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第45話 編集された仲間たち

中央核が起動した瞬間、記憶迷宮の白い壁が一斉に震えた。


 壁の奥に流れていた無数の映像が、光の粒になって渦を巻く。

 探索者たちの叫び。

 足を踏み外す瞬間。

 魔物を前に固まる顔。

 仲間を呼ぶ声。

 逃げたことを責める声。


 それらが、中央核へ吸い込まれていく。


【決勝最終段階】

【中央核争奪】

【記憶干渉深度、上昇】


 警告表示と同時に、空気が重くなった。


 まるで、自分の頭の中に他人の後悔まで流し込まれてくるようだった。


 白峰リアが顔をしかめる。


「これ、気持ち悪い……」


 九条セイラも眉を寄せた。


「人の記憶を、資源のように扱っていますわね」


 中央核の前に立つ葉室シオンは、穏やかな表情のままだった。


「資源ではありません。経験です」


 彼はそう言った。


「失敗は、共有されて初めて価値を持つ。恐怖も、判断ミスも、適切に処理すれば未来の探索者を救う教材になる」


「本人の同意もなく?」


 俺が言うと、葉室は首を傾げた。


「すべてを本人の感情に任せるから、人は同じ失敗を繰り返すのです」


 声に怒りはない。

 むしろ、本当に正しいことを言っているつもりの声だった。


 それが余計に気味悪い。


「恐怖に飲まれる前に整理する。罪悪感に壊される前に薄める。不要な記憶を加工し、必要な判断だけを残す」


 葉室は自分の胸に手を当てた。


「私たちは、その成果です」


 アルカディア推薦チームの四人が、無言で構えた。


 隊長の葉室シオン。

 女性隊員の霧島ナツメ。

 細身の補助役、乙羽レン。

 重装前衛の真壁ゴウ。

 後方支援の水瀬ヒナ。


 全員が、静かだった。


 恐怖がない。

 迷いもない。

 動きに乱れがない。


 まるで、失敗した時の自分を知らない人間みたいに。


 御影カナタが低く言った。


「来るぞ」


 直後、真壁ゴウが踏み込んだ。


 重い。


 大盾を構えた突進。

 だが、力任せではない。

 こちらの防御位置を正確に読んで、中央核への道を塞ぐように動いてくる。


 カナタが剣で受け流す。


 金属音が響いた。


 カナタはわずかに眉を動かす。


「重いが、怖くない」


 真壁は無表情で答えた。


「恐怖は戦闘効率を下げる」


「違う」


 カナタが踏み込む。


「恐怖がないから、踏み込みが浅い」


 剣が盾の縁を叩く。

 真壁の体勢がわずかに崩れた。


 そこへ霧島ナツメが横から入る。


 速い。

 迷いなく、カナタの死角を突く。


 リアが割り込んだ。


「させない!」


 リアの蹴りが、ナツメの進路をずらす。


 ナツメは一瞬だけリアを見た。


「白峰リア。あなたは過去の失敗への反応が強い。戦闘中の精神負荷が大きい」


「そうだね」


 リアは息を整えながら答えた。


「でも、覚えてるから止まれるんだよ」


 ナツメの表情は動かない。


「理解不能です」


「うん。たぶん、それが問題なんだと思う」


 ナツメが再び踏み込む。


 動きは鋭い。

 綺麗で、速くて、無駄がない。


 でも、リアは完全には押されなかった。


 危険配信の幻を見た直後なのに、リアの目は逃げていない。


「私、怖いよ」


 リアが言う。


「また間違えるかもって思うし、また誰かに見られて叩かれるかもって思う」


 ナツメの短剣が振られる。

 リアはそれをかわし、足元を払う。


「でも、それ忘れたら、たぶんまた同じことする」


 ナツメの体が揺れた。


 ほんの一瞬。


 俺はすぐに鑑定する。


 対象:霧島ナツメ

 嘘:恐怖は不要

 本音:怖かった理由が分からない

 危険:記憶補正の亀裂


「ナツメさん、揺れてます! 怖かった理由が分からないだけです!」


 葉室の声が飛ぶ。


「霧島。再補正」


 ナツメの首元にある小さな端末が光った。


 彼女の表情がまた平坦になる。


「戦闘継続」


 リアが歯を食いしばった。


「今の、戻された……?」


 セイラが中央核の周囲に視線を走らせる。


「首元の端末。個別補正装置ですわね」


「壊せばいい?」


 リアが聞く。


「不用意に壊せば、記憶の反動が本人に来る可能性があります」


「ほんと最悪……!」


 その間にも、乙羽レンが後方から支援術式を展開する。


 白い迷宮の床に、細い光の線が走った。


 それは俺たちの足元を囲み、過去の幻を引きずり出す。


 セイラの前に、探索者裁判の傍聴席が再び現れた。


『悪役令嬢』

『九条家の力で逃げるんだろ』

『人を助けるふりをして、所有したいだけ』


 セイラの指が止まる。


 幻の中で、下位探索者たちが彼女を見ている。


 恐れと嫌悪。

 かつて自分が向けられても仕方なかった視線。


 乙羽レンが無感情に言った。


「九条セイラ。承認欲求、支配欲、家名依存。記憶負荷が高い。補正推奨」


 セイラが笑った。


 冷たく、誇り高く。


「余計なお世話ですわ」


 彼女は幻を見据えた。


「私は確かに、人を見下しました。使えるものを使えばいいと思っていた。所有することを、支配することと取り違えていた」


 傍聴席の声が強くなる。


『じゃあ、お前は危険だ』

『また誰かを支配する』

『変わったふりをしているだけだ』


 セイラは目を逸らさなかった。


「ええ。だから、覚えておく必要がありますの」


 彼女は手を振った。


 迷宮の壁そのものは所有できない。

 記憶も所有できない。


 だが、現実に落ちていた試合用の破損端末、金属片、支援ポール。

 それらは彼女の使用権の範囲内だった。


 金属片が浮き上がり、乙羽レンの支援術式の線を断つ。


「都合の悪い記憶を消しても、責任は消えませんわ」


 幻の傍聴席にひびが入る。


「私は、背負います。支配するためではなく、責任を取るために」


 乙羽レンの術式が崩れた。


 セイラはそのまま、乙羽へ向かって金属片を飛ばす。


 だが、直撃させない。

 彼の足元の回路だけを破壊する。


「あなたの補正も、誰かの所有物ですの?」


 セイラが問う。


 乙羽の目がわずかに揺れた。


「私は、自分の判断で支援している」


 俺は鑑定する。


 対象:乙羽レン

 嘘:自分の判断で支援している

 本音:判断を任されていない


「嘘です! その人、判断を任されてない!」


 乙羽の指が止まる。


 葉室の声。


「乙羽。再補正」


 また端末が光る。


 乙羽の目から揺れが消える。


「支援継続」


 ミナトが低く呟いた。


「人形じゃん」


 その声には、珍しく怒りが混じっていた。


 だが、迷宮はミナトも逃がさない。


 彼の周囲に、炎上した端末画面が広がる。


 無数の匿名コメント。

 切り取られた画像。

 晒された個人情報。


『お前が売った』

『情報屋だから関係ない?』

『相手が壊れても、金になればいい?』


 ミナトは端末を握ったまま、笑わなかった。


 水瀬ヒナが彼を見つめる。


「鴉羽ミナト。あなたは記憶補正を受けるべきです。罪悪感と自己嫌悪が判断を鈍らせています」


「へえ」


 ミナトは乾いた声で笑った。


「罪悪感あるように見える?」


「あります。処理されていないだけです」


「そっか」


 水瀬の支援弾が飛ぶ。

 ミナトはそれを避けながら、端末を操作する。


「じゃあ、処理しない方がいいね」


 炎上画面の幻が、彼の視界を埋める。


 それでもミナトは手を止めない。


「俺は最低な情報屋だよ。売った情報で誰かが傷ついたこともある。知らなかった、で逃げたこともある」


 水瀬の端末が光る。

 補正術式がミナトへ伸びる。


「なら、忘れるべきです」


「違うね」


 ミナトはその術式へ、逆に自分の情報パケットを流し込んだ。


「忘れたら、俺だけ楽になる」


 補正術式が乱れる。


 水瀬の表情が揺らいだ。


 俺は鑑定する。


 対象:水瀬ヒナ

 嘘:私は必要な支援だけをしている

 本音:誰かを傷つけた支援を覚えていない


「水瀬さんも同じです! 傷つけた支援を覚えてない!」


 水瀬の唇がかすかに震える。


「私は……」


「水瀬。再補正」


 葉室の声がまた響く。


 だが、ミナトが先に動いた。


「その命令、通さないよ」


 彼は水瀬の首元端末へ、偽の通信遮断情報を流した。


 ただし、仲間には事前に共有済みの偽情報。


 裏切りではない。


 水瀬の端末が一瞬だけ再補正を受け損ねる。


 彼女の目に、初めて明確な混乱が浮かんだ。


「私、何を……支援して……」


 葉室の表情が、わずかに冷えた。


「余計な干渉です」


「そっちがやってることに比べたら、かわいいもんでしょ」


 ミナトは端末を構えたまま言った。


 中央核までの距離は、まだ葉室たちの方が近い。


 だが、アルカディア推薦チームの足が止まり始めていた。


 彼らは弱くなったわけではない。


 むしろ、個々の能力は高い。


 ただ、記憶補正に亀裂が入るたび、ほんの少しだけ人間らしい迷いが戻る。


 その迷いを、葉室は即座に消そうとする。


 それが許せなかった。


 俺は中央核を見る。


 対象:中央核

 嘘:記憶補正は探索者を安定させる

 本音:恐怖を商品化しやすい形に整える

 危険:黒瀬澪関連データへの接続


 澪。


 その表示が出た瞬間、心臓が跳ねた。


 中央核の奥に、澪のデータがある。


 44話で見た断片だけではない。

 もっと奥へつながっている。


 今、俺が走れば届くかもしれない。


 澪が何を言ったのか。

 誰に「見せないで」と言ったのか。

 何を隠したのか。


 その答えが、中央核の奥にある。


「黒瀬透真」


 セイラの声がした。


 俺は顔を上げる。


 彼女は戦いながら、俺を見ていた。


「一人で選ばないこと」


 胸を突かれたようだった。


 俺は、また一人で走ろうとしていた。


 葉室が俺を見る。


「黒瀬さん。あなたは妹さんの記憶を求めている。なら、中央核へ来るべきです」


 彼の声は穏やかだった。


「あなたの望む答えは、こちらにあります」


 嘘かどうか。


 俺は鑑定する。


 対象:葉室シオンの発言

 嘘:なし

 危険:黒瀬透真の分断


 嘘ではない。


 本当に、答えは中央核にある。


 だからこそ危険だ。


 リアが叫ぶ。


「黒瀬さん!」


 カナタが真壁の盾を押し返しながら言う。


「行くなら全員で行け」


 ミナトが端末越しに笑う。


「妹さんのデータ、高そうだけどね」


「ミナトさん!」


「だから、盗られないようにみんなで回収しようって話」


 セイラが頷く。


「あなたが試合を捨てて澪さんのデータへ走る必要はありません。中央核を奪い、同時に証拠保全ルートを作ります」


「そんなこと、できますか」


「します」


 即答だった。


「あなた一人で選ばなくていいですわ」


 その言葉で、足が止まった。


 澪の記憶へ走るか。

 試合に勝つか。


 俺はずっと、そういう選択を自分一人で抱えようとしていた。


 でも、違う。


 俺には仲間がいる。


 リアが前へ出る。


「黒瀬さんは中央核を鑑定して。私は記憶を晒さずに、システムだけ映す方法を探す」


 セイラが言う。


「私は端末の管理権を一時的に奪います」


 ミナトが続ける。


「俺は証拠保全ルート。アルカディア側に偽の撤退情報も流す」


 カナタが剣を構える。


「俺は葉室を止める」


 俺は息を吸った。


 澪のデータは欲しい。

 今すぐ見たい。


 でも、一人で走らない。


「分かりました」


 俺は中央核を睨む。


「全員で取りに行きます」


 葉室の表情から、初めて笑みが消えた。


「非効率ですね」


「人間なので」


 リアが言った。


 その声は、少し震えていた。

 でも、まっすぐだった。


 葉室はゆっくり手を上げる。


「では、こちらも最終補正へ移行します」


 アルカディア推薦チーム全員の首元端末が、赤く光った。


【記憶補正深度、上昇】


 霧島ナツメの揺れが消える。

 乙羽レンの迷いが消える。

 水瀬ヒナの混乱が消える。

 真壁ゴウの盾が再び迷いなく上がる。


 彼らはまた、整った。


 恐怖を削られ、後悔を薄められ、迷いを奪われた探索者として。


 カナタが低く言う。


「来るぞ」


 葉室シオンは中央核の前で、静かに告げた。


「編集された記憶と、未処理の傷。どちらが探索者として優れているか、証明しましょう」


 俺たちは構えた。


 決勝は、最後の局面に入る。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、アルカディア推薦チームの強さの正体が少し見えてきました。


彼らは恐怖を克服したわけではありません。

恐怖や失敗、罪悪感の記憶を補正され、揺れを奪われていました。

そのため迷いなく動ける一方で、自分が何に怖がり、何に傷つき、何を間違えたのかを思い出せなくなっています。


リア、セイラ、ミナト、カナタは、それぞれの傷を消すのではなく、持ったまま進むことを選びました。

痛い記憶でも、忘れたら同じ失敗を繰り返す。

そこが今回の大事な部分です。


そして中央核の奥には、澪に関するデータがあることも分かりました。

透真はまた一人で走りそうになりましたが、今回は仲間たちと一緒に取りに行くことを選びました。


次回、国家選抜戦本戦・決勝の決着です。

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