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第6話 切り抜きは、真実より速い

 配信は、終わった。


 けれど、事件は終わらなかった。


 むしろ本当に始まったのは、配信が切れた後だった。


 地上へ出て、救護車両で足首を固定され、管理局員に簡単な事情を聞かれ、帰宅を許されたのは朝の六時を少し過ぎた頃だった。


 空はもう明るくなり始めていた。


 新宿のビルの隙間から、薄い朝日が差している。

 ダンジョン入口の周囲には、まだ人が残っていた。


 記者。

 配信者。

 スマホを構えた野次馬。

 たまたま通りかかったふりをしている人間。


 俺は管理局員に誘導されながら、できるだけ顔を伏せて歩いた。


 だが、無駄だった。


「あ、黒瀬って人じゃない?」


「え、あのFランク?」


「さっきの配信にいた人?」


「鑑定士の人だよね?」


 小さな声が、いくつも刺さってくる。


 俺は松葉杖をつきながら、車両に乗り込んだ。


 運転席の管理局員が言う。


「自宅まで送ります。今日は外に出ない方がいいですよ」


「そんなにですか」


「そんなにです」


 短い答えだった。


 俺は端末を見ないようにしていた。


 通知が鳴り続けている。


 知らない誰かからのメッセージ。

 SNSの通知。

 動画サイトのおすすめ通知。

 ニュースアプリの速報。


 俺は、端末を裏返して膝の上に置いた。


 見たくなかった。


 でも、見なくても分かる。


 配信はもう切り抜かれている。


 白峰リア、配信禁止区域で襲撃される。

 人気探索者の仲間が裏切りか。

 謎のFランク鑑定士、配信に乱入。

 全員救出の裏にコメント操作疑惑。


 そんな見出しが、頭の中に勝手に浮かぶ。


 たぶん、実際はもっとひどい。


 救護車両の窓の外を、朝の街が流れていく。


 出勤前の会社員。

 コンビニに入る学生。

 イヤホンをつけて歩く人。

 誰も彼も、昨日までの俺とは関係のない人間だった。


 けれど今は、その中の誰かが俺の顔を知っているかもしれない。


 そう思うだけで、胃が重くなる。


 俺は英雄ではない。


 何度も自分に言い聞かせた。


 魔物を倒したわけじゃない。

 誰かを格好よく守ったわけじゃない。

 ただ、見えたものを言っただけだ。

 それでたまたま、全員が生きて出られただけだ。


 それでも、世間はたぶん、もっと分かりやすい話にしたがる。


 謎のFランク鑑定士が、人気配信者を救った。


 あるいは。


 謎のFランク鑑定士が、配信を操った。


 どちらでもいい。

 どちらも俺ではない。


 でも、どちらかにされる。


 自宅マンションに着くと、管理局員が先に周囲を確認してくれた。


「今のところ、記者はいません」


「今のところ」


「はい。今のところです」


「怖い言い方ですね」


「事実なので」


 それ、俺の台詞みたいだなと思ったが、言う気力はなかった。


 俺は部屋に戻った。


 ワンルームの狭い部屋。

 畳んでいない洗濯物。

 シンクに残ったマグカップ。

 机の上の安い栄養ゼリー。

 昨夜出る前と、何も変わっていない。


 変わったのは、俺の方だけだ。


 ベッドに腰を下ろす。


 足首が痛む。


 眠気はある。

 だが、眠れる気がしなかった。


 俺は端末を手に取った。


 通知は、三桁を超えていた。


「……見るなよ」


 自分でそう呟いた。


 でも、指は勝手に動いた。


 動画サイトを開く。


 おすすめ欄の一番上に、もう昨日の配信の切り抜きが出ていた。


 タイトルは、こうだった。


【神回】白峰リア、裏切り者に襲われるも謎のFランク鑑定士が救出【全員脱出】


 再生数は、すでにかなり伸びている。


 俺はその下に並ぶ別の動画を見た。


【炎上】白峰リア、危険区域への無断侵入を認める これは擁護できない

【考察】黒瀬透真とは何者か? Fランクとは思えない指示能力

【闇深】リアを襲った高木ユウマ、背後に企業スポンサーか

【疑惑】黒瀬透真、コメント欄を操作していた?

【切り抜き】リア「全員で出る」からの神判断

【閲覧注意】高木がリアを刺そうとした瞬間


 吐き気がした。


 たった数時間だ。


 数時間で、昨日の出来事がいくつもの物語に分裂している。


 リアを称える動画。

 リアを叩く動画。

 俺を持ち上げる動画。

 俺を疑う動画。

 高木を悪魔みたいに編集した動画。

 三枝を泣き顔だけで責める動画。

 瀬尾が走った瞬間を面白おかしく繰り返す動画。


 どれも、昨日の出来事の一部だ。


 でも、全部ではない。


 全部ではないのに、見た人間はそれを全部だと思う。


 真実より速い。


 第七新宿ダンジョンの中で感じたことが、今さら現実になって押し寄せてくる。


 俺は動画を閉じた。


 SNSを開く。


 もっと悪かった。


 トレンド欄には、白峰リア、黒瀬透真、Fランク鑑定士、配信禁止区域、高木ユウマ、全員で出る、という文字が並んでいる。


 俺は一つだけ検索してしまった。


 黒瀬透真。


 出てきた投稿を、上から読んでいく。


『黒瀬透真って人、冷静すぎて怖い』

『Fランクであれは無理。絶対何か隠してる』

『リアちゃんを助けてくれてありがとう』

『いや清掃員がなんで禁止区域に入ってんの?』

『コメント誘導してたの普通にやばくない?』

『あの人いなかったら全員死んでたでしょ』

『黒瀬さん、顔は普通だけど声が落ち着いてて良い』

『こういう裏方系主人公好き』

『リアと黒瀬の掛け合い、ちょっと良かった』

『いやいや、配信中に一般人が指示出してたの怖すぎ』


 一般人ではない。

 一応、探索者だ。


 そう言い返しかけて、やめた。


 そこではない。


 俺について、知らない人間が好き勝手に語っている。

 持ち上げたり、疑ったり、茶化したり、怖がったりしている。


 その全てが、俺の知らないところで増えていく。


 ふと、妹のことを思い出した。


 黒瀬澪。


 数年前、ダンジョン事故で死んだ妹。


 あの時も、少しだけニュースになった。


 低ランクダンジョンで女子探索者死亡。

 管理局、事故と判断。

 安全確認に問題なし。


 記事のコメント欄には、ひどい言葉もあった。


 自己責任。

 実力不足。

 探索者なら仕方ない。

 危ない場所に行く方が悪い。


 澪のことを何も知らない人間が、澪の死を簡単に説明していた。


 俺はそれを見て、端末を投げた。


 あの日から、コメント欄というものが少し苦手になった。

 それなのに昨日、俺はそのコメント欄を使った。


 人を追い詰めるものを、人を助けるために使った。


 そのことが、今になって怖くなる。


 俺は端末を置いた。


 眠ろう。


 とにかく眠ろう。


 そう思った瞬間、インターホンが鳴った。


 体が跳ねた。


 時刻は朝七時前。


 こんな時間に来る人間なんていない。


 俺は息を殺して、モニターを見た。


 知らない男が立っていた。

 スーツ姿。

 片手にはスマホ。

 もう片方の手には、名刺らしきもの。


「黒瀬透真さん、いらっしゃいますか?」


 声が、インターホン越しに聞こえた。


「昨日の配信について、少しお話を――」


 記者だ。


 俺はその場で固まった。


 管理局員が言っていた。


 今日は外に出ない方がいい。


 出ないどころか、向こうから来た。


 男はさらに言った。


「黒瀬さん、いらっしゃいますよね? 昨夜の件で、視聴者からも関心が集まっています。白峰リアさんとの関係についても――」


 白峰リアとの関係。


 何だそれ。


 昨日会ったばかりだ。

 関係なんて、あるわけがない。


 けれど、切り抜きの中では違うのかもしれない。


 リアと黒瀬の掛け合い。

 謎の信頼関係。

 配信中に息の合った連携。


 そういう物語にされているのかもしれない。


 インターホンがもう一度鳴る。


 俺は出なかった。


 部屋の中で、ただ立っていた。


 数分後、男は諦めたのか去っていった。


 俺は玄関の鍵を確認した。

 チェーンもかけた。

 カーテンを閉めた。


 それから、ベッドに座り込んだ。


「……最悪だ」


 本当に最悪だ。


 昨日のダンジョンより、今の方が怖いかもしれない。


 少なくとも魔物は、目の前にいる。

 爪も牙も見える。


 でもこれは違う。


 どこから来るか分からない。

 何を切り取られるか分からない。

 いつ誰が自分の名前を使うか分からない。


 俺は顔を覆った。


 その時、端末が鳴った。


 知らない番号。


 無視しようとした。


 だが、画面には発信者名が表示されていた。


 ダンジョン管理局 調査二課。


 佐伯ユズル。


 俺はしばらく画面を見つめてから、通話に出た。


「……黒瀬です」


『おはようございます。佐伯です。眠れましたか?』


「眠れると思いますか」


『思いません』


「なら聞かないでください」


『確認です』


 相変わらず、淡々としている。


 昨日の現場で見た時と同じ声だった。


『自宅前に記者が来ましたね』


 俺は息を止めた。


「見てるんですか」


『見張っている、と言った方が正確です。昨夜の件の重要参考人ですから』


「言い方が怖いです」


『身辺保護でもあります』


「それなら先に言ってください」


『すみません。人手が足りなくて』


 謝罪に感情が薄い。


 俺はため息をついた。


「記者、どうにかなりませんか」


『今日いっぱいは難しいですね。切り抜きがかなり回っています』


「知ってます」


『見ましたか』


「少しだけ」


『見ない方がいいですよ』


「遅いです」


『でしょうね』


 少しだけ沈黙があった。


 それから佐伯は言った。


『黒瀬さん。予定通り、今日の午前十時に管理局へ来てください』


「足、捻挫してるんですけど」


『車を出します』


「拒否権は?」


『あります。自分で来るか、車で来るか』


「昨日と同じ最悪の二択ですね」


『分かりやすくていいでしょう』


 よくない。


 俺はベッドに倒れ込みたくなった。


 だが、佐伯の声が少しだけ低くなった。


『それと、昨日の匿名メッセージについても確認したい』


 俺は体を起こした。


「……何で知ってるんですか」


『君の端末に届いた不審メッセージの通知までは、現場ログで確認しています。内容までは見ていません』


「本当に?」


『本当です。だから、確認したい』


 俺は答えなかった。


 端末の画面を思い出す。


 君の鑑定は、彼女に似ている。


 その一文。


 消えたアカウント。


 彼女。


 澪。


 俺は喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。


『黒瀬さん』


 佐伯が言う。


『君の妹、黒瀬澪さんについても、少し話があります』


 心臓が強く鳴った。


「……妹の何を知ってるんですか」


『電話で話す内容ではありません』


「今言ってください」


『無理です』


「じゃあ行きません」


『では迎えに行きます』


「最悪だな、本当に」


『よく言われます』


 佐伯は昨日と同じように言った。


 俺は端末を握りしめた。


 腹が立つ。

 怖い。

 でも、聞かずにはいられない。


 澪の名前を出された時点で、俺はもう逃げられない。


「……分かりました。行きます」


『ありがとうございます。九時半に迎えを出します』


「最初からそれで決まってたんじゃないですか」


『はい』


「認めるんですね」


『嘘をついても、君には見えるかもしれないので』


 冗談なのか、本気なのか分からない。


 通話が切れた。


 俺は端末を見つめたまま、しばらく動けなかった。


 外では、遠くから車の音が聞こえる。

 部屋の中は静かだ。

 でも端末の中では、まだ俺の名前が増え続けている。


 黒瀬透真。

 Fランク鑑定士。

 謎の男。

 リアを救った人。

 配信を操った人。


 どれも俺で、どれも俺じゃない。


 俺は立ち上がり、洗面所へ向かった。


 鏡に映った自分は、ひどい顔をしていた。


 目の下には隈。

 髪は乱れ、頬にはダンジョンの埃が残っている。

 英雄どころか、ただの寝不足の大学生みたいだった。


 いや、実際そうだ。


 Fランク探索者で、清掃バイトで、妹の死をまだ引きずっているだけの人間。


 俺は水で顔を洗った。


 冷たい。


 顔を上げると、鏡の中の自分と目が合う。


 ふと、鑑定が反応した。


 対象:黒瀬透真

 状態:疲労、軽度捻挫、睡眠不足

 嘘:もう関わりたくない


 俺は笑ってしまった。


 乾いた笑いだった。


 もう関わりたくない。


 確かにそう思っている。


 でも、それは嘘でもある。


 澪の名前を出された。

 俺の鑑定が普通ではないと言われた。

 昨日の配信は、予定された事故になるはずだった。


 見えてしまった。


 また、見えてしまった。


 なら、もう見なかったことにはできない。


 九時半。


 管理局の車が来るまで、あと二時間半。


 俺は端末を伏せて、カーテンの閉まった部屋で静かに息を吐いた。


 外ではもう、誰かが俺の物語を勝手に作り始めている。


 だったらせめて、自分が何を見たのかくらいは、自分で確かめるしかない。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


第6話から第2章です。

配信禁止区域事件は終わりましたが、今度はその映像が切り抜かれ、拡散され、透真自身も世間に見つかってしまいました。


今回の話では、ダンジョンの中の危険とは別に、配信後の「切り抜き」「憶測」「勝手に作られる物語」の怖さを書きました。

透真にとっては、魔物よりもこちらの方が気味悪いかもしれません。


そして、佐伯が改めて透真に接触し、妹・黒瀬澪の話を持ち出しました。

次回は管理局で、佐伯との本格的な会話になります。


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