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第41話 正義のチーム

 神楽坂門下チーム。


 その名前が大型モニターに表示された瞬間、会場の空気が変わった。


 歓声ではない。


 ざわめきでもない。


 もっと静かで、もっと重いもの。


 ああ、来たか。


 そんな空気だった。


【準決勝進出チーム決定戦】

【九条セーフティリンク臨時隊】

【対戦相手:神楽坂門下チーム】


 画面に、相手チームのメンバーが映る。


 全員、若い。


 だが、立ち姿に迷いがない。


 白と紺を基調にした探索者装備。

 胸元には、神楽坂レイジが設立に関わった探索者育成機関の紋章。


 中心にいる青年の名前が表示された。


【天宮ハルト】

【神楽坂レイジ直系訓練課程修了】

【スキル:守護誓約】


 その隣に、短髪の女性探索者。


【三条ユイ】

【救助特化探索者】

【スキル:光路形成】


 さらに、眼鏡をかけた細身の青年。


【伏見ソウタ】

【戦術補助】

【スキル:戦域解析】


 最後に、大柄な前衛。


【久我タケル】

【防衛型探索者】

【スキル:不退壁】


 神楽坂門下チーム。


 名前だけなら、もっと派手な英雄候補の集まりかと思っていた。


 でも、映像越しに見える彼らは違った。


 笑顔を振りまいていない。

 挑発もしない。

 俺たちを見下すような表情もない。


 ただ、まっすぐ立っている。


 真面目で、勇敢で、正しい。


 そういう言葉が似合うチームだった。


 リアが小さく呟いた。


「……強そう」


 セイラが腕を組む。


「実際に強いでしょうね」


 ミナトが端末を見ながら言った。


「神楽坂門下チームは人気も高い。派手な配信者人気じゃなくて、信頼型。災害救助訓練、低ランク探索者支援、被害者対応。そういう実績が多い」


「嫌な相手ですわね」


 セイラが言う。


 リアが首を傾げる。


「嫌な相手? いい人たちっぽいけど」


「だから嫌なのです」


 セイラの声は静かだった。


「悪人なら倒しやすい。嘘つきなら黒瀬透真が見抜ける。契約の穴を突く相手なら私が潰せる。ですが、彼らはおそらく本当に善良です」


 俺はモニターを見る。


 神楽坂門下チームの紹介映像が流れている。


 崩落したダンジョンから子どもを救い出す天宮ハルト。

 負傷者の逃走路を光で照らす三条ユイ。

 仲間へ的確に指示を飛ばす伏見ソウタ。

 魔物の突進を一人で受け止める久我タケル。


 全部、作り物には見えない。


 俺は思わず鑑定した。


 対象:神楽坂門下チーム紹介映像

 嘘:なし

 備考:編集あり


 嘘はない。


 ただし、編集はある。


 それは当然だ。


 映像である以上、切り取られている。


 でも、映っている救助そのものは本物。


 彼らは本当に人を助けてきた。


 カナタが低く言った。


「正面から来る相手だ」


「正面から?」


 リアが聞く。


「ああ。裏切らない。罠も少ない。だが、正しい理由で殴ってくる」


 その言葉に、俺は少し寒くなった。


 正しい理由で殴ってくる。


 次の試合は、そういう戦いになるのか。


 佐伯ユズルが説明室へ入ってきた。


「試合形式が公開されました」


 大型モニターが切り替わる。


【準決勝進出チーム決定戦】

【形式:救助防衛複合フィールド】

【勝利条件:制限時間内に民間人役ダミーを安全区域へ移送し、同時に魔物侵攻を防衛する】

【追加判定:チーム倫理評価、被害最小化、指揮判断】


 リアが顔をしかめる。


「救助と防衛……神楽坂門下チーム、めちゃくちゃ得意そう」


「得意でしょうね」


 佐伯は淡々と答える。


「彼らは災害救助型の訓練を多く受けています。正面戦闘だけでなく、民間人保護、避難誘導、防衛線構築に強い」


 セイラが言う。


「こちらに不利な形式ですわね」


「はい」


 佐伯は否定しなかった。


「ただし、あなたたちにも勝ち筋はあります」


 ミナトが笑う。


「また難しいやつ?」


「はい」


「正直でいいね」


 佐伯は説明を続ける。


「今回のフィールドには、複数の民間人役ダミー、破損設備、避難経路、魔物侵入口があります。救助対象を全員助けようとすれば防衛線が薄くなる。防衛を優先すれば救助が遅れる」


「つまり、綺麗な満点は取りづらい」


 俺が言うと、佐伯は頷いた。


「そうです」


 セイラが目を細める。


「神楽坂門下チームは、おそらく全員救助を掲げるでしょう」


「可能性は高いです」


「こちらが現実的な取捨選択をすれば、印象で負けますわね」


 その通りだった。


 俺たちは灰色のチームだ。


 リアには危険配信の過去がある。

 セイラは嫌われ者の令嬢。

 ミナトは情報屋。

 カナタは自分を犠牲にしようとする元S級。

 俺は妹の真実に引きずられているFランク鑑定士。


 対して相手は、神楽坂の弟子たち。


 真面目で勇敢で、人を救うために戦うチーム。


 もし俺たちが「全員を助けるのは無理だ」と言えば、相手は「それでも助ける」と言うだろう。


 観客はどちらを応援するか。


 考えるまでもない。


 リアが腕を組む。


「でも、全員救助が正しいなら、それでよくない?」


 セイラはリアを見る。


「正しいですわ。可能なら」


「可能じゃない場合?」


「そこで判断が必要になります」


 カナタが言った。


「救助現場で一番危ないのは、助けたい奴が多すぎることだ」


 リアの表情が少し固くなる。


 カナタは続ける。


「助けたい気持ちだけで動くと、救助者も死ぬ。防衛線も崩れる。結果、もっと死ぬ」


「……分かるけど」


「分かりたくないだろうな」


「うん」


 リアは正直に頷いた。


 カナタの言葉は冷たい。


 でも、たぶん現場の言葉だ。


 俺は第1の事件を思い出す。


 リアは「全員で出る」と言った。


 でも、俺の鑑定には出ていた。


 嘘:全員を助けられる

 本音:それでも見捨てたくない


 あの時もそうだった。


 全員を助けたい。


 でも、全員を簡単に助けられるわけではない。


 正しさと現実は、いつも同じ方向を向いているわけではない。


 ミナトが端末を操作する。


「神楽坂門下チームの過去試合、見た方がいいよ」


 共有された映像が浮かぶ。


 数か月前の救助訓練大会。


 天宮ハルトが、崩落寸前の通路へ飛び込む。

 三条ユイが光路で避難経路を作る。

 久我タケルが防壁になる。

 伏見ソウタが全体を解析して救助順を出す。


 危険な判断もある。


 だが、成功している。


 救助対象全員を助け、防衛線も維持した。


 会場は大歓声。


 実況は「神楽坂イズムの継承者」と称えている。


 俺は映像を鑑定する。


 対象:過去試合映像

 嘘:なし

 備考:失敗ケースは編集外


「映像に嘘はありません。でも、失敗ケースは編集外です」


 ミナトが頷く。


「そう。彼らは成功した時の映像が強い。失敗した時の記録がほとんど表に出てない」


「失敗してるんですか」


 リアが聞く。


「してる。人間だからね」


 ミナトは軽く言う。


「でも、神楽坂門下チームのイメージは『諦めず全員を救う正義のチーム』で固まってる」


 セイラが静かに言った。


「そのイメージが、彼ら自身を縛っている可能性がありますわね」


 俺は神楽坂レイジを思い出す。


 英雄。


 人々の期待。

 信頼。

 物語。


 神楽坂自身も、それに縛られているのかもしれない。


 そして、その弟子たちも。


 正しい探索者であれ。

 全員を救え。

 諦めるな。

 希望を見せろ。


 それは美しい。


 でも、美しいものは時々、人を追い詰める。


 試合開始までの準備時間、俺たちは作戦を立てた。


 フィールドは、災害都市型。


 中央に避難ビル。

 東西に民間人役ダミーの散在エリア。

 北側に魔物侵入口。

 南側に安全区域。


 救助対象は十名。


 魔物侵攻は三段階。


 防衛線が崩れれば、救助対象が危険になる。


 救助に人数を割きすぎれば、防衛が薄くなる。


 防衛に寄りすぎれば、救助が遅れる。


 神楽坂門下チームは、おそらく分担が上手い。


 天宮ハルトが前線指揮。

 三条ユイが避難路形成。

 伏見ソウタが全体解析。

 久我タケルが防衛。


 隙が少ない。


 セイラが言う。


「正面から救助速度で競えば不利ですわ」


「なら、どうする?」


 リアが聞く。


「こちらは危険の予測精度で勝ちます」


 セイラは俺を見る。


「黒瀬透真。あなたの鑑定で、救助対象の危険度と避難経路の嘘を見ます」


「はい」


「白峰リアは救助対象との接触。声かけと誘導はあなたが一番自然です」


「了解」


「御影カナタは北側防衛。ただし、単独で抱えすぎないこと」


「ああ」


「鴉羽ミナトは門下チームの動きとフィールド情報を解析」


「はいはい」


「私は避難経路と設備管理。使えるものは全部使います」


 役割は明確だった。


 だが、不安は残る。


 この試合は、単に勝てばいいわけではない。


 倫理評価がある。


 被害最小化がある。


 そして相手は、正義のチーム。


 こちらが少しでも冷たい判断をすれば、そこを突かれる。


 リアがぽつりと言った。


「私たち、悪役っぽく見えるのかな」


 セイラが即答する。


「見えるでしょうね」


「即答つら」


「ですが、見え方だけで戦うと負けます。あなたは前回それを学んだはずです」


「うん」


 リアは頷いた。


「全員に好かれなくていい、だよね」


「ええ」


 カナタが短く言う。


「正しく見えることと、正しく動くことは違う」


 その言葉は、重かった。


 試合開始時刻が来る。


 俺たちは災害都市型フィールドの西側ゲートに立った。


 向こう側には、半壊した街が広がっている。


 ビルの窓は割れ、道路は陥没し、遠くで警報音が鳴っている。

 北側の空には、魔物侵入口を示す赤い光。


 公式ドローンが上空を飛び、観客席の歓声が遠く聞こえる。


 東側ゲートには、神楽坂門下チームが立っていた。


 天宮ハルトがこちらを見る。


 彼はまっすぐな目をしていた。


 敵意はない。


 だが、揺らがない信念がある。


 天宮は、試合前の挨拶として声を張った。


「よろしくお願いします」


 セイラが返す。


「ええ。よろしくお願いしますわ」


 天宮は続けた。


「僕たちは、救える人を一人も諦めません」


 会場が沸いた。


 正しい言葉。


 強い言葉。


 観客はそれを待っていた。


 リアが少しだけ唇を噛む。


 セイラは表情を変えない。


 カナタは黙ったまま。


 俺は天宮を鑑定した。


 対象:天宮ハルト

 嘘:救える人を一人も諦めません

 備考:本人は本気


 嘘ではない。


 彼は本気でそう思っている。


 俺は小さく息を吐いた。


 それが、怖かった。


 試合開始のカウントダウン。


 三。


 二。


 一。


【試合開始】


 同時に、警報が鳴った。


【救助対象十名出現】

【第一波魔物侵攻開始】

【避難制限時間:十五分】


 マップが表示される。


 救助対象は、西側ビルに三名。

 中央地下街に四名。

 東側広場に二名。

 北側倉庫に一名。


 魔物は北から南へ侵攻。


 安全区域は南。


 天宮ハルトの声が響く。


「ユイ、東側二名! ソウタ、全体解析! タケル、北側防衛! 僕は中央へ行く!」


 速い。


 迷いがない。


 神楽坂門下チームは、一瞬で散った。


 三条ユイの足元に光の道が伸びる。

 久我タケルが北側へ走り、防壁を展開。

 伏見ソウタがドローン情報を解析し、救助ルートを表示。

 天宮ハルトは中央地下街へ向かった。


 完璧に近い初動だった。


 対して、こちらは西側から始まる。


 セイラが即座に言う。


「西側ビル三名を確保。その後、中央地下街へ」


 カナタが北を見る。


「俺は防衛へ回る」


「一人で抱えすぎないこと!」


 リアが言う。


「分かってる」


 カナタは短く答え、北側へ向かった。


 リアと俺とセイラは西側ビルへ入る。


 ミナトは端末で全体状況を追いながら後ろに続く。


 西側ビルの中は、瓦礫で足場が悪かった。


 救助対象のダミー三名は、二階、一階奥、地下倉庫に分かれている。


 セイラが指示する。


「リア、一階奥。黒瀬透真、二階への階段を鑑定。私は地下倉庫の扉を開けます」


「了解!」


 俺は階段を見る。


 対象:西側ビル階段

 嘘:通行可能

 危険:三段目崩落


「三段目、崩れます!」


 リアが足を止める。


 セイラが近くの机を動かし、階段の崩落部分を補強する。


 リアが二階へ上がる。


 俺は一階奥へ向かい、救助対象の周囲を見る。


 対象:一階奥救助対象

 状態:軽傷、移動可能

 嘘:動けない


「この人、支えれば動けます!」


 リアが二階から叫ぶ。


「こっち一名確保!」


 セイラも地下倉庫から言う。


「地下も開きましたわ!」


 初動は悪くない。


 西側三名を確保。


 リアが声をかける。


「こっちです。走らなくて大丈夫。足元だけ見て」


 救助対象を南へ誘導する。


 その間に、北側で轟音が響いた。


 カナタが第一波の魔物を止めている。


 だが、魔物の数が多い。


 マップを見ると、久我タケルも北側で防衛しているが、門下チーム側の防衛線は東寄り。

 カナタは西寄りを一人で受けている。


 俺は通信する。


「カナタさん、大丈夫ですか!」


「今はな」


 今は。


 危ない答えだった。


 セイラも気づく。


「御影カナタ、無理をする前に下がりなさい」


「まだ下がる場面じゃない」


 この人はすぐこれだ。


 リアが救助対象を安全ルートへ送りながら言う。


「カナタさん、約束!」


「分かってる」


 本当に分かっているのか怪しい。


 その時、中央地下街から緊急表示が出た。


【中央地下街、崩落予兆】

【救助対象四名、危険度上昇】


 天宮ハルトが中央へ入っている。


 彼は四名全員を救出しようとしていた。


 伏見ソウタの解析が、門下チームの動きを支えている。


 表示される避難ルートは、最短。


 だが、俺はマップを見た瞬間、違和感を覚えた。


 中央地下街のルート表示を鑑定する。


 対象:中央地下街最短避難ルート

 嘘:最短避難ルート

 危険:二次崩落


「中央の最短ルート、嘘です! 二次崩落します!」


 俺が叫ぶと、セイラがすぐに通信を開く。


「天宮ハルト! 中央最短ルートは危険ですわ!」


 少し遅れて、天宮の声が返ってくる。


「情報感謝します。ただ、こちらの解析では通行可能です」


「解析が間違っています!」


 俺が言う。


 天宮は一瞬黙る。


 だが、すぐに答えた。


「伏見の解析を信じます。こちらは四名全員を救助します」


 嘘はない。


 彼は本気でそう信じている。


 伏見ソウタの解析も、おそらく通常なら正しい。


 だが、俺の鑑定は危険を示している。


 リアが焦る。


「どうする?」


 セイラが歯を食いしばる。


「中央へ向かいます」


「西側の三名は?」


「南小路を使って安全区域へ誘導します。リア、任せます」


「分かった!」


 リアが西側三名を誘導する。


 俺とセイラは中央へ走る。


 ミナトが後ろから言う。


「これ、下手すると門下チームの救助に横槍入れたって見られるよ」


「見られ方は後です!」


 セイラが叫ぶ。


「今は崩落を止めます!」


 中央地下街に入ると、すでに天宮ハルトが救助対象四名を連れていた。


 彼は一人を背負い、一人の手を引き、残り二人を三条ユイの光路で誘導している。


 見事だった。


 誰が見ても、英雄の弟子にふさわしい動き。


 だが、その進行方向の天井に、細かい亀裂が走っている。


 俺にははっきり見えた。


 危険。


 崩れる。


「そっちは駄目です!」


 俺が叫ぶ。


 天宮がこちらを見る。


「しかし、こちらが最短です!」


「最短が嘘です!」


 伏見ソウタが通信で言う。


「黒瀬さん、こちらの戦域解析では崩落確率は低い。あなたの鑑定は根拠を提示できますか」


 根拠。


 俺は詰まる。


 鑑定に根拠は見えない。


 ただ、嘘と危険が見える。


 でも、それをどう証明する?


 セイラが言う。


「根拠より先に避難を」


 伏見が返す。


「根拠のない誘導変更は救助時間を損ないます。こちらは四名全員を救う必要があります」


 正論だった。


 だが、正論を言っている間にも亀裂は広がる。


 天宮は迷っている。


 彼も馬鹿ではない。


 俺たちを無視したいわけではない。


 ただ、仲間の解析と俺の鑑定、どちらを信じるかで揺れている。


 その時、救助対象の一人が転んだ。


 天宮が支える。


 足が止まる。


 天井から砂が落ちた。


「来ます!」


 俺が叫ぶ。


 セイラが周囲の金属看板を動かし、天井の支えにする。


 だが、所有権が弱い。


 地下街の設備は運営所有が多く、完全には動かない。


 天宮が叫ぶ。


「ユイ、光路を右へ!」


 三条ユイが光の道を曲げる。


 だが、右ルートも狭い。


 四名全員を同時に逃がすには遅い。


 俺は鑑定する。


 対象:中央地下街右ルート

 危険:渋滞、救助対象二名遅延

 嘘:全員同時避難可能


「全員同時は無理です!」


 言った瞬間、天宮の顔が変わった。


 全員を救う。


 彼の信念。


 それが、今ここで壁にぶつかっている。


 セイラが叫ぶ。


「二名ずつ分けなさい!」


 天宮が答える。


「分ければ後方の二名が危険になる!」


「分けなければ全員が危険です!」


 空気が張り詰める。


 観客席の声も、公式ドローンの音も、遠く感じた。


 これは、正義と現実のぶつかり合いだ。


 天宮は諦めたくない。

 セイラは切り分けろと言う。

 俺は危険が見える。

 伏見は解析を信じる。


 その瞬間、北側からカナタの声が飛んだ。


「天宮、二名をこっちへ回せ」


 俺たちは驚く。


 カナタは北側防衛をしながら、中央へ近い側の通路を開けていた。


「俺が受ける」


 セイラが即座に怒る。


「また一人で抱えるつもりですの!?」


「違う」


 カナタの声は短い。


「久我と挟む」


 北側の防衛ラインで、神楽坂門下チームの久我タケルがこちらを見た。


 カナタは彼に言った。


「久我。西側の二名、受けられるか」


 久我は一瞬だけ天宮を見た。


 天宮が迷う。


 久我は大きく頷いた。


「受ける!」


 カナタと久我。


 別チームの前衛二人が、防衛線を一瞬組み替える。


 その間に、救助対象二名を右ルートへ。

 残り二名を北西通路へ。


 リアが西側から戻り、北西通路へ走った。


「こっち二名、私が誘導する!」


 三条ユイが右ルートへ光路を伸ばす。


 セイラが看板を支柱代わりに固定する。


 ミナトが叫ぶ。


「崩落まで十秒!」


 伏見ソウタが、初めて焦った声を出す。


「解析修正、崩落確率上昇! 黒瀬さんの鑑定が正しい!」


 天宮の顔が歪む。


 だが、彼はすぐに叫んだ。


「分割避難! 二名ずつ! ユイ、右! リアさん、北西をお願いします!」


 迷いは消えた。


 遅かったかもしれない。


 でも、間に合う。


 救助対象が二手に分かれる。


 リアが北西の二名を誘導する。


「こっち! 足元見て! 焦らなくていい!」


 天宮が右ルートの二名を支える。


 三条ユイが光路を強める。


 カナタと久我が北側から来る魔物を同時に受け止める。


 タイプの違う二人の防衛。


 カナタは流す。

 久我は受け止める。


 不思議と噛み合っていた。


 そして、最後の救助対象が通路を抜けた瞬間。


 天井が崩れた。


 轟音。


 粉塵。


 地下街の最短ルートが完全に塞がる。


 もし、あのまま進んでいたら。


 四名全員が巻き込まれていたかもしれない。


 天宮は粉塵の向こうで立ち尽くしていた。


 拳を握っている。


「……助かりました」


 彼は俺たちに頭を下げた。


 セイラは言う。


「礼は後です。防衛線が崩れますわ」


 その通りだった。


 中央地下街に時間を使ったことで、北側の魔物侵攻が進んでいる。


 カナタと久我が持ちこたえているが、第二波が近い。


 天宮はすぐ顔を上げる。


「門下チーム、北側防衛へ合流! 救助対象は安全区域へ!」


 俺たちも動く。


 しかし、公式モニターにはコメントが流れていた。


『今の黒瀬すごくない?』

『門下チームの解析ミス?』

『天宮くんでも迷うんだな』

『九条チームが助けた?』

『いや門下の立て直しも早かった』

『全員救助って難しいんだな』


 天宮の「全員を諦めない」という宣言。


 それは美しい。


 でも、今の場面では、その美しさが一瞬判断を遅らせた。


 俺は天宮を見た。


 彼はまだ折れていない。


 むしろ、さっきより鋭い目になっていた。


 自分の判断ミスを認めた上で、まだ前へ進もうとしている。


 正義のチーム。


 それは、単に綺麗なだけではない。


 間違えても、すぐに立て直す強さもある。


 だから厄介なのだ。


 北側防衛線へ向かう途中、天宮が俺に言った。


「黒瀬さん」


「はい」


「さっきは、信じるのが遅れました」


「……でも、最後は変えてくれました」


「それでも遅い。救助現場では、その遅さが命取りになります」


 天宮は自分に厳しい。


 俺が何か言う前に、彼は続けた。


「ただ、僕は全員を諦めない方針は変えません」


 その言葉に、セイラが反応する。


「まだ言いますのね」


「はい」


 天宮はまっすぐ答える。


「ですが、全員を同じ道で助ける必要はない。それは学びました」


 嘘はない。


 俺の鑑定にも、何も出ない。


 リアが小さく言う。


「強いね、あの人」


「ええ」


 セイラも認めた。


「厄介なほどに」


 北側では、第二波の魔物が迫っていた。


 大型の獣型魔物が三体。

 小型魔物が十数体。


 カナタと久我だけでは厳しい。


 セイラが周囲の瓦礫を動かし、防衛線を作る。


 リアが救助対象を安全区域へ誘導。


 ミナトが魔物の進路を解析。


 俺は危険個体を見る。


 天宮たちも合流する。


 ここからは、チーム同士の勝負であると同時に、共同防衛でもある。


 助けるためには協力が必要。


 でも、試合には勝敗がある。


 その矛盾の中で、俺たちは動き始めた。


 天宮が声を張る。


「北側防衛、共同で押さえます! ただし、救助対象の誘導完了後、最終判定は各チームの貢献点で競いましょう!」


 セイラが微笑む。


「よろしい。正面から来るなら、こちらも正面から受けますわ」


 カナタが剣を構える。


 久我が防壁を展開する。


 リアが救助対象へ声をかける。


 俺は魔物を見る。


 危険表示がいくつも浮かぶ。


 この戦いは、ただ神楽坂門下チームを倒せばいいわけではない。


 彼らの正しさに飲まれず、こちらの現実的な判断を通す。


 そして、必要な場面では協力する。


 難しい。


 でも、今の俺たちならできるかもしれない。


 第二波の魔物が、防衛線へ激突した。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は神楽坂門下チームとの対戦が始まりました。


彼らは悪人ではありません。

むしろ、真面目で勇敢で、救助に対して本気のチームです。

天宮ハルトの「救える人を一人も諦めない」という言葉にも嘘はありません。


だからこそ、今回の相手は厄介です。

嘘つきでも、悪意ある敵でもなく、本気で正しいことをしようとしている相手だからです。


ただし、正しさが強いほど、現場では判断を遅らせることもあります。

今回、中央地下街で天宮は「全員を同じルートで助けよう」として一瞬遅れました。

そこに透真の鑑定と、セイラの判断、リアの誘導、カナタと久我の防衛が噛み合い、危機を避けることができました。


次回は、神楽坂門下チームが透真たちの過去や弱さを突いてきます。

正しい人間たちに、こちらの灰色の部分を突きつけられる回になります。


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