第40話 死ぬための契約を破る
負荷共有契約は、想像していたよりも重かった。
肩に鉛を乗せられたような感覚がある。
足を上げるだけで、普段より半拍遅れる。
呼吸も浅くなる。
俺だけでこれだ。
リアも顔をしかめていた。
セイラは平然とした顔を作っているが、指先に少し力が入っている。
ミナトは遠慮なく嫌そうな顔をしていた。
「これ、想像よりきついね」
「黙って走りなさい」
セイラが言う。
「九条さん、これ黙って走れる重さじゃないって」
「文句を言えるなら走れますわ」
「理屈が強いなあ」
ミナトは軽口を叩いているが、額には汗が浮いている。
カナタは先頭を走っていた。
契約剣の光は戻っている。
ただし、以前のような鋭さではない。
薄く、揺らぎながら、剣身にまとわりついている。
負荷を俺たち全員で共有したから、カナタ一人にかかる条件は軽くなった。
その分、剣の力も落ちているのだろう。
それでも、彼は進む。
ただ、一つだけ明らかに変わっていた。
速すぎない。
俺たちを置いていかない。
カナタは何度も後ろを見て、こちらの足が止まっていないことを確認している。
そのたび、俺は思った。
この人は本当は、仲間を見捨てたいわけではない。
むしろ逆だ。
見捨てられないから、自分を犠牲にする。
誰かを失うくらいなら、自分が壊れた方がいいと思っている。
でも、それは本当に守ることなのか。
契約神殿の奥へ進むと、黒縄契約事務所との差は少しずつ縮まり始めた。
【黒縄契約事務所:84%】
【九条セーフティリンク臨時隊:61%】
まだ遠い。
だが、追えている。
綾辻マコトたちは契約を壊すことに長けている。
ただし、彼ら自身もフィールド契約を使って進んでいる以上、完全に無制限ではない。
契約を結び、壊し、抜け穴を使い、罰則を他へ逃がす。
そういう進み方だ。
対して俺たちは、嘘を見て、危険を避け、必要な契約だけを拾って進む。
遅い。
でも、致命的な罠は避けている。
次の回廊に入った時、床に赤い契約陣が浮かんだ。
【追走契約】
【契約者は十秒以内に敵チームとの距離を縮めなければならない】
【成功報酬:進行速度上昇】
【失敗罰則:契約者の脚部負荷】
リアが顔をしかめる。
「また嫌なの来た」
カナタが石板を見る。
俺はすぐに言った。
「結ばないでください」
「まだ何も言ってない」
「言いそうな顔してました」
カナタは俺を見る。
否定はしなかった。
セイラが俺に言う。
「鑑定」
「はい」
対象:追走契約
嘘:敵チームとの距離を縮めなければならない
危険:契約者の脚部損傷
「距離を縮めなければならない、が嘘です。あと、罰則はただの負荷じゃなくて脚部損傷の危険があります」
「却下ですわね」
セイラは即答した。
ミナトが端末を見ながら言う。
「この契約、焦ってるチーム用だね。遅れてると飛びつきたくなる」
「だから飛びついてはいけません」
セイラが言う。
カナタは何も言わず、契約陣を避けて進んだ。
その動きに、俺は少しだけ安心する。
前なら、カナタは結んでいたかもしれない。
自分の脚が壊れても、敵との差を縮められるなら。
だが、今は避けた。
それだけでも前進だ。
回廊の途中で、黒縄契約事務所の妨害が飛んできた。
黒い紐が床を走り、俺たちの足元へ絡みつく。
ただの物理拘束ではない。
紐に触れた瞬間、視界の端に契約文が浮かぶ。
【拘束契約】
【この場から離れたい場合、チーム内の一名を置き去りにすること】
リアが叫ぶ。
「またそれ系!?」
セイラが即座に言う。
「触れてはいけません!」
カナタが前へ出る。
だが、剣で斬ろうとした瞬間、剣の光が揺らいだ。
契約剣が、黒縄に反応して不安定になっている。
綾辻の契約干渉がまだ残っているのだ。
俺は黒縄を鑑定する。
対象:拘束契約の黒縄
嘘:チーム内の一名を置き去りにすること
危険:置き去り選択時、契約固定
「置き去りにする必要は嘘です! でも、誰かを選んだら固定されます!」
ミナトが舌打ちする。
「選ばせた時点でアウトか」
セイラが周囲を見回す。
「黒縄自体は敵の契約具。私の所有物ではありません。動かせない」
リアが小型ナイフを抜く。
「普通に切るのは?」
カナタが首を横に振る。
「切れば契約が発動する」
「面倒くさ!」
黒縄はじわじわ広がってくる。
避け続ければ時間を失う。
結べば誰かを置き去りにする流れに持ち込まれる。
カナタが一歩前へ出た。
まただ。
俺は反射的に言った。
「カナタさん!」
「結ばない」
カナタは短く言った。
「斬らない。踏む」
「踏む?」
彼は剣を構えず、黒縄の手前へ立った。
そして、自分の靴底で黒縄の端を押さえる。
黒縄が反応する。
【拘束契約接触】
【契約対象者:御影カナタ】
セイラが叫ぶ。
「何をしていますの!」
「契約しない。ただ止める」
カナタは黒縄を踏みつけたまま、剣を床に突き立てる。
契約剣の光が、黒縄ではなく床へ流れた。
負荷共有契約の光が、俺たちにも伝わる。
体がさらに重くなる。
「ぐっ……!」
リアが膝をつきかける。
俺も息が詰まる。
でも、黒縄の動きが止まった。
カナタは契約を壊したのではない。
契約具の動きを、床ごと押さえた。
その間に、セイラが横の柱に刻まれた古い金具を動かす。
金具が黒縄の上に落ち、物理的に固定する。
ミナトが端末で黒縄の発信元を探る。
「右奥、壁の裏に中継具!」
リアが走る。
カナタが黒縄を踏み続けている間に、リアが壁裏の小型契約具を見つけ、セイラが動かした金属片で破壊した。
黒縄が力を失う。
拘束契約が消えた。
カナタはゆっくり足を離した。
俺たちにかかっていた追加負荷も軽くなる。
リアが肩で息をしながら言った。
「今の、結構無茶だったよ」
「死ぬ契約じゃない」
カナタは答えた。
セイラが睨む。
「基準が低すぎますわ」
「だが、通れた」
「それは認めます」
セイラは不満そうだったが、否定はしなかった。
今のカナタは、自分だけを犠牲にする契約は結んでいない。
ただ、負荷共有の範囲内で、チームを進ませた。
危険ではあった。
でも、前とは違う。
俺たちはさらに奥へ進んだ。
黒縄契約事務所との差は、少しずつ縮まっている。
【黒縄契約事務所:89%】
【九条セーフティリンク臨時隊:74%】
最終広間が近い。
だが、その直前で、通路が二つに分かれていた。
左の通路には、短い契約陣。
【速達契約】
【契約者一名の全能力を一時的に強化】
【失敗罰則:契約者一名の戦闘不能】
右の通路には、長い回廊。
【通常経路】
【罰則なし】
【所要時間:長】
黒縄契約事務所は、おそらく左を使った。
契約を壊せる彼らなら、罰則を処理できるからだ。
俺たちはどうするか。
右へ行けば安全だが、追いつけない可能性が高い。
左へ行けば危険だが、追いつける。
リアが言う。
「これ、左行かないと間に合わないよね」
ミナトが端末を見る。
「たぶんね。右だと進行度差が埋まらない」
セイラが契約文を読む。
「一名の全能力強化。罰則は戦闘不能。危険すぎます」
カナタが言う。
「俺が結ぶ」
「却下です」
セイラの返事は即座だった。
カナタは静かに言う。
「さっきとは違う。これは必要だ」
「必要だからといって、あなた一人を戦闘不能にする契約を許す理由にはなりません」
「俺が強化されれば追いつける」
「そして罰則で落ちれば、次の試合以降に響きます」
「今勝てなければ次はない」
正論だった。
だが、だからこそ危険だ。
カナタは、正論を使って自分を切る。
第三予選で言っていた。
自分を切る判断が早い。
今まさに、それが出ている。
俺は速達契約を鑑定した。
対象:速達契約
嘘:契約者一名の全能力を一時的に強化
危険:契約者の自己犠牲衝動を増幅
「能力強化、嘘です。全部が強化されるわけじゃない。それと、自己犠牲衝動が増幅されます」
セイラが眉を寄せる。
「最悪ですわね」
リアがカナタを見る。
「カナタさんに絶対結ばせちゃ駄目なやつじゃん」
カナタは黙っている。
ミナトが言う。
「でも左を使わないと厳しい。契約者一名って書いてあるけど、これ本当に一名?」
俺はその言葉に引っかかった。
契約者一名。
そこを鑑定する。
対象:速達契約
嘘:契約者一名
「契約者一名、嘘です!」
セイラの目が光る。
「つまり、複数契約が可能」
「たぶん」
「なら、また共有できますわ」
カナタが即座に言う。
「駄目だ」
「あなたに拒否権はありますが、私たちにも契約する権利があります」
「この契約は危険だ」
「一人で結ぶ方が危険です」
セイラは端末を操作する。
「契約者を五名に分散。全能力強化ではなく、移動能力と反応速度に限定。罰則は戦闘不能ではなく、一時的疲労に再設定。自己犠牲衝動の増幅条項は削除」
ミナトが呆れたように言う。
「九条さん、契約魔改造うますぎない?」
「必要だからです」
俺は再構成された契約を見る。
対象:再構成速達契約
嘘:なし
危険:疲労蓄積
「嘘はありません。危険は疲労蓄積」
リアが言う。
「それならいける」
カナタはまだ納得していない顔だった。
セイラが彼を見る。
「御影カナタ。あなたが一人で結べば、あなた一人が速くなる。ですが、それでは意味がありません」
「追いつける」
「追いついた後、あなた一人で戦うつもりでしょう」
カナタは答えない。
「それが駄目だと言っているのです」
セイラは、はっきりと言った。
「私たちは、あなたの後ろを走る荷物ではありません」
カナタの目が揺れた。
リアも言う。
「私たちも行くよ。重くても、疲れても」
ミナトが肩をすくめる。
「痛いの嫌だけど、置いていかれるのも嫌だね」
俺も言う。
「一人で追いつかないでください。みんなで追いつきましょう」
カナタは長く黙った。
そして、剣を下ろした。
「……分かった」
速達契約を五人で結ぶ。
足元の契約陣が光る。
身体が軽くなる。
同時に、奥の方で疲労が蓄積していくような感覚もある。
長くは持たない。
でも、今は走れる。
俺たちは左の短縮通路へ入った。
速い。
さっきまでの重さが嘘のように、足が前へ出る。
カナタは先頭を走る。
でも、また一人で飛び出すことはしない。
何度も後ろを見る。
リアの位置。
セイラの足取り。
ミナトの遅れ。
俺の息。
全部を見ながら進む。
その動きは、以前より少し遅いかもしれない。
でも、チームとしては速かった。
最終広間に出る。
黒縄契約事務所は、すでに中央の契約核へ到達していた。
契約核にチームタグを刻めば勝利条件達成。
綾辻マコトがこちらを見る。
「追いつきましたか」
その声に、少しだけ驚きが混じっていた。
「御影さん。まだそんな契約ができたんですね」
カナタは剣を構える。
「一人で結んだわけじゃない」
綾辻は目を細める。
「共有契約ですか。甘いですね。負荷を仲間に分けるなんて」
「甘いのかもしれない」
カナタは静かに答える。
「だが、前よりはましだ」
綾辻の笑みが少し消える。
黒縄が広間中に広がる。
契約核の周囲に、いくつもの黒い線が張られた。
【最終契約】
【契約核に触れる者は、味方一名を勝利条件から除外すること】
また選ばせる契約。
誰かを外せ。
誰かを置いていけ。
誰かを切れ。
この試合はずっと、それを突きつけてくる。
カナタへ。
そして俺たち全員へ。
セイラが言う。
「黒瀬透真」
「はい」
鑑定。
対象:最終契約
嘘:味方一名を勝利条件から除外すること
危険:除外者の本戦継続権喪失
「除外する必要は嘘です。でも、選んだら本戦継続権を失う危険があります!」
綾辻が軽く拍手する。
「いい鑑定ですね。ですが、分かっても突破できますか」
黒縄が契約核を囲む。
触れるには、黒縄を越えなければならない。
越えれば契約が発動する。
カナタが剣を構える。
契約剣の光が強くなる。
ただし、以前のような自傷的な光ではない。
薄く、でも安定している。
負荷共有契約と速達契約。
二つの契約が、チーム全体を通じてカナタの剣に流れている。
綾辻が言う。
「その程度の契約で、私の黒縄は斬れません」
カナタは答えた。
「斬る必要はない」
彼は俺たちを見る。
短い視線。
行くぞ、ではない。
来い、でもない。
一緒に。
そういう視線だった。
カナタが前へ出る。
黒縄が彼の足元へ伸びる。
リアが横から支援物資の防護フィールドを展開し、黒縄の進路を一瞬遅らせる。
セイラが床の金属枠を動かし、黒縄を物理的に浮かせる。
ミナトが黒縄の中継点を表示する。
俺が危険箇所を叫ぶ。
「右の黒縄、触れたら除外契約!」
「左は拘束だけ!」
「中央下、核への最短!」
カナタは俺たちの声を拾いながら進む。
契約剣で黒縄を斬らない。
斬れば契約が発動するからだ。
剣の腹で逸らす。
柄で押す。
足で踏まないよう跳ぶ。
リアの防護フィールドを足場にし、セイラの金属枠を橋にして、ミナトの示す隙間を抜ける。
これは、カナタ一人の突破ではない。
全員で黒縄の契約網をほどいていく。
綾辻の顔から余裕が消える。
「契約を結ぶ者が、契約を避けるのですか」
カナタは答える。
「死ぬための契約なら、結ばない」
その言葉が、広間に響いた。
契約剣の光が変わる。
強く、鋭く、しかし重苦しくない光。
カナタが最後の黒縄の前で止まる。
そこだけは避けられない。
契約核の直前。
黒縄が一本、細く張られている。
【最終黒縄】
【通過条件:契約者は最も大切なものを差し出す】
リアが息を呑む。
セイラが顔をしかめる。
ミナトが低く言う。
「これはやばい」
カナタは黒縄を見る。
昔のカナタなら、ここで自分の命を差し出したのかもしれない。
最も大切なものなど、自分にはない。
なら、自分を差し出せばいい。
そう考えたかもしれない。
だが、今のカナタは違った。
彼は剣を下ろした。
「俺の最も大切なものは、もう死んだ仲間じゃない」
静かな声だった。
俺たちは息を止める。
「罪を抱えたまま、生き残ることだ」
黒縄が揺らぐ。
最も大切なものを差し出せ。
その契約に対して、カナタは自分の命を差し出さなかった。
罪から逃げることも差し出さなかった。
死んだ仲間を言い訳にすることもなかった。
生き残ること。
それを、手放さないと宣言した。
俺は黒縄を鑑定する。
対象:最終黒縄
嘘:最も大切なものを差し出す必要がある
祈り:契約者が自分の価値を認めること
一瞬、表示が揺れた。
祈り。
まだはっきりした表示ではない。
でも、見えた気がした。
俺は叫んだ。
「差し出す必要はありません! この契約、本当は自分の価値を認めさせるためのものです!」
カナタがわずかに笑った。
本当に、わずかに。
「そうか」
彼は黒縄を踏み越えた。
何も起きなかった。
罰則もない。
除外もない。
契約は発動せず、黒縄は崩れた。
カナタが契約核へ手を置く。
【九条セーフティリンク臨時隊】
【契約核、登録完了】
綾辻マコトが立ち尽くしていた。
信じられないものを見るような顔。
カナタは振り返る。
「綾辻」
「……何でしょう」
「俺は、もう死ぬための契約は結ばない」
綾辻は黙る。
「仲間を失った罪は消えない。契約を間違えた事実も消えない」
カナタの声は低い。
でも、逃げていない。
「それでも、生き残るための契約を結ぶ」
その言葉と同時に、試合終了のアナウンスが鳴った。
【本戦第三試合終了】
【勝者:九条セーフティリンク臨時隊】
広間に沈黙が落ちた。
それから、観客席の歓声が遅れて届く。
リアが大きく息を吐いた。
「勝った……!」
ミナトは床に座り込みそうな顔をしている。
「疲労蓄積、きつ……」
セイラも少し肩で息をしていた。
「まったく、面倒な試合でしたわ」
俺は膝に手をついた。
体が重い。
でも、胸の奥は少しだけ熱かった。
カナタは契約核の前に立ったまま、剣を見ていた。
契約剣の光は消えている。
だが、それは封じられたからではない。
役目を終えたから消えたように見えた。
リアが近づく。
「カナタさん」
「ああ」
「生きてる?」
「見れば分かる」
「そういう返事する元気あるなら大丈夫だね」
カナタは少しだけ目を細めた。
「負荷を分けさせた」
「分けたんだよ。勝手に奪われたんじゃない」
リアは笑った。
「それに、今度はみんな生きてる」
カナタは黙った。
その言葉が、彼にどう届いたのかは分からない。
でも、彼は目を逸らさなかった。
セイラが言う。
「御影カナタ。次からも、勝手に死ぬための契約を結ぼうとしたら止めます」
「しつこいな」
「当然です。契約は継続的管理が重要ですので」
「そうか」
カナタは少しだけ息を吐いた。
「……頼む」
セイラが目を瞬いた。
リアも。
俺も。
今、確かに聞こえた。
頼む。
カナタが、自分からそう言った。
セイラは一瞬だけ黙った後、いつものように顎を上げた。
「よろしい。任されましたわ」
ミナトが笑う。
「おお、カナタさんが頼った。今日のハイライトだ」
カナタが低く言う。
「黙れ」
「はい」
試合終了後、綾辻マコトがこちらへ歩いてきた。
彼はカナタの前で立ち止まる。
「変わりましたね」
「そうか」
「ええ。昔のあなたなら、最終黒縄で自分の命を差し出していた」
「だろうな」
「それを見たかった気もします」
リアが睨む。
「趣味悪い」
綾辻は穏やかに微笑んだ。
「仕事です」
俺は鑑定する。
対象:綾辻マコトの発言
嘘:仕事です
備考:安堵
俺は少し驚いた。
安堵。
この人は、カナタが死ぬための契約を結ばなかったことに、少し安心している。
俺は言った。
「綾辻さん、安堵してますね」
綾辻の笑みが止まった。
カナタも少しだけ反応する。
綾辻は眼鏡を直した。
「嫌な鑑定ですね」
「よく言われます」
「御影さんが同じことを繰り返さなかった。それは、まあ、悪いことではありません」
綾辻はそれだけ言って、背を向けた。
黒縄契約事務所は退場していく。
カナタは、その背中を見送っていた。
「知り合いなんですね」
俺が言うと、カナタは短く答えた。
「昔、俺の契約を検証した男だ」
「敵ではない?」
「味方でもない」
「このチーム、そういう人多いですね」
「そうだな」
カナタが少しだけ笑った気がした。
本当に少しだけ。
試合結果が大型モニターに表示される。
【九条セーフティリンク臨時隊】
【本戦第三試合突破】
これで三勝。
セイラの所有権争奪戦。
リアの人気投票バトル。
カナタの契約殺し。
それぞれが、自分の弱さに向き合う試合だった。
次は何が来るのか。
そう考えた時、モニターに次の試合形式の予告が一瞬だけ出た。
【準決勝進出チーム決定戦】
【対戦候補:神楽坂門下チーム】
神楽坂。
その名前に、俺の胸が強く鳴った。
英雄の弟子たち。
正義のチーム。
俺たちのような灰色のチームとは、真逆の存在。
カナタの試合で熱くなった胸が、また別の緊張で冷えていく。
神楽坂レイジは、まだ遠い。
でも、その影は確実に近づいていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
本戦第三試合、「契約殺し」は九条セーフティリンク臨時隊の勝利となりました。
今回はカナタが、自分を罰するための契約から一歩離れる回でした。
彼は過去に、仲間の負傷を肩代わりする契約を結び、その上限を読み違えたことで仲間を救えなかった。
その罪悪感から、ずっと自分を削る契約ばかり選んできました。
けれど今回は、一人で負うのではなく、チームと負荷を共有しました。
そして最後には、自分の命を差し出すのではなく、罪を抱えたまま生き残ることを選びました。
「死ぬための契約」ではなく、「生き残るための契約」。
これが、カナタにとって大きな転換点になります。
次回からは、神楽坂の弟子チームとの対戦に入ります。
正しい人間たちと、灰色のチームの戦いです。
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