第39話 契約殺し
本戦第三試合の説明会場に入った時、御影カナタはいつもと同じ顔をしていた。
眠そうで、やる気が薄くて、少しだけくたびれている。
剣袋を肩にかけ、壁際に立ち、誰よりも早く会場全体を見ている。
だが、俺には分かった。
表情は変わっていない。
でも、空気が変わっている。
セイラの《所有権》争奪戦。
リアの人気投票バトル。
本戦に入ってから、試合は俺たちの誰か一人を狙うように組まれていた。
そして次は、たぶんカナタだ。
大型モニターに、試合名が表示される。
【本戦第三試合】
【契約殺し】
その文字を見た瞬間、カナタの指がわずかに動いた。
本当に小さな反応だった。
でも、見逃せなかった。
セイラが目を細める。
「……趣味が悪いですわね」
リアが小声で聞く。
「契約殺しって、どういう意味?」
佐伯ユズルが端末を確認しながら答える。
「契約を利用する能力者、契約装備、契約条件付きフィールドを相手にした試合です。詳細は今から発表されます」
ミナトが肩をすくめる。
「カナタさん狙い撃ちだね」
カナタは何も言わない。
ただ、モニターを見ている。
その横顔が、少しだけ遠かった。
運営アナウンスが流れる。
『本戦第三試合は、契約条件を満たすことで効果を発揮するフィールド内で行われます』
モニターの映像が切り替わる。
映し出されたのは、古い神殿のようなフィールドだった。
石造りの広間。
左右に並ぶ柱。
床に刻まれた契約陣。
中央には、巨大な天秤のようなオブジェ。
いかにも、嫌な仕掛けがありそうな場所だ。
『各チームは、フィールド内で提示される契約条件を選択しながら進行します』
『契約を結ぶことで強力な支援効果を得られますが、条件違反時には罰則が発生します』
『また、対戦相手は契約破棄、契約上書き、契約無効化に特化したチームとなります』
リアが顔をしかめる。
「契約を結ばないと進めないのに、相手は契約を壊してくるってこと?」
「そういうことですわね」
セイラの声も硬い。
「しかも、カナタの《契約剣》と相性が悪い」
俺はカナタを見る。
カナタのスキル、《契約剣》。
詳しい能力はまだ聞いていない。
ただ、彼が剣を振るう時、何らかの条件や契約が関係していることは分かっていた。
無音エリアでも、所有権争奪戦でも、人気投票バトルでも、カナタは必要以上に自分の力を出していなかった。
いや、出していないというより、出せる状況を選んでいるように見えた。
たぶん、彼の力には条件がある。
そして今回の相手は、その条件そのものを殺しに来る。
佐伯が続ける。
「対戦相手が発表されました」
モニターに、敵チーム名が映る。
【黒縄契約事務所】
奇妙な名前だった。
探索者チームというより、法律事務所か何かのように見える。
メンバーは四人。
黒いスーツ風の探索者装備。
全員が細い黒紐のような魔導具を腕に巻いている。
中央の男の名前が表示された。
【綾辻マコト】
【契約干渉系スキル保持者】
【通称:契約殺し】
その名前を見て、ミナトが小さく舌打ちした。
「うわ、最悪」
「知っているのですか」
セイラが聞く。
「知ってる。契約系能力者を潰す専門家。契約書の抜け穴を突くとかじゃなくて、契約そのものの有効性を壊してくるタイプ」
「どのように?」
「契約条件の解釈をずらす。契約者の意思能力に疑義をつける。履行不能状態を作る。あと、相手が契約を守ろうとする心理を逆手に取る」
ミナトはカナタを見る。
「カナタさんにとっては、かなり嫌な相手だと思う」
カナタは短く答えた。
「知ってる」
リアが反応する。
「会ったことあるの?」
「昔な」
「因縁ある感じ?」
「因縁というほどじゃない」
カナタはそう言った。
だが、鑑定するまでもなく分かった。
嘘っぽい。
いや、カナタは嘘をつくのが上手いわけではない。
ただ、言わないことで隠す。
神楽坂の話の時にも思った。
彼は、必要以上に自分を出さない。
その沈黙の奥に、重いものをしまっている。
セイラがカナタに向き直る。
「御影カナタ。あなたの《契約剣》について、ここで共有しなさい」
カナタは少し黙った。
セイラは続ける。
「今まであなたは、必要最低限しか能力を使っていませんでした。ですが、今回は敵が契約干渉系です。隠したまま戦う方が危険です」
カナタはセイラを見る。
それから、俺たち全員を見た。
リアは真剣な顔。
ミナトはいつもの軽さを消している。
俺も、黙って待った。
カナタはゆっくり口を開いた。
「俺の《契約剣》は、条件を結ぶほど斬れる」
「条件?」
リアが聞く。
「たとえば、十分以内に敵を一体も倒せなければ、俺は右腕の感覚を一時的に失う。その代わり、その十分間だけ剣の威力が上がる」
リアの顔が引きつる。
「重くない?」
「軽い契約なら効果も軽い」
カナタは淡々と続ける。
「俺が自分に課す条件が重いほど、剣は強くなる。時間制限、行動制限、失敗時の罰。そういうものを契約として結ぶ」
セイラが腕を組む。
「自傷的ですわね」
「ああ」
否定しなかった。
「だから使いすぎるなと言われている」
「誰に?」
俺が聞くと、カナタは一瞬だけ黙った。
「昔の仲間に」
その言葉だけで、空気が重くなった。
昔の仲間。
カナタが第三予選で言っていたことを思い出す。
俺は、自分を切る判断が早い。
昔、それで失敗した。
契約剣。
自分に罰を課すほど強くなる能力。
嫌な予感がした。
この人は、過去に何を契約したのか。
そして、その結果、誰を失ったのか。
だが、今聞くにはまだ早いのかもしれない。
セイラが静かに言った。
「今回、あなたは勝手に重い契約を結ばないこと」
「状況次第だ」
「状況次第ではありません。チーム方針です」
カナタの目が少し鋭くなる。
「俺の剣が必要になる場面はある」
「必要なら相談しなさい」
「戦闘中にそんな暇はない」
「では事前に条件を決めます」
セイラは引かない。
「あなたが単独判断で結んでいい契約は、軽度の身体負荷まで。感覚喪失、出血、行動不能、戦闘不能につながる契約は禁止します」
カナタは黙る。
ミナトが軽く言う。
「九条さん、契約相手としては怖すぎるね」
「黙りなさい。あなたも監視対象ですわ」
「俺も?」
「あなたが横から妙な契約案を出しそうなので」
「信用ないなあ」
「ありません」
リアがカナタを見る。
「カナタさん。お願い。今回は一人で背負わないで」
カナタはリアを見る。
リアの声は、いつもの明るい調子ではなかった。
人気投票バトルで、自分が見られ方に引っ張られる危うさを認めたばかりの彼女だからこそ、言葉に重みがあった。
「私も前、見られ方に引っ張られて危ないことした。自分では正しいと思ってた。でも違った。カナタさんも、自分を削るのが正しいって思ってるなら、たぶん危ない」
カナタは答えない。
俺も口を開いた。
「俺も、澪のことで足を止めます。だから止めてほしいって言いました」
カナタの視線が俺へ向く。
「カナタさんも、止めていいって言ってください」
「……」
「言ってくれないと、たぶん止めても届かないです」
沈黙。
長かった。
やがて、カナタは短く言った。
「止められるなら、止めろ」
セイラが即座に言う。
「言質としては弱いですが、今はそれで妥協します」
「厳しいな」
「あなたが曖昧すぎるのです」
試合準備時間が終わる。
俺たちは、契約神殿フィールドの入口へ向かった。
白い石の階段を上がると、巨大な扉が開く。
中は、外から見た通りの神殿だった。
広い円形ホール。
中央に天秤。
床一面に刻まれた契約陣。
壁には、いくつもの石板が並んでいる。
それぞれに契約条件が刻まれていた。
【契約一:五分以内に第一門を突破せよ。成功時、移動速度上昇。失敗時、全員の視界低下】
【契約二:一名が戦闘を放棄せよ。成功時、防御支援獲得。失敗時、支援剥奪】
【契約三:契約者は味方の代わりに罰則を負う。成功時、攻撃力上昇。失敗時、契約者に負荷】
嫌な条件ばかりだった。
契約を結べば進みやすくなる。
でも、失敗すれば罰がある。
そして、敵はそれを壊しに来る。
向かい側の入口から、黒縄契約事務所が入ってきた。
綾辻マコト。
細身の男だった。
黒い眼鏡。
整った髪。
穏やかな笑顔。
だが、その笑顔には温度がない。
彼は俺たちを見ると、丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
声は柔らかい。
セイラが前に出る。
「ええ。よろしくお願いしますわ」
綾辻はカナタへ視線を移した。
「御影カナタさん。お久しぶりです」
「ああ」
「また契約で戦うのですか」
カナタは答えない。
綾辻は微笑んだまま続ける。
「昔から変わりませんね。自分を罰すれば強くなれると思っている」
空気が凍った。
リアが一歩前に出かける。
セイラが手で制する。
綾辻は穏やかなままだ。
「今日は楽しみにしています。あなたの契約が、まだ有効なのか」
試合開始前から、もう刺してきている。
俺は綾辻を鑑定した。
対象:綾辻マコト
状態:平静
嘘:今日は楽しみにしています
危険:契約無効化
楽しみではない。
これは仕事だ。
契約を壊す仕事。
俺は小声で伝える。
「楽しみにしてる、は嘘です。危険は契約無効化」
セイラが頷く。
「想定通りですわ」
試合開始のアナウンスが流れる。
【本戦第三試合、開始】
最初の門が開く。
その先には、長い回廊。
左右の壁から、小型魔物が出現する仕掛けになっている。
通路の入口に契約石板が浮かぶ。
【第一契約】
【五分以内に第一門を突破せよ】
【成功報酬:移動速度上昇】
【失敗罰則:全員の視界低下】
セイラが即座に言う。
「契約しません。時間制限に縛られる必要はありません」
カナタが言う。
「契約した方が速い」
「敵は契約を壊す能力者です。初手から乗るべきではありません」
「報酬なしで抜けるには時間がかかる」
「それでも」
セイラが言いかけた時、綾辻のチームが動いた。
彼らは即座に第一契約を結んだ。
【黒縄契約事務所:第一契約成立】
黒縄のメンバーの足元が光る。
移動速度を得るため、五分以内突破を選んだのだ。
彼らは一気に回廊へ入る。
魔物を避け、最短距離を駆け抜ける。
リアが焦る。
「先行かれた!」
カナタが剣を握る。
「俺たちも契約する」
セイラが止める。
「待ちなさい」
「遅れる」
「契約を急げば相手の思うつぼです」
カナタの目が鋭くなる。
「遅れても負ける」
俺は石板を鑑定した。
対象:第一契約
嘘:成功報酬、移動速度上昇
危険:契約者特定
「成功報酬に嘘があります! 移動速度上昇だけじゃない。契約者特定の危険!」
セイラが反応する。
「やはり罠ですわ。契約した者を相手が狙えるようになる」
ミナトが言う。
「黒縄は自分たちで契約しても問題ないんだよ。契約を壊す側だから、リスクを処理できる」
「こちらは違いますわ」
セイラはきっぱり言った。
「契約せずに抜けます」
カナタは不満そうだったが、従った。
回廊へ入る。
魔物が左右から出てくる。
速度上昇はない。
だから、一体ずつ処理するしかない。
カナタが前へ出る。
通常の剣だけで魔物を捌く。
それでも十分速い。
だが、いつもの無駄のなさに比べると、少し重い。
契約剣を使えば、もっと速いのだろう。
それを封じたまま戦っている。
リアが側面を抑える。
セイラが壁の古い金具を動かし、魔物の進路を制限する。
ミナトが罠の位置を読む。
俺は危険表示を拾う。
「左奥、床罠!」
「右の魔物、毒持ち!」
「正面、契約陣に踏み込むと拘束!」
言葉にするたび、カナタがわずかに動きを変える。
チーム全体で進む。
遅い。
でも、崩れない。
黒縄契約事務所は先に第一門を突破した。
【黒縄契約事務所:第一契約成功】
彼らの速度が上がる。
俺たちはまだ回廊の中間。
リアが焦る。
「このままだと差が広がる!」
カナタの剣が魔物の牙を弾く。
「だから言った」
「まだ間に合いますわ」
セイラが答えるが、声は硬い。
その時、第二の石板が現れた。
【追加契約】
【一名が戦闘行動を放棄することで、残る四名の攻撃能力を上昇させる】
【失敗時、放棄者に拘束罰則】
リアが顔をしかめる。
「誰か一人を下げろってこと?」
ミナトが言う。
「俺が下がるのが合理的かな。戦闘力低いし」
「また自分を切る方向に行く」
リアが睨む。
「いや、これは戦術として」
俺は契約を鑑定する。
対象:追加契約
嘘:一名が戦闘行動を放棄することで、残る四名の攻撃能力を上昇させる
危険:放棄者の契約権限剥奪
「嘘です! 攻撃上昇だけじゃない。放棄者の契約権限が剥奪されます!」
セイラが即座に言う。
「結びません」
ミナトが息を吐く。
「ほんと嫌な契約ばっかり」
カナタは正面の魔物を押し返しながら言った。
「契約なしでは遅い」
その声には、苛立ちが混じっていた。
カナタは、自分のやり方を封じられている。
契約を結ぶことで強くなる人間が、契約を結べない。
それは剣を持ちながら鞘から抜けないようなものだろう。
俺たちは何とか第一門を突破した。
だが、黒縄との差は大きい。
【現在進行度】
【黒縄契約事務所:42%】
【九条セーフティリンク臨時隊:25%】
まずい。
第二広間に入ると、中央に巨大な天秤があった。
天秤の片側には、金色の剣。
もう片側には、黒い鎖。
石板が浮かぶ。
【第二契約】
【契約者一名は、味方一名を指定する】
【指定された味方が負傷した場合、その負傷を契約者が肩代わりする】
【成功報酬:契約者の攻撃力上昇】
【失敗罰則:契約者の戦闘不能】
カナタが一歩前に出た。
「これを結ぶ」
セイラが即座に言う。
「却下です」
「俺向きだ」
「だから却下です」
「これなら進める」
「あなたが負傷を肩代わりする契約でしょう。誰かを指定して、その人が傷つけばあなたが負う。最悪ですわ」
「俺が負えばいい」
その言葉に、リアが強く反応した。
「よくない!」
カナタはリアを見る。
「俺が一番耐えられる」
「そういう話じゃない!」
リアの声が広間に響く。
カナタは少しだけ黙った。
でも、譲らない。
「敵は先に進んでいる」
「だからって、カナタさんが全部背負う契約を結ぶのは違う」
セイラが言う。
「契約しません」
カナタは静かに言った。
「なら負ける」
「負けないために、別の手を考えています」
「時間がない」
カナタの声が低くなる。
「時間がない時に、誰かが負うしかない」
俺はその言葉に、冷たいものを感じた。
誰かが負うしかない。
カナタの中には、その答えが最初からある。
そして、その「誰か」はいつも自分なのだ。
鑑定。
対象:御影カナタ
嘘:俺が一番耐えられる
危険:過去の契約再現
過去の契約再現。
俺は息を呑んだ。
「カナタさん、今の契約、過去と似てるんですか」
カナタの目が俺に向く。
鋭い。
「見たのか」
「危険表示です。過去の契約再現って」
空気が重くなる。
綾辻マコトの声が、広間の向こうから響いた。
「そうです」
黒縄契約事務所は、すでに広間の奥にいた。
彼らは第二契約を別の形で処理し、先へ進もうとしている。
綾辻だけが、こちらを振り返っていた。
「御影さんは昔も、同じような契約を結びました。味方の負傷を自分が肩代わりする契約。美しい自己犠牲でした」
カナタの表情が消えた。
綾辻は微笑む。
「ただし、その契約は破綻した。肩代わりできる負傷には上限があった。彼はその上限を読み違えた」
「黙れ」
カナタの声が低くなった。
今まで聞いた中で、一番冷たい声だった。
綾辻は止まらない。
「結果、守るはずだった仲間は死んだ。御影さんは自分だけ生き残った」
リアが息を呑む。
セイラの顔が険しくなる。
俺はカナタを見る。
カナタは動かない。
だが、剣を握る手に力が入っている。
綾辻は、さらに言う。
「だから今度こそ、自分が全部負えばいい。そう思っているのでしょう?」
鑑定。
対象:綾辻マコトの発言
嘘:なし
危険:御影カナタの契約暴走
嘘がない。
綾辻は本当のことを言っている。
だからこそ、最悪だった。
カナタが第二契約の石板へ手を伸ばす。
セイラが叫ぶ。
「御影カナタ!」
リアも叫ぶ。
「駄目!」
俺も言う。
「カナタさん、やめてください!」
だが、カナタの手は止まらない。
石板が光る。
【第二契約、申請中】
契約者:御影カナタ。
指定対象:――
俺たちは息を止める。
誰を指定するつもりだ。
リアか。
セイラか。
俺か。
ミナトか。
だが、次の瞬間、綾辻が黒い紐をほどいた。
細い黒縄が空中に走る。
「契約干渉」
綾辻が静かに言った。
「契約意思の不備を指摘します」
石板の光が歪む。
【警告】
【契約意思に強迫性あり】
【自己犠牲衝動による判断能力低下】
【契約有効性、審査中】
セイラが目を見開く。
「契約を止めた……?」
綾辻は微笑む。
「契約とは、自由意思に基づくものです。自己罰のための契約は、美しいようでいて、法的には脆い」
カナタの顔が歪む。
彼の《契約剣》が、発動しかけたところで止まった。
剣に宿りかけた光が消える。
綾辻は続ける。
「あなたの契約は、もう通りません。御影カナタ」
黒縄が石板からカナタの剣へ伸びる。
【契約封殺】
【御影カナタの契約系能力、一時無効】
カナタの剣から、完全に光が消えた。
俺は背筋が冷えた。
契約剣が封じられた。
カナタの中心にある力が。
綾辻は頭を下げる。
「では、先に進ませていただきます」
黒縄契約事務所は、広間の奥へ消えた。
進行度が表示される。
【黒縄契約事務所:61%】
【九条セーフティリンク臨時隊:28%】
絶望的な差。
そして、こちらの前衛であるカナタの能力は封じられた。
リアがカナタに駆け寄る。
「カナタさん!」
カナタは剣を見ていた。
ただの剣になったそれを。
表情はない。
でも、俺には分かった。
彼は今、自分の過去の失敗をもう一度突きつけられている。
仲間を守るために契約した。
でも、守れなかった。
自分だけが生き残った。
だから今度こそ、自分が全部負おうとした。
その契約さえ、敵に殺された。
セイラが歯を食いしばる。
「最悪ですわね」
ミナトも笑っていない。
「これはかなりまずい。カナタさんの契約剣なしで追いつくのはきつい」
カナタは低く言った。
「俺を置いて行け」
リアが即座に怒る。
「またそれ!」
「契約剣が使えないなら、俺の価値は落ちる」
「落ちない!」
「前衛としては残れる。だが、速度は出ない」
カナタは淡々と、自分を切る理由を並べる。
「黒縄に追いつくには、軽いメンバーで進むべきだ。俺はここで足止めする」
鑑定。
対象:御影カナタの発言
嘘:俺はここで足止めする
危険:自滅的契約再試行
「嘘です」
俺は言った。
「カナタさん、ここで足止めするつもりじゃない。もう一度、無理な契約を結ぼうとしてます」
カナタが俺を見る。
目が鋭い。
でも、俺は逸らさなかった。
「契約剣が封じられても、まだ別の契約を探してるんですよね。もっと重い条件なら通るかもしれないって」
カナタは黙る。
リアの顔が青くなる。
「カナタさん……」
セイラが一歩前に出た。
「御影カナタ。あなたに命令します」
「命令は聞かない」
「では契約です」
セイラは言い直した。
「あなたは、この試合中、自分を死なせるための契約を結んではならない」
カナタは低く言う。
「そんな契約、俺が受けると思うか」
「受けなさい」
「嫌だ」
即答だった。
セイラが詰まる。
その時、俺は思った。
これはセイラの時と似ている。
所有権争奪戦で、セイラは一人で全部を持とうとして詰みかけた。
南小隊に頭を下げて、力を借りて勝った。
リアは人気投票バトルで、全員に好かれようとしていた自分を手放した。
票数ではなく、ちゃんと見てくれる人へ向いた。
次はカナタだ。
自分を罰することでしか戦えないと思っている人。
自分を切ることを、合理的だと思っている人。
その契約を、変えなければいけない。
でも、どうやって。
俺は第二契約の石板を見る。
契約者一名は、味方一名を指定する。
指定された味方が負傷した場合、その負傷を契約者が肩代わりする。
成功報酬、契約者の攻撃力上昇。
失敗罰則、契約者の戦闘不能。
これは、カナタを過去に引き戻す契約だ。
味方の傷を背負う契約。
では、逆はないのか。
俺は広間を見回した。
別の石板。
壊れかけた、薄く光る石板が端にある。
そこには文字がかすれている。
【補助契約】
【契約者は――を共有する】
【成功報酬:――】
【失敗罰則:――】
破損して読めない。
俺は鑑定する。
対象:破損した補助契約
状態:一部有効
嘘:使用不能
内容:負荷共有契約
「これ、使えます!」
俺は叫んだ。
セイラが振り返る。
「内容は?」
「負荷共有契約。たぶん、一人が全部負うんじゃなくて、分ける契約です」
カナタが眉をひそめる。
「駄目だ」
「まだ何も言ってません」
「俺の負荷を他人に渡す契約なら駄目だ」
やっぱり。
カナタは、自分の苦しみを他人に渡すことを拒む。
リアが言う。
「でも、全部一人で背負うのも駄目」
セイラが破損契約を読む。
「……使える可能性はあります。ただし条件が足りません。契約者、共有対象、負荷割合、解除条件。全部をこちらで補わなければならない」
ミナトが端末を見ながら言う。
「補助契約を再構成するには時間がかかる。黒縄はもう先に進んでる」
カナタが言う。
「だから俺を置いていけ」
「却下です」
セイラが即答した。
「あなたのその提案は、何度出しても却下です」
カナタは苛立ったように言う。
「じゃあどうする」
セイラは俺を見る。
「黒瀬透真。補助契約の嘘と危険を見なさい」
「はい!」
俺は石板に集中する。
対象:負荷共有契約
嘘:負荷を均等に共有する
危険:共有者の同意不備
「均等に共有、が嘘です。あと、同意不備が危険」
セイラが即座に整理する。
「負荷割合は自由設定可能。同意を明確にすれば危険は減らせる」
リアが言う。
「なら、みんなで受ける」
「軽々しく言うな」
カナタが低く言う。
リアは引かなかった。
「軽くないよ。でも、カナタさん一人が勝手に受けるよりいい」
ミナトが肩をすくめる。
「俺は痛いの嫌だけど、ここで負けるのも嫌だね」
「あなた、そういう時だけ正直ですわね」
セイラが言う。
「俺はいつも正直だよ。嘘はつくけど」
「矛盾しています」
セイラは端末を操作し、破損契約を補正する。
「契約者は御影カナタ。ただし、契約負荷をチーム全員で一部共有。カナタの負荷割合は五十。残る五十を四名で分散。失敗時の戦闘不能罰則は無効化し、代わりに全員に一時的な身体負荷」
「カナタさんに五十も残すんですか?」
俺が聞くと、セイラは苦い顔をする。
「彼の能力の発動条件を満たすには、本人負荷が必要です。ゼロにすれば契約剣は戻りません」
カナタは黙っている。
俺は石板を鑑定する。
対象:再構成された負荷共有契約
嘘:なし
危険:心理的拒否
「嘘はありません。ただ、心理的拒否が危険です」
セイラはカナタを見る。
「御影カナタ。あなたが拒めば、この契約は成立しません」
「……」
「あなたは、仲間を傷つけたくないのでしょう」
カナタは答えない。
「ですが、あなたが勝手に死ぬための契約を結べば、私たちも傷つきます」
セイラの声は静かだった。
「あなた一人が壊れれば済むと思っているなら、それは傲慢ですわ」
カナタの目がわずかに動く。
リアが言う。
「カナタさん。お願い。分けさせて」
「……痛むぞ」
「知ってる」
「動きが鈍る」
「それでも」
リアは真っ直ぐ言った。
「一人で消えられるよりいい」
俺も言う。
「カナタさんが全部負う契約は、たぶんまた過去をなぞります。でも、これは違います」
「何が違う」
「一人で守る契約じゃない。みんなで進む契約です」
口にした瞬間、胸の奥で何かが定まった。
そうだ。
カナタに必要なのは、もっと重い契約ではない。
死ぬための契約でもない。
生きて、仲間と進むための契約だ。
まだ、その言葉を彼が受け取れるかは分からない。
でも、今はここまでだ。
カナタは長い沈黙の後、剣を握り直した。
「……一度だけだ」
リアの顔が明るくなる。
セイラがすぐに契約文を確定する。
「一度で十分ですわ」
ミナトが言う。
「俺、痛いのほんと嫌だから軽めでお願い」
「あなたの分だけ重くしましょうか」
「やめて」
契約石板が光る。
【負荷共有契約、成立】
その瞬間、俺の身体に重さが落ちた。
「ぐっ……!」
足が少し沈む。
肩に鉛を乗せられたような感覚。
リアも顔をしかめる。
セイラも眉を寄せる。
ミナトははっきり嫌そうな顔をした。
そしてカナタ。
彼の剣に、薄い光が戻った。
完全ではない。
だが、戻っている。
契約剣。
封じられたはずの光が、共有契約によって少しだけ息を吹き返した。
カナタは剣を見つめた。
それから、俺たちを見る。
「行くぞ」
声はいつも通り低い。
でも、さっきまでとは違う。
一人で死にに行く声ではなかった。
俺たちは第二広間を抜け、黒縄契約事務所を追った。
差はまだ大きい。
契約剣も完全ではない。
体も重い。
だが、進める。
カナタは先頭を走る。
しかし、今度は速度を合わせていた。
一人で先に行かない。
俺たちが負荷に耐えながらついてこられる速度で進んでいる。
契約神殿の奥で、黒縄の進行度が表示される。
【黒縄契約事務所:78%】
【九条セーフティリンク臨時隊:46%】
まだ遠い。
それでも、俺たちは進む。
カナタの背中を追いながら、俺は思った。
この試合はまだ終わっていない。
契約殺しに、契約剣は一度殺された。
だが、完全には終わっていない。
次に必要なのは、もっと重い罰ではない。
死ぬための契約を破ることだ。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
本戦第三試合、「契約殺し」が始まりました。
今回はカナタ中心回です。
彼の《契約剣》は、自分に条件や罰を課すことで強くなる能力でした。
しかし、その性質はかなり自傷的でもあります。
敵である綾辻マコトは、契約を壊す専門家です。
契約条件の解釈、意思能力、自己犠牲衝動などを突き、カナタの《契約剣》を一時的に封じました。
さらに、カナタの過去も少し見えてきました。
彼はかつて、味方の負傷を肩代わりする契約を結び、その上限を読み違えた結果、仲間を救えなかったようです。
その失敗が、今の彼の「自分を切る判断の早さ」につながっています。
今回は完全な解決ではありません。
ただ、カナタが一人で背負う契約ではなく、仲間と負荷を共有する契約を受け入れたところまでです。
次回は、カナタが「死ぬための契約」そのものに向き合う回になります。
ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




