第46話 Fランク鑑定士、決勝を壊す
最終補正。
その言葉と同時に、アルカディア推薦チーム全員の首元端末が赤く光った。
霧島ナツメの目から揺れが消える。
乙羽レンの指先から迷いが消える。
水瀬ヒナの呼吸が一定になる。
真壁ゴウの盾が、機械のように正面へ向く。
そして葉室シオンは、中央核の前で静かに笑った。
「編集された記憶と、未処理の傷。どちらが探索者として優れているか、証明しましょう」
白い迷宮が震える。
壁一面に浮かぶ記憶が、さらに濃くなった。
悲鳴。
後悔。
逃げた足音。
誰かを置いていった背中。
助けられなかった手。
その全部が、中央核へ吸い込まれていく。
俺は歯を食いしばった。
この試合は、もうただの決勝じゃない。
アルカディアが仕組んだ、記憶収集の実験場だ。
そして中央核の奥には、澪のデータがある。
喉が乾く。
今すぐ走りたい。
今すぐ中央核に触れたい。
今すぐ澪の声の続きを聞きたい。
でも、走らない。
俺一人では行かない。
九条セイラが俺の横に立った。
「黒瀬透真。あなたは中央核の嘘だけ見なさい。澪さんのデータへ飛び込むのは、その後です」
「はい」
白峰リアが小型ドローンを起動する。
「私は配信経路を探す。個人の記憶は映さない。システムだけ映す」
鴉羽ミナトが端末を開いた。
「証拠保全ルートはこっちで作る。アルカディア側には、俺たちが右回廊から撤退するって偽情報を流す」
御影カナタが剣を抜いた。
「葉室は俺が止める」
俺は頷いた。
全員が動く。
その瞬間、真壁ゴウが突進してきた。
大盾を構えたまま、迷いなく一直線に。
狙いは俺。
中央核を鑑定できる俺を潰しに来た。
カナタが前に出る。
剣と盾がぶつかり、重い音が迷宮に響いた。
真壁の盾は重い。
だが、カナタは力で押し返さない。
盾の角度をずらし、踏み込みを逸らす。
真壁の動きには迷いがない。
でも、それは強さだけではなかった。
怖さを知らない。
崩れる想像をしない。
だから、踏み込みの奥行きが足りない。
「怖くない盾は硬い」
カナタが言った。
「だが、粘らない」
真壁の目がわずかに揺れる。
その瞬間、首元端末が赤く光った。
揺れが消える。
真壁は再び盾を構える。
「戦闘継続」
「そればかりだな」
カナタの声が低くなる。
「自分の言葉はどこに置いてきた」
答えはない。
その横を、霧島ナツメが抜けようとした。
リアが立ちはだかる。
「こっちは通さない」
「白峰リア。あなたは判断に感情が混ざりすぎる」
「混ざるよ」
リアは短く答えた。
「怖いし、嫌だし、また間違えるかもって思う。だから確認する。だから止まれる」
ナツメの短剣が迫る。
リアは一歩下がる。
逃げたのではない。
配信禁止区域の時と違って、見せ場を取りに行かない。
無理な踏み込みをしない。
相手の速度を見て、カナタとの距離を保つ。
「感情を消したら、正しくなるわけじゃない」
リアはナツメの手首を弾いた。
「見えなくなるだけだよ」
一方、セイラは中央核の周辺端末へ走った。
白い床に埋め込まれた管理パネル。
試合用の公式設備に見えるが、俺には分かる。
そこにも嘘がある。
対象:中央核周辺管理端末
嘘:国家選抜戦公式記録装置
危険:アルカディア外部サーバー接続
「その端末、公式記録装置が嘘です! 外部サーバーにつながってます!」
「分かりましたわ」
セイラは端末へ手をかざす。
「所有権は取れません。ですが、試合設備としての一時使用権ならあります」
指先が走る。
契約文。
利用規約。
公式機材の一時管理権。
スポンサー機材の保守権限。
セイラは、その隙間を読む。
「アルカディアが決勝フィールドに機材を接続した時点で、国家選抜戦の安全規定に従う義務が発生していますわ」
乙羽レンが術式を飛ばす。
「妨害を確認。排除します」
金属片が跳ね上がった。
セイラは乙羽を攻撃しない。
彼の術式回路だけを断つ。
「お黙りなさい。あなたが自分で読んでいない契約で、私を止められると思って?」
乙羽の表情が揺れる。
「私は、自分の判断で」
俺は叫ぶ。
「それ、嘘です!」
乙羽の首元端末が赤く光ろうとする。
だが、ミナトの指が先に動いた。
「再補正通信、三秒だけ遅延」
乙羽の端末がノイズを吐く。
「おっと、間違えて別の優先命令を噛ませちゃった」
セイラが冷たく言う。
「嘘でしょう」
「うん。今回は味方に共有済みの嘘」
「よろしい」
乙羽の動きが止まる。
その三秒で、セイラは端末の一部を切り離した。
【安全規定違反検出】
【外部送信、一時保留】
中央核へ流れ込んでいた記憶の一部が、空中で止まる。
葉室シオンの表情が、初めて明確に変わった。
「九条セイラ。あなたは権利の扱いが危険です」
「ええ。自覚していますわ」
セイラは笑った。
「だからこそ、あなた方のように同意のない記憶を扱う者を見逃せませんの」
ミナトはその隙に、中央核の裏側へ接続する。
画面に大量のルートが表示された。
「証拠保全ルート、半分開いた。だけど中枢データは逃げるね。さすがに速い」
「澪のデータは?」
俺が聞くと、ミナトは一瞬だけ俺を見た。
「ある。断片じゃなくて、鍵みたいなものがある」
心臓が跳ねた。
「鍵?」
「中身そのものじゃない。神楽坂レイジ側の記録と照合するためのデータキーっぽい」
神楽坂。
その名前に、胸の奥が冷える。
澪のデータ。
神楽坂の記録。
隠されていた真実。
全部がつながっていく。
葉室は静かに手を上げた。
「中央核、強制同期」
迷宮全体が赤く染まり始める。
【記憶干渉深度、危険域】
【全参加者の未処理記憶を抽出】
リアが叫ぶ。
「ちょっと、これ以上やったらアルカディア側の人たちも壊れる!」
葉室は答えた。
「壊れません。編集されます」
「同じだよ!」
リアは公式ドローンへ手を伸ばした。
配信を使う。
だが、何でも晒せばいいわけじゃない。
今ここで個人の記憶を流せば、アルカディアの被害者まで晒すことになる。
リアは震える手で設定を切り替える。
「個人映像、遮断。音声も加工。映すのはシステム表示と外部送信ログだけ」
水瀬ヒナが支援弾を放つ。
「配信妨害を実行」
リアは避けきれない。
だが、ミナトが割り込んだ。
「支援系の妨害なら、こっちの方が詳しいよ」
水瀬の弾道情報をずらす。
弾はリアの横を抜け、白い壁に当たった。
リアはドローンを中央へ飛ばす。
「見せるよ。でも、人の傷じゃなくて、あんたたちの仕組みを」
公式配信に、中央核のシステム表示が重なる。
【外部送信先:Arcadia-Gate Training Archive】
【取得対象:失敗記憶、恐怖反応、判断遅延ログ】
【個人識別情報:処理中】
【同意確認:省略】
会場のざわめきが大きくなる。
コメント欄も、一気に荒れ始めた。
『同意省略って何?』
『これ試合用じゃないだろ』
『アルカディアまたか?』
『記憶データ送信してる?』
『個人の記憶は映すな』
『リア、今回は隠してる?』
『システムだけ見せてるのか』
リアは歯を食いしばった。
「見せ方、間違えない」
その声は小さかったが、はっきりしていた。
配信禁止区域で、彼女は見せることに賭けて失敗した。
今度は違う。
見せるべきものだけを見せる。
葉室はリアを見た。
「あなたは、配信を恐れている」
「うん」
リアは頷く。
「だから、ちゃんと怖がって使う」
その言葉に、俺は少しだけ胸が熱くなった。
中央核がさらに赤く光る。
葉室の背後に、無数の記憶が集まっていく。
「恐怖を抱えたままでは、人は遅い」
葉室が言う。
「迷いを持つ探索者は、誰かを死なせる。失敗を忘れられない者は、次の判断で手が止まる。ならば、編集されるべきです」
カナタが真壁の盾を弾き、前に出る。
「忘れたら、同じ判断をしたことにも気づけない」
「恐怖は不要です」
「違う」
カナタの剣が葉室へ向く。
「恐怖は、踏み込みを止めるだけじゃない。踏み込みすぎるのも止める」
葉室は細剣を抜いた。
彼も戦える。
その動きは綺麗だった。
無駄がなく、迷いがなく、合理的。
カナタと葉室の剣がぶつかる。
葉室の剣は速い。
しかも、ミスがない。
だが、カナタは一歩も引かない。
葉室が斬り込む。
「あなたは恐怖を抱えすぎている」
カナタが受ける。
「そうだな」
「罪悪感も」
「ああ」
「それで、どうして動けるのですか」
カナタは葉室の剣を流し、逆に踏み込んだ。
「動けない時を覚えてるからだ」
剣の柄が、葉室の肩を打つ。
葉室が初めて後退した。
「恐怖を知らない剣は、軽い」
カナタの声が低く響く。
「だが、恐怖を忘れた剣は、もっと軽い」
葉室の表情が揺れる。
ほんの一瞬。
俺は見逃さなかった。
対象:葉室シオン
嘘:私は編集を受け入れている
本音:最初の恐怖を思い出せない
危険:補正中枢との過接続
「葉室も同じです!」
俺は叫んだ。
「編集を受け入れてる、が嘘! 最初の恐怖を思い出せないだけです!」
葉室の瞳が揺れた。
「私の、最初の……」
首元端末が赤く光る。
だが、今度は補正がすぐには入らない。
ミナトが叫ぶ。
「葉室の補正中枢、中央核と直結してる! ここ止めれば、全員の再補正が止まる!」
「どうやって!」
リアが叫ぶ。
「中央核を試合用核として切り離す!」
セイラが端末に手を置く。
「安全規定違反を根拠に、外部接続を遮断します。ただし、中央核の確保と同時でなければ権限が足りません」
つまり、勝利条件と証拠保全を同時にやる必要がある。
中央核を取る。
アルカディアの外部送信を切る。
澪のデータキーを保全する。
推薦チームの記憶反動を最小限にする。
やることが多すぎる。
でも、やるしかない。
俺は中央核へ走った。
今度は一人ではない。
リアが左を守る。
セイラが端末制御を続ける。
ミナトが証拠保全ルートを維持する。
カナタが葉室を止める。
霧島ナツメが俺に迫る。
リアが受ける。
「黒瀬さん、行って!」
乙羽レンが術式を飛ばす。
セイラの金属片が弾く。
「邪魔ですわ」
水瀬ヒナが補正弾を放つ。
ミナトが弾道をずらす。
「人の記憶いじる弾とか、悪趣味すぎ」
真壁ゴウが盾で道を塞ぐ。
カナタが葉室を押し返しながら叫ぶ。
「黒瀬!」
俺は止まらない。
中央核へ手を伸ばす。
その瞬間、白い壁に澪の姿が映った。
『お兄ちゃん』
足が止まりかける。
澪がこちらを見る。
今度は顔が見えた。
俺の知っている笑顔。
少し困ったような、でも優しい顔。
『こっちに来たら、見せてあげる』
喉が詰まる。
見たい。
今すぐ。
でも、鑑定する。
対象:澪の幻影
嘘:こっちに来たら、見せてあげる
祈り:今は進んで
胸が痛んだ。
祈り。
まだ完全に分かるわけではない。
でも、見えた。
澪の幻の奥に、俺を止めるための誘導がある。
けれど、そのさらに奥に、進んでほしいという何かがある。
俺は歯を食いしばった。
「後で見る」
澪の幻が揺れる。
「絶対に見る。でも、今は」
俺は中央核へ手を伸ばす。
「こいつを止める」
手が触れた。
情報が流れ込む。
対象:中央核
嘘:これは訓練記録である
本音:失敗の記憶は商品になる
危険:黒瀬澪関連データ
備考:データキー保全可能
「セイラさん!」
「分かっています!」
セイラが叫ぶ。
「中央核の一時管理権、こちらへ!」
端末が光る。
【国家選抜戦安全規定に基づき、外部接続を一時遮断】
【中央核所有権、試合終了まで勝者チームへ移行準備】
【記憶データ送信、停止】
ミナトが端末を叩く。
「証拠保全ルート確保! 澪さんのデータキーも抜く!」
リアのドローンがシステムログだけを映し続ける。
「個人記憶は出さない。ログだけ残す!」
カナタが葉室の剣を弾く。
「終わりだ」
葉室は中央核を見る。
初めて、明確に動揺していた。
「なぜ……未処理のまま、そこまで動ける」
俺は中央核に触れたまま答えた。
「未処理だからです」
葉室の目が揺れる。
「痛いから、忘れたくない。怖いから、確認する。後悔してるから、次は止まれる」
リアが言う。
「失敗を消したら、私たちは綺麗になるかもしれない。でも、弱くなる」
セイラが続ける。
「責任ごと消す強さなど、私は要りませんわ」
ミナトが笑う。
「売り物にならない傷の方が、人間には大事だったりするんだよ」
カナタが剣を下ろす。
「怖くても進める。それが探索者だ」
葉室は何も言えなかった。
首元端末が赤く光ろうとする。
だが、中央核との接続は切れている。
再補正は入らない。
葉室の表情が崩れた。
恐怖。
迷い。
痛み。
それらが戻ってきた顔だった。
「私は……何を、忘れて……」
アルカディア推薦チームの全員が、動きを止めた。
霧島ナツメが自分の手を見つめる。
乙羽レンが膝をつく。
水瀬ヒナが口元を押さえる。
真壁ゴウが盾を下ろす。
記憶が一気に戻ったわけではない。
だが、補正が外れた。
彼らは初めて、自分の空白に気づいた。
そして、中央核が青く光る。
【中央核、確保】
【国家選抜戦本戦・決勝、終了】
会場全体にアナウンスが響いた。
【勝者】
【九条セーフティリンク臨時隊】
歓声は、すぐには起きなかった。
観客も、配信視聴者も、今見たものを理解しきれていないのだろう。
国家選抜戦の決勝で、アルカディアの記憶収集システムが暴かれた。
推薦チームの記憶補正が明らかになった。
中央核から外部サーバーへの送信ログが記録された。
勝った。
でも、ただの勝利ではなかった。
葉室シオンは、中央核の前に立ち尽くしていた。
「私は……勝つために、ここに来たのですか」
誰も答えられなかった。
彼自身も、分からないのだ。
自分の意志だったのか。
補正された目的だったのか。
リアが静かに言った。
「それ、これから取り返さないといけないやつだと思う」
葉室はリアを見る。
「取り返す……」
「うん。楽じゃないけど」
セイラが管理局スタッフを呼ぶ。
「彼らの端末を無理に外してはいけません。医療班と記憶干渉の専門家を。あと、アルカディア関係者を近づけないこと」
佐伯の声が通信に入る。
「手配済みです。中央核ログ、こちらでも保全しました」
ミナトが端末を掲げる。
「こっちも証拠取れたよ。あと、黒瀬くん」
「はい」
「澪さんのデータキー、抜けた」
息が止まった。
ミナトは端末を俺へ見せる。
【黒瀬澪関連データキー】
【照合先:神楽坂レイジ個人記録】
神楽坂。
やはり、そこへ繋がる。
俺は端末を見つめたまま、しばらく動けなかった。
リアがそっと言う。
「黒瀬さん」
「はい」
「今度は、一人で見ないでね」
俺は小さく頷いた。
「はい」
その時、会場の奥から人影が近づいてきた。
黒い探索者コート。
静かな足取り。
会場中の視線を集める存在。
神楽坂レイジ。
英雄は、俺たちの前で足を止めた。
彼の視線は、俺の手元のデータキーに向けられていた。
それから、俺を見る。
「約束通り」
神楽坂は言った。
「君の妹の話をしよう」
胸の奥が、強く鳴った。
国家選抜戦は終わった。
でも、俺の本当の戦いは、ここから始まる。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
国家選抜戦本戦・決勝は、九条セーフティリンク臨時隊の勝利となりました。
今回、透真たちはただ試合に勝っただけではありません。
アルカディアが決勝フィールドを利用して、参加者の失敗記憶や恐怖反応を収集していた証拠を押さえました。
リアは個人の傷を晒すのではなく、システムログだけを配信しました。
セイラは安全規定を利用して中央核の管理権を奪い、ミナトは証拠保全ルートを作り、カナタは葉室を止めました。
透真も、澪の幻に引っ張られながら、今回は一人で走らず中央核を止めることを選びました。
そして、澪に関するデータキーが手に入りました。
その照合先は、神楽坂レイジの個人記録です。
次回から、いよいよ英雄神楽坂レイジと黒瀬澪の過去に踏み込んでいきます。
ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




