第43話 悪人チームの勝ち方
第三波の魔物は、それまでの二波とは明らかに違っていた。
ただ数が多いだけではない。
動きが揃っている。
小型魔物が防衛線の隙間を探り、中型魔物がそこを押し広げる。最後に、大型魔物が正面から壁ごと砕きに来る。
久我タケルの《不退壁》が、正面で光を放った。
「来るぞ!」
大型魔物の巨体が、透明な防壁に激突する。
轟音。
石畳が割れ、久我の足がわずかに沈む。
だが、彼は退かなかった。
その横を、御影カナタが抜ける。
久我が止め、カナタが流す。
正反対の戦い方なのに、防衛線としては噛み合っていた。
「右、抜けます!」
伏見ソウタの声が飛ぶ。
「リアさん、右側の小型二体!」
「見えてる!」
白峰リアが救助対象を安全区域へ誘導しながら、右側へ走る。
小型魔物の前に飛び出し、倒すのではなく進路をずらす。
三条ユイの《光路形成》が、リアの足元に伸びた。
「リアさん、次の足場、光出します!」
「助かる!」
敵同士なのに、助け合っている。
だが、それでも試合は試合だ。
救助点。
防衛点。
制圧点。
倫理評価。
すべてが判定されている。
俺は北側防衛線全体を見る。
危険表示がいくつも浮かぶ。
全部を見るな。
今必要なのは、防衛線を割る危険だけだ。
対象:第三波魔物群
危険:大型魔物の二段突進
嘘:正面突進のみ
「大型、二段目です! 一回受けた後、もう一回来ます!」
久我の顔が強張る。
「二段!?」
大型魔物が後ろ足を沈める。
一度受け止められたはずの巨体が、再び突進の姿勢を取った。
天宮ハルトが即座に走る。
「久我、下がるな! 僕が支える!」
《守護誓約》の光が、久我の防壁に重なる。
強い。
だが、その瞬間、俺には別の危険が見えた。
対象:天宮ハルトの守護誓約
危険:背面防衛線の空白
「天宮さんが入ると、後ろが空きます!」
伏見が解析を修正する。
「後方小型三体、抜ける!」
そこへ、九条セイラが手を振った。
壊れた道路標識、鉄柵、瓦礫片。
周囲の物が動き、小型魔物の進路に落ちる。
「私の方で塞ぎますわ!」
だが、セイラの動きに久我の防壁が干渉する。
防壁が強すぎて、瓦礫の配置がわずかにずれた。
「久我さん、壁の角度を少しだけ左へ!」
セイラが叫ぶ。
久我は一瞬ためらった。
敵チームの指示で、自分の防壁をずらす。
普通なら危険だ。
だが、天宮が言った。
「久我、従って!」
「了解!」
壁の角度が変わる。
セイラの瓦礫が正しい位置へ落ちる。
後方の小型三体が止まった。
防衛線は、ぎりぎりで保たれた。
観客席から歓声が上がる。
だが、俺たちの状況が有利になったわけではない。
魔物の数は減ってきている。
救助対象も全員、安全区域に近づいている。
けれど、このまま終われば、わずかに神楽坂門下チームが上だ。
救助初動の速さ。
防衛線の安定。
そして何より、正しいチームとしての印象。
俺たちは危険回避と修正判断で点を取っているが、正面の評価では負けている。
ミナトが端末を見ながら言った。
「このままだと、門下チームが少し上。防衛点で追いついても、倫理評価と救助安定性で負けるね」
リアが息を切らしながら聞く。
「じゃあ、どうする?」
「チーム間制圧点を取るしかない」
つまり、神楽坂門下チームを直接上回る必要がある。
ただし、ここで乱暴に攻撃すれば終わりだ。
共同防衛中に相手を殴ったように見える。
それでは、勝っても負ける。
セイラが静かに言った。
「正攻法では勝ちにくいですわね」
リアがちらりと見る。
「それ、悪い顔してる?」
「いつも通りです」
「絶対いつもより悪い顔」
セイラは否定しなかった。
「天宮ハルトは正しい。神楽坂門下チームは真っ直ぐです。だからこそ、正面から崩すのは難しい」
「じゃあ、どうするの?」
セイラは俺を見た。
「黒瀬透真。防衛線全体ではなく、天宮ハルト本人を見なさい」
「天宮さんを?」
「ええ。彼の嘘ではなく、危険を」
俺は天宮を見る。
対象:天宮ハルト
状態:守護誓約発動中
嘘:なし
危険:守護対象の過剰拡大
「天宮さん、守る対象を広げすぎています」
セイラの目が光る。
「やはり」
天宮は、救助対象も、仲間も、防衛線も、観客に示す正義も、全部守ろうとしている。
その姿は美しい。
でも、守るものが多すぎる。
守護誓約が強力なぶん、対象を広げすぎれば、力は分散する。
「彼を倒す必要はありません」
セイラが言った。
「彼自身に、守れないものを選ばせます」
リアが顔をしかめる。
「それ、悪役の発想じゃない?」
「勝つための発想ですわ」
ミナトが笑う。
「悪役チームっぽくていいね」
「あなたに言われると不愉快ですわね」
カナタが短く言った。
「だが、効く」
天宮は正しい。
なら、その正しさが抱えられる限界を突く。
卑怯に聞こえる。
でも、これが俺たちの勝ち方なのかもしれない。
俺たちは、綺麗な正義では勝てない。
なら、相手の正しさを否定せず、その限界を見つける。
セイラは短く作戦を伝えた。
「リアは避難路側で救助対象の安全を強調。天宮がそちらを守りたくなるように動きなさい」
「了解」
「ミナトは伏見ソウタに、偽情報ではなく正しい情報を過剰に流しなさい」
「性格悪いねえ」
「あなた向きでしょう」
「否定しない」
「カナタは久我を引きつけすぎず、天宮の介入余地を残す。黒瀬透真は危険を絞って私に伝えなさい」
「はい」
作戦はすぐに始まった。
リアが南側避難路へ走る。
「こっち、まだ足場が不安定! ユイさん、光路を少し伸ばせる?」
三条ユイは即座に反応した。
「伸ばします!」
天宮もそちらを見る。
救助対象はすでに安全区域に近い。
だが、足場の悪さは本物だ。
守るべき危険がある。
天宮の守護誓約が、避難路側へ薄く伸びる。
同時に、ミナトが伏見へ情報を投げた。
「伏見くん、北西の魔物群、二十秒後に右へ寄る。あと南側避難路、足場不安定。中央支柱も危ないよ」
伏見が警戒する。
「鴉羽さんの情報は信用しません」
「だろうね。でも全部本当」
俺は鑑定する。
対象:鴉羽ミナトの情報
嘘:なし
「ミナトさんの情報、嘘なしです!」
伏見の表情が歪む。
嘘ではない。
だから無視できない。
正しい情報を過剰に流される。
それもまた、判断を圧迫する。
伏見は解析対象を増やさざるを得ない。
天宮はそれを受けて、守護対象をさらに広げる。
仲間。
救助対象。
防衛線。
避難路。
崩落しそうな支柱。
全部守ろうとする。
セイラが低く言った。
「今です」
彼女は周囲の瓦礫を動かした。
攻撃ではない。
防衛線の補強だ。
ただし、補強場所が絶妙だった。
天宮の守護誓約が伸びている場所の一つに、さらに別の保護対象を追加する形。
天宮は反射的にそこへ守護を回す。
その瞬間、彼の足元の光が揺らいだ。
守護誓約の範囲が広がりすぎた。
「天宮さん、守護が分散してます!」
俺が叫ぶ。
伏見も気づいた。
「ハルト、守護対象を絞れ!」
だが、天宮は絞れない。
どれも本当に危険だからだ。
リアが避難路で叫ぶ。
「こっちは私が見る! 天宮さん、正面に集中して!」
天宮は迷う。
リアを信じれば、守護を正面に戻せる。
だが、リアには危険配信の過去がある。
天宮はさっき、その危うさを指摘したばかりだ。
信じられるのか。
その一瞬の迷い。
カナタが動いた。
天宮を斬りに行くのではない。
久我の防壁の横を抜け、天宮の守護範囲の中心へ踏み込む。
天宮は反射的に剣を向ける。
カナタの剣と天宮の剣がぶつかった。
「全部守るな」
カナタが言う。
天宮が歯を食いしばる。
「守る!」
「なら、負ける」
カナタの声は冷たくない。
ただ、現実を告げていた。
天宮が踏み込む。
カナタが受け流す。
その間に、セイラが中央防衛設備の残骸へ手を伸ばす。
壊れた防衛塔。
倒れた警備柵。
魔導バッテリーの切れかけた照明柱。
使えるものは少ない。
だが、ゼロではない。
セイラが言った。
「所有権がなくても、使用権は残っていますわ」
防衛塔の残骸が立ち上がる。
中央の魔物進路を塞ぐように、ぎこちなく動いた。
天宮は正面へ守護を戻そうとする。
だが、戻せば避難路側が薄くなる。
そこをリアが支えた。
「こっちは任せて!」
リアは救助対象を背に、小型魔物の進路を蹴りでずらす。
完璧ではない。
危うい。
でも、逃げていない。
天宮は一瞬だけ目を閉じた。
そして、守護を正面へ戻した。
「ユイ、避難路はリアさんに合わせて!」
「了解!」
天宮が、リアを信じた。
その判断は正しい。
だが、試合としては遅かった。
守護が揺らいだ一瞬。
セイラが中央防衛設備の制御を奪った。
【防衛貢献更新】
【九条セーフティリンク臨時隊:中央防衛制御獲得】
伏見が叫ぶ。
「主導権を取られた!」
ミナトが笑う。
「正しい情報、役に立ったでしょ?」
「性格が悪い!」
「よく言われる」
第三波の大型魔物が、最後の突進に入る。
中央防衛制御を取った以上、ここで止めれば俺たちの貢献点が大きく伸びる。
しかし、神楽坂門下チームも諦めない。
天宮が叫ぶ。
「久我、正面! ユイ、光路を防壁に接続! 伏見、右の抜け道!」
速い。
立て直しが早い。
だが、こちらも動く。
俺は大型魔物を見る。
対象:大型魔物
危険:突進後、背部から小型魔物放出
嘘:単体
「単体じゃない! 背中に小型が隠れてます!」
伏見が驚く。
「背部反応、確認!」
天宮が即座に指示する。
「ユイ、小型対策!」
だが、それより先にリアが動いた。
「私が行く!」
リアは避難路から戻り、魔物の側面へ走る。
小型魔物が背中から飛び出す瞬間、リアが視界共有マーカーを投げた。
人気投票バトルで得た支援の残りだ。
小型魔物の位置が全員に共有される。
カナタが一体を斬る。
久我が防壁で二体を止める。
ユイが光路で逃げ道を塞ぐ。
セイラが瓦礫で残りを押し返す。
そして天宮とカナタが、同時に大型魔物の正面へ入った。
「合わせろ」
カナタが言う。
「はい!」
天宮が応じる。
正義の剣と、灰色の剣。
二つが同時に振られる。
大型魔物の突進が止まった。
防衛線は割れなかった。
【第三波魔物侵攻、阻止】
【救助対象全員、安全区域到達】
【防衛線維持】
試合終了のアナウンスが響いた。
【国家選抜戦本戦・準決勝、終了】
【救助点、防衛点、制圧点、倫理評価を集計します】
会場が静まり返った。
どちらが勝ったのか、すぐには分からない。
神楽坂門下チームは救助の初動が優れていた。
俺たちは危険回避と防衛制御で巻き返した。
直接戦闘では決着をつけきっていない。
共同防衛も多かった。
モニターに、点数が表示される。
【救助点】
神楽坂門下チーム:高
九条セーフティリンク臨時隊:中高
【防衛点】
九条セーフティリンク臨時隊:高
神楽坂門下チーム:高
【制圧点】
九条セーフティリンク臨時隊:中
神楽坂門下チーム:中
【倫理評価】
神楽坂門下チーム:高
九条セーフティリンク臨時隊:中高
リアが小さく言う。
「微妙……」
セイラも黙っている。
ミナトが端末を見ながら言った。
「防衛主導権の点がどこまで入るか」
カナタは何も言わない。
天宮も静かに結果を待っていた。
やがて、総合結果が表示される。
【勝者】
【九条セーフティリンク臨時隊】
一瞬、音が消えた。
次の瞬間、歓声が爆発する。
リアが息を呑む。
「勝った……?」
俺も信じられなかった。
勝った。
正義のチームに。
神楽坂門下チームに。
セイラがゆっくり息を吐いた。
「ぎりぎりですわね」
ミナトが笑う。
「悪役チーム、勝利」
「その言い方はやめなさい」
でも、否定しきれなかった。
俺たちは綺麗に勝ったわけではない。
天宮の守護対象を増やし、迷わせた。
伏見に正しい情報を過剰に流し、解析負荷を上げた。
リアへの信頼を試し、天宮の判断を揺らした。
相手の正しさを、そのまま弱点として使った。
正攻法だけではない。
灰色の勝ち方。
でも、救助対象は全員助かった。
防衛線も守った。
相手を貶めるためだけの嘘は使っていない。
それが、俺たちの答えだった。
天宮ハルトがこちらへ歩いてきた。
彼は剣を収め、深く頭を下げる。
「負けました」
セイラが言う。
「よい勝負でしたわ」
「はい」
天宮は顔を上げた。
悔しさはある。
でも、怒りはない。
「あなたたちは、僕たちの正しさを利用しました」
「ええ」
セイラは否定しなかった。
「ですが、救助対象を危険に晒す嘘は使わなかった。防衛線も守った。リアさんを信じる判断を、僕に迫った」
天宮はリアを見る。
「白峰さん。さっきの避難路、任せてよかったです」
リアは少し驚いて、それから笑った。
「ありがとう」
天宮は次に俺を見た。
「黒瀬さん。僕はまだ、あなたたちが危ういチームだと思っています」
「はい」
「でも、危ういから駄目だ、とは言い切れなくなりました」
その言葉は、少しだけ胸に残った。
神楽坂門下チームは退場していく。
天宮たちの背中を見ながら、俺は思った。
正しい人たちに勝った。
でも、正しさを否定したわけじゃない。
俺たちは、綺麗ではないまま勝った。
その事実が、少し重かった。
会場のモニターが切り替わる。
準決勝のもう一方の結果が表示されていた。
【準決勝第二試合】
【勝者:アルカディア・ゲート推薦チーム】
その文字を見た瞬間、空気が変わった。
アルカディア。
記憶を売るギルド。
新人研修ダンジョンで、失敗と恐怖を商品にしていた企業。
潜入で証拠の一部は掴んだが、中枢データは逃げた。
その推薦チームが、決勝まで来ている。
ミナトが小さく笑った。
「やっぱり、勝ち残ってたか」
リアが顔をしかめる。
「目立ってた?」
「全然」
ミナトは端末を操作する。
「だから怖いんだよ。派手な勝ち方をしてない。誰かの名場面になるような戦いもしてない。ただ、いつの間にか勝ってる」
セイラが目を細める。
「国家選抜戦で勝つこと自体が目的ではない可能性がありますわね」
「だろうね」
佐伯の声が通信に入る。
「決勝の対戦相手が確定しました」
大型モニターに、次の試合名が表示される。
【国家選抜戦本戦・決勝】
【九条セーフティリンク臨時隊】
【対戦相手:アルカディア・ゲート推薦チーム】
会場がざわめいた。
俺の胸が冷える。
アルカディア推薦チームの映像が映る。
全員、整っていた。
清潔な装備。
礼儀正しい姿勢。
無駄のない動き。
笑顔すら、丁寧に訓練されたように見える。
模範的な新人探索者たち。
だが、俺には嫌なものが見えた。
対象:アルカディア・ゲート推薦チーム
嘘:彼らは自分の意志で戦っている
危険:記憶補正
喉が乾く。
「彼ら、自分の意志で戦っている、が嘘です」
リアが息を呑む。
「記憶加工?」
「危険表示は、記憶補正です」
セイラの顔が冷たくなる。
「決勝の場で、まだやりますのね」
カナタが剣を握り直す。
「次は、正しいチームじゃない」
ミナトが笑った。
軽い笑いではない。
ひどく冷えた笑みだった。
「悪意ある現実ってやつだね」
俺はモニターを見上げた。
正義のチームを倒した次に待っていたのは、綺麗な顔をした記憶加工のチーム。
神楽坂門下チームは、俺たちの危うさを正面から突いた。
でも、アルカディアは違う。
相手の傷を、商品にする。
失敗を、訓練データにする。
恐怖を、切り取って売る。
俺たちは、そこから逃げたままでは決勝に立てない。
モニターの中で、アルカディア推薦チームの隊長がこちらへ向かって丁寧に頭を下げた。
そして、口元だけで笑った。
その笑顔に、温度はなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
神楽坂門下チームとの準決勝は、九条セーフティリンク臨時隊の勝利となりました。
今回は、綺麗な勝ち方ではありません。
天宮ハルトの正しさを否定せず、その正しさが抱え込みすぎる点を突きました。
伏見には正しい情報を過剰に流し、天宮には守る対象を増やし、リアを信じるかどうかの判断を迫りました。
卑怯ではない。
けれど、完全に綺麗でもない。
それがこのチームらしい勝ち方だったと思います。
そして決勝の相手は、アルカディア・ゲート推薦チームです。
正義のチームを越えた先に待っていたのは、記憶を加工された模範的な探索者たちでした。
次回、国家選抜戦本戦・決勝に入ります。
ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




