸が何回事故るか】

【桃瀬ハナが何分で二人を制圧するか】

【翠黒の生存バグは発動するか】


 客が札を買い始めている。


 笑い声が響く。


 バグ丸は、顔をしかめた。


「ワシの事故まで札にすなや……」


 だが、浪華色街はそういう場所だ。


 死にかけも、恐怖も、偶然も、成長も。


 全部、金になる。


 バグ丸は弱い。


 相原も弱い。


 けれど、弱い二人が同じ枠に入れられたことで、場の予定はまた少し歪んだ。


 その歪みが、次に何を起こすのか。


 バグ丸本人にも分からない。


 ただ一つだけ、確かなことがある。


 バグ丸は死なない。


 その代わり、ろくでもないことが起きる。


 そして今回、そのろくでもないことは、相原ユウを単独の見世物にする予定を少しだけ壊した。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


バグ丸は相原を完全に助けたわけではありません。

ただ、彼の《生存バグ》による事故で、相原の単独登録が崩れ、試合形式そのものが歪みました。


結果として、相原だけでなくバグ丸も試合枠に巻き込まれる形になります。


次回は、桃瀬ハナの登場です。

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